あやちゃんのぷるぷる日記3

NEO女子プロレスのリングアナウンサーだった石田亜矢子のブログです。

リクガメあやちゃんのぷるぷる日記シリーズリクガメ


  『あやちゃんのぷるぷる日記

  2002年9月~2004年12月まで書いていました。

  まだブログじゃなくて“レンタル日記”です。

  なので、ケータイでは見れません汗


  『あやちゃんのぷるぷる日記2

  ヤプログで2004年12月~2008年6月まで書いていましたハイビスカス

 

  それ以前に書いていた日記は

  サイト自体が突然閉鎖になってしまったので残っていませんうっ・・



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24歳の頃、友達と2人で六本木のクラブに行った時の話。
 
踊り疲れて飲みながらソファーで休んでいると、ドリンクを取りに行ったきりしばらく戻ってこなかった友達が、1人の外国人男性を連れて戻ってきた。
 
ナンパが嫌いで外国人も苦手な私は(なら六本木のクラブとか行くなって感じだけど)「嫌だな…」と思い、会話に参加しようとせず黙って1人で飲んでいた。
 
すると、外国人男性が1冊の本を取り出して友達に見せ、本を覗き込んだ友達が大笑いして、
 
「あやちゃん、見て見て!」
 
と私にも本を見るよう勧めてきたので見てみると、そこには大きな文字で、
 
『あなたは昨日すき焼きを食べましたか?』
 
『いいえ。私は昨日すき焼きを食べませんでした』
 
と書いてあり、ローマ字でルビが振ってあった。
 
 
外国人向けの日本語会話ブックだった。
 
 
「こんな会話絶対しないよね~」
 
と友達は大笑いしていた。
 
「彼、日本に来たばっかりで日本語の勉強中らしいの。単身赴任で奥さんと子供はグアムにいるんだって」
 
という友達の話を聞いて、少しだけこの外国人男性と話してみてもいいかな?と思い、片言の日本語と片言の英語を交えて3人で会話を楽しんだ。
 
彼の名前は発音が難しく何度聞いても聞き取れず、何度も何度も聞き返したあげく、発音してみたら「No」と言われた。
 
彼は笑いながら紙とペンを出して名前を書いてくれたけど、それでも私には読めなかった。
すると今度は下手くそな字で彼が大きく『鎌登』と書いた。
 
日本人に無理矢理当て字で自分の名前を漢字にしてもらったらしい。
鎌倉が好きなのか『鎌』という字が好きなのか分からないけれど、彼は、
 
「コレハカマクラノカマデス」
 
と嬉しそうに言っていた。
 
うん。鎌倉の鎌だね。
でも、彼の名前は何度聞いても「カマ」からは始まっていない。
…余計に彼の名前が分からなくなった。
 
仕方ないので私たちは彼のことを「カマト」と呼ぶことにした。

 
カマトは米軍の人だった。
急な異動だったのでしばらくの間単身赴任になってしまったらしい。 
 
厚木基地に住んでいて、同じ基地の友達に誘われて初めて六本木に来たけれど、クラブみたいな場所は得意ではないらしく、お酒も飲まず踊りもせずに1人で日本語会話の本を読んでいて、発音が分からない言葉が出てきたときにたまたま近くに1人でいた私の友達に「スミマセン。コレヲヨンデクダサイ」と声をかけたらしい。
 
しばらく3人で話していると、2組の外国人カップルが近付いてきてカマトに声をかけた。
一緒に厚木基地から来たカマトの友達だった。
少し日本語が話せる男性に、
 
「僕たちは疲れたからそろそろ帰るけど、キミたちはどうするの?」
 
みたいなことを言われた。
当時、横浜の奥地に住んでいた私たちはとっくに終電のない時間だったので「私たちは朝までいる」と答えると、
 
「ボクノイエニキマセンカ?」
 
とカマトに誘われた。
 
カマトの家=厚木基地の中。
私は行ってみたい気持ちもあったけど、危ないんじゃないかという気持ちの方が大きかったので、友達に「このままここにいて始発で帰ろう」と言った。
 
でも、元々外国人が好きで、私もそこそこ好奇心は旺盛だけど、それ以上に好奇心が旺盛な友達は凄く乗り気で、
 
「男ばっかりだったら怖いけど、女の人も一緒だし、カマトは奥さんも子供もいて真面目そうだし、大丈夫じゃない?」
 
と言った。
 
「横須賀基地は行ったことあるけど厚木基地は行ったことないし、フレンドシップデーでもない普通の日に行けるなんて貴重だよ。この機会を逃したら二度とないかもよ!」
 
と言って、それでも渋る私に、
 
「早く決めないとカマトたち帰っちゃうよ!行こうよ!」
 
と言い、勝手に「行く」と言ってしまった。
 
 
私は気が進まなかったけど、友達を1人で行かせるのも心配だし1人でクラブに残るのも嫌なので、仕方なくカマトたちと一緒にクラブを出て、車を停めてあるという駐車場まで歩いた。
 
途中、お花屋さんの前を通った。
実は夜の六本木に行ったのはこの日が初めてだった私は、「六本木のお花屋さんってこんな時間までやってるんだ…」と驚いた。
 
駐車場に着いて気が付くと、男性が1人足りない。
はぐれちゃったのかな?と思ってみんなでキョロキョロしていると、その男性がお花を持って走ってきて、
 
「キレイなお花があったからキミに似合うと思って買ってきたよ」
 
というようなことを言って彼女にプレゼントした。
彼女は喜んで彼に抱きついてキスをした。
 
もう1組のカップルとカマトは、ニコニコして顔を見合わせたりしながらその様子を見ていた。
 
外国人って本当に普通にこういうことするんだ…と、私は呆気にとられた。
と同時に「この人たち大丈夫そうだな」と思った。
 
ワンボックスの車に7人で乗り込み六本木から厚木基地までドライブ。
基地のゲートが近付いてきて守衛さんの姿が見えると、運転をしていた日本語が話せる男性に、
 
「少しだけ小さくなって隠れて」
 
と言われた。

基地内に住んでる人と一緒でもダメなのか…。夜中だからかなぁ?
 
私はちょっと不安になったけど、こんな時間にこんなところで下ろされても困るし、ここまで来ちゃったら仕方ないと腹をくくって、友達と2人で身を潜めた。
 
運転していた男性が窓を開けて何か言うと、守衛さんは特に車の中を確認する様子もなく、すんなりと基地の中に入れた。
 
「もう大丈夫だよ」と言われ身体を起こして外を見ると、ちょっとした住宅街のようにアパートが立ち並んでいた。駐車場に車を停めて2組のカップルと「グッナイ!」と挨拶をして別れ、私たちはカマトの家に行った。
 
外観ではあまり分からなかったけど、部屋に着いてみるとアパートは思いっきりアメリカンな造りだった。
 
内側に開く大きなドアを開けて中に入ると、段差がなくそのままいきなりリビングで、間取り的には1LDKだけど、ハワイでよく泊まるコンドミニアムの部屋に似た感じの、とても広々とした部屋だった。
 
アメリカ式なので靴を脱ぐスペースは特になかったけれど、カマトが靴を脱いだので私たちも靴を脱いで部屋に入った。
 
リビングのあちこちに、「外国人ってよくこういう記念写真撮るよね~」っていう感じの、写真館で撮ったと思われる家族写真が飾られていて、カマトは「ボクのワイフとムスコです」と言った。
奥さんと小さい息子を残しての単身赴任で淋しいだろうな…と思った。
 
カマトは私たちにソファーに座るように言いジュースを出してくれると、自分はシャワーを浴びに行った。
 
そしてシャワールームから戻ってくると、スウェットとタオルを2セット持ってきてくれて、私たちが座っていたソファーを広げてベッドメイクしてくれた。
大きなソファーだなと思っていたら、ダブルベッドになるソファーベッドだった。
 
カマトは「僕はベッドルームに行ってもう朝まで出てこないから、ゆっくりしてね」というようなことを言って寝室に入っていった。バスルームも自由に使っていいと言ってくれた。
 
クラブで踊って汗をかいたので、私たちは順番にシャワーを浴びて、大きなソファーベッドに2人で寝た。
 
朝、友達に起こされて目を覚ますと、なんだかイイ匂いがして、
 
「カマトが朝ご飯を用意してくれてて、もうすぐ出来るみたいだからそろそろ起きて着替えてきな」
 
と言われた。
時計を見ると10時を過ぎていた。
 
私は爆睡していたので知らないけれど、ちょっとした物音でもすぐに気付く敏感な友達の話によると、カマトは宣言通り本当に朝まで寝室から出てこなかったらしい。
 
友達は既に着替えを済ませていたので、私も洗面所に行って顔を洗い服を着替えてリビングに戻ると、ダイニングテーブルに朝食の準備が出来ていた。
 
 
・・・ラザニアだった。
 
 
朝にしては遅めの時間だったとはいえ、アメリカ人は朝食にラザニアを食べるのか…とちょっとビックリした。美味しかったけど。
 
重めかつ遅めの朝食を済ませると、カマトが「もし時間があるなら基地の中を案内するよ」と言ってくれた。
入るときは隠れてコッソリ入ったのに、入ってしまえばもう外を歩いていても大丈夫なのか、昼間だからなのか、私たちは基地の中を普通に歩いて散策した。
 
横須賀基地のフレンドシップデーには何度か行ったことがあったので知ってはいたけれど、基地の中は小さなアメリカの街という感じで、スーパーやファーストフード、ボーリング場やゲームセンター、美容院などなんでもある感じで、表記は全て英語だし、日本人だらけのフレンドシップデーとは違って、すれ違う人はアメリカ人ばかりなので海外旅行をしている気分だった。
 
一番感激したのは飛行機を見せてくれたこと。
こんな経験なかなか出来ない。
カマトに誘われたとき渋っていた私を無理矢理誘ってくれた友達に感謝した。
 
そして一通り基地の中を案内してくれると、カマトは「遅くならないうちに」と、厚木駅まで車で送ってくれた。
 
カマトは本当に紳士的な良い人だったし、本当に貴重で楽しい体験だったので、私はすぐに話したくて、地元:上大岡駅で友達と別れると、そのまま当時付き合っていた彼氏の家に行って、昨夜からの出来事を事細かに話した。

 
当時はまだお互い携帯電話を持っていなかったので、彼には前日に「明日は友達と六本木のクラブに行って始発で帰ってくる」としか言っていなかったので、全て事後報告。
 
 
・・・めっちゃ怒られた。
 
 
「たまたま本当に良い人だったからよかったけど、基地の中まで着いていったりして、何かあったらどうするんだよ!」
 
 
確かに。仰るとおりですよね。

 
 
さっきまで友達と「プチ海外旅行みたいで楽しかったね~」と浮かれていた私のテンションが一気に下がったのは言うまでもありません。
 
 
今となっては彼氏に怒られたことも含め、全て良い思い出だけど。
 
 
カマト元気かな…。
もう顔は全く覚えてないけど。
 
あのとき付き合ってた彼も元気かな…。
別れた数ヶ月後に偶然会って以来、もう19年会ってないけど。

 
 
※フレンドシップデー等のイベント時以外の米軍基地への立ち入りは原則禁止されています。また、カマトたちはたまたま良い人だったけど、色々と危険なのでナンパされても簡単についていっちゃダメですよ。
 

 

 

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高校3年の1学期の終わり頃。
つまり1989年の夏。

当時から朝が苦手で遅刻常習犯だった私が、とっくに授業が始まっている時間にブラブラ学校に向かって歩いていると、後ろからゆっくり走ってきた大きなトラックの窓が開き、
 
「乗らない?」
 
と若くてそこそこカッコいいお兄さんに声をかけられた。

平日の午前中にトラックでナンパかよ…と思い、足を止めず無愛想に、
 
「これから学校だもん」
 
と答えたのだけど、お兄さんはめげずに私の歩く速度に合わせてゆっくりトラックを走らせて更に話しかけてきた。
 
「もうとっくに授業始まってる時間じゃん」
 
「うん」
 
「どうせもう遅刻だしサボっちゃえば?」
 
「出ないとまずい授業があるからダメー」
 
「じゃあ学校まで送ってくよ。野庭高でしょ?通り道だから」
 
と言われて少し心が動いた。
トラックって乗ってみたかったんだよね…。
バカと煙は高いところが好きだからね。
少し悩みながらそのまま私が歩いていると、
 
「今日一日何往復も土を運ぶだけでヒマなんだよねー」
 
と言われたので改めてトラックを見ると、会社名も入ってるし、荷台に土も積んでるし、本当に仕事中っぽかったので、もし乗ってもそのまま拉致されたり何か変なことをされることはないかな?と思い、
 
「じゃあ学校まで乗せてって」
 
と言って乗せてもらい、校門の前で下ろしてもらった。

運動神経の悪い私には高いトラックの助手席に上るのは大変だったけど、3人で並んで座れる広いベンチシートも初めてだったし、普段乗ってる父の車とは景色が違って楽しかった。

学校までの数分の間に聞いた話によると、お兄さんは当時23歳。
その日はある現場から現場へ時間の許す限りひたすら土を運ばなければならなくて、その通り道にたまたまウチの高校があり、携帯電話もない時代だし、音楽やラジオを聴くぐらいしかなくてヒマだったので、「助手席に乗って話し相手になってくれる女の子いないかな~」と思っていたらたまたま私が歩いていたから声をかけたらしい。
 
降りるときに、
 
「今日何回もここ通るから放課後ヒマだったらまた乗らない?」
 
と言われたのだけど、私はちょっとトラックに乗ってみたかっただけだったので、学校まで乗せてもらってもう満足だったし、あまり長時間知らない男の人と2人でいるのは嫌だったので、
 
「一人じゃ嫌だから誰か一緒に乗りたい友達がいたらいいよ」
 
と言うと、授業が終わる時間を聞かれ、
 
「じゃあそのぐらいの時間にここら辺ににいるようにするから」
 
と言われた。

でも、携帯電話がない時代なので連絡手段がなく上手く会えるかも分からないし、学校は知られていてもクラスも名前も教えてないし、ベビーブーム世代で生徒は1500人以上いたからそうそう見つけられないだろうし、正直、もし誰も乗りたい子がいなければ別の門から帰ってバックれればいいと思っていた。
 

だけど、教室に着いて友達に、
 
「今知らないお兄さんにトラックで送ってもらったんだ~」
 
と言って一部始終を話すとめっちゃ食いついて来た子がいて、
 
「私もトラック乗ってみたい!!乗せてもらおうよ!!」
 
と言われたので、授業が終わってその子と2人で校門に行ってみると本当にトラックが迎えに来ていたので、一緒に乗って、お兄さんが土を運ぶ間ずっと話し相手をしていました。
 
私は若干人見知りなので、ほとんど友達が話してたんだけど。
 
5時になってお兄さんのお仕事が終わると、着替えて自分の車を取ってくるからお礼に食事でもと誘われたのだけど、私たちは単にトラックに乗ってみたかっただけだし、私も友達も彼氏がいたし、勝手に夕食を食べて帰ったりしたら家で叱られるのでそれはお断りして、そのままトラックで適当なところまで送ってもらって別れました。
 
しつこく誘ってくることもなかったし、本当に土を運んでいる間ヒマだから話し相手が欲しかっただけの良いお兄さんでした。
 
今生きてたら50歳か。
 
「そこそこカッコよかった」という印象だけで顔も名前も全く覚えてないけど、元気かな?
 
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ひと泳ぎしてコンドミニアムに戻り、シャワーを浴びてメイクをし直してちょっと休憩して…ビールを飲みたいところをグッと我慢して、前日の夜に予約しておいたステーキハウスへ。

この日は、3日目にシアーズで$25ちょっとで買ったプチプラのワンピと、ボガーツで朝食を食べた帰りに買ったバッグ、ほとんど写ってないけどサンダルも前日にMacy'sで買ったものだし、アクセサリー類も全部今回のハワイで買ったもので、日本から持って行ったのはボレロだけというハワイコーデです♪

 

 

行ったのは、今年8月にリニューアルオープンしたばかりのインターナショナルマーケットプレイス内にある、ミシュラン一つ星のステーキハウス、ストリップステーキ。

 

 

インサイドとアウトサイドどっちがいいかと聞かれたので、アウトサイドの席にしてもらいました。

 

まずは、ビーチから戻ってからずっと我慢していたビール!!!

ミラーハイライト。

初めて飲みました☆

 

しばらくすると、3種類のフライドポテトが運ばれてきました。

頼んでないんだけど…と思ったら、普通のステーキハウスだと最初に出てくるパンの代わりにここではポテトみたいです。

 

 

無類のイモ好きなので「これはいい!」って感じ爆  笑

 

 

注文したのは、ステーキのタルタル。

これが食べたくて行きました。

 

 

フォアグラとパイナップルのステーキ(正式なタイトルではないです)

白いのがココナッツソースだったんだけど、フォアグラとパイナップルとココナッツの組み合わせが最高でした。ワンモアしたかったぐらい!

 

 

普段はビール1杯では終わらないんだけど「これはワインだな」ってことで早めにワインに切り替えました。

ビールはお部屋に帰ってまた飲むしね♪

 

 

そしてメインはステーキ3種の盛り合わせ。

日が暮れてきてしまったので写真が暗いけど。

(japanese A5 striploin, american skirt steak, australian short rib)

 

サイドディッシュはマッシュポテトにしました。

お肉は全部柔らかかったし、マッシュポテトも美味しかったんだけど、全体的に量がね…少なかったです。

 

 

ハワイで食事をするとものすごいボリュームで食べきれないのが当たり前みたいな感じなので、そのつもりで少な目にオーダーしたら、全然食べきれちゃいました。

 

 

しかも高い!!!

美味しかったけど、たぶんもう行かないです。

ロト6でも当たらない限りare-?*

 

 

この後、アラモアナにお買い物に行き、夜は恒例の部屋飲み。

この日もロングボード。

普段はあんまりポテチとか食べないんだけど、マウイスタイルのマウイオニオンはお気に入りで、ハワイに行くと一度は食べます。

 

 

「いよいよ明日は最終日」ってことで、この頃はもう帰りたくなくて淋しくて仕方なくなってました。

 

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