パスポート置忘れ事件
2004-09-21
テーマ:NPOのお仕事
過去の活動において、実に多くの失敗を重ねてきたが、
被害総額、規模、影響度ともに組織全体においても
1位、2位を争う、大きな事件が「パスポート置忘れ事件」。
きっと、あれほどのビッグなハプニングは、
今後の人生において出逢えないんじゃないかと、
何かコトあるたびに、あの時よりはましだと思える貴重な体験です。
+++++++++++
2002年8月29日
フィリピン・ボホール島タグビラランにて。
明日は帰国の日。
前の日から、39度から40度くらいの高熱が続くが、
それ以外の全員は至って元気で、旅自体は順調そのもの。
最後に旅を振り返る「わかちあい」の時間も無事におえ、
あとは起きて、フェリーと飛行機に乗って、帰るだけ!
本部の部屋のベッドで意識朦朧としながら寝ていると、
ひとりのスタッフがやってきて言った。
「明日、出発の時間にはホテルのフロント開いてないから、
今のうちに金庫のパスポートとっておいてってさ。」
ホテルのオーナーのママが、明日の朝はいないから、
預けていた全員分のパスポートをとれってことらしい。
ホテルの全部屋10日間借り切っていた客が帰るんだから、
見送りくらいくるだろうと思いきや、さすがマイペースなフィリピン人。
かくしてパスポートは、本部の部屋に来た。
「どこに置く?」
「クローゼットの中は?」
「うわっ、クローゼットの中、アリだらけやねんけど!」
かわいい大学一年生の陽子ちゃんよ、
頼むから食いかけのお菓子をクローゼットの中に隠さないでください・・・
そして全員分のパスポートは、
お腹をすかせたアリにまみれたクローゼットではなく、
ベッドと壁の間の細い床の間に無造作に置かれたのでした。
「明日、そのパスポート誰が持ってく?」
「うーん、池内よろしく」
(と、意識朦朧とした中で、言った気がする。気がするだけかもしれないけど)
そして翌朝。
8時過ぎのフェリーで空港のあるセブまで移動するはずでした。
フェリー乗り場まではジープニーで15分ほど。
7時には起床のはずでした。
が、見事に寝坊。
高校生がスタッフ部屋に来て、ねぇねぇ起きなくていいの?
って言ったのが確か7時半くらい。
早かったねー、飛び起きるの。
部屋中たたき起こして、荷物をまとめ、
ホテルの人への挨拶も早々に、3台のジープニーに飛び乗って、
フェリー乗り場へと向かう。
めっちゃお世話になった現地コーディネーターのナンシーと、
またね、とハグをして、ギリギリセーフでフェリーに乗れた。
あぁ~、朝からどっと疲れたと、
ホテルの人が作ってくれたボリュームたっぷりのサンドイッチをほうばった後、
ほとんどのメンバーがもう一度眠りに落ちていた。
うちも相変わらず熱が下がらず、ヒエピタを貼って再度オヤスミ。
そこへ、フェリーの添乗員がチームリーダーはどこ?と
話しかけにくる。
「はい、あたしですが何でしょう?」
「あなたたちの泊まってたホテルから港に連絡があって、
パスポート置き忘れてるらしいわよ。」
「★〇ж£ИёЩ*??!」
眠気がいっきに吹っ飛んだ。
熱も下がった。気がした。
でも、やたらと何故か冷静だった。
フェリー到着から飛行機の出発時間までは、
そんなに時間がなかった。
折り返しのフェリーの時間を調べてみると、
港でパスポートを受け取ったとしても、
予定していた便には間に合いそうにない。
スタッフは、社会人引率を入れて8人。
英語が話せる社会人引率の一人に、船の無線からホテルに、
とりあえずパスポートを港に持ってきてもらうように依頼。
副責任者が、折り返しのフェリーでタグビラランに戻ることにする。
とりあえずセブの港には現地コーディネーターのアンジェラがいる。
子どもたちとスタッフ二人は、アンジェラが手配してくれたバスで、
しばらく待機してもらおう。
9月1日から高校生達は2学期が始まる。
なんとしてでも今日中には帰りたい・・・
港に着いてとりあえず、アンジェラに状況を伝える。
すでにナンシーから状況を聞いていた彼女は、
相変わらずとっても頼りになった。
彼女の叔父さんが空港で勤めているから、
次の飛行機が空いていないかチェックしてあげるという。
私も、フェリーを降りてすぐさま、日本の旅行代理店に電話した。
電話口のマネージャーは、えらく驚いたのもつかの間、
すぐに対応を始めてくれた。
今日中に帰れる飛行機を手配するから、15分後に電話くださいとのこと。
はっきりと何があったかはまだ伝えていないが、
さすがに緊急の対応をしていることはわかるらしく、
心配そうな高校生たちが前を通り過ぎていく。
15分後にもう一度日本に電話した。
声はあまり明るくなかった。
夏休みの最後だけに、関空行きの飛行機はいっぱいらしい。
成田まで飛んで、そこから関空となると、お金が膨大にかかる。
さらに、パスポート忘れとなると、自分達の過失なので
振り替えという手続きができずに、新規で購入する必要がありそうだ。
アンジェラの叔父さん経由でとれるかなぁと聞くと、
28人分は無理でしょう、との答え。
さらに、そっちからだと余計に高い可能性もあるよと言われた。
「絶対に安い値段で、明日のチケット手配するから、
夕方にもう一度電話してください」
そういってくれた旅行代理店のマネージャー、
思わず泣けてしまいました。
とりあえず今日中に帰れる可能性はなくなった。
やれやれ、今度は宿の手配だ。
叔父とやりとりをしてくれたアンジェラに、
今度はとりあえず宿を手配してくれるように頼む。
そのまま空港に向かうはずだったので、昼食場所も手配しなきゃ。
「アンジェラ、めっちゃ安くで泊まれるホテルと、
めっちゃ安くで食べれるレストランを手配してほしいの」
「OK」
約40分ほど、おとなしく待っててくれたバスのドライバーと
高校生とともに、アンジェラの手配してくれたホテルへと向かう。
ハビが懇意にしているホテルというが、
一人一泊20ドルの破格の値段。しかもめちゃキレイ。
さすがアンジェラ、まじで仕事できるよ・・
ほぼ何も考えずに決めた部屋割りに、おとなしく従い、
移動する高校生たち。
あぁ、なんて聞きわけが良く、場の空気が読めるようになったんでしょう。
単に、うちの顔が怖かっただけかもしれないが。。
荷物を置いて、向かいのレストランに。
なんと、10ドル食べ放題・飲み放題のお店!
まじでアンジェラに感動。
こんなハプニングで、体調も悪いのにご飯なんて食べれない!
と思いきや、おいしかったので、色々つまんでしまう。
「一回オフィスに帰るわね、帰りの便決まったら連絡してね。
チケット取りに、空港に行かなきゃいけないだろうから。」
「OK、ありがとうね」
一旦アンジェラと別れ、高校生はショッピングにでかける。
ホテルの一室で、今後の対策を練る本部。
日本の事務所には、すでに代表が連絡していた。
これまで昼寝してるか、本読んでるかだけだった代表ですが、
さすがに有事の際は頼りになります。
保護者には日本の事務所からも電話連絡するけど、
高校生にも自分達から自宅に電話させよう。
テレホンカードを大量に買った。
チケット買うお金どうする?
キャッシュは必要最低限しか持ってきてなかったので、
スタッフのクレジットカードの限度額を分割して払うことにする。
後は、明日の飛行機がFIXするのみ。
しかし被害総額いくらになるんだろう・・・
今日の夕食の場所、明日の朝食の手配、バスの手配など、
悩みは尽きない。
そして夕方、日本の旅行代理店に電話する。
「チケットおさえましたよ、明日の夕方の便。
エコノミーが空いてなかったので、一部はビジネスです」
「!!!」
「だいじょうぶ、エコノミーの値段でビジネスですから。」
「!!!?」
「日本人の若者が、あなたの国にボランティアで家建てに行ったんですよ。
とあるハプニングで帰国が延期になったが、どうしても帰りたい。
ビジネスしか空いてないみたいやけど、エコノミーの値段でいいやろ、
って言ってやったんですよ。はは~。」
マネージャーが神様に思えました。
そんなこんなで、飛行機がとれたとアンジェラに報告。
空港にチケット引き換えに行こうと、アンジェラとスタッフ3人は空港へ。
どっと疲れがでたので、しばらく仮眠を取る。
観光地であるセブは、あんまり外に出歩くとややこしい。
ホテルの一階のレストランで夕食にする。
お金のことを心配したら、いいよ、僕がカードで払うから、と代表が一言。
「ごちになります!」
で、ようやく空港から戻ってきた3人を交えて、
今日一日の反省会と明日の確認をする。
あらためて、濃すぎる一日をふり返る。
誰が悪いとかではなく、明日につながるための反省をしました。
さらに、支えてくれているあまりに多くの人たちに感謝しながら、
その日は恐る恐る眠りにつきました。
(また寝坊したらどうしようと、少し心配でした)
その日の夜、アンジェラと携帯のSMSでやりとりしてた。
「本当に感謝してる、あなたのおかげで大変だったけど、
すてきなセブが過ごせました、未熟なうちを支えてくれてありがとう」
「あなたは大きな失敗をしたかもしれないけど、
あなたのチームの高校生はとってもすてきね。これはきっと、
あなたがリーダーだったからでしょう。わたしも
すてきなチームに会えて嬉しいわ」
また泣けた。
翌朝ようやくセブ空港につき、飛行機に乗り込む。
その前に、一人の高校生がバスに荷物を忘れたのだけど、
そんなことは小さなこと。なぁんとも思わなかった。
アンジェラにさくっと電話して、
「忘れたらしい、最後までごめん!」って言っておしまい。
さぁさ、日本に帰りましょう。
とはいえ、保護者の皆さんにどう挨拶したらいいか、
とっても迷っていました。
あわす顔がないというか・・・
このまま飛行機落ちたら、うちらのミスとか関係なくなるのになぁ、
なんて無責任な発言をしながら、関空に到着。
そこには、ほぼ全員のお父さん・お母さんがお待ち兼ねでした。
一日延びて、ご心配をおかけし、申し訳なかったこと、
それでも高校生達は騒がずに、スタッフ達を支えてくれたこと、
この10日間で一回りも二回りも大きくなったこと、
話しながら、またも泣けてしまった。
泣くまいと思ったのに・・・
ダメ押しは、高校生からのメッセージカード。
スタッフ全員に、高校生全員からの寄せ書き。
自分のことで一生懸命だった彼らが、
他人に目を向け、感謝を伝えられるようになったことに、
さらに泣けた。
大好きな仲間と、大好きな高校生と、
暑苦しい11日間をすごした後は、
数十ページにも及ぶ細かな事故報告書と、
被害額の補填に追われたのでした。
ほんと疲れたけど、楽しかった!
支えてくれたすべての人に、改めて感謝。
被害総額、規模、影響度ともに組織全体においても
1位、2位を争う、大きな事件が「パスポート置忘れ事件」。
きっと、あれほどのビッグなハプニングは、
今後の人生において出逢えないんじゃないかと、
何かコトあるたびに、あの時よりはましだと思える貴重な体験です。
+++++++++++
2002年8月29日
フィリピン・ボホール島タグビラランにて。
明日は帰国の日。
前の日から、39度から40度くらいの高熱が続くが、
それ以外の全員は至って元気で、旅自体は順調そのもの。
最後に旅を振り返る「わかちあい」の時間も無事におえ、
あとは起きて、フェリーと飛行機に乗って、帰るだけ!
本部の部屋のベッドで意識朦朧としながら寝ていると、
ひとりのスタッフがやってきて言った。
「明日、出発の時間にはホテルのフロント開いてないから、
今のうちに金庫のパスポートとっておいてってさ。」
ホテルのオーナーのママが、明日の朝はいないから、
預けていた全員分のパスポートをとれってことらしい。
ホテルの全部屋10日間借り切っていた客が帰るんだから、
見送りくらいくるだろうと思いきや、さすがマイペースなフィリピン人。
かくしてパスポートは、本部の部屋に来た。
「どこに置く?」
「クローゼットの中は?」
「うわっ、クローゼットの中、アリだらけやねんけど!」
かわいい大学一年生の陽子ちゃんよ、
頼むから食いかけのお菓子をクローゼットの中に隠さないでください・・・
そして全員分のパスポートは、
お腹をすかせたアリにまみれたクローゼットではなく、
ベッドと壁の間の細い床の間に無造作に置かれたのでした。
「明日、そのパスポート誰が持ってく?」
「うーん、池内よろしく」
(と、意識朦朧とした中で、言った気がする。気がするだけかもしれないけど)
そして翌朝。
8時過ぎのフェリーで空港のあるセブまで移動するはずでした。
フェリー乗り場まではジープニーで15分ほど。
7時には起床のはずでした。
が、見事に寝坊。
高校生がスタッフ部屋に来て、ねぇねぇ起きなくていいの?
って言ったのが確か7時半くらい。
早かったねー、飛び起きるの。
部屋中たたき起こして、荷物をまとめ、
ホテルの人への挨拶も早々に、3台のジープニーに飛び乗って、
フェリー乗り場へと向かう。
めっちゃお世話になった現地コーディネーターのナンシーと、
またね、とハグをして、ギリギリセーフでフェリーに乗れた。
あぁ~、朝からどっと疲れたと、
ホテルの人が作ってくれたボリュームたっぷりのサンドイッチをほうばった後、
ほとんどのメンバーがもう一度眠りに落ちていた。
うちも相変わらず熱が下がらず、ヒエピタを貼って再度オヤスミ。
そこへ、フェリーの添乗員がチームリーダーはどこ?と
話しかけにくる。
「はい、あたしですが何でしょう?」
「あなたたちの泊まってたホテルから港に連絡があって、
パスポート置き忘れてるらしいわよ。」
「★〇ж£ИёЩ*??!」
眠気がいっきに吹っ飛んだ。
熱も下がった。気がした。
でも、やたらと何故か冷静だった。
フェリー到着から飛行機の出発時間までは、
そんなに時間がなかった。
折り返しのフェリーの時間を調べてみると、
港でパスポートを受け取ったとしても、
予定していた便には間に合いそうにない。
スタッフは、社会人引率を入れて8人。
英語が話せる社会人引率の一人に、船の無線からホテルに、
とりあえずパスポートを港に持ってきてもらうように依頼。
副責任者が、折り返しのフェリーでタグビラランに戻ることにする。
とりあえずセブの港には現地コーディネーターのアンジェラがいる。
子どもたちとスタッフ二人は、アンジェラが手配してくれたバスで、
しばらく待機してもらおう。
9月1日から高校生達は2学期が始まる。
なんとしてでも今日中には帰りたい・・・
港に着いてとりあえず、アンジェラに状況を伝える。
すでにナンシーから状況を聞いていた彼女は、
相変わらずとっても頼りになった。
彼女の叔父さんが空港で勤めているから、
次の飛行機が空いていないかチェックしてあげるという。
私も、フェリーを降りてすぐさま、日本の旅行代理店に電話した。
電話口のマネージャーは、えらく驚いたのもつかの間、
すぐに対応を始めてくれた。
今日中に帰れる飛行機を手配するから、15分後に電話くださいとのこと。
はっきりと何があったかはまだ伝えていないが、
さすがに緊急の対応をしていることはわかるらしく、
心配そうな高校生たちが前を通り過ぎていく。
15分後にもう一度日本に電話した。
声はあまり明るくなかった。
夏休みの最後だけに、関空行きの飛行機はいっぱいらしい。
成田まで飛んで、そこから関空となると、お金が膨大にかかる。
さらに、パスポート忘れとなると、自分達の過失なので
振り替えという手続きができずに、新規で購入する必要がありそうだ。
アンジェラの叔父さん経由でとれるかなぁと聞くと、
28人分は無理でしょう、との答え。
さらに、そっちからだと余計に高い可能性もあるよと言われた。
「絶対に安い値段で、明日のチケット手配するから、
夕方にもう一度電話してください」
そういってくれた旅行代理店のマネージャー、
思わず泣けてしまいました。
とりあえず今日中に帰れる可能性はなくなった。
やれやれ、今度は宿の手配だ。
叔父とやりとりをしてくれたアンジェラに、
今度はとりあえず宿を手配してくれるように頼む。
そのまま空港に向かうはずだったので、昼食場所も手配しなきゃ。
「アンジェラ、めっちゃ安くで泊まれるホテルと、
めっちゃ安くで食べれるレストランを手配してほしいの」
「OK」
約40分ほど、おとなしく待っててくれたバスのドライバーと
高校生とともに、アンジェラの手配してくれたホテルへと向かう。
ハビが懇意にしているホテルというが、
一人一泊20ドルの破格の値段。しかもめちゃキレイ。
さすがアンジェラ、まじで仕事できるよ・・
ほぼ何も考えずに決めた部屋割りに、おとなしく従い、
移動する高校生たち。
あぁ、なんて聞きわけが良く、場の空気が読めるようになったんでしょう。
単に、うちの顔が怖かっただけかもしれないが。。
荷物を置いて、向かいのレストランに。
なんと、10ドル食べ放題・飲み放題のお店!
まじでアンジェラに感動。
こんなハプニングで、体調も悪いのにご飯なんて食べれない!
と思いきや、おいしかったので、色々つまんでしまう。
「一回オフィスに帰るわね、帰りの便決まったら連絡してね。
チケット取りに、空港に行かなきゃいけないだろうから。」
「OK、ありがとうね」
一旦アンジェラと別れ、高校生はショッピングにでかける。
ホテルの一室で、今後の対策を練る本部。
日本の事務所には、すでに代表が連絡していた。
これまで昼寝してるか、本読んでるかだけだった代表ですが、
さすがに有事の際は頼りになります。
保護者には日本の事務所からも電話連絡するけど、
高校生にも自分達から自宅に電話させよう。
テレホンカードを大量に買った。
チケット買うお金どうする?
キャッシュは必要最低限しか持ってきてなかったので、
スタッフのクレジットカードの限度額を分割して払うことにする。
後は、明日の飛行機がFIXするのみ。
しかし被害総額いくらになるんだろう・・・
今日の夕食の場所、明日の朝食の手配、バスの手配など、
悩みは尽きない。
そして夕方、日本の旅行代理店に電話する。
「チケットおさえましたよ、明日の夕方の便。
エコノミーが空いてなかったので、一部はビジネスです」
「!!!」
「だいじょうぶ、エコノミーの値段でビジネスですから。」
「!!!?」
「日本人の若者が、あなたの国にボランティアで家建てに行ったんですよ。
とあるハプニングで帰国が延期になったが、どうしても帰りたい。
ビジネスしか空いてないみたいやけど、エコノミーの値段でいいやろ、
って言ってやったんですよ。はは~。」
マネージャーが神様に思えました。
そんなこんなで、飛行機がとれたとアンジェラに報告。
空港にチケット引き換えに行こうと、アンジェラとスタッフ3人は空港へ。
どっと疲れがでたので、しばらく仮眠を取る。
観光地であるセブは、あんまり外に出歩くとややこしい。
ホテルの一階のレストランで夕食にする。
お金のことを心配したら、いいよ、僕がカードで払うから、と代表が一言。
「ごちになります!」
で、ようやく空港から戻ってきた3人を交えて、
今日一日の反省会と明日の確認をする。
あらためて、濃すぎる一日をふり返る。
誰が悪いとかではなく、明日につながるための反省をしました。
さらに、支えてくれているあまりに多くの人たちに感謝しながら、
その日は恐る恐る眠りにつきました。
(また寝坊したらどうしようと、少し心配でした)
その日の夜、アンジェラと携帯のSMSでやりとりしてた。
「本当に感謝してる、あなたのおかげで大変だったけど、
すてきなセブが過ごせました、未熟なうちを支えてくれてありがとう」
「あなたは大きな失敗をしたかもしれないけど、
あなたのチームの高校生はとってもすてきね。これはきっと、
あなたがリーダーだったからでしょう。わたしも
すてきなチームに会えて嬉しいわ」
また泣けた。
翌朝ようやくセブ空港につき、飛行機に乗り込む。
その前に、一人の高校生がバスに荷物を忘れたのだけど、
そんなことは小さなこと。なぁんとも思わなかった。
アンジェラにさくっと電話して、
「忘れたらしい、最後までごめん!」って言っておしまい。
さぁさ、日本に帰りましょう。
とはいえ、保護者の皆さんにどう挨拶したらいいか、
とっても迷っていました。
あわす顔がないというか・・・
このまま飛行機落ちたら、うちらのミスとか関係なくなるのになぁ、
なんて無責任な発言をしながら、関空に到着。
そこには、ほぼ全員のお父さん・お母さんがお待ち兼ねでした。
一日延びて、ご心配をおかけし、申し訳なかったこと、
それでも高校生達は騒がずに、スタッフ達を支えてくれたこと、
この10日間で一回りも二回りも大きくなったこと、
話しながら、またも泣けてしまった。
泣くまいと思ったのに・・・
ダメ押しは、高校生からのメッセージカード。
スタッフ全員に、高校生全員からの寄せ書き。
自分のことで一生懸命だった彼らが、
他人に目を向け、感謝を伝えられるようになったことに、
さらに泣けた。
大好きな仲間と、大好きな高校生と、
暑苦しい11日間をすごした後は、
数十ページにも及ぶ細かな事故報告書と、
被害額の補填に追われたのでした。
ほんと疲れたけど、楽しかった!
支えてくれたすべての人に、改めて感謝。







