2012年06月19日

【アーカイブス】床屋さん電車

テーマ:駅長

 本日は台風接近ということで、早めの帰宅となった。職場待機のメンバーの方も居ると思われ、ご苦労様である。いまは、無事に台風が過ぎ去ってくれるのを願うのみである。


 さて、本日は貫通扉の形状に特色がある元阪神電車を紹介しよう。もちろん、阪神の現役時代ではなく、高松琴平電鉄に移ってからの撮影である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 まずは、この形状。縦長にすらりと伸びた貫通扉のガラスと、それをあけるための取っ手の形状がいかにもお洒落である。この形状から、この電車は床屋さんとか喫茶店という愛称で呼ばれた。


では、この扉はどのように開いたのだろうか。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

 

 その証拠?がこの写真。どうやら折り部に蝶番がついていて、片側に折り畳むように開いたようだ。開いた時にロックできるよう、穴があけられている。

 ところで、今になって気がついたのであるが、この運転台、出入り口が貫通路側にはないようで、運転台の後ろが開くようにも見える。となると、この運転台の座席はどのような形だったのだろうか?残念ながら、そこまでの記憶はない。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

 いかもに小私鉄の終着駅といった好ましい雰囲気の長尾駅。改札のところのホームが低いが、この部分で乗降したわけではなく、手前の高いホームで乗降が行われたのだろう。では、どうしてこの電車がその部分に停まっているのか、といえば、朝ラッシュ時の増結のためではないかと思う。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 

 元阪神の30形がいた頃の長尾線平木駅。右は、元京浜の120形、左の62も元京浜であるが、こちらは車体が更新されている。この頃の琴電は、実にバラエティに富んだ電車がいた。


 ところで某大学鉄研OB会のブログで、このブログのメンバーにも関心がありそうな記事が連載されている。


http://drfc-ob.com/wp/


 そのポイントは、このあたりにあるのだろう。

>>現状を記録することは、もちろん重要ですが、この齢になると、その後の整理はもっと重要なテーマになってきます。このまま行けば、せっかくの写真が何ら有為に活用されないまま、人間と一緒に葬り去られていくのではない

か、そんな危惧を持ちます。そのためには、撮影を差し置いてでも、整理の道筋をつけることが喫緊の課題となってきました。

 この一連の記事でも推奨されているように、将来の保存、そして活用、ということを考えると、ネガ・ポジのデジタル化は避けられない。特に、古い写真を探し出す時には、デジタルデータ化していればすぐに見つけだすことができるなど、一石二鳥である。まさにデジタル化は喫緊の課題ということができよう。

 小生のネガ・ポジのデジタル化は、ようやく30000カットに達しようとしている。しかし、まだ、ようやく学生時代の分がほぼ終了した程度である。さて、ある程度の目途がたつのはいつ頃であろうか。(駅長)


PS/記事中にあるビネガーシンドロームの発生理由であるが、メーカー、保存方法に加え、水洗の仕方も大きな要因になっているらしい。ちなみに、モノクロフィルムはF社よりS社の方の階調が好きだった(ちょっと硬調)こともあり、S社のフィルムが多いが、それにはビネガーシンドロームの兆候は見られない。 


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2 ■喫茶店の内側

喫茶店の内側の写真はあまり見たことがなかったので、興味深く拝見しました。琴電での活躍の記録ははギリギリ間に合いませんでした。ぜひとも撮りたかった車両のひとつでした。(電車運転士)

1 ■ニックネーム

今の若い世代の人たちから見れば、なぜこの電車が「床屋さん」、「喫茶店」と呼ばれたのか、不思議に思うかもしれません。それだけこのニックネームは昭和の時代を反映していたわけですね。今では独特なスタイルをした車両が徐々に少なくなり、画一的なものばかり。これじゃあニックネームの付けようがありません。でも、たまに意表をついた車両が現れますが。(出札掛)

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