ロシア  国際批判が高まるシリア情勢にどこまで軍事関与を続けるのか? | 碧空

ロシア  国際批判が高まるシリア情勢にどこまで軍事関与を続けるのか?

シリア 学校空爆

(シリアの反体制派が支配する北西部イドリブ県ハス村で、空爆を受けて破壊された学校の教室(2016年10月26日撮影)。(c)AFP/Omar haj kadour ロシアは「写真はコンピューター・グラフィックによるものだ」と、事件が起きたこと自体を否定 【10月29日 AFP】)

【アレッポ 反体制派の反転攻勢で戦闘地域は拡大】
イラクにおけるモスル奪還作戦の進展が連日報じられており、イラク政府軍を米軍、クルド人勢力、スンニ派民兵更にはシーア派民兵の総動員態勢で支える形で、市街戦に突入したようです。

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モスル奪還へ総力戦=対ISで異例の協調―イラク****
過激派組織「イスラム国」(IS)がイラク国内で最大の拠点とする北部モスルの奪還作戦は、イラク軍部隊が1日に市内に突入し、正念場を迎えた。イラクからの報道によると、軍幹部は「(1日が)モスルの本当の解放の始まりだ」と述べ、IS掃討へ総力戦で臨む考えを強調した。
 
モスル市内には同日、軍部隊が南方から、米軍の訓練を受けた精鋭の対テロ部隊が東方からそれぞれ突入した。市の周辺には、警察部隊やクルド人治安部隊「ペシュメルガ」、イスラム教スンニ派部族兵なども展開。市の西方には、モスルのIS戦闘員が隣国シリアに脱出するのを防ぐため、イスラム教シーア派民兵が送り込まれた。
 
抗争を続けてきたイラクのシーア派、スンニ派、クルド人など各勢力の部隊がこうした共同作戦を行うのは異例。アバディ首相は「われわれは一つにならなければならない」と国内各派に団結を呼び掛けた。【11月2日 時事】 
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一方、モスル同様に大勢の市民が包囲網の中に暮らすシリア・アレッポの戦況に関する報道はあまり多くありません。

反体制派が支配する東部アレッポをシリア政府軍が包囲してきましたが、反体制派が反攻に出ていることが先月末に報じられています。

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<シリア>ロケット弾攻撃15人死亡 反体制派「反転攻勢****
シリア内戦の死傷者数などを調査している在英団体のシリア人権観測所によると、北部の大都市アレッポで28日、東部を支配する反体制派がアサド政権支配下の西部をロケット弾などで攻撃し、少なくとも市民15人が死亡して100人以上が負傷した。

政府軍に包囲され劣勢が続く反体制派は反転攻勢に出ると宣言しており、今後、戦闘がさらに激化する可能性がある。(後略)【10月29日 毎日】
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最近の戦闘上に関しては、反体制派は政府軍支配の西アレッポへの攻勢を強めており、東アレッポだけでなく、更に多くの市民が暮らす西アレッポも戦闘状態に入る様相を呈しています。

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シリア情勢(アレッポ等****
シリアでは、アラビア語メディアの報じるところによれば、アレッポでは、反政府軍が東アレッポに対する包囲解除のために、アレッポ南部の他に西アレッポ(政府軍支配地域)に対する攻撃を行っており西アレッポでは市街戦が続いている模様です。

他方ダマス、ダラア、ハマ、ホムス等では、政府軍機の空爆と合わせて政府軍等の攻撃が続いている模様で、アレッポでは反政府軍がわずかに優勢、ダマス周辺では政府軍が優勢という状況のようです。

アレッポに対するロシア機の空爆は伝えられていませんが、政府軍機は散発的に空爆している模様です。

アレッポでは、反政府軍の西アレッポに対する攻撃は続いており、反政府軍報道官は、西アレッポは戦闘地域であるとして、住民に外出しないか、他の地域に移るように勧告した由。

シリア人権網によれば、反政府軍はイドリブ及びアレッポ近郊から1500名の増援部隊を送り込んだ由。
東アレッポ封鎖については、反政府軍が軍学校群に近づいたのニュースがあったがその後の状況はは不明。

またアレッポでの戦いについては、双方とも自己の優勢と相手の大きな損害を主張しており、正確なところは不明。

ロシア外相は、反政府軍がファタハ・シャム戦線(旧ヌスラ戦線・・アルカイダ系)と協力していることを非難した由(後略)【11月1日 「中東の窓」】
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【批判を強めるアメリカ:シリア政府が「飢餓を兵器」として利用している】
反政府勢力が支配する東アレッポはシリア政府軍が数か月にわたって包囲し、市民25万人が政府軍及びロシア軍の爆撃を受け、食料・医薬品等の不足にさらされています。

アメリカはこの状況を、シリア政府が「飢餓を兵器」として利用しているとして、アサド大統領とロシアへの批判を強めています。

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シリア政府は「飢餓を兵器として利用」米政府高官が非難****
米政府高官は28日、シリア政府が「飢餓を兵器」として利用しているとして、バッシャール・アサド大統領と同政権を支援しているロシアへの非難を表明し、強硬手段も辞さない構えを示した。ジュネーブ条約では、飢餓を戦闘の方法として利用することは戦争犯罪と定められている。
 
米政府高官は、シリア北部アレッポでの攻撃を停止しているとするロシア政府側の主張をはねつけた上で、AFPに対し、「国連(UN)はアレッポ東部に支援物資を搬送するよう要請しているが、シリア政府はそれを拒み、飢餓を兵器として利用している」と述べた。
 
この表現は、ジュネーブ条約で定められている「戦闘の方法として民間人を飢餓の状態に置くことを禁止」した条項を反映したものだ。
 
アレッポでは数か月にわたって市民25万人が包囲されて爆撃を受ける事態が続き、国際的な非難を呼んでいる。
 
米政府は現在、シリアに対する追加制裁と、オランダ・ハーグの国際刑事裁判所(ICC)への提訴を検討している。【10月29日 AFP】
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【イドリブの学校空爆 「意図的な攻撃だとすれば戦争犯罪だ」】
何年にも及び膨大な犠牲者を出し続けているシリア内戦自体が「犯罪」とも言えますが、ジュネーブ条約上の「戦争犯罪」という点では、イドリブで10月26日に起きた学校を狙った空爆も問題となるでしょう。

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<シリア>民間人35人死亡…学校空爆、子供22人含む****
シリア北西部イドリブ県の反体制派支配地域で26日、小学校や中学校などが空爆され、在英団体のシリア人権観測所と国連児童基金(ユニセフ)によると、少なくとも子供22人を含む民間人35人が死亡した。

人権観測所はロシア軍かシリア政府軍による空爆だと主張したが、露外務省報道官は27日、「この深刻な悲劇に我々は一切関与していない」と反論し、早急な調査を求める考えを示した。
 
政府軍とロシア軍はイドリブ県内などの反体制派支配地域で繰り返し空爆を実施。人権観測所によると、県内では26日を含む過去1週間の空爆だけで少なくとも90人が死亡し、150人が負傷した。
 
今回学校が空爆された現場は激戦地アレッポの南約80キロのハース村で、人権観測所は「ロシアかシリア政府軍の軍用機が6回にわたり、学校とその周辺を狙って攻撃した」と説明。ユニセフのアンソニー・レーク事務局長は「意図的な攻撃だとすれば戦争犯罪だ」と批判した。【10月27日 毎日】
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“ロシアのチュルキン国連大使はAFP通信などの取材に「恐ろしいことだ。我々が関与していないことを望む。ロシア国防相が何を話すか確認する必要がある」と述べた”【10月27日 毎日】と、ロシアの国連大使もその犯罪性を認識しているようですが、ロシア外務省は関与を否定しています。

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シリア空爆で破壊された学校の写真は「偽物」 ロシア外務省****
ロシア外務省の報道官は28日、シリアの反体制派が支配する同国北西部イドリブ県の学校が空爆されたとして発表された写真を専門家が鑑定したところ、写真は偽物だという結果が出たと述べた。国連児童基金(ユニセフ、UNICEF)は、この空爆により児童22人が死亡したと発表している。
 
露外務省のマリア・ザハロワ報道官は、フェイスブックへの投稿で「シリア・ハス 村での写真を分析した専門家によれば、実際には学校に対する空爆はなく、犠牲者も出ていないということが判明した。写真はコンピューター・グラフィックによるものだ」と述べた。
 
また露国防省のイーゴリ・コナシェンコフ報道官も27日、ロシアの無人機が撮影した写真では、空爆を受けたとされる学校の屋根に被害はなく、周辺エリアに空爆の跡はみられなかった上、「その日はロシア軍の戦闘機は1機もその地域に進入していない」と述べた。
 
ユニセフは26日、シリアのイドリブ県ハス村の学校が空爆され、児童22人と教員6人が死亡したと発表していた。【10月29日 AFP】
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ウクライナ東部上空でのマーレシア航空機撃墜事件でも、ロシアは関与を否定しており、ロシアのこうした言動は使用しがたいものがあります。


【国際批判を気にしていない・・・こともないようなロシア】
ロシアはアレッポ空爆は先月18日の停戦実施以降、中断しています。
反体制派が西アレッポへの反攻を強める状況で、現地からは空爆再開の要請もあるようです。

“・・・・これに対し、アサド政権は激しく応戦しているほか、アサド政権を支援するロシア軍は、今月18日から停止していた空爆を再開するようプーチン大統領に求めたと明らかにしました。
ロシア大統領府は、人道上の理由から空爆を直ちに再開するつもりはないとしているものの、反政府勢力側が攻勢を強めた場合には、空爆の再開も辞さない構えを示していて、市民の犠牲がさらに増える懸念が強まっています。”【10月29日 NHK】

戦況的には空爆再開が求められる状況ですが、東アレッポに対する「戦争犯罪」を持ち出してのアメリカの強い批判、更にはイドリブの学校空爆などへの国際批判が高まるなかで、ロシアとしてもなかなか空爆再開に踏み切れないところでしょう。

もっとも、ロシア側は、冒頭のイラク・モスルの市街戦突入を引き合いに出し、アレッポでは空爆もしていなし、人道回廊も設けた・・・と、アレッポを問題するならモスルの方が更に問題だ・・・という“面白い”もの言いをしています。

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露国防省、アレッポの情勢とモスルの作戦の違いを説明****
ロシア国防省は、ジョン・カービー米国務省報道官による、アレッポでの情勢とモスル奪還作戦の根本的相違についての声明にコメントした。

ロシアイゴール・コナシェンコフ国防省報道官によると、アレッポでは2週間以上ロシア航空宇宙軍とシリア空軍が動いていないが、モスルは毎日米国空軍の空爆を受けている。

さらに、アレッポでロシアとシリア政府は民間人のために6つの人道回廊を組織した。 コナシェンコフ報道官は「モスルで我々は、民間人の住む街区の、迫りくる『突撃』について耳にする」と言い、この場合にはいかなる人道回廊にも話は行っておらず、「100万都市に住んでいるのはテロリストだけのようだ」と付け加えた。【11月2日 SPUTNIK】
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また、ロシアのラヴロフ外相は、シリアにおけるロシアの行動に対する英米のリアクションは「ヒステリー」であるとも発言しています。
「シリアをめぐる事象を背景に野蛮だの軍事犯罪だのを口にする英米をはじめとする西側パートナーらのヒステリーは公然たる侮辱の域に達している」【10月31日 SPUTNIK】

こうしたロシア側の反応は、国際批判などには耳を貸さない・・・・というイメージのあるロシアも、やはりそれなりに気にはしていることの裏返しのようにも思えます。
(プーチン大統領が国際刑事裁判ICCに戦争犯罪で訴追されるような事態はロシアとしても困るでしょう。もっとも、ロシアもアメリカもシリアもICC未加盟ですが)


【プロパガンダで世論を誘導するロシア政府】
ロシア国内の世論はシリア情勢には無関心というか、プーチン支持でシリア空爆にも賛同している・・・というのが一般的な見方です。

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シリア空爆を見過ごすロシア人の無関心****
ムスリム社会もソーシャルメディアもプーチンのプロパガンダに沈黙を続ける

・・・しかし、大半のロシア人はシリアの状況にほとんど関心がない。モスクワに住む弁護士の女性にシリアの戦争について聞くと、こんな答えが返ってきた。「アレッポつて? 聞いたことがない」
 
14年にウクライナの政変で親口政権が退陣し、ロシアが軍事介入した際は、ウラジーミル・プーチン大統領に反発してロシア国内でも多くの市民が抗議デモに参加した。しかし、当時は率先して政権のプロパガンダに抵抗したソーシャルメディアも、今回は沈黙を続けている。
 
「ロシアの人々にとって、ウクライナは近親者や友人がいる土地。でも、シリアは遠く離れたよく分からない場所だ」と、ロシアの著名な人権活動家で、今年のノーベル平和賞の候補にも挙がったスベトラーナーガヌシュキナは言う。

「テロとの戦い」を強調
ロシア人の大多数は、ソ連時代のアフガニスタン紛争の悪夢を忘れていない。9年間で約1万5000人の自国兵士の命が奪われたあの悲劇を、繰り返したくないと思っている。
 
その不安を打ち消すために政権は洗練されたプロパガンダを展開している。欧米のメディアが戦場の恐怖と同盟関係の複雑さを伝えているのに対し、ロシアの国営テレビは、シリアの「正当な指導者」アサド対ISISなどの「国際テロ集団」、という単純な対立構造を描く。
 
昨秋の世論調査ではロシア人の69%が、シリアでのいかなる軍事的関与にも反対していた。
しかし、国営メディアが毎日のようにISISの脅威を報道し始めると、数週間後には戦争支持が72%に達した。
 
「当局にとっては、シリアの戦争で国民の支持を得るよりも不満を生じさせないことのほうが重要だ」と、モスクワの世論調査機関レバダセンターの社会学者デニス・ボルコフは言う。(後略)【11月8日号 Newsweek日本版】
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「アレッポつて? 聞いたことがない」は、アメリカ大統領候補も同レベルですから、ロシア国民が恥じる必要はありません。


【ロシア世論には、シリア情勢に対する、思ったよりも強い懸念も】
ただ、下記の世論調査数字などからは、ロシア国民がそうそうシリアに無関心でもないようにも思えます。

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ロシア国民の半数「シリア空爆は第3次大戦の引き金」 世論調査****
ロシア国民の半数近くは、ロシアがシリアで行っている空爆作戦が引き金となり第3次世界大戦が勃発することを恐れている──。ロシアで10月31日、こんな世論調査結果が発表された。
 
シリアのバッシャール・アサド大統領を支援しているロシアは2015年9月以降、内戦状態にあるシリア国内で爆撃を実施している。
 
調査はロシアの独立系調査機関レバダ・センターが先週実施した。それによると、国民の48%が「ロシアと西側諸国との間で緊張が高まり、第3次世界大戦に発展するかもしれない」との懸念を抱いていることが分かった。この割合は今年7月の29%から上昇した。
 
ロシア政府による空爆はロシアの対外イメージに悪影響を及ぼしていると思うと回答した割合も32%と、昨年11月の16%から倍増した。
 
一方で、ロシアの空爆を支持すると答えた人は52%に達し、反対の26%を大きく上回った。ロシアは「シリア問題への介入」を継続するべきだと答えた割合も49%に上り、そう思わないと答えた人の28%を圧倒した。
 
西側の主要国や人権団体は、シリアで民間インフラに無差別攻撃を加えているとしてシリアとロシアの両軍を非難している。特に、かつてシリアの経済中心地だった北部アレッポ周辺では、一部地区が爆撃によってがれきと化している。【11月1日 AFP】
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上記調査の信頼性については何も知りませんが、“ロシア政府による空爆はロシアの対外イメージに悪影響を及ぼしていると思うと回答した割合も32%”という数字が更に高まると、プーチン大統領としても無視できないものとなります。

なお、シリア上空ではロシア軍機と米軍機のニアミスが起きています。

“今月(10月)17日夜、偵察機を護衛していた露戦闘機が、米軍機に「ニアミス」する事象が発生。露戦闘機は、米軍機から約800メートル以内の位置まで接近したとされる。
 
匿名で取材に応じた別の米軍関係者によると、両機の距離は、露軍機のエンジンが起こした乱気流を米軍パイロットが感じられるほど近かった。
 
両機は夜間にライトを点灯せず飛行していたため、露軍機のパイロットが米軍機の存在に気付かなかったことが異常接近の原因とみられている。”【10月29日 AFP】

ロシア国民の48%が「ロシアと西側諸国との間で緊張が高まり、第3次世界大戦に発展するかもしれない」との懸念を抱いているというのも、あながち杞憂ではありません。

少なくとも、アメリカ一般国民やトランプ候補、あるいは「アレッポって何?」候補よりは、ロシア国民の方がシリアの状況を真剣に考えているようです。