「宮城に対して愛国心が無い。」
嫁は私にそういう風に言ったときのことです。
というのも、元々、出張が多い私が
出張から家に帰り、口から出て来る言葉は
何処に行っても、良い場所だった、と
国内外の行く先々の印象をそういう風に言ったりするのが原因のようです。
京都は良い所。東京は良い所。等等何処に行ってもそういう私。
(そんな事は無い。宮城が一番)
嫁を見ながら言葉を飲み込みました。
きょろっと、私の顔を伺う息子の目が
自分の親父が愛国心が有るか非国民か、この目で確かめよう....といった
そういう視線を感じながら...
私も彼女の気持ちを考えずに、見知らぬ全国各土地、
津々浦々自慢をしすぎているなぁと、反省しながら...
思考回路にスイッチが入って
人類誕生からのフィードバックを中心に
肌の色の変化の話
4大文明の話
流れで、中東問題
加えて朝鮮問題も。
アフリカ大陸から、
この極東の島国にたどり着いた話、渡来人の話
言語や宗教的な話だって避けて通れないし、
一通り思考を巡らせ
ぐっと、私は言葉を飲み込みました。
----------2011の話です-----------
2011.8.2 私と
社長の相澤は一路、新潟長岡市へ。
震災直後、弊社へ大量の燃料、大量の食料、他諸々。
表現出来ない程の手厚い支援を頂いた方のご自宅へ招かれ訪問した時の事です。
2011.7/上旬に移転先(現住所)へ引っ越し、仕事が無事稼働した事の報告もあっての訪問でした。
長岡市に
フェニックス有り。
戊辰戦争と太平洋戦争による空襲で廃墟になった街。
そして不死鳥を市のマークに掲げている長岡市。
そんな長岡市が
2005年の中越大震災、水害、豪雨から復興祈願花火として定着しているこの花火を
見せたいという事でお邪魔させて頂いたときの話です。
前日2011.8.1にteam フェニックスは被災地宮城県石巻市を訪れ
川開き祭り花火大会での打ち上げを終えた、翌日でした。
石巻の関係者とおぼしき人もちらほら。

夕刻ともなれば、信濃川沿いの土手に人が集まります。


イタリヤンという、焼きそばの麺にミートソースというB級グルメが
非常に美味しかったです。この何気ないオードブルも、さすが新潟食の国を感じさせる
素晴らしい味で、ごちそうさまでした。
花火開始の挨拶は、ハワイのホノルル市長。
この時点で感動的。
1941日本軍の真珠湾の攻撃から地球規模の戦争に拡大し、
1945年アメリカ軍8.1長岡空襲のこの地で、丁度この花火、挨拶は真珠湾からやってきている。
平和が一番。
そして市長挨拶。
「長岡の花火は日本一ではありません....」
否定的だとおもいきや、
「長岡の花火は世界一です。」
会場拍手喝采!開幕!
長岡の花火の素晴らしさに付いては
言葉では表現出来ないので、省略!
是非!皆さん、長岡のフェニックスを生で観て下さい!!!
そのフェニックスの写真!

バババババーンンン!!!激しい轟音とともにフェニックスが上がります。
視覚に入りきらない花火、6カ所から上がる尺玉は本当に感動的です!
(一眼でチャレンジする方は、超広角のレンズを持参ください!www)
実は数回長岡の花火は見た事があるのですが
震災もあって、色々な気持ちが交差して、見た事が無い程に感動的でした。
こんな出張の時も「長岡は本当にすばらしかった」と
私は言っていたのでしょう。
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私は言葉を飲み込み、言葉を選びます。
私はたまたま、こうしてご縁があって
長岡へ行けて、人情を頂き、美味しいものや、素晴らしい花火を観れる。
それも、毎日毎日、家で家事、子育てを一生懸命にしてくれる嫁があっての
体験、経験だという事を私は忘れてはいけません。
宮城県は日本で一番、世界的に見て素晴らしい場所です。
都市と自然、温泉、食、学校、きりがないです。
東北人の人間性が織りなす人間模様に最大の良さがあるのではないでしょうか。
「そんなことはないよ、宮城は一番だよっ!」
言葉を選んで、それだけ嫁に伝えました。
2011.3.11からまもなく、一年が過ぎようとしております。
お陰さまでこうしてお仕事させて頂ける事。
長岡人の戦災、震災に負けない
フェニックスに感謝する気持ちを忘れてはならないと、言葉を飲み込みました。
(溝江さんありがとうございました!家族もいつか連れて行きます!)