伊豆高原「怪しい少年少女博物館」のブログ

レトロで可愛くて気持ち悪い。伊豆高原「怪しい少年少女博物館」の展示品などを紹介します。


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懐かしの玩具のコーナーにある左側の黄色い車、なんと言う車かご存知でしょうか。右の赤いのはセリカだけど・・・と思われる方も多いでしょうが答えはチェリー、日産の車です。チェリーでもこれは二代目で、当時人気だった秋吉久美子を起用した「クミコ、君を乗せるのだから」のCMが記憶に残っています。74年のことです。


展示している玩具はプラスティックの部品も使われていますが、車体はメタル製でフリクションで走るようになっています。チョロQのように前後を縮めてデフォルメされており、なかなかいい味を出していますが、裏を見てもメーカー名等は見つかりませんでした。


チェリーは二代目よりも、初代の方がより個性的でスタイリッシュだったと思います。初代は70年に日産初のFF車としてデビュー、1000ccと1200ccがありました。サニーやカローラよりも安価なトヨタですとパブリカクラスの車で、軽自動車からの乗り換えや、初めて車に乗る若者をターゲットにした車でした。


クーペは71年に追加されましたが、チェリーで一番印象に残っているのは初代のクーペです。特に後ろのスタイルが良く、二代目もそうでしたが、バックシャン(死語?)な車でした。英国でも人気があったのは、ミニをスポーティーにしたような車だったからでしょうか?


ただ、後方視界は大きく犠牲になっており、特に後ろの斜め方向は悪かったようです。展示されている玩具の写真をご覧になると判る思いますが、二代目はサイドに廻り込むようなリアウインドウを採用して改善を図っています。二代目チェリーは、大きくなり実用性も増しましたが、何だかサニーと変わらないような普通の車になってしまい、初代のようにエスプリを感じる車ではなくなってしまったのが残念でした。


外観はコンパクトなのですが、5人乗りで、ラック&ピニオンのステアリングに前ストラット、後ろトレーリングアームの4輪独立懸架でした。現在はFFでもリアがリジットの車が多いのですが、安価でも結構真面目に作ろうとしていた事がわかります。


1200ccのX-1はサニー等で定評の12A型エンジン、SUツインキャブで80PS(この当時はグロス)最高速は160キロ、ゼロヨンは17.3秒とカタログにかかれていました。当時は現在のようにエコさではなく、ちょっとでも最高速が速く、ゼロヨンが少しでも早い車が偉かったのです。


車重が600キロ台と軽く、エンジンの非力さを車重と前面投影面積の小ささでカバーしていた時代を思わせる車です。


初代のチェリーで73年に追加されたのが前後にオーバーフェンダーがついたX1-Rでした。価格は約65万で当時の大卒の初任給は約6万円でした。Rが付きますが、別にS20のような4バルブのDOHCエンジンが載っている訳ではなく、同じ12Aで出力も最高速度も変わりませんでした。ただ、カタログには何故かゼロヨン16.8秒(2名乗車時)と書かれていました。ちょっとでも速くないとカッコがつかなかったのかもしれませんね。


強化サス、13インチホイール、大型ディスクブレーキが備わるのですが、内装は簡素化されスパルタンさを売りにしていたと言えます。生産台数は約2700台、現存している車は50台前後とみられ、程度にもよりますが、現在かなりの高額になっているようです。


チェリーX1-Rで思い出すのは75年6月に鎌倉で起こった暴走族の乱闘事件「七里ケ浜事件」です。当時湘南は暴走族のメッカで、土曜の夜となると暴走族が各地から集結しました。私の家は国道134号線から少し離れていたので助かりましたが、海鳴りを何10倍にしたような凄い音が毎週響き渡っていました。


バイクはさておき暴走族の車はグラチャンの車を模した物が多かったと思います。スカイラインやセリカ、サバンナRX-3を代表格にカローラ・レビンやスプリンター・トレノ、サニーのクーペそしてチェリーといったレースで活躍している車、速い車が彼らのお好みでした。チェリーは当時、星野一義がレースでハンドルを握っていました。速い車としてはZもあったのですが、高額なのでマレでした。


車高は落としてありましたが、80年代の出っ歯や竹槍マフラーといった装飾に走るのではく、外観はあくまでグラチャンの車をお手本にしており、雨が降ったら危険なスリックタイヤを履いている車も多かったです。


49連勝したスカイラインと連勝を阻んだサバンナ、レースでも活躍しLB2000GTは205キロと最高速度の速いセリカに乗ることは暴走族のステータスと言えました。


グラチャンの車は現在のレースカーのように綺麗に仕上げておらず、よく言うとワイルド、悪く言うと速ければ外見はどうでも良いというように冷却用の穴をボコッと開けたりと結構雑な造りでした。ある意味真似もし易かったのかもしれません。


走り屋系の車もあったのかもしれませんが、族車との外観上の区別はよく判りませんでした。ただ、族車はとにかく音がでかく、特にロータリーの高周波のきつい音は耳にこたえました。ロータリーでは他にもカペラやファミリアのロータリークーペ等もいましたが、なんと言ってもサバンナが多かったです。


当時湘南に集まる暴走族はホワイトナックルやPIERO、アーリー・キャッツやスペクターそして記録映画を撮られたので知られるブラック・エンペラーといった集団でした。一寸法師等もいましたが、名称は横文字が主流でした。


休日の朝早く、父と134号線を鎌倉までドライブしたのですが、その時七里ケ浜の道路の中央で朝焼けの光に照らされていたのが、ひっくり返った亀のように仰向けになり黒焦げになった白いチェリーX1-Rでした。チェリーは暴走族でも、どちらかというと下っ端の人が乗るイメージがあり、車体も軽いのでやられちゃったのかなと思いました。道路の脇には他にも壊れた車が何台も寄せてありましたが、道路の真ん中に放置されていたので、チェリーが一番強烈に記憶に残っているのです。


この事件は東京の暴走族(ブラック・エンペラー、スペクター等参加車両190台)VS神奈川の暴走族(ホワイトナックル、PIERO等参加車両180台)の抗争で、数百人の乱闘となり、後に400名以上の逮捕者を出し、所謂「七里ヶ浜事件」として語り継がれることになるのです。


最近は週末の夜もめっきり静かになりました。暴走族は困りますが、スポーティーな車、速い車に若者が夢を持ち青春を燃焼させた時代は遠くなった気がします。車よりスマホの時代、若者よ免許を取りましょうなんてトヨタが広告している時代ですから。




















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