あいの会9月度定例会

テーマ:

1週間遅れで書いていますが、

先週土曜の9月17日は、あいの会定例会でした。


しかし今回ばかりは仕事で参加できず・・・。


ただ、定例会の場所と同じ池袋にいたので、

1時間足らずだけでしたが、ちょっと顔を出し、

あとは懇親会からの参加となってしまいました。


定例会では、顔を出した時に記者さんが来ていて、

その方のテーマが自動運転のことでしたので、

その議論のところで、ちょっとだけ参加しました。




そのあとも国土交通省への要望内容の検証など、

次から次にずっと話が尽きなかったそうですが、

次回はやはりフルで参加したいと思いました。


その後、私は懇親会から参加・・・。


遺族ならではの「ここでしか話せないこと」を、

話すことのできる時間とつながりがあることは、

やはり恵まれたことなのだなと実感しました。


実際には、そうでない人のほうがはるかに多く、

そしてそういう人たちの少なくない人が、

病んで落ちていく現実を考えると特にそう感じます。


今回は断片的でしたが、出られただけでよかった。

AD

高畑裕太絶叫のデジャヴ

テーマ:

芸能界のことを書くのはあまり気が進みませんが、

強いデジャヴ(既視感)を感じたのでちょっと書きます。


タイトルの通り、高畑裕太が前橋警察署を釈放後、

マスコミの前で絶叫したあのシーンのことです。




あの絶叫の仕方・・・

私の母を殺した加害者と全く同一だと気づきました。


リハーサルをしたであろう間の取り方、発声の仕方・・・

どれをとっても、見事なくらい全く同じでした。



※プロフィールにも書いていますが、

加害者は公判で下記パフォーマンスを演じました。


弁護士:「東様に今ここで謝りたいと思いますか?」
加害者:「はい!思います!」
弁護士:「では今ここで謝りますか?」
加害者:「はい!謝ります!(ここで私の方を回れ左して、90度お辞儀し)東様!このたびは!東令子様を死なせてしまい!申し訳ございませんでしたぁぁぁああっ!」



不起訴決定となれば、後から訴追される恐れはないし、

マスコミをにらみつけたあの表情も納得がいきます。


もう失うものもなければ、今さら演技する必要もない。

最低限の儀式さえ終えれば、本心も顔に出るわけです。


そんな風に普通の人は、ごく当たり前の感覚で、

「あーあ、こいつは何も反省していないな」とわかります。


しかし裁判官の世界はそうではありません。


しつこいですが、わかりやすく戯画化した例を繰り返すと、

「うるせえな!悪かったって言ってるだろ!」

こんな発言を被告人がすれば、普通の人は普通の感覚で、

「こいつは何も反省していない・・・ふざけているのか?」

とわかりますが、少なくない裁判官は、

「あ、謝罪の発言あり。被告人に1ポイントプラス」

と判断して、情状酌量の判決文を書く場合があります。

(もちろん人としての普通の感覚を持つ裁判官もいます)


実際、私の刑事公判時の裁判官はそんな典型例でした。


普通の人がみて、普通にわかる、ごく当たり前のことを、

少なくない裁判官は理解しない(できない)ことがある。

そして被害者や遺族は、驚きと怒りと深い絶望を味わう。


そういう裁判官は1人でも減ってほしいと切に願います。


またはそういう裁判官は、きちんとマイナス査定や処分で、

降格もありえる人事制度を整えてもらうことはできないか。

普通の企業なら、当たり前に実施していることです。


私が、例の絶叫シーンを最初にテレビで見た時に感じた、

なんとも説明できない嫌な感覚は何かと考えていましたが、

加害者との同一性だったと気づいた時に納得しました。


反省していない単なる演技は、声と表情でわかります。


どうしようもなく醜い魂の持ち主というものも存在します。


しかしせめてそんな醜い魂がゲラゲラ笑うことのないよう、

裁判官には普通の感覚を身につけてほしいと思います。

AD

8月が終わる

テーマ:

気がつけば今日で8月も終わりですね。


ブログではフジテレビの報告しかしませんでしたが、

そんな私も、それなりに平穏な夏を過ごしていました。


お盆は炎天下のなかをお墓参りに行ったり、

妖怪の展覧会に行ったりしました。




2歳を迎える娘はとにかく何でも手伝おうとします。

けなげです。




この2枚目の写真は町田市民文学館で開催していた

「妖怪がいた!ここにも、そこにも、町田にも」展です。

普段読み聞かせている妖怪絵本の原画展示もあり、

娘もかなりはしゃいで楽しんでいました。


また稲川淳二の怪談ナイトに行ったり、

その翌日には近くの調布花火大会に行ったりもしました。






今年は妖怪や幽霊画などの展覧会や怪談イベントが

世間ではとても充実した夏になっていましたが、

小さい子どもがいると、なかなか如意にはなりません。


そんな地味で平凡(?)ながら趣味も織り交ぜた夏でしたが、

夏と言えばお盆でもあり、そう思うと感じることもありました。


お盆連休だからと、海外旅行に行く人は身近にもいますが、

ふと「被害者遺族」に限定して見渡してみると、

お盆に海外に飛び立つ人は、全くと言っていいほど聞かない。


やはりお盆は、死を想い、死者を追憶し、

同時に生の尊さを実感する特別な時間と空間だと感じます。


うだる熱気のなかで静寂を感じる不思議な感覚があります。


あいの会のメンバーとも話して、会のブログにも書きましたが、

この静寂は誰にでもあるのか、特に遺族は感じやすいのか、

以前には戻れないけど戻る必要も感じない肌触りがあります。

AD

BPO決定通知後のフジテレビの対応

テーマ:

あいの会ブログでも報告しましたが、
当事者として自分のこの個人ブログでも、
BPO決定通知後のフジテレビの対応を報告します。


結論を言えば、フジテレビは喧嘩腰な態度に終始し、
「謝罪なんかしない。反省も改善もしないぞ!」
という表明をした結果となり、大変失望しました。


予想通りの結果ではありましたが・・・


以下、時系列の経緯を書き出します。


***


「お詫び」と題されながら、シャチハタ捺印の上、
弁解ばかりの文書が届いた経緯は、
既に下記で報告した通りです。


フジテレビから届いた非礼な文書
http://ameblo.jp/azumin827/entry-12171818719.html


***


その後、私たちは下記返書を出しました。


【6月14日付で私たちが出した返書】


前略
平成28年6月6日付の謝罪文を拝見いたしましたが、
一旦、返信させていただきます。
理由は以下の通りです。
また、改めて以下のとおり、
要望させて頂きますので、ご検討の程、
宜しくお願い申し上げます。草々


1.謝罪文を送るときに、シャチハタによる捺印というのは
聞いたことがありません。あまりに非礼ではないでしょうか。
当方を小馬鹿にされているのですか。
2.謝罪文は制作担当局長名によるものですが、
貴局の代表者名で、かつ社印ないし

代表印の押捺のある謝罪文を求めます。
3.本件はバラエティ番組ではありません。

情報バラエティ番組ですので、

その点、訂正されることを求めます。
4.謝罪文は郵送するものではなく、直接持参されることで、
より相手に気持ちが伝わるものではないでしょうか。
貴局のしかるべき責任者及びライスの●●氏双方が

直接持参されることを求めます。
日程は調整させて頂きますので、

候補日を3日ほど頂きたいと存じます。

以上の点をご検討頂いた謝罪文を

送付頂きたくお願い申し上げます。
その上で、今後のことについては

建設的な対応をさせて頂きたいと存じます。


***


すると6月23日付でフジテレビより下記の返書が届きました。


【掲載①】0623付フジテレビ返書1


【掲載①】0623付フジテレビ返書2


【掲載①】0623付フジテレビ返書3


条件を多数付与した上で、謝罪文だけを一方的に読み上げ、
会話もせずに退出するという不可解な申し出でしたので、
私たちは下記の通り、返答させていただきました。


【7月8日付で私たちが出した返書】


前略
6月23付回答書を受領しました。
スタンプ印ではない局長印を改めて押捺して頂けるとのこと、
及び、面談の上、謝罪文を持参して下さるとのことについては、
いずれも当方の希望に添うものであります。

よろしくお願い致します。
ただ、謝罪文を一方的に読み流すだけで、その場で一切、
お話もできませんなどという場の流れをあらかじめ

設定されることは、謝罪の場としては強い違和感を感じます。
また、謝罪される側が、受ける側の出席者をあらかじめ指定し、
条件をつけるなどというのは聞いたことがありません。
残念ながら、私たちには理解困難です。
つきましては、謝罪の場で、きちんとお話ができること、
及び当方の出席者は当方で決められることを前提に
(但し、出席者名は事前に通知させて頂きます)、
謝罪に来ていただくことを了承させて頂きたいと思います。
上記の私たちの要望をご承諾頂けるか否かについてのみ、
回答頂ければ、十分かと思いますので、貴社でご判断の上、
2週間以内にご回答を頂ければ幸いです。
最後になりますが、録音の可否については、相手から事前に

指図を受ける性質のものではないと私たちは理解しております。
ただ、自由に話をし、建設的に前に進むことこそが、私たちの

真意ですので、録音を取らないこともやぶさかではありません。
また、双方の弁護士が立ち会うことについても了解いたしました。

草々


***


それに対して、フジテレビからは、

7月15日付で下記書面が届きました。


【掲載②】0715付フジテレビ返書1


【掲載②】0715付フジテレビ返書2


私たちの要望への回答がなく、

「人権侵害なし」と繰り返すのみでしたので、

下記返書を出し、要望への回答を確認しました。


【7月27日付で私たちが出した返書】


前略
平成28年7月15日付回答書を受領しました。
残念ながら、平成28年7月8日付けの当方からの打診に対し、
正面からお答えになっていないと理解しました。
つきましては、当該打診に貴社が応じられるか

否かについてだけ2週間以内にご回答頂ければ

十分ですので、再度、打診させて頂きます。
なお、貴社は、人権侵害がなかったことばかりを

強調されておられますが、BPOの決定を踏まえた

本件の焦点は、放送倫理上問題があったという点にあります。
人権侵害云々を前面に押し出す論調は、問題の核心から

意図的に目を背けて誤魔化そうとするものであり、
一層、当方の不信感を招くものであることを付言させて頂きます。

草々


***


それに対して、フジテレビからは、

8月4日付で下記書面が届きました。


【掲載③】0804付フジテレビ返書1

つまり謝罪するつもりはないという内容です。


一方的に文書を読み上げて会話せず退出させてもらう、

などということが謝罪という言葉の意味するところからは、

ほど遠い行為であることは言うまでもない話です。


フジテレビは謝罪することを拒否したという結論になりました。


***


一連の書面が語る通りです。
それ以上、補足の必要もないと思います。


・謝罪は拒否する
・反省なんかしていない
・BPO決定通知の場で言った「真摯に受け止める」は、
その場をやり過ごすためだけの偽りだった
・BPOの決定内容も軽んじる
・今後も改善なんかしない


これがフジテレビの最終的な態度でした。


いやはや・・・


もう既にマスコミ被害者を出しているようですし、
今後もマスコミ被害者を出し続けるのでしょう。


そしてまたBPOに訴えられ、問題あり裁定され、

「真摯に受け止める」とテンプレートを繰り返し、

真摯に受け止めず、次の被害者を出していく。

・・・これを延々繰り返していくのでしょう。


私たちがフジテレビに対してできることは、
「観ない」「関わらない」
ということしかないようです。


その話題しか出ない凋落も、必然の話だと思います。


とても残念で、悲しく、腹立たしいことですが、
今できることは、フジテレビの非常識を記録し、
次回の「事件」の時に、言い逃れをさせないため、
「初犯ではない」との証拠を残すしかなさそうです。


またBPOにおかれては、フジテレビの態度を鑑み、
儀式的に報告書だけ受け取って本件完了とせず、
「放送倫理・番組向上機構」の名称の使命の通り、
フジテレビの放送倫理向上のために、
(絶望的ではあっても)できることはしてほしい。
そう願っています。

全国交通事故遺族の会のトライアルの会同窓会

テーマ:

昨日(7月16日)は、2012年に解散してしまった

全国交通事故遺族の会のグループの一つで、

トライアルの会という集まりの同窓会でした。




過去に何度か書いていますが、

トライアルの会は裁判傍聴支援グループです。


その同窓会が数年ぶりにあって行ってきました。


トライアルの会には、私の事件の裁判傍聴で、

ずっと支えてもらっていたので大きな恩があります。


私は既に内々で解散が検討され始めていた時期に、

全国交通事故遺族の会に入会したので、

解散後の今回、初めて会って話す人もいました。


また、お互いの事件は知っているつもりでも、

あらためて色々話して、自分が認識していたよりも、

はるかにつらい話だったと知ることもありました。


私が遺族になって、遺族活動を始めた出発点は、

全国交通事故遺族の会への参加でしたので、

その集まりに出ると、どうしても感じるものがあります。

7月度あいの会グリーフサポート

テーマ:

この土曜日はあいの会でした。


山口県から、グリーフサポートやまぐちの

山根和子さんをお招きしてのグリーフの話し合い。

そして遺族の集まりの歩みや方法などを話し合い、

解散してしまったけど、山根さんも私も会員だった、

全国交通事故遺族の会のDVDを観たりしました。








細かい内容はあいの会のブログに書いたので、

ここでは重複して繰り返しません。

http://blog.livedoor.jp/i_nokai0708/archives/49047359.html


個人のことに引き付けて言えば、

義父母の言葉に傷つき、距離のできた人が多いことに、

あらためて考えさせられるものがありました。


私もそうした一人だからです。


具体的な言葉は個々の事情なので書きませんが、

やはり親身にしてもらっていたと思っていたら、

遠い場所にいたとわかった時はとても悲しく感じました。


もちろん私の義父母も、そして遺族の多くの義父母も、

決して悪い人ではなく、ごく普通の人たちです。

マザー・テレサみたいな人はあちこちにいるわけではないし、

親を奪われた場合、遺族からみた多くの義父母にとっては、

数回会った他人が殺されたに過ぎない場合がほとんどです。

子供や配偶者が殺された場合の兄弟姉妹なども、

結局他人同士ですし、同じことが起きてしまいがちのようです。
そうしたごく普通の人たちに、同じ感覚を求めるのは、

最初から無理ですし、それ自体傲慢な話なのだと思います。


遺族は時の経過とともに無理解に接することが多くなります。

そしてそれはある意味仕方のないことなのかもしれません。


この分野に限らず、100人いたら100人が賛同する話なんて、

ただ単に気持ちの悪いだけなのだとも思います。


ただ無理解に接することが多いなかでも、

月1回、「ここでしか話せないこと」を話し合う時間がある、

ということはやはり恵まれていることなのだと実感しています。


あいの会も集まり前日の7月8日に4歳の誕生日を迎えました。

この継続は、それなりに誇ってもいいのかなと思っています。

フジテレビの品格

テーマ:

再度フジテレビのことに触れたいと思います。
しつこいと思われるかもしれませんがご容赦ください。


前々回、フジテレビは間違いなく、ほとぼりが冷めた頃、
すべてを忘れて、再び被害者を出すだろうと書きました。


しかし、最近のフジテレビの動きを見ていると、
ほとぼりが冷めるのを待つつもりすらないようですので、
被害者として、苦言を一言書いておくべきと思いました。


まず舛添氏の問題。


私は評論家でもないので、問題自体には立ち入りません。
ただ「衆愚の濁流」というべき現象にはうんざりでした。


しかし、フジテレビの逸脱ぶりは別格でした。
いくらなんでも子供を追いかけまわすのは論外でしょう。

舛添氏が怒るのも当然です。


このことで舛添氏は既にBPO申立てをしたらしいですが、
問題ありと認定されるのはほぼ間違いないと考えます。


また過去のラブレターを晒すのも意味不明です。
報道でもなんでもない、ただの下品な暴力でしかありません。


次にガッツ石松氏の最近の話。


ネットで読んだ範囲ですが(フジはもう観る気も起きません)
猿に似た芸能人に猿の真似をさせるという、
何が面白いと考えたのか不可解な番組があったそうですが、
本人はそんな企画に出るなんて聞いていなかったそうで、
怒って途中で帰ってしまったとのことでした。


ちゃんと企画内容を説明すれば当然断られるだろう番組で、
事前説明を偽って、騙して出演させようとする・・・。
私の事例と全く同じパターンであることに唖然としました。


ほとぼりが冷めるのを待つも何もない。
これは彼らの本質なのだとわかりました。


反省せずに、逆恨みしてくる理由もよくわかりました。


フジテレビのバラエティ制作担当局のトップは、
お詫びと題した挑戦状を、シャチハタまで押して送り付け、
その非礼を指摘すると、謝罪文を出す際は、
常にシャチハタを押していると強弁してくるような人物です。


最近、フジテレビの番組を評する言葉として、
「面白くもなく、意味不明で、不愉快」とよく目にしますが、
その程度のレベルの人物がトップにいる組織、
そんな程度の組織が作った番組、ということを考えると、
「観ない」「関わらない」が正解のテレビ局だと思います。


今年のフジテレビの株主総会は、荒れに荒れたと聞きます。
もはや更生を望める相手ではないなというのが実感です。


この問題に触れるのは、あと2回位にとどめようと思います。
現在やり取りしている内容がひと段落ついたらその報告と、
最終的なBPO報告が出たら見解を出すことはする予定です。


ただ「ああ、あの連中のフジテレビか・・・」と聞けば失笑して、
観る気も起きないテレビ局ができたのは悲しく感じています。

6月度あいの会グリーフケア

テーマ:

先週土曜日(6月25日)は、あいの会でした。
グリーフケアワークショップと懇親会。


今回のグリーフケアのワークショップは、
自分を守るための心の境界線の話。
いわばどう結界を張るかの話だと思います。


悲惨な悲劇を経験したからと言って、
必ずしもその苦しみや悲しみについて、
周囲から理解が得られるわけではありません。


特に悲劇から月日が経過していくと、
本人にとっては、ずっと昨日の感覚であっても、
「いつまでそんなことを引きずっているんだ」
という無理解に直面することは少なくありません。
それも身近と思っていた人から不意打ちにきます。


世間とはそんなもの・・・なんて諦観の境地には、
なかなか至りませんし、やはり傷つくものです。


そんな現実世界では各人が最低限の結界を張り、
悪意や無理解からの自己防衛はすべきと思います。


懇親会ではBPOの件をあらためて相談しました。


私としてはBPOの判断は当たり前の常識の範疇で、
正直なところ、感慨も何もないのですが、
決定通知書を読む限り、圧倒的な勝利らしいです。


いや・・・そもそも勝ちも負けもないし、
当たり前のことを当たり前に訴えただけなのですが、
フジテレビがトンチンカンな悪あがきをしたせいで、
とんでもない時間と労力を費やすことになりました。


本当に迷惑な話です。


しかも反省していないと来ている・・・
最低最悪の一言です。


フジテレビは今後もBPO常連席に座り続けるのでしょう。
遺族としては、もう二度と関わりたくない会社です。


フジテレビが愚かなのか、弁護士が暴走しているのか、
そのBPOのことでは、コントのような進展があります。
これはまたタイミングをみて、報告したいと思います。


ちなみにフジテレビはよほど悔しがっているようです。
悔しがるんじゃなくて反省しろよと言いたいですが・・・

きっと理解できないのだろうなと思うと悲しいですね。


とにかく月1回のあいの会への参加。
ここでしか話せない話がお互いたくさんあります。
やはりこれが一番のグリーフケアかなと感じています。



フジテレビから届いた非礼な文書

テーマ:

あいの会ブログでも書きましたが、BPO決定通知後、
フジテレビからとても非礼な書面が送られてきました。


本気でこんなのを受け取ってもらえると思ったのか・・・
そうだとしたらその感覚のズレに唖然としますが、
当然受け取りを拒否し、突き返させていただきました。


あいの会ブログの一部繰り返しになりますが、

整理するとフジテレビからは以下の2点が届きました。


***


【「お詫び」と題された書面の要旨】
・誰もが加害者になりうることを訴えるドラマを制作した
・被害者を批判的に見る意図はなかった
・事前説明がなく「結果として」不快な思いをさせ申し訳ない
・二度とこのようなことがないように再発防止につとめる
(なおバラエティ制作局長名の下にシャチハタ押印あり)


***


【「ご通知」と題された弁護士名の書面の要旨】
・BPO決定は「人権侵害なし」との判断だった
・しかし不快な思いをさせたので、敢えて謝罪文を出す


***


本音では画像を晒し、その非常識ぶりを公開処刑したい。
しかし突き返した書面なので、我慢して要旨にとどめます。


「お詫び」文書は、自己弁護の言葉ばかりが羅列され、
文章の端々から放送倫理上問題ありとされたことに、
悔しさが随所ににじみ出た内容となっていました。


内容もそうですが、シャチハタを押してくるところは、
あきらかな侮辱と挑戦の意図を示していて驚きました。


謝罪文というタイトルで挑戦状を書いてきた有様です。
(常識がないだけかもしれませんがまず意図的でしょう)


「ご通知」文書は、そもそも何のために書いてきたのか、
激怒させるだけなのは自明ですし、不可解な話です。


問題なかったけど、敢えて謝罪文を出してやる?

どれだけ上から目線なのか、何様のつもりなのか。


どちらもとにかく幼稚な文書でした。
表面的な謝罪と反省すら示すことのできない幼さ。


こんなのを出すのが、かつてのフジテレビかと思うと、
凋落ばかり話題ですが、当然の流れだと実感します。


はっきり言えるのは、フジテレビは反省していないこと。
そして「真摯に受け止める」は全くの虚言であったこと。


そして間違いなくフジテレビは、ほとぼりが冷めた頃に、
すべて忘れて同じような番組を作り、被害者を生み出す。
それははっきり確信しています。


憤りは当然ですが、そのことをとても悲しく思っています。


文書返却にあたり、以下を書いた文書を添えました。


・謝罪文にシャチハタなど前代未聞、馬鹿にした話だ
・最低限の事実相違箇所の修正
・制作局長名ではなくフジテレビ代表者の署名捺印が当然
・郵送ではなく、手渡しでの提出であることが当然


今後フジテレビがどんな姿勢を示してくるかわかりません。
ただおそらく失望で終わってしまうだろうと予想しています。


フジテレビはまたマスコミ被害者を生み出すでしょうから、
せめて私ができることは、こうした行状を記録しておくことで、
「あの時、更生の機会があったのになぜ活かさなかったのか」
と振り返らせるアーカイブを遺していくことだと思っています。

弁護士の役割

テーマ:

間が空きましたが、前回の続きです。


フジテレビは今回大きな失態を犯しました。


「自転車事故はこんな重大事になるというドラマの冒頭に、
その悲惨さを伝えるインタビューを撮らせてほしい」
と嘘をついて、茶化した当たり屋のドラマの冒頭に、
遺族の冒頭インタビュー映像を撮って流してしまった。


ありえない話です。


普通に考えれば、弁解のしようのないことをしたわけで、
平謝りをして、再発防止を誓うことがすべき全てだったはず。


しかしフジテレビはそれができなかった。


そして失態の上に、さらに醜態をさらすはめになりました。


きっと社内にまともなコンプライアンス部署がなく、
こうした場合どうすべきか考える人たちもいないのでしょう。


この醜態に一役買ったのがフジテレビの弁護士の存在です。


「最後に当たり屋が出てくるが当たり屋の話ではない」

「シナリオを渡す提案をして断られたから問題ない」

「インタビューとドラマは別々だから説明する必要はない」


この二転三転の演出家は、弁護士だったと思われます。


弁護士という人たちは、どうにもならない事態を弁護すると、
とんでもない珍奇な主張を展開する場合がよくあります。


私の事件の時の加害者弁護士も、

「サイクリング自転車は下を向くので信号が見えなくて当然」
「入院中ベッドから落ちて頭を打ったことが死因に違いない」
という珍奇な主張を展開しました。


そして山口県光市母子殺人事件のかの安田弁護団も、
「ドラえもん」「魔界転生」と珍奇な主張をしたことは有名です。


全体的にみた場合、どう考えても自爆しているだけなのですが、
これが一部弁護士によく見られる行動パターンだったりします。


なぜ彼らはこんな賢明とは言えない行動を展開するのか。


そこには法廷での裁判官の思考回路が影響していると思います。


例えばある人が悪いことをして、謝罪すべき場面になった場合、
「うるせえな!悪かったって言ってるだろう!」
こんな態度だったら、普通の人であれば、
「お前、なんだその態度は!全然反省していないじゃないか!」
となりますが、法廷での裁判官は必ずしもそうではありません。


「悪かったって言ってる」というワードにピコーンと反応して、
「被告人は、自らの非を認め、反省の言葉を口にしている」
という判決文を書く裁判官は決して例外ではありません。

私の事件の刑事公判裁判官はこの種の典型的タイプでした。


そんな世界にずっといれば、弁護士も感覚麻痺を起こします。


一部トンデモ裁判官がいて、トンデモ判決を書いてくれる以上、
とりあえずどんなに支離滅裂でも、どんなに見苦しくても、
「言ったもの勝ち」の可能性に賭ける価値はあるわけです。


今回のフジテレビの醜態も、それで説明できる気がします。


フジテレビは弁護士に任せて安心して思考停止になった。
弁護士は職業習性で、反論の余地のない依頼をされた以上、
「言ったもの勝ち」の可能性に賭ける作文を書いてしまった。


そして、今回の当然の結果があるわけです。


弁護士は魔法使いではありません。


やってしまったことをなかったことにはしてくれません。


しかし一部の人はそこを誤解しているような気がします。


「弁護士先生にまかせたから、もう安心だ」


いやいや、あなたがしたことのけじめをつけなければ、
問題は何も解決しないよと言ってあげたい。


フジテレビもそんな当事者意識のない逃げの姿勢だったから、
結局、弁護士の珍奇主張に乗って、そのまま自爆しました。


フジテレビには猛省を促したいと思っています。


そのフジテレビはまた面白い動きをしてきました。
これは次回書きます。