Tシャツぶらり旅。

株式会社アゾットブランチ代表浅野のblogです。
仙台-東京-京都で仕事しています。
より多くの人に、喜びを提供するべく、今日も私はTシャツをはじめとした色々な商品を作っています。
その中での出来事を中心に書いています。


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2011.3.11震災で工場が全壊
2011.3.17に京都に社長と入り、協力して頂く同業の皆様と結束
2011.3.27仙台に戻り、鈴木君、小野君をピックアップ
2011.3.29京都へ一同疎開
社長と私の二人で
丁度一年前に通った道を車で走らせました。

ルートも同じく、山形道を抜け、新潟、北陸道経由で京都入り。



仙台ー京都 片道850km
宮城、山形(福島)、新潟、富山、石川、福井、滋賀、京都
8県またいでのドライブ。最初とは違い、もうすっかり馴れてしまった。

一年前、ぼろぼろになった工場からTシャツのプリントの機械を運び出し
仙台と京都に設備した。
京都の新工場のメンバーです。
先日韓国人の金君が合流してくれた。

金君を紹介してくれた韓国人留学生のLEE君
鴨川で2人で今後について話合いました。
日本と韓国のコラボで面白いものを作って行きたい。
韓国のお友達が2人も増えて嬉しいです。


帰路は
京都、三重、愛知、静岡、神奈川、東京、埼玉、栃木、福島、宮城
10県を跨いで移動です。

今、こうして仙台を本拠地にやらせて頂いているのは
本当にたくさんのご支援、ご協力を頂きました皆様のおかげです。
ありがとうございます。
この感謝の気持ちを周囲にお返し出来るように頑張って行きたいと思います。


丁度一年前に、この道を通った夜....
なぜかTHE虎舞竜さんの曲が頭の中で止まらないなぁ。。。



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2011年は震災の影響でなかなか、
おちついて墓参りが出来なかったので
春分の日という事で
久しぶりにお墓参りをした。
宮城県角田市(仙台から40km程南下した所です。)

私の実家は分家だったため、
新たに墓が必要で
祖父が建てたものです。
私の祖父は非常に準備の良い人間で
予め、土地を購入し、墓を建てました。
祖父が、いろいろカタログを見て、選んでいた姿は
なんだか当時は理解に苦しみましたが、後々家族にとっては
非常に準備されていてありがたい結果になりました。
死して尚、訴えかけられている物を感じます。
「お前は準備万端か!!」

そんな、天国からの声を聞きながら
線香に火をつけ、目を閉じ、合掌。

祖父と祖母が入っている墓、
ここにくると
「俺もいつかここに入るのか...」と考えます。
「死」を意識する重要な時間です。

では、「生」とは何なのだろうとか、反対に考える訳です。
元々潜在的に持っている物が表に出ただけなのでしょうけれども。
震災のお陰で我々の価値感覚は変化しました。
2011年度の結婚観が物語るように「絆」「つながり」
という言葉が多く使われています。
繋がりの中でどれほど「記憶」を共有しているか
というのが、非常に重要なのだとおもいます。

では、、人間の最重要と思われる
人々の「記憶」共有に対して、自分の命は
どんな役割なのでしょうか....

喜び、楽しみの記憶を作る時
人とのかかわり合いが有って、
その人と人との架け橋になったり、
環境を作って行きたいと考えています。
大きく、大きく、出来るだけ大きく、広く、深く。


 

正直、僕の中で長期的...という言葉も30~50年程度事を刺しました。
自分の命の限度からの逆算でしたが、
昨年のARABAKIで菅さんが語った事のように
1,000年以上後も、超長期的に何かの足しになるような
人間でありたいと感じている最近です。
1,000年以上前の先祖が喜ぶように...

合わせた手を離し、すっと目を開けます。
線香は2/3は灰になっていて、来ているセータにも
強い線香の匂いがへばりつきました。

「お前は準備万端か!」

頑張らなくては....と墓を後にしました。



ちなみに、
「春」という文字が好きで
1月の真冬に産まれた息子(6歳)春倫(はるみち)を
嫁も、私も「はる!」って呼んでいて
春の言葉が持つ、大きく、前向きなフィーリングを
実は周囲の皆がもらっているのだなと感じている
春分の日でした。










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中国は世界の工場だ。
行くと、ものすごいパワーで圧倒される。
地面から出ている、ゴゴゴゴ~といううねりの用な
おおきなパワーだ。
韓国のパワーとはちょっと違う。。。


同じモンゴロイドとして
こうも、違うかという道徳観に
愕然とする時もある。

4つ足は机以外は食べる。という言葉
海の上を36km6車線だったり。
運転のとき、道を譲り合わずに走ったり
各産業界
日本と中国にはちょっと差がある。


その差が面白い。
差が無ければ世界旅行に面白さは無い。

今日も中国産のTシャツにデザインを乗せている。
ゴゴゴゴ~っという大地のうねりを思い出しながら。






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ご報告が遅れてしまいました。
昨日の3.11を過ぎてと決めておりました。
本年度より、AZOTHから新しく3社分社する運びとなり、
合計4社のAZOTH groupとなりました。
私、浅野(31歳)
株式会社アゾットブランチ
(Tシャツ、雑貨製品製造)という会社の
代表になりました事をこの場をご報告いたします。

Tシャツぶらり旅。

仙台、東京、京都を拠点として、
日本に、東北に貢献出来るような、
世界に通用する会社にして行きたいと思います。

同じタイミングで社長になりました、
株式会社AZOTH NUMBER 大友社長も今年4月より、新店舗の東京お台場店の展開
株式会社AZOTH SEVEN UPS (東京代官山)小野崎社長も先日のNewYork展を成功させ、
明日より原宿で展示会、その後、また海外展と皆動きは様々です。

また、必死に震災を乗り越えようと頑張っている、優秀な若いスタッフ達の成長も著しく、
より多くの笑顔に貢献出来るように皆のパワーを集めてこれから頑張りたいと思います!
今後ともよろしくお願いいたします!


Tシャツぶらり旅。

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東日本大震災より丁度一年。
我々の会社の話で申し訳ないのですが
多くの関係させて頂いている取引先、知人に大きな力を頂き
元気にやっております。

地震直後私たちは京都へ渡り、業務を再開しました。
原師匠の大きな船に乗った瞬間でした。
本当に、ありがとうございます!原さん!
Tシャツぶらり旅。


その当時の会社の状況をデザイナーの
山田君が詳しくWWDの取材に対応してくれていました。
アメリカを中心に世界にAZOTHの記事は配信されました。

Tシャツぶらり旅。

NHKさんのTV取材も受けました。
世界配信され、アメリカに居る岩井俊二監督ら知人、関係者からも連絡を頂きました。
こうして、仙台から京都へ渡り、仕事を再開していた事が
他の業者に比べても、珍しかったようです。

Tシャツぶらり旅。
Tシャツぶらり旅。

取材が取材を呼ぶようにして、
様々なメディア関係者の皆様に記事として取り上げて頂きました。
京都の同業者の皆さんに
励ましの「絆T」を頂き、色々な工場の皆さんに着用して頂きました。
その事自体が記事になった時は嬉しかったです。
京都の街全体で支えられた状態でしたので。
Tシャツぶらり旅。
Tシャツぶらり旅。
Tシャツぶらり旅。

自身初のRADIO収録。
MONKEY MAJIKのMONKEY HOUSE MUSIC
京都から戻った直後にレコーディングでした。

Tシャツぶらり旅。
そして福島UNITED×仙台チームの皆さんと震災復興祈願FOOTSULも行いました。
「頑張ろう!東北!」
Tシャツぶらり旅。
仙台市の発行する
復興人というフリーペーに使用して頂きました。
Tシャツぶらり旅。

24年ぶりの都内開催、第42回東京モーターショー
サイトの中でも、震災企業の出展ブースという事で
ご紹介いただき
山崎君の笑顔が人気を博しました。
Tシャツぶらり旅。

この一年は、時間の流れが速いと感じる部分もありますが
正直私にとっては、長く濃厚な1年となりました。
それは、普段開かないような神経細胞たちも目を覚まして
活動しているような、体感する出来事自体が普段の数百倍的な状態ですから、
体感的に長く感じる一年でした。


Tシャツぶらり旅。
頂いたたくさんの「がんばれ」という励まし、施しに
応えて行く、ここからの日々にして行きます。
関係者の皆様、ありがとうございました!

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「宮城に対して愛国心が無い。」
嫁は私にそういう風に言ったときのことです。
というのも、元々、出張が多い私が
出張から家に帰り、口から出て来る言葉は
何処に行っても、良い場所だった、と
国内外の行く先々の印象をそういう風に言ったりするのが原因のようです。
京都は良い所。東京は良い所。等等何処に行ってもそういう私。
(そんな事は無い。宮城が一番)
嫁を見ながら言葉を飲み込みました。
きょろっと、私の顔を伺う息子の目が
自分の親父が愛国心が有るか非国民か、この目で確かめよう....といった
そういう視線を感じながら...
私も彼女の気持ちを考えずに、見知らぬ全国各土地、
津々浦々自慢をしすぎているなぁと、反省しながら...


思考回路にスイッチが入って
人類誕生からのフィードバックを中心に
肌の色の変化の話
4大文明の話
流れで、中東問題
加えて朝鮮問題も。
アフリカ大陸から、
この極東の島国にたどり着いた話、渡来人の話
言語や宗教的な話だって避けて通れないし、
一通り思考を巡らせ
 
ぐっと、私は言葉を飲み込みました。

----------2011の話です-----------
2011.8.2 私と社長の相澤は一路、新潟長岡市へ。
震災直後、弊社へ大量の燃料、大量の食料、他諸々。
表現出来ない程の手厚い支援を頂いた方のご自宅へ招かれ訪問した時の事です。
2011.7/上旬に移転先(現住所)へ引っ越し、仕事が無事稼働した事の報告もあっての訪問でした。
長岡市にフェニックス有り。
戊辰戦争と太平洋戦争による空襲で廃墟になった街。
そして不死鳥を市のマークに掲げている長岡市。
そんな長岡市が
2005年の中越大震災、水害、豪雨から復興祈願花火として定着しているこの花火を
見せたいという事でお邪魔させて頂いたときの話です。
前日2011.8.1にteam フェニックスは被災地宮城県石巻市を訪れ
川開き祭り花火大会での打ち上げを終えた、翌日でした。
石巻の関係者とおぼしき人もちらほら。

Tシャツぶらり旅。
夕刻ともなれば、信濃川沿いの土手に人が集まります。

Tシャツぶらり旅。
Tシャツぶらり旅。

イタリヤンという、焼きそばの麺にミートソースというB級グルメが
非常に美味しかったです。この何気ないオードブルも、さすが新潟食の国を感じさせる
素晴らしい味で、ごちそうさまでした。

花火開始の挨拶は、ハワイのホノルル市長。
この時点で感動的。
1941日本軍の真珠湾の攻撃から地球規模の戦争に拡大し、
1945年アメリカ軍8.1長岡空襲のこの地で、丁度この花火、挨拶は真珠湾からやってきている。
平和が一番。
そして市長挨拶。
「長岡の花火は日本一ではありません....」
否定的だとおもいきや、
「長岡の花火は世界一です。」
会場拍手喝采!開幕!
長岡の花火の素晴らしさに付いては
言葉では表現出来ないので、省略!

是非!皆さん、長岡のフェニックスを生で観て下さい!!!
そのフェニックスの写真!

Tシャツぶらり旅。
バババババーンンン!!!激しい轟音とともにフェニックスが上がります。

視覚に入りきらない花火、6カ所から上がる尺玉は本当に感動的です!
(一眼でチャレンジする方は、超広角のレンズを持参ください!www)
実は数回長岡の花火は見た事があるのですが
震災もあって、色々な気持ちが交差して、見た事が無い程に感動的でした。

こんな出張の時も「長岡は本当にすばらしかった」と
私は言っていたのでしょう。

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私は言葉を飲み込み、言葉を選びます。

私はたまたま、こうしてご縁があって
長岡へ行けて、人情を頂き、美味しいものや、素晴らしい花火を観れる。
それも、毎日毎日、家で家事、子育てを一生懸命にしてくれる嫁があっての
体験、経験だという事を私は忘れてはいけません。


宮城県は日本で一番、世界的に見て素晴らしい場所です。
都市と自然、温泉、食、学校、きりがないです。
東北人の人間性が織りなす人間模様に最大の良さがあるのではないでしょうか。

「そんなことはないよ、宮城は一番だよっ!」
言葉を選んで、それだけ嫁に伝えました。

2011.3.11からまもなく、一年が過ぎようとしております。
お陰さまでこうしてお仕事させて頂ける事。
長岡人の戦災、震災に負けない
フェニックスに感謝する気持ちを忘れてはならないと、言葉を飲み込みました。
(溝江さんありがとうございました!家族もいつか連れて行きます!)

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