鮎沢郁弥のLes Fragments d'ete(あゆさわいくやの夏のカケラ)

シンガーソングライター鮎沢郁弥の徒然ブログ

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テーマ:
5月の半ば頃からでしょうか。

どうも変なんです。

例えばスズメ。
鳴きはじめるのってやっぱり
空が白みかけた頃からですよね。

ところが最近
スズメがまだ真っ暗闇の深夜、
時間にすると午前3時半前くらいでしょうか。
それくらいの時間から鳴きはじめるのです。
スズメだけではありません。
カラスにいたっては
午前3時前後、早いと3時ちょっと前には
鳴きはじめます。

もう生まれた頃から
自宅に住んでいる僕ですが、
スズメやカラスのそうした不可解な行動に
今年になって気付いたという事は、
きっと多分
今年に入ってからなんだと思います。

さらにもう一つ。

家の前の道路の生け垣(憎きツツジの生け垣)からは
こんな時期にもう
コオロギが鳴いているんです。
と言っても夜の間ずっとではなく、
これもやはり明け方。

時間が時間だけに
夢を見ているんじゃないかと
言われそうですが、
決してそんな事はありません。

現に何度も
そうした真夜中に鳴きはじめる
鳥やコオロギの声に
起こされているわけで。

一体何があったのでしょう???

なんか天変地異の
前触れじゃなければ良いのですが・・・。
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テーマ:
アルバムの収録する曲を
録音するにあたって、
やらなければならない事が
多過ぎて、
何から手を付けていいのか
分からない状態です・・・。

とりあえず、
最初に録音するベースのパートを
考えつつ練習を始めてはいますが、
他にやらなければいけない事が
あるのではないかと心配になったり。

まあ今まででしたら
録音、つまりトラックダウンするにも
1曲2曲、多くてせいぜい3曲ほどの
事だったので、
ベースにしろギターにしろ
完全に頭の中に楽譜ができている状態で、
作業の管理も
特別にメモに書き出したりしなくても
できていたのですが、
さすがにアルバムに収録すべき数の
曲数になってくると
僕の頭ではちょっと
許容を超えてしまったかも・・・。

やっぱりするべき作業の流れを
紙に書いて、それに沿って
制作して行った方が良いのかな・・・。

紙に書いて管理するの
あんまり好きじゃないんですよね。
曲作り以外の事にしろ。

書いて決めてしまう事で
途中で起こるかもしれない変化に
柔軟に対応出来なくなってしまう怖れが
気になるのです。

常にインスピレーションだけで
物事を進めている僕には、
こういう左脳的作法は
肌に合わないのですが、
今回ばかりは
そうもいってられない感じで・・・。

明日、大雑把に
するべき事の順番を
整理して、箇条書きにしてメモしよう・・・。
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テーマ:
アルバム制作に向けて
僕がずっと持っていた
ジョーカーのカードをついに切ったような
そんな気持ち。

何がかと言うと、
某家電量販店のポイントカードのポイント。
もうかれこれ
6~7年、ずっとひたすら溜め続けて、
それを今日ついに放出。

で、ポイントで買った、
というより引き換えたんですね。
それがこれ。

$鮎沢郁弥のLes Fragments d'ete(あゆさわいくやの夏のカケラ)

Mac mini server。
はい。パソコンです。
用途はパソコンで音を鳴らす
いわゆるソフトシンセと呼ばれるものを
専門に扱うのが目的。

簡単にシステムを説明しておくと、
いわゆる僕の曲の中でシンセやドラムの音
というのは、
自動演奏の司令塔となるメインのMacを
使って演奏させています。
このメインのMac(Mac book pro)は
オーケストラで言う指揮者の役割をしています。
もちろん、その演奏データの作成や編集も
このメインのMacで行ないます。

それに対して今日、
ポイントで買ってきたMac miniは
他の鍵盤付きのキーボードと同等の役割を持っています。
オーケストラに喩えるなら
演奏する奏者にあたるのがこれらのシンセであり、
音を鳴らすためだけに家にやってきた
パソコンなわけです。

僕の機材のシンセ周りは
これでほぼ完全に揃えたと言っても良いでしょう。
もう、他にこれ以上に不足なものは無いですし、
これでシンセのみの楽曲なら
メジャークオリティで制作出来ます。

それ故にこのMac miniこそが
機材の最終兵器(リーサルウェポン)なわけです。

さて、そんなこんなで
Apple製品を買って帰ってきたら
開封の儀式なるものがございます。
Apple製品と僕との
ファーストコンタクトの瞬間です。

丁寧にパッケージされた箱を開けると・・・、
$鮎沢郁弥のLes Fragments d'ete(あゆさわいくやの夏のカケラ)

写真では見難いですが、
箱を開けて本体を取り出すと
まっ先に目に入るのが
「Hello」の文字。
パソコンがHelloと挨拶をしてくるのは
Appleの昔からの伝統です。

そして、説明書の1ページ目に
こんな事が書かれています。

$鮎沢郁弥のLes Fragments d'ete(あゆさわいくやの夏のカケラ)

「このMac miniは、あなたのために生まれました」

この一文にAppleの物作りの
コンセプトが凝縮されています。

今日買ってきたMacは
生産されたその時から
あなたに買われる「縁」を
持って出荷されているのですよ。

これがApple製品のコンセプトであり、
そして故スティーブ・ジョブズの
Apple製品に対して求めた理念なのです。

こうした演出、
ちょっと嬉しくなるような
ロマンティシズムが
きっとAppleを世界で最も大きな
家電メーカーにさせたのだと思います。

ただこういう演出、
嫌いな人はとことん嫌いなようで・・・。

しかし僕はこういうAppleの考え方が
大好きです。
だから20年弱もMacと
付き合い続けているし、
未だに飽きの来ない
不可欠な相棒なのです。
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テーマ:
「頭がお花畑」
という言い方があります。
あまり良い意味では使われません。
大抵は皮肉の言葉として使われます。

頭の中が
お花畑のように
気楽で、のんきで、
楽天的で何も考えていない、
まるで世間とは別次元に居るような人に
皮肉をくれてやる時の言葉です。

でもよくよく考えてみると、
頭の中はお花畑で
良いのではないかと思えるのです。

まるで魔女狩りのように
常に引き摺り落す標的を探し求め、
暇さえあれば
人の弱点を探して
傷つけ
痛めつけるチャンスをうかがう。

そんな世界を生きるくらいなら
よっぽど
お花畑で生きていた方が
「善」であります。

むしろ殺伐とした
地獄と言っても間違いではない
そんな世界とは決別をして
別の次元、つまり
すすんでお花畑へ
行くべきなのではないかとさえ思うのです。

そこではきっと誰も
罪を作らない。

人を狩る世界の住人は
そんなお花畑の住人にさえ
罪を押し付けてきそうではありますが、
けっしてお花畑の人は
自ら罪を作らないはずです。
作ってしまうなら
それすでに
心がささくれ立っているわけで、
決して
その人の世界はお花畑ではないから。

そうした意味で
やはり
「頭がお花畑」であって
良いのではないでしょうか。

ただし、
「頭が沸いている」人はダメです。
頭が沸いている人は
公序良俗を乱し、
人の話に聞く耳を持たず、
自分の得しか考えられない人です。
欲望の奴隷です。

こういうタイプの人は
狩る人の恰好の獲物となるでしょう。
なぜなら狩りやすいから。
なぜ狩りやすいかと言えば
狩る人と同じ次元の世界を生きているから。
ちょっと手を伸ばすだけで
引っ掛かるからです。

頭にお花は咲かせても、
沸かせてはいけないのです。

咲かせる事と
沸かせる事の違いが分かる人や、
お花畑に入るためには
自分への戒めが必要である事を
理解出来る人。
こうした人はもうすでに
天国の住人なのでしょう。
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テーマ:
『汚染されていない動植物の原種、
農作物、音楽と詩。
それ以外に
次の世代に伝える価値のあるものを
人間は造れなかった』

原文のままではありませんが
これは
漫画版の「風の谷のナウシカ」で
語られる台詞です。

この台詞、読んだ時に
凄く印象に残っていて
好きな言葉です。

お話からこの台詞が出てくる
紆余曲折は長くなるので語りませんが、
この台詞を語ったのは
科学文明の頂点を極め、
この世の森羅万象を
それどころか「神」さえも
自らの科学技術でコントロール出来ると
奢って自滅した人類の叡智の結晶でした。

一大文明の破局に際して
人類に有益なものを選んで残したら
結果的に
純粋な生命と、それらを生かす食べ物、
そして音楽と詩だけになってしまった、
そんな滅んでしまった文明の叡智が
後になって
どことなく後悔混じりに
述懐するような口ぶりで
語る台詞です。

なにより残すべきものに
「科学技術」が含まれないのも
重要なポイントでしょう。

こうした思想もまた真理かなとは思います。

人類すべてが
大地からの恵みを食して
音楽と文学を謳歌する世界。

誰ひとり我欲で
自然の恵みを
独り占めし
溜め込もうとせず、
皆に等しく与えられ、
食べるに困らず、
美しい言葉や音楽を発して
それを日がな愛でる生き方と
それが出来る世界。

言ってみればエデンの園ですよね。

アダムとイヴ、
つまり人類はエデンから追い出されました。
善悪の木の実を食べて
常に「有る(在る)」という
一元的に満たされていた世界から、
「有る」と「無い」という
二元性の世界に堕ちたからです。

確かに二元性は
自我の発露の特性なのかも知れませんし、
「ものの有無」の判断がつくことは
叡智を進歩させる力の
原初でもあります。

しかしその叡智が
人類を裏切り牙をむいた時、
この世界にすら
人類は生きられなくなってしまう
危険性と隣り合わせである事も
意識しておくべきでしょう。

それは二元性を極めた
代償と言ってもいいかもしれません。

もの凄く
左的な考え方なのかも知れませんが、
富は平等に与えられ
愛ある幸福を指針とした生き方は
非常に「人類という存在」にとって
有益に思えるのですが、
そうしたある種、
社会主義的世界観で
皆が生きようとしても、
規律ある精神性がなければ
堕落してしまうものなんですよね。

それ故に上述の漫画では、
人類にとって
次の世代に伝える価値のあるものとして
生命とそれを維持する食料以外に
音楽と詩、
つまり精神性が残されたのでしょう。

社会主義の概念は
非常に進んだ概念だとは思います。
しかしながら
現在の人類の精神性をして
扱うには手に余るのでしょう。
社会主義を上手に扱えるほど
人の精神は成熟していないという事です。

具体的に言えば
懸命に働いても、
一日中ごろごろ寝転がっていても
身入りは同じなわけですから
懸命に働く事は馬鹿げてきます。

どう過ごそうとも
皆が持つ富が同等ならば
その物質的な価値観は解体します。
そうすると
現状の経済的な生産性は機能しなくなり、
結局貧しくなってしまうという
堕落の悪循環に
人は堕ちてしまうものなのです。

かつての社会主義国も
はじめは先進的で高尚な志の元に
勃興したのでしょうが、
結局はその思想も
人類には上手く扱えず
人民は貧困になり
崩壊していきました。

社会主義というエデンの園で
アダムとイヴは
着る服も無いのに
そこを楽園だと信じているといった
ブラックジョークもあるくらいです。

物質的、それは経済的にと
言い換えても良いですが、
その価値観が瓦解して
人は果たしてなお
慎み深く高尚な志を持ち得ることができるか。
物質的価値観が崩れた時、
人はその問題を試される事でしょう。

物質的な富という価値観の代わりに
置き換わる価値観、
それが何なのかは分かりません。
いろいろな示唆が提示されてはいますが、
未だに人はその別な何かしらの価値観に
コミットする勇気すらないのが
現状ではないかと思います。

人類はエデンの園に
帰る事は出来るのでしょうか。
いや、
そもそも帰るべきなのでしょうか。

それともやはり、現状の
有限で物質的二元性の世界で
生まれ死んでゆく以外に
道はないのでしょうか。
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テーマ:
夕方、親知らずを抜いてきました。

以前から歯医者さんに
だいぶ虫歯が進んでいるから抜いたら?
とは言われていたのです。
それも何年も前から。

で今回、
奥歯が痛くなって
神経を抜いたのに合わせて、
本当にもう
親知らずを抜かないと
また必ず痛くなるからと言われて
渋々、親知らずを抜く事にしたのです。

上下左右で言うなら、
右の上下を。

親知らずの歯茎から出ている
表の部分が
虫歯で浸食されて脆くなっていて、
歯を引っこ抜こうとしても
抜くために掴む部分が
崩れてしまって抜糸は難航。

結局、2本の歯を抜くのに
1時間もかかりました。

今、抜いた所を
糸で縫ってあります。
聞いてませんが
1週間くらいしたら抜糸するんでしょうね。

そろそろ麻酔が切れてきて
なんだか口の中の奥の方が
痛くなってきました。
寝る前に痛み止めを飲まなくては・・・。

というか、
口の中が血の味でいっぱいになって
それが気持ち悪いです。
口をすすいでも
すすいでも
血が混じってます・・・。
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テーマ:
哲学を語る者を
決して信用してはいけません。
それはもちろん
そのようなことを話す
まさに僕に対しても同様の事。
少なくとも鵜呑みにするべきではありません。

哲学を語りたがる人は
哲学から出てこようとしないものです。
それ故に
信用出来ないのです。

数十年から百年以上も前の
暇人の戯れ言、言葉遊びを取り上げて
弁証し、評価し、
そしてそこから生まれた思想を
さらに弁証し、評価し、
延々とその繰り返しをして
何が生まれるというのでしょう。

僕を含め、この類いの人間は
「自分は先人のこんな言葉を知っている」と
誇示し、悦に入りたいだけなのかもしれません。
そのような
小さな自尊心にいちいち
感心して共感する必要はないのです。

哲学というものは
人の認知出来得るあらゆる物事の
根幹、礎であり、
それ単体では何も意味を持たないのです。

大切なのは
哲学という基礎、土台の上に
「自分」は何を築くのか、
その「築いたもの」こそが
人生の評価の対象であって、
バックグラウンドたる哲学は
非常に重要ものではあれど、
そこに結果は無いのです。

土台ばかりを延々と
こねくり回し、
いつまでたっても家を建てない。
これが哲学を語る人です。
もちろん
あるステージに於いては僕を含めて。

土台、基礎が活きるのは
家が建った時であるという事を
忘れているのか、
気づいていないのか。

そのような人から何を学べというのか。

哲学というものは
個人的体験を
個人的に体系付けたものであって、
それが他者にとって有用であるとは
必ずしも言えません。
まして百年も前に生きた人間の考えた事が
今、現代を生きる人間の人生を
良い方向に変えるほどの
意義を持つ事は
あまり無いと思います。

しかしながら、
人は哲学を無くして
意味のある有意義な人生を
作り上げていく事は
不可能でしょう。

仕事、学問、芸術、
ともすれば暇つぶしの遊びにさえ、
その根幹に哲学があります。
逆に言えば
哲学の無いまま築き上げたものは
底の浅い、薄っぺらなものとなるでしょう。

哲学は学ぶものではないのです。
仕事にしろ学問にしろ芸術にしろ、
それらの物事に精通していく過程で
少しずつ育っていくものであり、
自分の中で自律的に
構築して醸成していくものなのです。

それ故に
他人の語る哲学を
鵜呑みにして信用してはいけないのです。
哲学は人からのお仕着せであってはいけないのです。

だからこの文章も
信じてはいけない。

評価するのは
これを読んだ
「あなた」に委ねられているのです。
posted by ayu-ikuya
テーマ:
ご存知の方も多いと思いますが、
CDに握手券とか投票用紙(?)とかを付けて
売る商法、ありますよね。

やってる人はそれで
しこたま稼いで売抜けようという
魂胆なのでしょうが、
あれ、もの凄く危険な事なんですよね。

明らかに音楽の価値を
落とす行為です。

まあ元から
粗製乱造の使い捨て、
後に残す事を考えず
今の利益だけを求めた
100円ショップの電池のような
音楽ですので作品性に関しては
言わずもがなで百歩譲るとしても、
商品価値まで落としてしまっては
他の正当な作品にまで
悪影響が出てきます。

音楽の商品価値を落としてしまうから
CDにDVDを付けて売るとかいう
珍妙な事案も出てくるわけです。

実際に今、
音楽を聴く人は本当に減ってきています。
映像も無い音の情報だけで
お金を払うのが馬鹿馬鹿しいなどという
寒い考え方をする人も
結構いるような実情です。

実のところ
本当に音楽を聴いて楽しむ人というのは、
昔からそんなにいなかったのですよね。
流行っているからとか、
時代のオピニオンが音源を出したからとか、
そんな理由で音楽を買う人が
ほとんどだったんです。

それでもなんとか
ぎりぎりにでも
音楽は音楽であり得た。
そんな時代は20年前に終ってしまったのでしょう。

今では質の低い型で型抜きをした
音楽を売るのに、
別の商材で釣って抱き合わせて売らなければ
誰も見向きをしない
そんなものに落ちぶれてしまったのかもしれません。

それはまさに
ビックリマンチョコのチョコ。
それが音楽の扱いであるというのが
客観的な事実なのかも知れません。

ただでさえそういう現状のところに、
CDはオマケ。
握手券や投票用紙を買ってね
とやってしまっては
ただでさえ死に体の音楽に
とどめを刺したと言わざるを得ません。

もはやその商品を
音楽と呼ぶ事自体おかしな話です。
そうやって売っているのは
音楽がオマケに付いた
別の何かです。

CDが売れない事を逆手に取って
CDを売ろうとする。

プロの世界でも
真面目に良質の音楽を創っている人が
浮かばれない時代です。

日本の音楽は
毒林檎を食べたとしか言えません。
posted by ayu-ikuya
テーマ:
名古屋、晴天。
午後になって暑くなってきました。

これからの季節、
扇風機やクーラーが欠かせなくなってきますが、
扇風機はすでに稼働中。

あとはクーラーを
いつ点けるか、ここが我慢比べ。

暑いのを
粘って粘って、
最終的に我慢出来なくなって
クーラーを点ける。

扇風機の時も同じでしたが、
我慢の限界にきて
扇風機にしろクーラーにしろ
点けてしまう時、
なんとなく負けた気になります・・・。

点ければ楽になるし、
その後も快適に過ごせるわけなんですが、
・・・これ、こんな所に
人生の真理を見た気がします・・・(笑)
posted by ayu-ikuya
テーマ:
アルバム制作のお話。

1曲、詞を書き直したいものがあるのですが
それは今、保留状態。

とりあえず、アルバム全体の
曲のアレンジに関しては
入院中に散々デモを繰り返し聴いて
検証に検証を重ねたので、
そこで分かった問題点のうち
パソコンで演奏させるパートの分は修正して、
あとは正式なオケのトラックダウンに向けて
練習すれば良いのかな??

なんかアルバム1作創るために
やらなければいけない事が
とっ散らかっていて、
何から手を付けたら良いのやら、
え~っと~・・・、
と言うのが現状です・・・。

ひとまずベースの練習に集中ちゃっていいのか、
何か他にやらなきゃいけない事が
あるような気がして、
ベースに集中出来ないです。

あ、こうしてこれを書いているうちに
思い出した・・・(笑)
1曲、デモを録り直したい曲が
あったんだった・・・。

あー、とっ散らかってるぞ~・・・。

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