犯罪者と自殺者の出ない社会を目指そう!
テーマ:ブログ今回の秋葉原の事件について、亮太さんが記事にしてました。
今の時点の最新記事には、亮太さんなりに考え、目標にしていることを新たに記事にしてました。
まだ反映はされてませんが、私もとっちらかった文章かもしれませんが、
その時に伝えたいことを兎に角コメントしました。
私の言っていることが正しいかどうかはわかりませんが…。
あるお友達とか色んな方が言ってますが、
(許可もなくごめんなさい)
犯人のやったことは決して許されることではないし
また、許してはならないことです。
でも、私も含めて、今のこのストレス社会。
自分が加害者になってもおかしくない世の中です。
そのお友達が言ったように、ストレスとかが
外に向けて発散してしまうか
或いは、自分を痛めつける方に向いてしまうか。
確かにその2面は紙一重なのかもな、って思いました。
国家にしっかりしてもらいたい…と言う気持ちも無くはないのですが、
結局、人間同士の思いやりと言う気持ち…
どうやったら傷つくかとかそう言ったことが全体的に欠如していることが原因じゃないでしょうか。
これは、私自身にも言えることです。
世の中、個人主義になっていて…
もちろん、自分を大切に出来ない人が、他人も大切に出来るとは思えないので
ある程度は自分を大切にすることは大事なことだと思うのです。
しかし、その個人主義の度合いが、ちょっと違う方向に向いてしまっているのではないかと思うのです。
「自分さえ良ければ」
「私が!私が!」
って言う気持ち。
その利己的な考えをぶつけ合って、ストレスがたまっていく。
また、職場で「合理化」を目指しつつ、
一方で、明らかに「無駄である」ことを従業員に押しつける。
また、関係ない仕事には、一切関わらない。
(業務の繁忙さもあるので、これはある程度やむを得ない部分はあるかもしれませんが)
そう言ったことがストレスとか怒りを生むのかなって思います。
上層部等が変われば一番いいでしょう。
ただ、人に変わって貰うことを期待するだけでなく
まずは「自分から、世の中を変えて行こう!」
と言う気持ちを持つこと、そしてこういった問題を自分なりに真剣に考えること。
すぐに効果があるとは限らないし、所々で期待は裏切られるかもしれない。
でも、諦めずに真剣に考えて、自分が出来ることから少しずつでも変えて行くことからはじめてみなきゃなにも始まらないと思うんです。
これは、他の人に対して…と言うのもあるけど、自戒を込めて書かせてもらっています。
私も何かあると、つい人のせいにしてイライラしていたけど、簡単に人のせいにするくせはきっぱりやめるつもりです。
ただ、私は立派な人間ではないので上手く出来る自信がありませんが、それでも目指して行くことは決して無駄ではないと信じて行きたいです。
私のブログを読む人数はほとんど少ないので、ここで必死で叫んでも意味があるかどうかはわかりません。
でも、もし読んで下さる方がいてはったら、犯罪者と自殺者が出ない社会になるにはどうすればいいか、皆さんなりに考えていただければ、とっても有り難いことです。
中には、“死にたいと思うなら、人を巻き添えにせずに1人で死ね”なんて言う人もいるけど、でもそれはあまりにも悲しすぎると思いませんか?
巻き添えであろうと、1人であろうと、寿命をまっとうとせず、自ら命を落とそうとする行為はあってはいけないこと。
自殺を止めて、その後の生活を私が保証する、と言う責任がないくせに言うのはどうかと思うけど、死んでしまえば、もう終わりなんだから…生きていれば良くなるチャンスだってあるんだもの。
手短にまとめるつもりが、つい長くなってしまいました。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
表現が拙いので、伝わるか自信ないんですが…。






1 ■TBありがとうね。
そして色々とあづちんなりに考えてくれてありがとう。
アタシも決してこの事件が許されるものではないし
容疑者はかなり稚拙な思考能力だというのはわかってる。
でもね・・・やっぱり人間に「絶対」という事は
「いずれ死ぬ事」だけであって後は何一つとして「絶対」はないと思うんだ。
非難するのは簡単な事、でもあえてアタシは違った角度から記事にしてみたんだ。
正直アタシだって突発的な何か(それは本当に何かがわからないけど)があったとしたら今の「理性」を保てるか?と問われたらぶっちゃけ自信がない。
「絶対」と言う言葉はそんなに簡単に使うものではないから。
そんな訳でアタシの方からもTB打たせてもらうね♪