前駆症状 | あ~どうしたものか

あ~どうしたものか

社会問題=PTSD現象。

“郷土なくして人生なし”
ということで[複合汚染]時代をサバイバル、平穏死を子々孫々繋いで生きましょう。

kyupin先生のブログに一昨日、掲載されたエントリ
http://ameblo.jp/kyupin/entry-10113901368.html
に触発されて、つい次のような書き込みをしました。

> 周期性?
> 興味深く拝読しました。私も不安を自覚する前に、何事
> も几帳面にやるフェイズがあること、そのあと不安感が
> 自覚され、几帳面にやり過ぎるせいで過労に陥り、まぶ
> たが痙攣、不眠になり、眩暈がして、平らな壁が波打っ
> て見えたり溶けて崩れ落ちるように見えたりしたあと、
> 亜昏迷です。亜昏迷のあとは、希死念慮を含めて、うつ
> 状態しか残っていないので、うつ病と診断されます。こ
> れが、これまで2回ありましたが、本当は真当な?うつ
> 病ではないのかも知れないと常々思っています。しかし、
> トレドミン単剤でうつ状態はよくなり、このまま減薬で
> きて終わりよければ全てよしになるのかとも思います。
> でもまあ、間隔が25年ほどあったら周期性は確認できな
> いので何とも?です。

kyupin先生からレスをいただき、曰く、ある部分が「これは面白いです。」なのだそうです。面白いと指摘されたのは前駆症状からうつ病と診断されるまでの部分、つまり「まぶたが痙攣、不眠になり、眩暈がして、平らな壁が波打って見えたり溶けて崩れ落ちるように見えたりしたあと、亜昏迷です。亜昏迷のあとは、希死念慮を含めて、うつ状態しか残っていないので、うつ病と診断されます」。

そう、何か身体的感覚的な前駆症状があるというのが、自分でも面白いと思います。頭の中、どうなってんの?と思いますから。しかも、前駆症状そのものは一過性のものなので、それに対する対症療法は不要です。ゆえに面白がっていられます。ずっと眩暈が続いたり、壁が波打ったりしていたら大変ですから、面白がっている場合じゃなくなるでしょう。

これ、「二度あることは三度ある」では傍迷惑だし自分も大変なので、まぶたが痙攣くらいの段階が再び自覚できたら、そこで止めたいと思っています。うまくいくのかなぁ?と、こればっかりはなってみないと分かりませんけど。

ちなみに、トレドミンの減薬は進行中です。25mg錠を1日2回だったのを、15mg錠を1日3回にして、50mg/日から45mg/日になりました。これで、文化包丁で錠剤をぶった切る必要もなくなりました。


2009年1月20日に
『挫折の思い出:サイコセラピー』から転記:
http://ameblo.jp/kyupin/entry-10056527280.html
のコメントに「視覚的なのが症状性っぽい点だと思います」とあり、私の『前駆症状』で「平らな壁が波打って見えたり溶けて崩れ落ちるように見えたり」というのも、考えてみたら極めて「視覚的」です。このことも、私の「うつ病」は、サイコセラピーよりも「生物学的精神医学」で対処するのが向いているタイプだと推定する根拠の1つかと今さら気づきました。