ミャンマー 北部カチン州での戦闘激化 「資源戦争」との指摘も | 碧空

ミャンマー 北部カチン州での戦闘激化 「資源戦争」との指摘も

碧空-カチン難民
(カチン族の難民 一昨年、政府軍とカチン族の戦闘が始まると、隣国の中国は中国国内に避難してきたカチン族難民を強制的に戦闘地域へ送還したとのことで、国際的人権団体「ヒューマン・ライツ・ウオッチ」は「中国は国際的な責務を軽んじている」と非難しています。“flickr”より By MuslimAcademy http://www.flickr.com/photos/muslimacademy/7856245998/

【資源戦争】
国際社会からの要請もあって、ミャンマーのテイン・セイン政権は「少数民族との和平」を進めており、多くの主要民族との停戦が実現しています。

****ミャンマーの少数民族****
カレン、カチン、シャンなど主要民族だけで11あり、政府は135の民族が存在するとしている。旧ビルマが1948年に英国から独立後、ビルマ族主体の政府に反発する民族が自治や独立を求めて武装闘争を始めた。
11年3月発足のテインセイン政権は、民主化と経済自由化に加え、少数民族との和平を改革の3本柱に位置づける。これまで11の主要武装勢力のうち、カチンを除く10勢力と停戦に合意。恒久和平に向けた政治交渉を目指している。【12月26日 朝日】
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しかしその一方で、ミャンマー北部に居住するカチン族の戦闘が激しくなっています。
テイン・セイン大統領は11年末に政府軍に停戦を指示したとされますが、戦闘は続いており、昨年末から激しさを増しています。

****守られぬ停戦指示 ****
カチン独立機構(KIO)の本拠地ライザは、町を二分するように中国との国境が走る。1キロ四方ほどの繁華街にミャンマー政府の官憲の姿はない。代わりにKIOの軍事組織カチン独立軍(KIA)の兵士が迷彩服に小銃を背負って通りを行き交う。KIO本部は国境の検問所と目と鼻の先のホテルに置かれている。

カチン族はジンポー語を話す民族で、主にミャンマー北部や中国雲南省に住む。キリスト教徒が大半で、文字はアルファベットを使う。町の表示や商店の看板は、ジンポー語に加え、中国、ビルマ両語が併記され、3カ国語が飛び交う。車のナンバープレートも中国やミャンマーのほか、KIO独自のものが混在する。
商品は中国とミャンマーからの物が多い。例えば、中国産の大理ビールとミャンマービールが並べて売られている。通貨は中国の人民元とミャンマーのチャットが流通する。

カチン族は旧ビルマ(現ミャンマー)が英国から独立する直前の1947年、別の少数民族シャンやチンとともに、アウンサン将軍率いるビルマ政府と対等な権利や自治の付与で合意した。だが、合意は独立後も履行されなかったため、60年代にKIOが発足。軍事部門のKIAが反政府武装闘争を始めた。

94年に停戦協定が結ばれると、州都ミッチーナなどいくつかの戦略拠点を除き、北海道よりやや広いカチン州(8万9千平方メートル、人口120万人)の多くの地域でKIOの実効支配が認められた。KIOは行政機能を担い、徴税や国境管理も行うようになった。

しかし、17年続いた停戦は昨年(11年)6月、政府軍が攻勢を再開して破られた。KIAも応戦し、戦火は州全体に広がる。テインセイン大統領は昨年末に政府軍に停戦を指示したものの、戦闘は今なお続き、今月に入り一層激しさを増している。

州内では金やヒスイを産出するほか、水力発電所などがある。中国との国境貿易の拠点となっており、政府はKIOの影響力をそぎ、支配を広げたいとの思惑があるとみられる。

その一方で、政府とKIOは和平に向けた話し合いを重ねている。最初の公式協議となった10月末の交渉で、政府代表のアウンミン大統領府相は「まずは停戦で合意したい」としたが、KIOはカチンの政治的地位の交渉が先だとして、議論は平行線をたどった。政府側は今月に入り、新たに1月の再協議を提案し、KIOの返答を待っている。

ライザで取材に応じたKIO中央委員で、政府と交渉にあたるジ・ノー大佐は「政府が一方的に停戦を破っているうえ、17年間の停戦中に政治的な解決への努力はなされなかった。信用ができない」と警戒する。
主要11民族のうち唯一、停戦に合意していないカチンは、テインセイン大統領が目指す少数民族との和解に向け、重要な鍵を握る。 【同上】
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カチンでの戦闘は、豊富な資源を巡る争いであるとの指摘があります。その資源には中国も手を伸ばしています。

****「これは資源戦争だ」****
カチン州での迫害や避難民などについての報告書を最近執筆した国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチ(HRW)のコンサルタント、マシュー・スミス氏は、「紛争地域では数百万ドル規模のプロジェクトが複数進められている。紛争にかかわるすべての当事者が、この戦争の帰結に経済的な利害を抱えている。中国こそが、誰も話したがらない重要な問題だ」と語る。

カチン州では現在、ミャンマー西部ラカイン州からカチンの武装勢力が実効支配する地域を通って、中国の雲南省へとガスと原油2本のパイプラインを建設するプロジェクトが進められている。
カチンの天然資源については、ミャンマー政府と親密な関係を持つ中国企業や地元実業家らが政府から権利を獲得したとの臆測も上がっており、また中国に電力を供給するための水力発電施設をカチン州に建設する計画も複数立ち上がっている。

「これは資源戦争だ。カチンの富を支配するための戦争だ」とHkawng氏は語り、「カチンの住民にはほとんど利益が回ってこない上、この(資源)戦争で苦しめられている」と続けた。

■終わりの見えない紛争
国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは、最新の報告書で、政府軍による少数民族への「無差別攻撃」は「戦争犯罪」に相当と批判。またKIAに対しても、少年兵と地雷を用いていることを非難した。

和平交渉グループは現在、停戦協定の締結を目指す一方で、武装勢力が実効支配する前線地域からの政府軍の撤退を提唱している。
Hkawng氏によると、前年12月にはテイン・セイン首相が数日以内の部隊の撤退を約束したこともあった。だが政府軍による武装勢力拠点への攻撃は現在も続いている。
「唯一の出口は、政治的な決断である」(Hkawng氏)【12年7月9日  AFP】
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【年末から空爆を含む本格的攻撃 国際社会は非難】
12月に入り、攻勢を強めていた政府軍はKIOに対しライザを明け渡すよう要求しましたが、KIOが拒否したため、ライザへの攻撃を開始。年末からは空爆を含めた本格的攻撃を行っています。
アメリカは、「(空爆を)深く憂慮している」(国務省報道官)と、ミャンマー政府と武装勢力の双方に戦闘の激化を回避するよう求めています。
また、国連の潘基文事務総長は、ミャンマー政府に対し、市民の生命を危険にさらす行動を中止するよう求めています。

****ミャンマー軍がカチン武装勢力に空爆、国際社会が批判****
ミャンマー北部カチン州で政府軍と少数民族武装勢力との戦闘が激化するなか、ミャンマー政府に空爆を止めるよう求める国際社会の圧力が高まっている。戦闘はミャンマー政府による一連の政治改革にも影を落としている。

政府軍とカチン族の政治組織カチン独立機構(KIO)の軍事部門、カチン独立軍(KIA)との戦いは、数日前に政府軍が基地の1つを奪回して以来、激しさを増している。

ミャンマー軍が所有するビルマ語のニュースサイト「ミヤワディ」は、政府軍が「空爆による支援を受けて」主要な基地1か所を12月30日に武装勢力から奪回したと伝えた。テイン・セイン大統領の顧問も務める政府の和平交渉官は、作戦にはヘリコプターと「ジェット訓練機」が使われたとみられると語った。

■民政移管後も続く少数民族との戦闘
・・・・2011年に少なくとも名目上は軍事政権からの民政移管を遂げたミャンマー政府は、カチン以外の民族の武装勢力の多くとは暫定的な停戦協定を結んだ。カチンとも何度か停戦交渉を重ねたが具体的な進展は得られなかった。
KIO側は、かねてから要求している政治的権利の拡大についての問題を無視したまま、停戦と軍の撤退に基づいてのみ交渉を推し進めようとしているとして政府を非難している。

カチン州での戦闘に加え、西部ラカイン州では仏教系住民とイスラム教徒のロヒンギャ人との衝突が激化しており、数十年におよんだ軍支配が終わったと称賛された劇的な2011年の民政移管に影を落としている。

軍政時代に政権幹部だったテイン・セイン大統領が1年前に少数民族武装勢力への攻撃を止めるよう軍に指示したにもかかわらず戦闘が依然として続いていることから、政府は軍を統率できているのかという疑念も持ち上がっている。【1月4日 AFP】
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なお、市民を巻き添えにする空爆への国際批判に対しミャンマー大統領府は、対象は軍事施設であると反論しています。“テイン・セイン大統領が1年前に少数民族武装勢力への攻撃を止めるよう軍に指示した”とのことですが、少なくとも現段階の空爆を含む攻勢に関しては大統領も承認しているようです。

*****「攻撃対象は軍事施設」=大統領府が反論―ミャンマー****
ミャンマー国軍が北部カチン州で少数民族武装勢力カチン独立軍(KIA)を空爆したとされる問題で、大統領府は4日、「攻撃対象は軍事施設で、一般市民が住む場所ではない」とする声明を出した。
国連の潘基文事務総長が2日、ミャンマー政府に対し、市民の生命を危険にさらす行動を中止するよう求めたことに反論した。
大統領府はさらに、攻撃の理由として、KIAが地雷を敷設したことなどを挙げ、市民生活に支障が出ていると主張した。【1月4日 時事】
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【国際社会の支援はほとんど届いていない】
この戦闘で避難民は10万人に達しており、また、支援物資がほとんど届かず、冬の到来による人道危機が懸念されています。

****国際支援なく食糧・薬不足****
イラワジ川の支流ジェヤン川沿いの砂利道を四輪駆動車で走る。川幅はわずか20メートル。野菜畑が続く対岸の斜面は中国領だ。少数民族カチンの政治組織、カチン独立機構(KIO)が本拠を置く町ライザから30分。突然、視界が開けた。プンルムヤン避難民キャンプは、山裾との間の幅500メートルほどの土地にある。仮設住居が所狭しと軒を並べている。

昨年6月ごろから戦火が広がるにつれ、住民が着の身着のままで逃げてきた。元々10世帯の小さな集落に今、335世帯1614人が暮らす。山の向こう側では戦闘が散発的に続く。最も近い前線の村は12キロしか離れていない。 (中略)

仮設住居は、竹を編んだ壁と床に、防水シートを草ぶきの屋根にかぶせただけの簡素な作りだ。幅5メートル、奥行き15メートルの室内に8人が寝泊まりする。定期的に配給されるのはコメと塩。食用油も時々配られるが、それ以外は一切ない。「コメだけ食べるわけにいかない。冬になると、厚着も必要になる」 (中略)

自身も避難民のキャンプ責任者、ラシ・タングンさん(31)によると、キャンプは足りない物ばかりだという。「栄養価の高い豆や燃料用のまき、学校の教材などを配りたいが、手元にない」と言う。コメの備蓄も月末で底をつく。ひとり1日あたりミルク缶2缶だったコメの配給を5歳以下には1缶に減らした。

避難生活の長期化で体調や心身のバランスを崩す人が増えている。仮設診療所の責任者、保健師のジャ・セングさん(27)は最近、結核や呼吸器疾患、下痢が増えていると指摘する。とくに患者の多い幼児用の薬が足りず、本来5日分の処方を3日分に減らすなどして、しのいでいる。

KIOによると、自派の支配地域には30カ所を超える避難民キャンプがあり、森に潜んだり、中国に越境したりする住民を含めると、避難民の数は今月15日現在、6万5千人に達する。また国連によると、ミャンマー政府支配地域ではこのほか3万5千人が避難生活を強いられている。

KIO支配地域は、政府支配地域と中国に囲まれているため、人道支援を難しくしている。国連は昨年末に一度、支援物資を届けたが、それ以降は止まったまま。KIOは、ミャンマー政府が介入していると非難する。中国に拠点を置く国際NGOの一部が国境を越えて、テントなどを届けたほかは、国際社会の支援はほとんど届いていない。

12月に入り、夜の気温は10度まで下がる。さらに北部では標高が2千メートル級の場所もある。1月と2月が最も寒い時期になる。
「政府は避難民を人質にとっているようなものだ。このままでは犠牲者が出る可能性もある。人道危機が迫っている」。KIO幹部で、避難民・難民救援センターの責任者、ドイ・ピサ氏は窮状を訴える。「日本をはじめ、国際社会には今すぐ動いてほしい」【12月26日 朝日】
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【事前検閲の廃止で、民間日刊紙復活へ】
カチン族問題はミャンマーの民主化・改革の行方に不安を抱かせる問題ですが、改革の成果とも言える変化も報じられています。

****ミャンマー、50年ぶり民間の日刊紙復活へ 言論の自由焦点****
ミャンマーのテイン・セイン政権は、一連の変革、民主化の一環として、民間による日刊紙の発行を4月から許可することを決めた。印刷メディアに対する事前検閲の廃止に続く措置で、2月からの認可申請を経て約50年ぶりに復活する。

主な日刊紙は現在、英字の1紙を含む3紙で、いずれも国営。(中略)

これまで民間が週刊か月刊に規制されてきたのは、政府が日刊紙の発行を許可せず、排除してきたからにほかならない。
その狙いは、日刊紙を国営で専有することにより、政府の宣伝媒体である国営紙の情報量と影響力を確保する一方、民間の影響力を押さえ込むことにあった。また事前検閲には時間と、かなりの労力を要するため、検閲する側にしても日刊では処理できないという事情があった。

だが、テイン・セイン大統領が昨年、事前検閲を撤廃したことに伴い、民間日刊紙の発行が許可されると予想されていた。
このため、複数の新聞がすでに印刷機を購入するなど、政府に認可を申請する準備を進めてきた。メディアグループ「イレブン」のタン・トゥ・アウン最高経営責任者(CEO)は、「日刊紙に参入することで、国民の知る権利に貢献できる」としている。

メディア側にとり今後の「最大の関門」ともいえるのは、「新聞評議会」を舞台に策定作業が進められている新報道法案に、民主主義の根幹である言論・報道の自由が、どこまで担保されるかという点だ。メディア側は(1)言論の自由の絶対的な擁護(2)報道の自由の障害となっている全法律の撤廃(3)報道に基づくジャーナリストの不逮捕・投獄(4)新聞発行の認可制度廃止-などを要求している。【1月5日 産経】
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民間メディアがこれまで少数民族問題をどのように扱ってきたのかは知りません。
ただ、西部ラカイン州で仏教系住民と衝突しているイスラム教徒のロヒンギャ人に対する憎悪・嫌悪の感情は、民主化勢力を含む一般国民に広く存在していると言われます。
民間メディアの拡充で民主化へ向けた世論が高まり、少数民族との和解に政府を動かす・・・というのは、楽観的に過ぎるでしょう。民族感情が絡むと、どこの社会でも厄介です。