っていう歌が、昔あったなぁと。
そう思う30代後半、すでに
すっかりそんなお年なんですけど。
不思議ですねぇ。
「アラフォー」とかいうと、おばさんぽくないから不思議。
まぁ、それはそれ。
大切な家族もいることですし
ちょっと考えてみた。
自分が死んだ後って
特にこだわりないなぁと思ってたんだけど
生きてる限り、死んじゃう時は死んじゃうしね。
もし
まだまだ臓器が使える状態で
脳死状態になったときに
臓器摘出は、しないでいただきたい。
他人の身体の中で生きたくないし。
というのもあるし、
私
身内をね
何度か手術室に見送ったことがあるんですが
その時に、必要な処置だったってわかってはいるのだけど
(祖母の「癌」、真ん中君の「そけいヘルニア」他)
ベッドに載せられた家族を手術室に見送る時
もし、術中なんかあったらどうしようという不安
手術室から出てきた麻酔が覚めきらぬぐったりとした大切な人を見るとき
いろいろ、ものすごいしんどかったです。
祖母は、とりのぞいた部分が大きかったせいか
麻酔も覚めぬ無意識の中、随分「痛い痛い」と声をあげてたし(普段は落ち着いた人でした)
術後、傷がなかなか回復しなくてずいぶん苦しんでましたしね…。
手術は
そんないきなり死んでかえってくるという可能性は
少ないものばかりでしたが
脳死して、臓器摘出したら
完全に冷たくなってカラッポの体で
死んでかえってくる。
家族に
そんなつらい想いしてもらいたくないなぁって
今は思ってます。
高校生くらいの時に
「脳死・臓器移植」の本を読んで
「どうせ焼いちゃうんなら、抜き取って使ってもらってもいいな」と
一時期は
「臓器提供OK」なドナーカードもってたのだけど
そんな人生経験を経て
今は、運転免許証に
「脳死しても臓器提供しません」って記入してます。
家族にも「しないから」って言ってます。
そのとき、家族とか親しい友人に
移植されるなら別ですけどね。
「臓器提供しか助かる道はない」って人がいるのも
もちろん知ってるし
外国に手術を受けに行ってる日本人が、
場合によっては「泥棒」のように、よく言われてないのも知ってるけど
現在の
臓器提供No!!!
って、意思表示してないひとは
臓器提供できるって、システムはいかがなもんか? とちょっと思ってます。
家族に選択させるって、キツイよ。
ただでさえ、混乱の中だろうし。
できたら
大勢でなくていいから
静かに誰かに看取ってほしいなぁ。
葬儀や遺影は、プランやアルバムの中から適当でいい。
うちのおじさんと、どっちが先かなぁ
しかし、確認してみたら
バブリーな歌だなぁ。
私は、サイパンにもディスコにも行ったことないけど(;^_^A。
オープンカーは、実用的でないので乗り心地のいい車がいいし。
基本、静かな場所が好きだし。
白髪がめだってきたお互いの顔をみて
大きくなった子らをみて
若いときに比べたら、手はゴツゴツしてるけど
おばさんもいいもんだ。






