ふと、お会いした方から、権力を持った人が、その前のことを消し
そして、今の世の中が成り立っていると表現していました。
近江の大津京を創った天皇は、百済の王子様と聞きます。
天智天皇は、百済人です。
百済という国は、もとは、高句麗から南下してつくられた国であります。
聖徳太子の父方は百済人であり、母方は高句麗系の人です。
あの時代、高句麗、百済、新羅の三国の権力争いがありました。
藤原鎌足(かまたり)は、高句麗の人であります。
かまは、朝鮮語で釜のことです。足は、朝鮮語で(たり)と読みます。
高句麗が滅び、王様である若光王は、当時、権力側に入ってもおかしくない人でありました。
でも、高句麗人はあまりに強く、当時の朝廷にけむたがられました。
そして、当時は、僻地であった関東 武蔵野の地においやられてしまいます。
そして、「高麗」という名前だけ名乗ってよい許可を得ます。
昨日、韓国からいらした人に、「高麗」は、「こうま」と読むんですよと伝えると、驚いていました。
918年、朝鮮半島に「高麗」(こうらい)という国が生まれます。
高句麗の残党 王建が国をつくりました。
今、日本には、この「高麗」(こうらい)のことを知っていても、「高麗」(こうま)のことを知っている人は少ないと感じます。
高句麗の王族が、国が滅び日本に亡命していたなんて、総連の教育では聞いたことがありません。
いつも、いろんなことが権力者によって、隠されたり、潰されてきていることを、様々な現象からわかります。
これからは、まことはまことのままにわかり、受け止め生きることが大事と感じます。