全国交通事故遺族の会のトライアルの会同窓会

テーマ:

昨日(7月16日)は、2012年に解散してしまった

全国交通事故遺族の会のグループの一つで、

トライアルの会という集まりの同窓会でした。




過去に何度か書いていますが、

トライアルの会は裁判傍聴支援グループです。


その同窓会が数年ぶりにあって行ってきました。


トライアルの会には、私の事件の裁判傍聴で、

ずっと支えてもらっていたので大きな恩があります。


私は既に内々で解散が検討され始めていた時期に、

全国交通事故遺族の会に入会したので、

解散後の今回、初めて会って話す人もいました。


また、お互いの事件は知っているつもりでも、

あらためて色々話して、自分が認識していたよりも、

はるかにつらい話だったと知ることもありました。


私が遺族になって、遺族活動を始めた出発点は、

全国交通事故遺族の会への参加でしたので、

その集まりに出ると、どうしても感じるものがあります。

AD

7月度あいの会グリーフサポート

テーマ:

この土曜日はあいの会でした。


山口県から、グリーフサポートやまぐちの

山根和子さんをお招きしてのグリーフの話し合い。

そして遺族の集まりの歩みや方法などを話し合い、

解散してしまったけど、山根さんも私も会員だった、

全国交通事故遺族の会のDVDを観たりしました。








細かい内容はあいの会のブログに書いたので、

ここでは重複して繰り返しません。

http://blog.livedoor.jp/i_nokai0708/archives/49047359.html


個人のことに引き付けて言えば、

義父母の言葉に傷つき、距離のできた人が多いことに、

あらためて考えさせられるものがありました。


私もそうした一人だからです。


具体的な言葉は個々の事情なので書きませんが、

やはり親身にしてもらっていたと思っていたら、

遠い場所にいたとわかった時はとても悲しく感じました。


もちろん私の義父母も、そして遺族の多くの義父母も、

決して悪い人ではなく、ごく普通の人たちです。

マザー・テレサみたいな人はあちこちにいるわけではないし、

親を奪われた場合、遺族からみた多くの義父母にとっては、

数回会った他人が殺されたに過ぎない場合がほとんどです。

子供や配偶者が殺された場合の兄弟姉妹なども、

結局他人同士ですし、同じことが起きてしまいがちのようです。
そうしたごく普通の人たちに、同じ感覚を求めるのは、

最初から無理ですし、それ自体傲慢な話なのだと思います。


遺族は時の経過とともに無理解に接することが多くなります。

そしてそれはある意味仕方のないことなのかもしれません。


この分野に限らず、100人いたら100人が賛同する話なんて、

ただ単に気持ちの悪いだけなのだとも思います。


ただ無理解に接することが多いなかでも、

月1回、「ここでしか話せないこと」を話し合う時間がある、

ということはやはり恵まれていることなのだと実感しています。


あいの会も集まり前日の7月8日に4歳の誕生日を迎えました。

この継続は、それなりに誇ってもいいのかなと思っています。

AD

フジテレビの品格

テーマ:

再度フジテレビのことに触れたいと思います。
しつこいと思われるかもしれませんがご容赦ください。


前々回、フジテレビは間違いなく、ほとぼりが冷めた頃、
すべてを忘れて、再び被害者を出すだろうと書きました。


しかし、最近のフジテレビの動きを見ていると、
ほとぼりが冷めるのを待つつもりすらないようですので、
被害者として、苦言を一言書いておくべきと思いました。


まず舛添氏の問題。


私は評論家でもないので、問題自体には立ち入りません。
ただ「衆愚の濁流」というべき現象にはうんざりでした。


しかし、フジテレビの逸脱ぶりは別格でした。
いくらなんでも子供を追いかけまわすのは論外でしょう。

舛添氏が怒るのも当然です。


このことで舛添氏は既にBPO申立てをしたらしいですが、
問題ありと認定されるのはほぼ間違いないと考えます。


また過去のラブレターを晒すのも意味不明です。
報道でもなんでもない、ただの下品な暴力でしかありません。


次にガッツ石松氏の最近の話。


ネットで読んだ範囲ですが(フジはもう観る気も起きません)
猿に似た芸能人に猿の真似をさせるという、
何が面白いと考えたのか不可解な番組があったそうですが、
本人はそんな企画に出るなんて聞いていなかったそうで、
怒って途中で帰ってしまったとのことでした。


ちゃんと企画内容を説明すれば当然断られるだろう番組で、
事前説明を偽って、騙して出演させようとする・・・。
私の事例と全く同じパターンであることに唖然としました。


ほとぼりが冷めるのを待つも何もない。
これは彼らの本質なのだとわかりました。


反省せずに、逆恨みしてくる理由もよくわかりました。


フジテレビのバラエティ制作担当局のトップは、
お詫びと題した挑戦状を、シャチハタまで押して送り付け、
その非礼を指摘すると、謝罪文を出す際は、
常にシャチハタを押していると強弁してくるような人物です。


最近、フジテレビの番組を評する言葉として、
「面白くもなく、意味不明で、不愉快」とよく目にしますが、
その程度のレベルの人物がトップにいる組織、
そんな程度の組織が作った番組、ということを考えると、
「観ない」「関わらない」が正解のテレビ局だと思います。


今年のフジテレビの株主総会は、荒れに荒れたと聞きます。
もはや更生を望める相手ではないなというのが実感です。


この問題に触れるのは、あと2回位にとどめようと思います。
現在やり取りしている内容がひと段落ついたらその報告と、
最終的なBPO報告が出たら見解を出すことはする予定です。


ただ「ああ、あの連中のフジテレビか・・・」と聞けば失笑して、
観る気も起きないテレビ局ができたのは悲しく感じています。

AD

6月度あいの会グリーフケア

テーマ:

先週土曜日(6月25日)は、あいの会でした。
グリーフケアワークショップと懇親会。


今回のグリーフケアのワークショップは、
自分を守るための心の境界線の話。
いわばどう結界を張るかの話だと思います。


悲惨な悲劇を経験したからと言って、
必ずしもその苦しみや悲しみについて、
周囲から理解が得られるわけではありません。


特に悲劇から月日が経過していくと、
本人にとっては、ずっと昨日の感覚であっても、
「いつまでそんなことを引きずっているんだ」
という無理解に直面することは少なくありません。
それも身近と思っていた人から不意打ちにきます。


世間とはそんなもの・・・なんて諦観の境地には、
なかなか至りませんし、やはり傷つくものです。


そんな現実世界では各人が最低限の結界を張り、
悪意や無理解からの自己防衛はすべきと思います。


懇親会ではBPOの件をあらためて相談しました。


私としてはBPOの判断は当たり前の常識の範疇で、
正直なところ、感慨も何もないのですが、
決定通知書を読む限り、圧倒的な勝利らしいです。


いや・・・そもそも勝ちも負けもないし、
当たり前のことを当たり前に訴えただけなのですが、
フジテレビがトンチンカンな悪あがきをしたせいで、
とんでもない時間と労力を費やすことになりました。


本当に迷惑な話です。


しかも反省していないと来ている・・・
最低最悪の一言です。


フジテレビは今後もBPO常連席に座り続けるのでしょう。
遺族としては、もう二度と関わりたくない会社です。


フジテレビが愚かなのか、弁護士が暴走しているのか、
そのBPOのことでは、コントのような進展があります。
これはまたタイミングをみて、報告したいと思います。


ちなみにフジテレビはよほど悔しがっているようです。
悔しがるんじゃなくて反省しろよと言いたいですが・・・

きっと理解できないのだろうなと思うと悲しいですね。


とにかく月1回のあいの会への参加。
ここでしか話せない話がお互いたくさんあります。
やはりこれが一番のグリーフケアかなと感じています。



フジテレビから届いた非礼な文書

テーマ:

あいの会ブログでも書きましたが、BPO決定通知後、
フジテレビからとても非礼な書面が送られてきました。


本気でこんなのを受け取ってもらえると思ったのか・・・
そうだとしたらその感覚のズレに唖然としますが、
当然受け取りを拒否し、突き返させていただきました。


あいの会ブログの一部繰り返しになりますが、

整理するとフジテレビからは以下の2点が届きました。


***


【「お詫び」と題された書面の要旨】
・誰もが加害者になりうることを訴えるドラマを制作した
・被害者を批判的に見る意図はなかった
・事前説明がなく「結果として」不快な思いをさせ申し訳ない
・二度とこのようなことがないように再発防止につとめる
(なおバラエティ制作局長名の下にシャチハタ押印あり)


***


【「ご通知」と題された弁護士名の書面の要旨】
・BPO決定は「人権侵害なし」との判断だった
・しかし不快な思いをさせたので、敢えて謝罪文を出す


***


本音では画像を晒し、その非常識ぶりを公開処刑したい。
しかし突き返した書面なので、我慢して要旨にとどめます。


「お詫び」文書は、自己弁護の言葉ばかりが羅列され、
文章の端々から放送倫理上問題ありとされたことに、
悔しさが随所ににじみ出た内容となっていました。


内容もそうですが、シャチハタを押してくるところは、
あきらかな侮辱と挑戦の意図を示していて驚きました。


謝罪文というタイトルで挑戦状を書いてきた有様です。
(常識がないだけかもしれませんがまず意図的でしょう)


「ご通知」文書は、そもそも何のために書いてきたのか、
激怒させるだけなのは自明ですし、不可解な話です。


問題なかったけど、敢えて謝罪文を出してやる?

どれだけ上から目線なのか、何様のつもりなのか。


どちらもとにかく幼稚な文書でした。
表面的な謝罪と反省すら示すことのできない幼さ。


こんなのを出すのが、かつてのフジテレビかと思うと、
凋落ばかり話題ですが、当然の流れだと実感します。


はっきり言えるのは、フジテレビは反省していないこと。
そして「真摯に受け止める」は全くの虚言であったこと。


そして間違いなくフジテレビは、ほとぼりが冷めた頃に、
すべて忘れて同じような番組を作り、被害者を生み出す。
それははっきり確信しています。


憤りは当然ですが、そのことをとても悲しく思っています。


文書返却にあたり、以下を書いた文書を添えました。


・謝罪文にシャチハタなど前代未聞、馬鹿にした話だ
・最低限の事実相違箇所の修正
・制作局長名ではなくフジテレビ代表者の署名捺印が当然
・郵送ではなく、手渡しでの提出であることが当然


今後フジテレビがどんな姿勢を示してくるかわかりません。
ただおそらく失望で終わってしまうだろうと予想しています。


フジテレビはまたマスコミ被害者を生み出すでしょうから、
せめて私ができることは、こうした行状を記録しておくことで、
「あの時、更生の機会があったのになぜ活かさなかったのか」
と振り返らせるアーカイブを遺していくことだと思っています。

弁護士の役割

テーマ:

間が空きましたが、前回の続きです。


フジテレビは今回大きな失態を犯しました。


「自転車事故はこんな重大事になるというドラマの冒頭に、
その悲惨さを伝えるインタビューを撮らせてほしい」
と嘘をついて、茶化した当たり屋のドラマの冒頭に、
遺族の冒頭インタビュー映像を撮って流してしまった。


ありえない話です。


普通に考えれば、弁解のしようのないことをしたわけで、
平謝りをして、再発防止を誓うことがすべき全てだったはず。


しかしフジテレビはそれができなかった。


そして失態の上に、さらに醜態をさらすはめになりました。


きっと社内にまともなコンプライアンス部署がなく、
こうした場合どうすべきか考える人たちもいないのでしょう。


この醜態に一役買ったのがフジテレビの弁護士の存在です。


「最後に当たり屋が出てくるが当たり屋の話ではない」

「シナリオを渡す提案をして断られたから問題ない」

「インタビューとドラマは別々だから説明する必要はない」


この二転三転の演出家は、弁護士だったと思われます。


弁護士という人たちは、どうにもならない事態を弁護すると、
とんでもない珍奇な主張を展開する場合がよくあります。


私の事件の時の加害者弁護士も、

「サイクリング自転車は下を向くので信号が見えなくて当然」
「入院中ベッドから落ちて頭を打ったことが死因に違いない」
という珍奇な主張を展開しました。


そして山口県光市母子殺人事件のかの安田弁護団も、
「ドラえもん」「魔界転生」と珍奇な主張をしたことは有名です。


全体的にみた場合、どう考えても自爆しているだけなのですが、
これが一部弁護士によく見られる行動パターンだったりします。


なぜ彼らはこんな賢明とは言えない行動を展開するのか。


そこには法廷での裁判官の思考回路が影響していると思います。


例えばある人が悪いことをして、謝罪すべき場面になった場合、
「うるせえな!悪かったって言ってるだろう!」
こんな態度だったら、普通の人であれば、
「お前、なんだその態度は!全然反省していないじゃないか!」
となりますが、法廷での裁判官は必ずしもそうではありません。


「悪かったって言ってる」というワードにピコーンと反応して、
「被告人は、自らの非を認め、反省の言葉を口にしている」
という判決文を書く裁判官は決して例外ではありません。

私の事件の刑事公判裁判官はこの種の典型的タイプでした。


そんな世界にずっといれば、弁護士も感覚麻痺を起こします。


一部トンデモ裁判官がいて、トンデモ判決を書いてくれる以上、
とりあえずどんなに支離滅裂でも、どんなに見苦しくても、
「言ったもの勝ち」の可能性に賭ける価値はあるわけです。


今回のフジテレビの醜態も、それで説明できる気がします。


フジテレビは弁護士に任せて安心して思考停止になった。
弁護士は職業習性で、反論の余地のない依頼をされた以上、
「言ったもの勝ち」の可能性に賭ける作文を書いてしまった。


そして、今回の当然の結果があるわけです。


弁護士は魔法使いではありません。


やってしまったことをなかったことにはしてくれません。


しかし一部の人はそこを誤解しているような気がします。


「弁護士先生にまかせたから、もう安心だ」


いやいや、あなたがしたことのけじめをつけなければ、
問題は何も解決しないよと言ってあげたい。


フジテレビもそんな当事者意識のない逃げの姿勢だったから、
結局、弁護士の珍奇主張に乗って、そのまま自爆しました。


フジテレビには猛省を促したいと思っています。


そのフジテレビはまた面白い動きをしてきました。
これは次回書きます。

BPOでの今回フジテレビ主張に思うこと

テーマ:

BPOの件は、その後の話の続きもあることから、
今後も断続的に報告していくことになりますが、
今のうちに書いておいたほうがいいと思うことも、
いくつかあると考えていますので、少し書きます。


その一つがフジテレビの主張の変遷ぶり。
そしてそこに果たした弁護士の役割の意味です。


この1年数ヶ月、フジテレビは話をコロコロ変え、
二転三転した主張の変遷を繰り返してきました。


まずフジテレビが最初に主張してきたことは、
「最後に当たり屋が出てくるが当たり屋の話ではない」
という前回も触れた宇宙人主張でした。


それが通じないとわかって次に出してきた主張は、
「シナリオを渡す提案をして断られたから問題ない」
という作り話でした。


無論そんな事実はありませんし、仮にあったとしても、
その場で当たり屋の話だと伝えればよかっただけです。
(そして当然、私は取材を断っていました)


そして、当たり前ですがそれも通じそうにないと知り、
さらにフジテレビが出してきた主張は、
「インタビューとドラマは別々に区切ってあるから、
当たり屋のドラマであると説明する必要はない」
というものでした。


普通に考えれば、馬鹿かとしか言いようのない話ですが、
要するにフジテレビの立場になって考えてみれば、
問題点をぼかすことだけに一生懸命だったのでしょう。


「自転車事故はこんな重大事になるというドラマの冒頭に、
その悲惨さを伝えるインタビューを撮らせてほしい」


そう説明して取材申し込みをしてきた以上、
そのドラマの内容を正確に伝えるのは当然の責務です。


シンプルな話で、そうするどころか、虚偽説明を行って、
出演させるべきでない番組に出演させたことが問題です。


後に大問題になることは誰にでもわかると思うのですが、
フジテレビの関係者にはそれがわからなかったようです。


フジテレビは最近、視聴率低迷ばかりが話題ですが、
こんなバカバカしいやりとりをした当事者として言えば、
そんな常識的なことを理解する能力もない人たちが、
視聴者の見たい番組を作れないのは当然と感じています。


また主張の二転三転には、フジテレビが途中で立ててきた
弁護士の思考回路によるところが大のようです。


普通に考えれば、弁解しようのない重大な過ちを犯したら、

平謝りするしか打開の道はないはずなのですが、

脂汗まみれの屁理屈で、破滅に突き進んだシナリオは、

弁護士がその職業的感性で作成した代物のようです。


これは法廷で繰り広げられるゲームロジックに慣らされた
弁護士という人たちにありがちな特殊な職業習性と、
そうした職業習性を生み育てることになっている
多くの裁判官の特殊な思考回路が起因していると感じます。
(無論まともな思考回路の弁護士も裁判官も存在はします)


もう深夜ですし長くなるので、この話は一旦分けます。

色々忙殺されており、亀の進行となることをお許しください。

BPO決定通知後の「新・週刊フジテレビ批評」

テーマ:

「新・週刊フジテレビ批評」という番組があります。


フジテレビが自己検証を行うための番組だそうですが、
BPO常連席に陣取り続けているフジテレビにとって、
その主旨が活きているとはとても言えません。


いや、活かす意図は最初からないと考えるべきでしょう。


この番組は土曜日の早朝5時から放送されています。
なぜこの時間なのか。
ほとんどの人にとって、誰も見ない時間だからです。


あえてそんな時間を選んで、ポーズを取り続けることで、
アリバイの実績作りをするのが番組の本当の主旨です。


そんな番組ですが、今回のBPO決定をどう取り上げるか、
それでも決定後の5月21日放送分は注目していました。


フジテレビの姿勢をそこから読み取ろうとしたからです。


「真摯に受け止める」
この言葉にわずかでも真実味があるのか。
それとも全く意味のない所謂「テンプレート」なのか。


結果から言えば、露骨なまでの「テンプレート」でした。


30分の番組内で取り上げたのは終了間際の2分間のみ。


「人権侵害までは言えないが、放送倫理上問題あり」


これがBPOの決定主旨ですが、
「人権侵害なし」のところにだけ赤線を引いて強調し、
放送倫理上問題ありの箇所はそれすらもしていない。


謝罪どころかコメントすらなし。
ただBPO決定がされたという事実だけ流して終わり。


あからさまにイヤイヤ最小限だけを放送して、
「ほら、BPO決定に言及してやったぞ。任務完了」
とでも言うべき内容でした。


表面的にでも謝罪のポーズを取って、アナウンサーが、
「フジテレビとしては真摯に受け止めてまいります」
の一言コメントくらいはするものかと思っていましたが、
ここまで露骨に無反省の態度を貫いたことは驚きでした。


フジテレビは、私をなめているのみならず、
BPOも視聴者もすべてなめてかかってきている。


フジテレビはまた間違いなく同じことを繰り返し、
弱い人や傷ついた人を嘲笑う番組を作り続けるでしょう。


フジテレビの被害者は私が最後にはならない。

週刊フジテレビ批評を見て、それを痛感しました。


BPOはフジテレビに決定趣旨の放送を命じています。


まさか、先週末の週刊フジテレビ批評放送をもって、
「もう課題は果たした。もう何もしない」
と開き直るような悪党ぶりは発揮しないと思いますが、
そのまさかもありえない話ではなくなっていると感じます。


BPO決定は、何も解決したわけでも終わったわけでもなく、
ただ第2ラウンドに進んだだけなのかもしれません。

BPO決定通知の報告(2016.5.16)

テーマ:

本日、勤務先には申し訳なくもお休みをもらって、
麹町のBPO(放送倫理・番組向上機構)に行ってきました。




フジテレビによるマスコミ被害を受けていた案件で、
1年間にわたった審理の決定通知を受けるためでした。


あいの会のブログには下記報告を上げました。


BPO決定通知の報告(2016.5.16)
http://blog.livedoor.jp/i_nokai0708/archives/48618556.html


念の為、決定通知内容は下記で確認できます。

http://www.bpo.gr.jp/?p=8627&meta_key=2016

http://www.bpo.gr.jp/wordpress/wp-content/themes/codex/pdf/brc/determination/2016/60/dec/k_cx_60.pdf


ただ私個人としても、吐露したい気持ちがあります。
なので自分のブログでも少々書かせてください。


あらためて経緯を振り返ります。


「自転車事故の重大性を訴える再現ドラマの冒頭に、
事故の悲惨さを伝えるインタビューを撮らせてほしい」


そう説明されて、それならばと取材を受けたところ、
実際の番組を見て、びっくりさせられました。


小学生の当たり屋が自転車にわざとぶつかってきて、
軽傷にも関わらず、加害者とされた一家が、
1,500万円も騙し取られ、家まで売ることになった・・・
という話を、面白おかしく取り上げたドラマでした。


その前ふりに自分のインタビュー映像が使われました。
つまり番組内容を偽って説明してきていたのです。


時間枠を埋めることに必死だったのかもしれません。
でも人としてやってはいけないことです。
遺族を騙して茶化す番組に利用するなど言語道断です。


当然、怒りました。


しかし当時の担当者の言い分は、
「最後に当たり屋が出てくるが当たり屋の話ではない」


「アタマ大丈夫ですか???」
と言いたくなる(実際言った)宇宙人的な主張でした。


その後、細かい部分は長くなるのではしょりますが、
非を認めて、謝罪文をHPに掲載すると言ったと思ったら、
今後は「台本を見せると言って断られたから問題ない」
と全くの作り話(しかも無意味な作り話)をしてきたり、
インタビューとドラマは別だから説明義務なしと言ったり、
二転三転させた支離滅裂な主張を繰り返してきました。


とにかく見苦しい。


みっともない。


そんな悪あがきを1年以上続けた末に迎えた今日の決定。


「名誉を毀損し、名誉感情を侵害したとまでは言えない」
「ただ事前に内容を説明しなかったことは放送倫理上問題あり」
「フジテレビはこの決定趣旨を放送するとともに、
関係者に情報を周知し、再発防止を徹底しなさい」


この決定内容が通知されました。




今回はあくまで一区切りだと思っています。


もうフジテレビには二度と、
自分のようなマスコミ二次被害者は出してほしくありません。


このことでは決して楽観はしていません。

本当に反省しているか・・・明らかにそうではないからです。


フジテレビが今回の通知内容をきちんと履行していくか、
しっかりと見定めていきたいと思っています。


ですので続報があれば、引き続き報告していきます。

あいの会のグリーフケア(2016.5.14)

テーマ:

先週土曜日、あいの会でグリーフケアの試みを行いました。


あいの会のブログでも報告したので、URLを貼っておきます。


グリーフケア開催の報告(2016.5.14)
http://blog.livedoor.jp/i_nokai0708/archives/48612701.html


通算3回目の今回のテーマは、
「精神的暴力 ~二次被害に面から考える~」


ネットでは細かく書けませんが、私も二次被害を受けています。


やはり本人にとってどれだけ大きな事件であっても、
時間の経過とともに、親身になってくれたと思っていた人も、
所詮は他人事だったんだと痛感する出来事も目立ってきます。


あいの会の継続それ自体が、多くのメンバーにとって、
グリーフケアそのものになっているところがあります。


私もあいの会に参加し続けていることでどれだけ救われたか。


そして活動を継続し、発言し続け、繰り返していくことの大切さ。


そんなことを振り返りながら参加してみたワークショップは、
やはり自分にとって、とても意義深いものでした。