こういう言葉がささやかれ始めたのは2年ほど前からである。
ある日 ふと 疑問に思う。
ポニョ って 何語?これが きっかけ と いう事が多いと聞く。
あとは もう ロシア語が 普段の生活の一部になり。
「ポニョ」Понял 了解!
「ニマゴー」 Не могу それはできない
「イズビニー」 Извини すまない
「スパシーバ」 Спасибо ありがとう
「プラティーニ」 Противник 敵を発見
「プリクローイ」 Прикрой 助けて
「パショ パショ パショ」 Пошел пошёл пошёл! ゴーゴーゴー!
「ストーイ」 Стой 止まれ
と わけもなく まわりに話しかける。
さらに
自分よりも 弱い相手を見つけると つい
へい! ブルース 若竹ぇ~ と叫んでしまう人はもう
中毒というよりも 重病であるw
ニコニコ大百科参照
ここまぁ 前おきはここまでで、
■--■--第1話--■--■今日語りたい話題は
AVA患者。AVAを どこまでやると終わるのか・・・
AVAに 終わりはあるのか?
患者は治癒できるのか? はたまた 治療できるのか? というところです。
言ってる事がさっぱり 解らんって 人は普通の人なので
ここから下は 読まない方が良いかと思いますw
あなたの人生には AVAは必要ありません。
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AVAには はじまりが あるが 終わりはない。
私の場合はというと
ある日 突然 ゲームがしたくなった・・・
自分はスカッとする ガンシューティングが 好き・・・・
回想シーン(暗転)
1991年 湾岸戦争
2001年 911 テロ
2001年 アフガニスタン戦争
2003年 イラク戦争
●1995年 阪神淡路大震災にて 被災サバイバル意識が芽生える
●タイムクライシス事件(1996年)ゲーセン に 行きまくり 小遣いを破産した。
その後 PS版が発売され ガンコン同梱品まで買い揃えた。
微妙にグロックに似ており キチンとブローバックもするギミックに驚いた。
しかし ガチャガチャ うるさいのでブローバックは輪ゴムで固定w
今 思うと
この タイムクライシスが FPSの先駆けでは無かったのだろうか・・・
●サバゲ (1981~1999年まで)
→ 大会出場 → ヒストリカルゲーム●戦争映画(1980年~現在)
1980年「地獄の黙示録」から1987年「プラトーン」に始まった ベトナム戦争映画を見尽す
●家庭用ゲーム(1998年)
タイムクライシスの時に所持していた プレイステーションで
METAL GEAR SOLIDをやりまくり。PS→PS2→PSP
その後 海外に行っては 実銃を撃ちまくり
ヒストリカルゲームの為に、装備品を買い漁った。
気が付いたら自分が アメリカで毎年開催されている ショットショーにまで 足を運ぶ商売人になっていた。※現職も輸入バイヤーであるが実銃と装備品に関してはちょっと離れている。好きな事を好きなだけ とことん やるのが信条。遊びも仕事も同列なのである。●PCゲーム(2010年) 偶然 パソコンショップにある デモ機にインストールされていた
体験版の
CoD4(Call of Duty) のストーリーモードを プレイしたのが この世界に入ったきっかけである。
CoD&BFシリーズは 海外出張時に 買い漁り
手短なゲームは一通りやった。全部英語版。オンライン対戦不可
クリアしてないゲームもあるが どれもストーリーを追いかけるモノ。やみくもに 敵を殺す ゲームもあるが長続きしないし 疲れる。
そんな時
複数人で オンライン同時接続プレイが出来ると知ったのも この頃である。
いろいろ あったが、無料に釣られたw
オンラインゲームのFPSのたぐいはCS、SF、SA全部 やってみた。
なんか CoDの感動がどれも無い。
アメコミの様なグラフィックがどうも苦手で 残念な作品が多かった
リアル感がない
FPS の ランキングページを見ると 上位にグラフィックがキレイ 面白いとある。
ランキングページ
ここAlliance of Valiant Arms?ここが AVA患者の入口であるw
一度 インストールしたら もう 病みつきなのである。
第1回は ここまで・・・・
タイトルの中身が まだ まったく 書かれていない事に自分で 今 驚いたw