伊豆高原「怪しい少年少女博物館」のブログ

レトロで可愛くて気持ち悪い。伊豆高原「怪しい少年少女博物館」の展示品などを紹介します。


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怪しい少年少女博物館1階左手奥にある皆さんお馴染みの大村崑(おおむら こん)さんのオロナミンCのホーロー看板 サイズは縦60m×横45cm
 



 
オロナミンCの看板の傍には同じく大塚製薬のオロナイン軟膏のホーロー看板を展示しています。モデルは大阪生まれの浪花千栄子(なにわ ちえこ)さん サイズは同じく縦45cm×横60cm
 


 
 
姉妹館のまぼろし博覧会2階にある崑ちゃんをイメージしたミゼットと頓馬天狗(とんま てんぐ)?の組み合わせ
 




マネキンに頭巾を被せ、ロイド眼鏡をかけただけなのでコスプレ風。似ていないので、見つめたりしないでね~



大塚製薬のホーロー看板

前回に続いて、怪しい少年少女博物館に展示しているホーロー看板をご紹介します。今回はオロナミンCとオロナイン軟膏の看板と言う事で、大塚製薬のホーロー看板となります
 
 
オロナイン軟膏のホーロー看板のおばあちゃんは誰?

まずオロナイン軟膏の方ですが、若い方は「誰?このおばあちゃん」なんて思われる方も、いっらしゃるかもしれません。モデルをしているのは女優の浪花千恵子さんで、私が子供の頃はよくTVに出ており、ちょと年配のお母さん役をよくされていました。任侠映画や小津安二郎監督の映画、TVドラマ等で活躍をし、晩年には70~73年のTVドラマ「細うで繫盛記」シリーズにも出演をされていました
 
和服姿のこの看板を御覧になると、大分年配の方のように思われるかもしれません。お見受けしなくなって大分経つと思ったら、73年12月に亡くなっていたのですね。66歳でしたから、おばあちゃんと言える程の歳ではなかったのですね~
 
本名が南口キクノ(なんこう きくの)である事もあって、CMに抜擢されたようです。オロナイン軟膏は1953年に、四国の徳島を発祥とする大塚製薬の大衆薬第一号として発売を開始、69年から後継商品のオロナインD軟膏、72年からオロナインH軟膏となり現在に至ります
 
 
TVの黎明期に大活躍した崑ちゃん
 
コメディアンで俳優の大村崑(こん)さんは、ずり落ちたロイド眼鏡が売りで、崑ちゃんと呼ばれ、昭和30年代やTVの黎明期に大活躍をされた方です。1958年~60年放映でダイハツミゼットの広告が途中で入る「やりくりアパート」や、1959年~61年のコメディードラマ「番頭はんと丁稚どん」と言う最高視聴率が82%(60や62.3%と言う説もある)と言う大人気番組にも出演をしました
 
 
子供に大人気だった頓馬天狗(とんま てんぐ)

1959年の頓馬天狗は大塚製薬提供で、鞍馬天狗をパロディにした番組でした。とぼけたキャラなのに、秘薬を飲むと、キャラチェンし滅法強くなると言うストーリー。主題歌にも歌われていますが、姓は尾呂内(おろない)、名は南公(なんこう)と言うオロナインをもじった役名でした
 
 
オロナミンCの初代CMを担当

崑ちゃんは1965年から大塚製薬のオロナミンCの初代テレビCMに起用され、10年間出演。「うれしいと眼鏡が落ちるんです」「元気ハツラツ オロナミンC」「オロナミンCは小さな巨人です」等のキャッチコピーを担当しました
 
長年オロナミンCの広告を担当していた事もあり、崑ちゃんのオロナミンCのホーロー看板の総製作枚数は42万枚に達したそうです


 


 
姉妹館のまぼろし博覧会の2階の床屋の中に展示している巨人の星のキャラ入りのオロナミンCの看板と、同じ大塚グループの大塚食品のボンカレーの看板


オロナミンCの看板には左端の下に黄金バットや巨人の星、天才バカボン、アタックNO1やミラーマン等のキャラが入っている物もあります。それは大塚製薬がスポンサーとなった番組だったからです
 
 
崑ちゃん以降は2001年までジャイアンツの選手が広告に
 
崑ちゃん以後の1976年~2001年はジャイアンツの選手が起用されましたが、読売テレビ制作の巨人の星のスポンサーとなった縁からだったようです。「オロナミンCは 小さな巨人です」のセリフは1983年までは崑ちゃんの物が使われ、それ以降は選手の物が使われたようです
 
 
昭和ガメラシリーズにも崑ちゃんが登場

崑ちゃんは1970年の大阪万博の「こどもの祭り」の演出を手掛け、前述の浪花千栄子さんと「細うで繫盛記」でも共演をします。それから昭和のガメラシリーズのギロンやジャイガーの映画にも出演しました。駐在さん役等で出てくるのですが、出てくると「あ~崑ちゃんだ~」と思い、嬉しかったのを憶えています
 


 

 

まぼろし博覧会の床屋にある松山容子さんがモデルのボンカレーの看板のアップ ( ガラス越しなので上手く写真が撮れませんでした。すみません )

 

ボンカレーのホーロー看板


同じ大塚グループの大塚食品の商品で、女優の松山容子さんがモデルをしているボンカレーのホーロー看板も皆さんご存知ですよね?

 

 ボンカレーは世界初の市販用レトルトカレーとして1968年に誕生しました。当初は阪神地区限定で販売されたのですが、翌年の1969年には全国販売されます。外食の素うどんが50~60円の時代に80円と言う値段付けだった為、当初は高過ぎると言う反応も多かったようですが、販売店あてに試食会を開く等で営業をかけます

 

1日15枚のノルマで営業に成功したお店に、この看板を取り付けていったそうで、最終的に全国に9万5千枚が取り付けられたそうです。ボンカレーも73年には年間販売量1億食を達成し、努力が実を結んだ形となりました

 

ボンカレーの販促に、このホーロー看板が大いに役立ったのは言うまでもない事でしょうね

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