オーラソーマとGo with the flow♪

三重県伊勢市のオーラソーマのサロン
"Go with the Flow"お知らせブログ♪

posted by b75
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オーラソーマとGo with the flow♪



よく、人生の使命を知りたい!
人生の青写真を知りたい!
使命に生きたい!
私の使命は●●だ

とかとか…。


そんな話が、スピリチャルの世界では当たり前のような
話になってますけれども、

どうなんですかね?



使命というと、何かたいそうな事を成し遂げる様な
大志を抱くようなそんなイメージが浮かびますが、


そもそも、人生とは何かを成し遂げるためにあるものなのだろうか?

という根本的な問いはどこにいったのだろうか?


使命に生きる人生は、さも素晴らしい事の様に思えるけれども、
本当なのでしょうか?


使命を知らないで一生過ごすのは、不幸なのだろうか?
使命を知って一生過ごすのは、幸せなのだろうか?
使命を知ったけど、それを出来ないで過ごすのは、幸、不幸 どちらなのだろうか?


私達のもつ思考というスーパーコンピューターは
一瞬で過去のデーターベースより記憶や感情をくみ上げで
仕分けという作業をもっともらしく、してくれます。


そもそも、誰が、幸せか、不幸せを決めているかといえば、
エゴであり、思考でしょう。


それを超えた部分には何があるのでしょうか?


何かを成し遂げたりする人生は、
”成し遂げるための人生”というラベルが貼付けられ
次から次へと、成し遂げる事を繰り返す必要がでてくるのではないだろうか?


と同時に、何も目的をもたないない生き方とは、 一般的概念を持ち合わせるものにとっては、
とてつもない、恐怖であり、許しがたいものであるだろう。

自分でも書きながら、強烈な恐れや不安が沸き上ってくる。
強烈な不安や恐れがあがって来たからといって、

イコール 私は、不幸とか不完全であるは
実は、妄想ではないのではないだろうか?

目的や使命に生きるというのは、

ある種の、不足からの要求であり、エンドレスのループへの始まりではないのだろうか?


前回同様、答えは分かりませんが,

どうでしょうね。

目的や使命という、概念そのものの、
意味ずけを少しずつ放棄すると、 何かが見えてくるのでは、ないでしょうか?

目的や使命がなくても、幸せであっていいでしょう。

幸せであってはいけないと決めているのは、自我と思考なんですから。

ぶっちゃけ、最近よく思うのは、いちいち、いろんな事を考えなければ、
素直に幸せで在れるのに、なにかと、考えたい習性は人間のギフトと同時に、
デメリットであると。

やりたい事があれば、単純にやればいいし、
なりたい自分があれば、追い求める代わりに、今なればいいんでしょうね。



いかに、思考とエゴと仲良くするかと同時にそれらと切り離して物事をみるかが、
目的や使命に生きる人生よりも、楽なのかもしれませんね。





伊勢 2011年12月!
72のカバラの天使コースパート2



オーラソーマとGo with the flow♪

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http://ameblo.jp/b75/entry-11047100456.html
 


posted by b75
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変なテーマをつくってみました。
ただの問いなので、正確な答えはありませんが、 
なんか、気になる事を書いていく予定です。

よくいろんな所で 
地に足をついて頑張りましょう、
あの人は、地に足がついてる、
グラウンディングしていきましょう
とか、まぁオーラソーマやスピリチャルの世界ではよく
使われる言葉なんですが、

調べてみると、
地についた(考え) 堅実な、着実な、地道な(努力)
落ちちついた、地に着いた、実践的な、現実的な 

という言葉がいいかえれるようです。

昨日、インターネットで、森田健さんのホームページを見ていた時に、

全体と繋がるというメッセージをたまたま見ました。

そこで、気になったのが、

私の家は地上から浮き上がって、建設しています。
なので、地震がきても、揺れません。

そして、電気がなくても、ソーラパネルがあるので 
日本中が停電になったとしても、太陽から発電する事ができます。

地面にくっついているという事は、
地球という個にくっついているという事です。

逆に地面から浮遊しているという事は、宇宙、すなわち、全体と繋がっている事です。

地上の発電所と繋がるのではなくて、宇宙の太陽というエネルギーと繋がるのです。

(一部略)

多くの人は、地上の幸せをおっています。 はたしてそれで、幸せになれたでしょうか?
なったとは思いません。


っとまあ、まだまだつづいていましたが、 ここで、私の中で

でてきた 問いは、

一体じゃあ、地に足着く生き方って一体?

と思い始めました。

ちなみに、出前のそばやうどんが運ばれる、バイクの後ろに
乗っているのも、 機械の正式な名前は分かりませんが,
真ん中が浮いていて、どんなに縦にも横に揺れても、
うどんの汁とかがこぼれないそうです。



森田さんのいう通り、地球が ”個”という考えであれば、
有限が生じるし、
宇宙からの視点でみるなら、無限になます。


今までの 教えは、個を視点に、見ているものが多いので、

それが、今崩壊しつつあるのが、この時代。

かといって、いきなり、宇宙レベルでの視点で、物事を見るのは、
あまりにも、 慣れしんだ概念からは遠すぎる。


しかしながらに、 当たり前のようにそう思っていた事を

本当にそうなのだろうか?

と 自分に問いかけていく事は可能でしょう。


いろんな事が今までのように、行かないという事は、

何か、根本的に本質的なもを、歪曲してみてきているのではないだろうか?


ジプシーや、遊牧民など、 必要なものだけをもって
どんどん移動していくのは、
自然の摂理と調和して、 物質的な永遠というのは無いという事を
知っていたのではないのだろうか?

何かに、固執したり、執着したりする事は、
不必要な抵抗なのかも知れません。

しかしながらに、個という感覚は人間の中で大きなアイデンティーであり、
それらをなくすのは、不可能でしょう。

個という認識で物事を見る限り、執着はつきものでしょう。
だからといってそれが、悪いとか、良いとかの話でもなく、


流れに委ねるという事は、
ある意味、本質のレベルで、信頼するという事に繋がるのではないだろうか?

もしかしたら、地に着く生き方なんて、本当はないのかもね。
ぎゃくに、地に着く生き方してたら、苦が耐えないのかもね…。



答えはわかりませんが、 面白い問いがやってきたので、忘れない様に、書いてみました。

LOVE
Chiyo xo


伊勢 2011年12月!
72のカバラの天使コースパート2



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