2011年08月24日

【アーカイブス】三河海線の貨物

テーマ:駅長

 これまでン十年の鉄活動を行ってきた中で、悔いを残していることは数限りなくあるが、そのひとつに三河海線の各駅から出ていた貨物側線を探訪しなかったことがある。貨物列車が無くなっていれば、これはやむをえないが、まだ貨物が現役の時に三河海線を訪れていて、怪しい側線があったことを確認しているので、なんとも悔いが残る。近年、廃止となった路線を地図上にプロットした書物が多く発刊されているが、それらを見ていると、なぜ、当時にそうした気持ちにならなかったのか、残念でならない。

 そんなわけであるから、三河海線の貨物も1度しか撮影に行っていない。三河海線の貨物は昭和52年5月に無くなっているので、その廃止直前に撮影に行ったようだ。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 まずは碧南~吉良吉田間廃止の時に最大の撮影地となった矢作川の鉄橋である。この角度だと、三河一色行きの貨物だろうか?それにしても、これほどの長い貨物を牽いているとは、今にして思えば驚きである。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 この列車の帰りを追っかけているようである。これは新須磨と新川町間の新川の鉄橋。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これは海線随一の撮影地である北新川~三河高浜間の高浜川の鉄橋。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これは三河高浜と吉浜の間。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 吉浜でデキ400の牽く貨物と行き違っているようだ。まさしく三河線が貨物王国だった頃の片鱗が伺うことができる。


 今、見ると、これら貨物は結構魅力的な被写体なので、一度しか撮影に行かなかったことが残念ではある。まだこの頃は名鉄各線に貨物が残っていたので、あえて行くほどの必要性を感じなかったのだろう。今も残っていれば、朝練の必要もなく、朝、ゆっくりできる??


 ところで、この時にブローニー版のカラーも撮影していたはずだが、それを最近見ていないことに気がついた。さて、どこにしまい込んだのか。こうやってスキャンしていると、確か撮影したはず・・・・という写真が、どこを探しても出てこないことが往々にある。ネガでは見た記憶があるので、探しても出てこない、というのはなんとも落ち着かない。当時、撮影しなかったというよりも、ネガを探して出てこないことのほうが、もっと問題であることは言うまでもない(駅長)


 



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2 ■黒デキの貨物

M社も大手民鉄の中では貨物輸送が活発な会社のひとつでした。更新前の黒デキはやっぱりいいですね。自分も出札掛様同様、犬山線(布袋)がギリギリセーフで、早朝に犬山橋で撮った記憶があります。(電車運転士)

1 ■名鉄の貨物列車

名鉄の貨物列車といえば、地元・犬山線を走る姿しか記憶に残っていません。写真を撮りだした頃は、もはや風前の灯火。布袋駅での入れ替え作業を見ているだけで満足していました。三河海線で、あと5年ほど残っていてくれたなら、ぜったい追いかけに行っていたのにな~。(出札掛)

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