BPO決定通知後の「新・週刊フジテレビ批評」

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「新・週刊フジテレビ批評」という番組があります。


フジテレビが自己検証を行うための番組だそうですが、
BPO常連席に陣取り続けているフジテレビにとって、
その主旨が活きているとはとても言えません。


いや、活かす意図は最初からないと考えるべきでしょう。


この番組は土曜日の早朝5時から放送されています。
なぜこの時間なのか。
ほとんどの人にとって、誰も見ない時間だからです。


あえてそんな時間を選んで、ポーズを取り続けることで、
アリバイの実績作りをするのが番組の本当の主旨です。


そんな番組ですが、今回のBPO決定をどう取り上げるか、
それでも決定後の5月21日放送分は注目していました。


フジテレビの姿勢をそこから読み取ろうとしたからです。


「真摯に受け止める」
この言葉にわずかでも真実味があるのか。
それとも全く意味のない所謂「テンプレート」なのか。


結果から言えば、露骨なまでの「テンプレート」でした。


30分の番組内で取り上げたのは終了間際の2分間のみ。


「人権侵害までは言えないが、放送倫理上問題あり」


これがBPOの決定主旨ですが、
「人権侵害なし」のところにだけ赤線を引いて強調し、
放送倫理上問題ありの箇所はそれすらもしていない。


謝罪どころかコメントすらなし。
ただBPO決定がされたという事実だけ流して終わり。


あからさまにイヤイヤ最小限だけを放送して、
「ほら、BPO決定に言及してやったぞ。任務完了」
とでも言うべき内容でした。


表面的にでも謝罪のポーズを取って、アナウンサーが、
「フジテレビとしては真摯に受け止めてまいります」
の一言コメントくらいはするものかと思っていましたが、
ここまで露骨に無反省の態度を貫いたことは驚きでした。


フジテレビは、私をなめているのみならず、
BPOも視聴者もすべてなめてかかってきている。


フジテレビはまた間違いなく同じことを繰り返し、
弱い人や傷ついた人を嘲笑う番組を作り続けるでしょう。


フジテレビの被害者は私が最後にはならない。

週刊フジテレビ批評を見て、それを痛感しました。


BPOはフジテレビに決定趣旨の放送を命じています。


まさか、先週末の週刊フジテレビ批評放送をもって、
「もう課題は果たした。もう何もしない」
と開き直るような悪党ぶりは発揮しないと思いますが、
そのまさかもありえない話ではなくなっていると感じます。


BPO決定は、何も解決したわけでも終わったわけでもなく、
ただ第2ラウンドに進んだだけなのかもしれません。

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BPO決定通知の報告(2016.5.16)

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本日、勤務先には申し訳なくもお休みをもらって、
麹町のBPO(放送倫理・番組向上機構)に行ってきました。




フジテレビによるマスコミ被害を受けていた案件で、
1年間にわたった審理の決定通知を受けるためでした。


あいの会のブログには下記報告を上げました。


BPO決定通知の報告(2016.5.16)
http://blog.livedoor.jp/i_nokai0708/archives/48618556.html


念の為、決定通知内容は下記で確認できます。

http://www.bpo.gr.jp/?p=8627&meta_key=2016

http://www.bpo.gr.jp/wordpress/wp-content/themes/codex/pdf/brc/determination/2016/60/dec/k_cx_60.pdf


ただ私個人としても、吐露したい気持ちがあります。
なので自分のブログでも少々書かせてください。


あらためて経緯を振り返ります。


「自転車事故の重大性を訴える再現ドラマの冒頭に、
事故の悲惨さを伝えるインタビューを撮らせてほしい」


そう説明されて、それならばと取材を受けたところ、
実際の番組を見て、びっくりさせられました。


小学生の当たり屋が自転車にわざとぶつかってきて、
軽傷にも関わらず、加害者とされた一家が、
1,500万円も騙し取られ、家まで売ることになった・・・
という話を、面白おかしく取り上げたドラマでした。


その前ふりに自分のインタビュー映像が使われました。
つまり番組内容を偽って説明してきていたのです。


時間枠を埋めることに必死だったのかもしれません。
でも人としてやってはいけないことです。
遺族を騙して茶化す番組に利用するなど言語道断です。


当然、怒りました。


しかし当時の担当者の言い分は、
「最後に当たり屋が出てくるが当たり屋の話ではない」


「アタマ大丈夫ですか???」
と言いたくなる(実際言った)宇宙人的な主張でした。


その後、細かい部分は長くなるのではしょりますが、
非を認めて、謝罪文をHPに掲載すると言ったと思ったら、
今後は「台本を見せると言って断られたから問題ない」
と全くの作り話(しかも無意味な作り話)をしてきたり、
インタビューとドラマは別だから説明義務なしと言ったり、
二転三転させた支離滅裂な主張を繰り返してきました。


とにかく見苦しい。


みっともない。


そんな悪あがきを1年以上続けた末に迎えた今日の決定。


「名誉を毀損し、名誉感情を侵害したとまでは言えない」
「ただ事前に内容を説明しなかったことは放送倫理上問題あり」
「フジテレビはこの決定趣旨を放送するとともに、
関係者に情報を周知し、再発防止を徹底しなさい」


この決定内容が通知されました。




今回はあくまで一区切りだと思っています。


もうフジテレビには二度と、
自分のようなマスコミ二次被害者は出してほしくありません。


このことでは決して楽観はしていません。

本当に反省しているか・・・明らかにそうではないからです。


フジテレビが今回の通知内容をきちんと履行していくか、
しっかりと見定めていきたいと思っています。


ですので続報があれば、引き続き報告していきます。

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あいの会のグリーフケア(2016.5.14)

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先週土曜日、あいの会でグリーフケアの試みを行いました。


あいの会のブログでも報告したので、URLを貼っておきます。


グリーフケア開催の報告(2016.5.14)
http://blog.livedoor.jp/i_nokai0708/archives/48612701.html


通算3回目の今回のテーマは、
「精神的暴力 ~二次被害に面から考える~」


ネットでは細かく書けませんが、私も二次被害を受けています。


やはり本人にとってどれだけ大きな事件であっても、
時間の経過とともに、親身になってくれたと思っていた人も、
所詮は他人事だったんだと痛感する出来事も目立ってきます。


あいの会の継続それ自体が、多くのメンバーにとって、
グリーフケアそのものになっているところがあります。


私もあいの会に参加し続けていることでどれだけ救われたか。


そして活動を継続し、発言し続け、繰り返していくことの大切さ。


そんなことを振り返りながら参加してみたワークショップは、
やはり自分にとって、とても意義深いものでした。


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あいの会の総会

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気がつけば、桜の季節も終わり、
私の住んでいる市では梨の花が満開になりました。






それも日曜日の春らしい嵐雨でかなり落ちましたが、
季節の移り変わりを肌で感じる時期になりました。
(上の写真はどちらの先週のものですが・・・)


そんな土曜日(4/16)、あいの会の総会をしました。


会としてやってきて、今年7月で4年目になります。
内輪だけの集まりとはいかなくなって久しく、
すべき手続きはきちんと行う責任も出てきました。


シャンシャンではなく、課題についての指摘もあり、
考えていかなければいけないことも出てきました。


あいの会2016年度総会
http://blog.livedoor.jp/i_nokai0708/archives/48383578.html


上のあいの会ブログでも報告を出しましたが、
無理をせず、他のメンバーにも無理させず、
あたたかいアットホームな会であり続けるため、
今年は少しだけゆっくりやっていくことにしました。




余談ですが、メンバーがお菓子を持ってきて、
それが自然に配られる和やかな場があいの会です。
そんな誰かのあたたかい気遣いがいつもあります。




誰が誰に指示をしたり、命じたりということではなく、
みんなが率先して助け合う集まりになっている。
それがあいの会の素晴らしい点だなと感じています。

あいの会定例会ほか3月の出来事

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忙しくてなかなかネットもできない日々が続いています。
(通勤時間でのスマホのみ、インプットのみの日々)


先ほど古舘伊知郎の報道ステーション卒業スピーチを聞き、
時代の節目と、別れと卒業の季節だということを感じつつ、
3月にブログをまったく書けずにいたことに気づきました。






そんな3月も、あいの会定例会はつつがなく行いました。


5年前の震災の翌日の3月12日でした。


あいの会のブログでも報告は書かせていただいました。
http://blog.livedoor.jp/i_nokai0708/archives/48175921.html


今回は偶然都合のつかない人が多くなってしまい、
総勢7名のこじんまりした集まりになりました。


ただその分、あいの会を最初に数人で立ち上げた時の、
本来の家庭的な温かさを再確認できる場にもなりました。


まったくもって極めて個人的な感性ですが、
大人数での飲み会が好きではありません。


会話の輪が2つ以上に割れてしまうような集まりは、
自分の中では「政治」に区分けされるジャンルで、
深い語らいや魂の交流とはどうしても別領域になります。


だからこそ今回のような会話の輪の割れることのない
一体感のある集まりは、最初のあいの会を思い出します。


たまにはこんな場も大切だと感じ入った集まりでした。


他にも3月はフジテレビ問題でBPOに補足文を出したり、
そのBPOで(どんな内容かは知ることもできませんが)
決定文起草に入ったとの議事録が公表されていたので、
その動きも見守ったりということもありました。

http://www.bpo.gr.jp/?p=8575&meta_key=2015


ただ小さい子どものいる環境になってくると、
どうしても家にいる時間は子供中心になります。


以前と異なり、遺族活動も最小限にせざるをえませんが、
無理をして、倒れてしまったら何にもなりません。


全力で疾走し、短距離走で終わる遺族も見てきました。


仕事や家庭にも決して支障をきたさず、
周りにかける負担も笑って許してもらえる範囲に留めつつ、
息長く、動ける範囲で動き続けていきたいと思っています。

BPO申立てのいま

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昨年2月、フジテレビの報道被害に遭い、
その後、BPOに人権救済の申立てをしたことは、
このブログでもこれまで何度か書いてきた通りです。


現在進行形の当事者となってしまっているので、
自由に意見を述べることは差し控えてきましたが、
客観的な経過事実だけは報告しておきます。


と言っても、あれこれ饒舌に語るつもりはなく、
BPOから出た議事録を共有するにとどめます。


第230回放送人権委員会 議事概要
http://www.bpo.gr.jp/?p=8553&meta_key=2015


2月16日にヒアリングがあり、出席してきました。




私のヒアリング後、フジテレビのヒアリングと続き、
そのざっくりな概略が、議事録に掲載されています。


私からは敢えて何もコメントしません・・・。
ただフジテレビに自浄能力は期待できないようです。


既にBPOのやり取りは1年近くになります。


いまだにまったくもって不思議に感じていることは、
こうした展開は最初からわかっていたはずなのに、
なぜフジテレビは番組内容を隠し、騙してまでも、
私のインタビューを撮りたかったのかということです。


いまだに疑問ばかりがふくらみます。


そろそろBPOでの審理も終盤のようです。
フジテレビが改善される結果を望むばかりです。

この国の自転車事件報道の貧しさ

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今週、自転車死傷事件の判決が各紙の社会面に出ていました。




昨年、千葉市内でイヤホンを付けて音楽を聴いたまま、
自転車で高齢女性をはねて命を奪った大学生の刑事公判判決。


最高刑がたった懲役5年という重過失致死罪で裁かれて、
求刑禁錮2年6カ月に対し、判決は同じ量刑に執行猶予3年。


絵に描いた定番判決で、論評にも値しないというのが感想です。


求刑が禁錮2年6カ月だったとのことから、
担当検察官から担当裁判官へのメッセージは明白です。


「この程度の事件なんで、執行猶予を付けていいですよ」


そしてそのメッセージ通りの定番判決が言い渡された話。
検察官と裁判官で処理されたルーティン業務とも言えます。


報道を読むと、加害者は元大学生ではなく大学生のままです。


きっと加害者本人は大学にも報告はしていないと思うし、
大学もおそらく知らないままなのではないかなと思います。
そしてこのことを話さないまま、来年には就活なりをして、
企業もそれを知らないまま採用したりするのだと思います。


そして加害者であったことも遺族の存在も忘れていく・・・。


いまの加害者の心を占めているのは「安堵」だと思います。


自転車でも自動車でも、無法者が乗れば人を殺める凶器なのに、
自転車だけ最初から重過失致死罪で、求刑も執行猶予ありきで、
いつまでも「セカンドクラス交通事故」扱いなのが無念です。


昨年の事件当時、ご遺族と接触しようと思っていたのですが、
結局、その後、色々忙殺されることになってしまい、
気がついたらこの茶番判決を知ることになってしまいました。


とても悔しい思いです。


同時に今回の一連の報道を読み比べて思うのは、
こうした自転車報道をめぐる日本の報道の貧しさです。


「殺人犯が殺人罪で有罪判決を受けた!(ビックリ!)」


わかりやすく例えれば、こんなレベルの報道だからです。
「バッカじゃないの・・・」というのが率直な感想。


そして遺族の悲しみや苦しみは、どこにも一行も出てこない。


遺族活動を通して、少なくない記者さんと会って思うのは、
一人ひとりは高い使命感と熱い情熱の方が多いのですが、
(逆にそういう人でないと知り合うこともないわけですが)
社会面で一斉に扱うような「右へならえ」報道となると、
今回のように極めてお粗末な報道のあり方を実感します。


私の中では、希望よりも絶望のほうが多くを占めています。


報道に関わる方、いや社会面を差配するデスクの方には、
限られた紙面の範囲内であることはわかっているので、
その中で一行でもいいから、遺族の悲しみや苦しみにも触れ、
司法が命を軽く扱う現状を突き刺す言葉を発してほしい。


でないと自転車事故はずっと「セカンドクラス」扱いで、
加害者の高笑いは日本全国のそこかしこに響き渡り、
司法は安穏として、遺族無視のルーティン処理を続けます。


今回、ここまで遺族完全不在の報道一色だったということは、
苦しまれたのは「沈黙する」ご遺族だったのかもしれません。

しかし例え遅きに失したとしても、今すぐは無理でも、
あきらめずにコンタクトを試みようとあらためて思いました。

2月度あいの会定例会

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先週末の土曜日は、あいの会の定例会でした。


先月の定例会が大雪警報の影響で延期となったため、
新年会も兼ねて、今年初めての集まりとなりました。


あいの会ブログにも既に報告していますが、

遅まきながら自分のブログでも記録を残しておきます。


あいの会2月度定例会&遅めの新年会(2016.2.20)
http://blog.livedoor.jp/i_nokai0708/archives/47879143.html


上のあいの会ブログでもざっと書いた通りですが、
それぞれの抱えた痛みを本当に理解し合える縁、
そんな仲間との月1回の集いは、大切な財産です。


出会わなければ幸せだったはずの集まりですが、
それでも今ここでこうして集まり続けている貴縁は、
大切に繋ぎ続けていきたいと思っています。


事件から月日が経つと、難しい問題も出てきます。


「聞いたことも食べたこともない料理の味は、
どんなに説明しても理解してもらえるわけがない」


これは今回、仲間の一人が私にかけてくれた言葉ですが、
それを痛感する出来事に遭遇することも出てきます。


自らの痛みを万人に理解してもらうことは不可能です。
そんな理解を求めること自体、傲慢なのかもしれません。
あきらめることを学ばなければならない場面もあります。


だからこそ、この月1回の集まりは、
これからも大切に守り続けていきたいと思っています。



NHK高知での取材番組放映

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先週日曜の2月7日、NHK高知の取材を受けました。


NHK高知支局の記者の方が遠路、高知から来られて、
1時間ほど、事件当時の話や今の思いを話をしました。


それが2月10日(水)に放映されたので報告します。


18時10分からの「高知情報いちばん」というニュース番組中、
「自転車の危険を知って」という6分間ほどのコーナーで、
私のインタビュー映像を取り上げたとの連絡がありました。


2月10日は高知県内だけのローカル放送とのことですが、
来週には四国全県でも放送する予定とのことです。


いずれにしても私の住んでいる関東では視聴できないので、
後日、DVDを送ってもらうことになっています。


なので現時点では内容のわからないまま書いています。

ただ記者の方はフジテレビのBPOのことも知った上で、
事前説明に言葉を尽くして、取材依頼をしてきましたので、
変な結果はなっていないだろうと安心はしています。


昨年はフジテレビの悪辣さに辟易とした1年でしたが、

(最近はSMAPの「公開処刑」でさらに株を下げていますが)
それでもこれまで知り合ってきた記者さんの顔を振り返ると、
誠実で良心的な方が圧倒的に多かったのも事実です。


事件から何年経とうと、命の尊さの訴えを風化させないため、
取材依頼があれば、可能な限り受け続けることは重要です。


これからもその機会は大切にしていきたいと思っています。



SNS離れの日々、正月、母の命日

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今年初めてのブログになります。
ご縁のある皆さま、今年もよろしくお願いします。

しばらくブログの更新ができずにいました。

それ以前にネットもほとんどしない日が多く、
実質的にSNS離れをしていました。
その結果、何人かの親しい方の誕生日も、
コメントも寄せずにスルーしてしまいました。

余裕が全くありませんでした。
直接やり取りしている方にはお話していますが、
昨年末より、たくさんのことに追われていました。
報告できるようになったら報告したいと思います。

さて・・・

もう過ぎてしまいましたが、被害者遺族にとって、
正月というのは、とても微妙な時期です。

「あけましておめでとうございます」の連呼。
それに素直に同調できない心情を感じる時期だから。

私の事件より、今年1月で6年目となりました。

振り返ると事件翌年の正月、事件を知っていて、
「あ、どうも、あけましておめでとうございます!」
と笑顔で言ってくる馬鹿者が数名いました。

あきらかに悪意はないのでしょう。

不幸にも、あるいは我が身の不徳のいたすところで、
他人の痛みというものへの想像力の欠落した輩が、
自分の身の回りに何名かいたというだけの話です。

しかし今は、私の事件を知らない人も周囲に増え、
「あけましておめでとうございます」と言われたら、
「あけましておめでとうございます」と返しています。

年賀状も再開し、祝賀ムードは受け入れています。
妻と娘の存在を考えると、前を向く必要もあります。

そんな正月が明ける小正月1月15日が母の命日です。
数えると今回が七回忌になります。
加害者が事件を起こしたのは成人式連休中でした。

命日、しかも七回忌でしたが、先に書いた事情もあり、
今年、既に何日か会社を休まざるを得ない日が続き、
あらためて会社を休むような迷惑はかけられませんでした。

ただせめて、1月17日の日曜、母の墓参りをしてきました。



毎回この話題で書きますが、長距離の大遠征。
雪が降ると聞いたあとの、曇り空の中、寒い外出でした。



いろいろな意味で、周囲の風化を感じます。
私自身、行動も感情も物静かになっているのも事実です。

しかし仕事や日常生活や家庭に悪影響を及ぼさない限りで、
被害者遺族としての活動は続けるつもりです。
あいの会も、大切に大切に残していきたいと思っています。

自分の身に起きた大きな(そして悲しい)出来事には、
やはりメッセージを受け取ろうとしたいですし、
それへの答えが命を尊ぶ司法の実現だと考えるからです。

その意味で私は運命論者で神秘主義者なのだと思います。