伊豆高原「怪しい少年少女博物館」のブログ

レトロで可愛くて気持ち悪い。伊豆高原「怪しい少年少女博物館」の展示品などを紹介します。


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怪しい少年少女博物館1階の懐かしの玩具のコーナーに展示している大場久美子さんが演じた二代目コメットさんのパズルと「キラキラマグネ棒セット」。長い間、他の玩具の陰になって見えにくい状態なっていたので、見えるように展示替えしました。マグネ棒はコメットさんが魔法を使う時に使うバトンがモチーフ





大場久美子さんが準主役級の活躍をした大林宣彦監督の劇場映画デビュー作のHOUSE(ハウス)。一応ホラー映画なのですが、コメディーやファンタジー色が強く、ポップでカラフル。大林監督のCM界出身らしい斬新な映像表現が光った作品でした。1977年7月30日公開時のポスター ゴジラ大全集(データハウス刊 )より



コメットさん

コメットさんは国際放映による特撮ドラマです。ドラマは1960年代と70年代に、主演女優を変えて2度作られています。60年代には、ドラマに併せて横山光輝氏によって「週刊マーガレット」に漫画も連載されていました

宇宙からやって来たヒロインのコメットさんがお手伝いとして家庭に住み込み、魔法を使って地球の様々な困り事を解決していく物語。1964年のディズニー映画の「メリーポピンズ」がヒントとなっているそうです


初代コメットさんは九重佑三子さん

初代のコメットさんはショートヘアーの九重佑三子さんが主演。1967年7月~68年12月の毎週月曜日19時半から20時にTBS系列で、ブラザー工業提供のブラザー劇場で放映をされました

はじめはモノクロでしたが20話目からカラー化されました。アニメを実写と合成したシーン等も使われていました

コメットさんはどちらかと言えば女の子が観る番組だと当時思っていましたが、私も時折初代のコメットさんを観ていた記憶があります。1966年からアメリカのTVドラマ「奥さまは魔女」の吹き替え版が放送されていましたが、女性が家庭で魔法を使うと言う点では共通しており、その影響もあるような気がしました

初代のコメットさんは、中南米でも放送されメキシコで特に人気を博し、九重さんはメキシコでは日本人としては有名なのだそうです


二代目コメットさんの大場久美子さん

弊館に展示しているのは二代目コメットさんの大場久美子さんの時代の物です。現在では、コメットさんと言うと、当時人気アイドルだった大場さんのアイドルドラマ的なコメットさんの方を思い浮かべる方も多いかと思います。一代目はギャグ色が強かったのですが、二代目はハンサムなゲストが多数登場する等恋愛要素が取り入れられていました

前作の10年後の1978年6月~79年9月に放送され、チャンネルも時間帯もスポンサーも一緒であった為、お母さん方の中には「まだ続いていたのね」と勘違いした方もいたとか。因みにコメットさんの前作は木之内みどりさん主演の「刑事犬カール」でした。コメットさんには、カールやセブン・タロウ・レオ等のウルトラ戦士がドラマの中に登場する事もありました。コメットさんはその後、2001年には「Cosmic Baton Girl コメットさん☆」と言うアニメにもなっています

大場久美子さんは1977年に東芝EMIから「あこがれ」で歌手デビュー、売り文句は「一億人の妹」でした。同年大林宣彦監督の「HOUSE」にも出演し、女優としても活動を本格化しますが、翌年のコメットさんで主役となり、ブロマイド売り上げが二年連続一位となる等、絶大な人気を誇りました


大場久美子さんのポスターの方が良かったのだけど・・・

私の大場さんの思い出と言えば、中学の制服を作る時に親に連れられてデパートへ行った時の事を思い出します。購入特典として板の枠に貼ってあるフレームポスターが一枚貰えるのですが、それが二種類あり、一つは山口百恵さんで、もう一つは大場さんの物なのでした。百恵さんの方は紫色の服を着てお澄ましをした少し大人っぽい雰囲気の物で、大場さんの方はレモン(と思っていましたが、黄色い柑橘類のよう・・・)を片手に持って微笑んでいる、いかにも70年代アイドルらしい物なのでした

親は百恵さんは知っているので、「こっちよね!」等と言って私の意見は聞かず、勝手に百恵さんの方にしてしまいました。私は百恵さんは勿論好きでしたが、自分には少しお姉さんのイメージでしたので、ちょっと気さくな感じがする大場さんのポスターの方が、笑顔に癒される気がしてむしろ良かったのです。照れくさいので「大場さんの方がいいな~」とも言えませんでしたが、何だか親の趣味を押し付けられたような気がして、ちょっと残念だったのです

結局百恵さんのポスターも飾らずじまいでした。私の部屋には車とディープ・パープルやそのギタリストのリッチー・ブラックモアのポスターが貼ってありましたが、アイドルのポスターは恥ずかしいので貼る勇気がなかったのです


雑誌「中一時代」の記事でビックリ?

私は旺文社の「中一時代」等を読んでいたのですが、当時人気のアイドルだった大場さんのインタビュー等も載っていました( もしかしたら、学研の中学一年コースの方だったかもしれません )。その中で、大場さんが「ディスコが好きで、ディスコで『顔』と呼ばれてるの~」と話しており、ちょっとビックリしたのを憶えています。もしかして、ちょっと悪い子なのかも?等と思ったのです。まだ中学生でディスコには行った事もなかったので、夜遊びする不良の様なイメージで捉えてしまったのです

大場久美子さんは笑顔が爽やかな清純派アイドルのイメージでしたので、私的にはちょっとギャップを感じてしまった訳です。大場さんとしては「気さくさ」をアピールすると言うことだったのでしょうが・・・矢沢永吉さんのファンと言うのも当時は知りませんでした


聴くとハラハラしてしまった大場久美子さんの歌

それから歌ですね~。大場さんはゴールドレコード賞を二回受賞する等もしていたのですが、歌は当時は正直かなり危うい感じ・・・でした。歌番組等で歌っているのを聴いていると、すごくハラハラするのです。これ以上はずれたら(失礼!)恥をかいてしまいそうだ・・・等と思って、聴いていると何だかすごく緊張して、何とか守ってあげたい等と思ってしまうのです

無理に歌わされているのかな~?それとも、はかなげでハラハラドキドキさせて、何とかしてあげたくなると言うのが事務所側の作戦なのかな~?等とも考えました

大場さんは、1979年10月女性アイドル初の日本武道館単独公演の「さよならコンサート」でアイドルを卒業し、一旦歌手活動を終了します。「私は女優の世界にお嫁に行きます」との事でしたが、記者会見で何故歌手業をやめるのかと尋ねられ「私は音痴だから」と答えていました。あ~やっぱり歌わされていた感が強いのだな~と思いました


「コメットさんの呪い」と言う都市伝説がある?

その後、大場久美子さんは、サスペンスや時代劇・舞台等で女優として活躍し、現在に至りますが、様々な災難に見舞われます。実家が全焼したり、所属事務所が倒産したり、サイドビジネスの失敗で1億4千万の負債を抱えて自己破産。個人事務所となった後のマネージャーをしていた母親の死が引き金となり、パニック障害に陥り、その影響もあり離婚も経験します

実は初代の九重佑三子さんも、とんでもない災難に遭ったのです。1970年10月9日の週刊ポストに「衝撃の告白」と言う記事が載ります。当時人気絶頂の清純派アイドルでNHKの紅白歌合戦の司会者にも選ばれた九重さんが、整形や21才に初体験した後、数々の男性経験をした事等を告白したと言う記事でした

スキャンダルとなり、レギュラー番組を降板され、トップアイドルの座から転落してしまいます。実は彼女自身のマネージャーが、九重さんにフラれた腹いせに捏造した物だったようです

2001年のアニメ版も、九重さんや大場さんが声優として参加する等しましたが、玩具の売り上げ不振により、放送予定が短縮され10か月で打ち切りとなります。漫画や九重版のアニメの絵を描いた横山光輝氏は2001年のアニメ版が放映された時期に骨折して寝たきりとなり、寝タバコの不始末で焼死します

この様に、コメットさんに関わった人は災難に遭うと考え、これら一連の出来事を「コメットさんの呪い」として捉えている人もいるようです


明るく楽しいコメットさんのイメージを暗転させる都市伝説?ですが、九重さんや大場さんがコメットさんでトップアイドルになった後に苦労したのは事実。でも長いスパンで考えれば、色々な事が起こってくる訳ですし、アニメ版の不振や横山光輝氏の死まで結びつけるのはちょっとやり過ぎな気も私にはしますが・・・


大場久美子さんは現在ではパニック障害を克服し、その経験も活かして、心理カウンセラーの資格を取られたようです。2011年に再婚もされ、2014年には週刊誌に水着も披露されます。「コメットさんの呪い」なんて吹き飛ばして、これからも活躍をされ、ブロマイドを集めていた往年のファンも元気にして頂きたいと心から願っています
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