CANAAN第13話「キボウノチ」
アルファルドが仕掛けた爆弾が爆発した。カナンと共に居たいと思っていたマリアは、ユンユンを脱出させ1人列車に残っていた。まぶしいほどの存在に憧れを抱き、同等の立場にはなれないと思い謝罪の気持ちを持ちながら、爆発の時を迎えてしまった。「頭のいい女だよ。あいつはお前から逃げたんだ。」銃を向けながら挑発するアルファルド。しかしカナンの目は真っ直ぐ自分の姿を見つめ、妙な違和感を感じていた。ついにはありのままの姿を見つめるカナンの目をそらせようと銃を乱射したが、異常なまでに落ち着いていたカナンは全て避け、逆に攻撃されて追い詰められた。「何故だ?奴は大沢マリアを失ったのに、何故奴を見られないんだ。」ショックを受けているはずなのに。なぜそんな弱い人間を見られないのか?自分でもわからないアルファルド。
「道連れになってもらおうか?思いも懺悔も後悔も、お前は残され私はあの日の決着を付けられないで残る。」マリアを追うはずと推理し、自分はシャムの亡霊との決着は付けられないが、カナンを始末しようと企んだ。そのタイミングと同じ時に部下のヘリが近づき、マシンガンを乱射して行った。この機に乗じてアルファルドは、列車から脱出した。しかし現れるはずの無いカナンが追いかけて来た。「マリアは生きている。私にはわかるんだ。」カナンは生きていることがわかる。だからアルファルドと決着を付けようと追い掛けた。事実爆発した車両の外にマリアを戻って来たユンユンが連れ出していたのだ。ボロボロに傷付いたマリアは、ユンユンにとっても大切な親友になっていた。だから見捨てるわけにはいかなかった。(隣に立ちたいというのは同等でいたいということですよね。一方カナンにとってはマリアは親友であり希望。まさにカナンという言葉がピッタリなんです。人間は他人をどう思っているのかは異なりますが、大切なのは互いに尊重しあうことだと気付かされたシーンでした。)
「そうかそれがお前の強さの正体か。お前は新たな光を見つけることで、シャムの亡霊から解放されようとしたんだ。」マリアという存在があるから、シャムの呪縛から解放されている。アルファルドはカナンも未だに呪縛に縛られていると考えていた。「違う、マリアは光じゃない友達だ!」大切な友人だから守る。カナンにはシャムに囚われている感情はなかった。「あはははは、お友達を守る為に戦う?お前はそんな事で呪いから解放されたのか?」未だに呪縛から解放されない自分と友達の為に戦うカナン。そのギャップに思わず笑ったアルファルド。迎えのヘリに乗り込もうとした時銃を乱射した。しかしカナンの応戦によりヘリは大破。また列車の上に降りたアルファルドは、トンネルの中で馬乗りになったカナンから殴られ続けた。(リャン・チーに異常なまでの愛情を注がれていたけど、アルファルドにとってリャンは愛すべき存在ではなかった。しかしシャムにここまで固執するのは、私はやっぱり気持ちがあるのかなって思いました。アルファルドとは孤独の意味だそうで、カナンと呼んでいたのに最期にシャムがアルファルドと呼んだのは、孤独の道が待っていると暗示したのかもしれないです。)
その手ごたえに違和感を感じたカナン。脱出したアルファルドが、足を滑らせ列車から落ちそうになったのを助け「お前はいつも変な色をしていた。シャムのような茶色。今じゃ真っ白だ。でも今わかったお前は死んでいるからなんだ。お前の心はシャムが死んだ時に死んだ。私は色々な人に出会った。だからこうして生きている。生きている者に決定権があるんだ。だからお前をこれ以上死なせない。」カナンはマリアや実、ユンユンや夏目など多くの人と出会った。それによって自分が生を自覚している。一方イシャムが死んでからアルファルドは、本当の意味で生きていない。そんな人を助けたいから手を引っ張り落下を防いだ。「そうかカナンはもう呪縛から解き放たれていたのか?しかしシャムは私にどこまでも絡み付いてくる。私は蛇の呪縛を解き放つ。」呪縛を解き放たなければ前に進めない。アルファルドの選んだ選択は、蛇の入墨が刻まれた腕を自らの手で消し去る事。撃ち抜かれた腕を残し、アルファルドは谷底へ落下。残された腕をカナンは強く握り締めた。(結局アルファルドは。カナンという名を与えられた存在とは違う自分が欲しかったのかなって思いました。自分の道を進みたい気持ちが強かったのかも?そんな思いがあるから呪縛を解き放ちたったのだと想像しました。2人の同じ境遇の女の子がいれば、そう思う気持ちもわかります。ただカナンには大切な存在がいるから、その為に生きる選択を選んだのだと思いました。)
その頃マリアは、上海に戻り病院のベッドにいた。自分は死んだのか?そう思っていたが「ここは天国じゃないぞ。こんな辛気臭い天国があるか。」実がマリアを見舞いにやって来た。車で後から追った時、ユンユンとマリアを発見。死んでいると勘違いされたが、ただ腹が減っていただけでユンユンに飯を食わせてあげた。既にアルバイトに出かけ、相変わらず自分を巨乳に見せて果物屋の看板娘として励み自分の生活に戻っていた。結局上海に来てカナンと再会したマリアは追いつこうとしたが、自分が守られている存在だということを改めて認識した。「立てるはずが無い!お前達の境遇は違いすぎる。だけど寄り添うことは出来る。心は寄り添えばいいんだ。」心は寄り添えばいい。実はマリアにアドバイスした。その心の寄り添いは、カナンも同様に感じており「優しさはどこでもわかるんだ。」輝いていた存在マリアの優しい気持ちは、どこにいてもわかると思った。そしてマリアは別れも言うことなく上海を旅立とうとしていた。(気持ちが通じ合えば一緒にいられる。決して立場が対等になれば良いというわけではない。友達ってやっぱり気持ちが通じ合うかどうかだと思うのですよね。)
街はテロやウーアウイルスの脅威が去り、平静を取り戻していた。そんな中実は敗れ去った恋愛に終止符を打つべく、サンタナが経営していたカラオケバーを訪れた。そこは何も変わっていなかったが、主と看板娘は2人の情愛を最期に成就した。実も思い出として受け入れ、いつものタクシードライバーの運転で空港に向かった。その車中のラジオからどうみてもユンユンのペンネームとわかるメッセージが紹介された。それを聴いたマリアは、忘れない思い出を胸に日本に帰国して写真展を開いた。その写真は上海で撮影された生き様ばかりで、カナンとアルファルドを写した写真もあった。カナンの名を持つ2人の物語は、終結したわけではなかった。年月が経過してアルファルドが「片腕の女」として夏目からターゲットとして示され、カナンは戦いを決意するのだった。(まあ一応決着しましたけど、謎が色々残されたままですね。知りたければ映画館に行けって事ですね。ただ人間関係をもっと明確にして、論理的にきちんとした台本でなかったのが残念です。折角画がすばらしいのに、それにストーリーが付いて来ていない。補足説明も中途半端で、視聴者は理解するのに大変でした。もう少し工夫して欲しかったと思います。)




