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昨日は久々に部活三昧だったので今日は昼まで寝ていましたzz
起きて、駅前に日用品、食料の買い物…
で、毎年恒例、パパへのケーキづくりをしました。
ケーキづくりっていってもⅠ時間クオリティの混ぜるだパウンドケーキですが(^^;;
明日送って明後日に着くようにしまーす
さてさて昨日は、久々にお茶をした部活の先輩に
彼とはどうなってるの?と聞かれた。
正直に、わかりません会ってません、と伝えた。
がしかし先輩の巧みな話術にはまって、まあこの人ならいいかと
自分が体調を崩したときに気にかけてもらえなかったことを話してしまい
案の定ひどく後悔。
比べるようで悪いけど と
自分の元カレは、頼んでもいないのに自分の病気を調べ上げて
術後が一番肝心であるという情報を知り、東京から毎日のように顔を見に来た、と
軽く自慢された。(と感じてしまうくらい苦痛だった。。)
なんでその話をしたかって、わたしの彼の冷たさを浮き彫りにするためなんだろうけど
わたしには、愛され度の違いを丸出しにされたようで、ひどく屈辱的だった。
事実なんだから仕方ないんだけどさ。
わたし思うんだ。
彼はすごくすごく子どもなんだと思う。
体はデカいし、水泳速いし、勉強も自分と違う分野でがんばっている(ように見える)から
つい、別の育ち方をしただけの同世代の人、と思いがちだったんだけど。
彼が感動するものや、興味をもつもの、評価するものって
あまりに一般的大衆的すぎて、わたしは冷め冷めとした目で見ちゃうんだよね。
そんなことしていいほど自分は大人じゃないけどさ。
人をたやすく良く評価するところがある。
誰にでも優しい。
それがとてもとても嫌だったんだけど。
わたし、ほんとにキツいときはそれを利用していたと思う。
どんなことでも、がんばっていたね、と褒められれば一時的に救われるし
いつでも優しくしてくれることに甘えれば、心は楽になるし
ちょっと自分が手抜きして、がんばっているように見せかけていたことも
彼にはがんばっていると評価されるから、それに甘んじていたし。
近くにいる人に褒められてしまえば、
自分の過去もどんどん美化できる。わたしはがんばっていた、と。
ずっとがんばってきたんだ、と。
でもそれは大きな落とし穴だと思う。
誰のことも褒めるような人を憎んでさえいたのに
その優柔不断さに甘えて生きてきたのだ。
わたしは大きく大きく堕ちてしまっていた。
友人にいわれた。
”がんばってきた”という幻想が今の自分を縛り付けてるんじゃない?と。
部活のことなんだけど。
精神的にいっぱいいっぱいでやりきったことは確かだけど
すこし離れると、自分のやってきたことの落ち度とか、当たり前感とか
そういうものが見えてきて、
わたしは至って普通のことをやってきただけで、べつに特別に人より頑張っていたわけではないんじゃ…?
と思えてきた。
同じことをやるにも、人より神経が必要だったり不器用だったりっていう
性質的な苦労の差はあったかもしれないけど。。
ただ自分がゆとりっこだから苦労しただけなんじゃないかなーと思った。
そう思ったら、悲しくなるどころか、楽になった。
”いままであんなに頑張ってきたから無駄にしたくない、しちゃいけない”
というへんな思いに縛られて、行きたくなくても部活に行かなきゃと
思っちゃってたからだ。
いまの部活は前とは違う。いまがまさに転換期。
それは3、4年以上の人は誰もが感じていることだし
これは本当に仕方のないことなんだと思う。
世代が変わるんだもん。
だけどいままで先輩方が守ってきた、
礼儀とかしきたりとか、雰囲気とか…
そういうもの、すごくすごく守りたかったんだよね。
いつの時代だとしても、だらだらしたり寝坊、欠席ばっかの体育会がいいわけないよね。
自分の指摘の仕方が悪かったりして
なかなか伝えられず。
このままあきらめてしまえれば、とーても楽になるのにね。
今朝へんな夢をみた。
この自分の部屋で自分のベッドで、朝、心地よく目が覚める夢。
隣を見たら、気持ち良さそうに眠る彼がいた。
夢の中のわたしたちの関係は今と同じよう。
だから夢の中でわたしはすっごくびっくりしていた。
でもその顔をみたら、今までの恨みつらみ、意地なんかもどうでもよくなった。
自分のところにまっすぐ戻ってきてくれたから
これでいいと思ってしまった。
今日は現実でもちょうど、彼の卒論提出日だった。
とりあえず提出を終え、長期戦が終わって安堵して彼が来てくれたらしい。
今までのこと全部、ごめんね、と。
夢の中でいうなんてずるい。ずるすぎる。
本人は何もしていないのに、わたしは少し、許してしまっているのが腹立つ。
どうしてわたしが許さなきゃいけないのか。
卒業旅行に初海外グアムにいくとはしゃいでいる彼を
部活に意気揚々と通う彼を
SNSで誤解を招くような発言をして私を侮辱する彼を
そしてそれを消してくれと懇願するわたしの気持ちをまたしてもわかってくれない彼を。
どうして自分ばかり惨めな思いを、、
と。
こんなのやめようって思った。
悪を撃退することが、大人への道ではないと、やっとわかった。
彼の悪態をついて正義を主張するのは子どもじみた痛いやり方だ。
そうやって彼の良心に訴えかけて、わたしから離れることが非道だと思わせようとしてたんじゃないか。
全部そういう計算なんだよね。汚いよ。
そうしてやりたくなるほど、彼が弱者なのも確か。
きれいなものばかり見て生きてきて、これからもそういうものに囲まれて生きていこうとしてる。
わたし、やっぱり、そういうの良いと思えないんだ。
明るいことはとってもいいことだけど
それは暗いものから目をそらして明るくなってるものなら
なんの価値もない。内容のない人間だ。
これから何人もの人を傷つけ、そこから目をそらしていくんだろう。
そういう人間とは関わってはいけなかったんだ。
もしくは、そういう小動物のような人間をも包み込める程、自分が大人にならなければいけないんだ。
存在を認め受け入れつつ、
彼らからの砲撃は喰らわないように華麗によけて過ごすことができる器用な大人。
いまわたしは、ぜんぶの砲撃を自分から受けに行ってるようなもんだからね!笑
もっと自分を磨かないとね。