2009-11-01 00:28:26
久しぶりの日記(笑)。谷垣自民党ちょいしんどい。
テーマ:ブログ
早くも放置フラグだね焏笑
あ、どもアウフヘーベンのGEの早稲田大学の草竹敦紀です
今日はちょっとだけ野党自民党について、
水曜の午後、家で衆議院の代表質問見てた燁
自民党の谷垣総裁、俺がここ数年1番好きな政治家
「絆社会」とかちょっとわかんない理念は別にして、谷垣の財政に関する考え方とか、行き過ぎない保守としてのスタンスとか、「教養ある政治家」の側面とか大好きなわけよ。
ただここ数年は自民党にとって難しい時期が続くなってのが感想。
むしろ来年の夏の参院選で負けたあたりから党の路線論争でよりしんどい局面になっていくと思う。
今はまだ野党になって40日、徐々に与党時代とのギャップがあらわになってく中で、日常活動含めて適応するのが先にきて、まだ党としての路線をどうするか?とかの真剣な危機意識が出てきてないのが実態。
ただ来年の参院選に敗れるとなると、大きな路線対立が出てくるだろう。
長年与党に慣れきっていた政党が野党になると概ね同じような問題に直面するのは必定。
例えばイギリス保守党。
1979~97年にサッチャー、メージャー政権の下で与党だったが、97年にブレア率いる労働党に敗れて野党になってから早くも12年、ようやくキャメロン党首の下で来年予想される選挙で与党になる事が予想されている。
その保守党も97年に野党になって当初は、「サッチャー的なもの」をどう整理していくかで対立に明け暮れ、うまーくサッチャーに対する評価と批判を使い分けたブレアの長期政権を許した。
また例えばドイツのCDU/CSU。
これまた1949~69まで与党だったが、69年に社民党に政権を明け渡した。
その後2、3年、党の進むべき道を明確にできないままに抵抗野党になり、人材難に喘ぐなかで72年に再び社民党に敗れた。
どこの国もそうだが、二大政党はたえず相互に相手立ち位置を見極める中で、路線を確定していく。
実は俺は日本においてそれが顕著に出たと思ってる。
2001年に小泉政権が誕生するが、小泉の新自由主義的な政策の一方で、その当時の自民党はそれとは対極的なケインズ主義的な政策をとり、野党民主党は新自由主義に近い政策を持っていた。
自民党が徐々に小泉路線を受け入れていく中で、今度は逆に民主党が旧来の自民党の路線を摂取して対立軸を生み出そうと模索した。
小泉が退陣した後、「格差」に象徴される新自由主義の弊害を指摘する声の中で自民党も小泉路線からの修正を図る中での今回の敗北。
今は再分配と福祉を厚くする方向で党内が一致している民主党に対して、小泉路線からの修正を図ろうとする路線と小泉路線を継承して小さな政府を党の理念にすべきだって路線に分かれる野党自民党。
前者の路線に立つ谷垣からすれば民主党との違いを出しにくいっていう弱点があるし、もし参院選で負けるような事になれば、民主党との違いをより鮮明に出そうとする後者の考えが前に出てくるだろう。
それが吉と出るか凶と出るか、恐らく凶だろう。
それはアンソニー・ダウンズのダウンズ説でよりよく説明できる。
つまりは、有権者の分布として今再分配を強めてほしいって方向に大きく分布がいってる中で、政党の合理的な選択はその分布のより大きい方向に擦り寄る事。
ただいかんせんそうなった時に違いの見えない「質の競争」になり、野党としての自民党の中でそれで収斂できるって予測は現実的じゃない。
とすれば、1度大きく、民主党との違いを出す方向に舵をきり、選挙に再び敗れる事によってしかダウンズ説の理論に沿った行動はとられないだろう。
LSEの教授のヘファーソンの言うように、政党は3回敗れた時に相手への追随を選択する。笑
ま、いずれにせよ、しばらくは民主党は自民党の迷走に助けられるはず。
最後に野党とはどうあるべきか。
1949年に、ドイツのSPD党首だったシューマッハが行った演説読んでキテル
って思ったんでのっけときやす
さて我々は野党である。そして、何が野党であるかについては、ドイツの世論において信じられないほどナイーブな議論が生じてきている。
「野党と政府の評価、すなわち政府の機能の無制限な過大評価と野党の機能の全く同様に無制限な過小評価は、官僚国家に由来するもの」
でありそして官僚国家の概念は、本院においても、今だに多くの者の頭の中で生き続けているように見えるのである。野党が連邦政府ないし政府与党によって好意的な判断を受ける場合には、野党はその性質上、国家を保持する機能を失うことになる。我々は、所有物を防衛することに関しては冷淡な政府を持っており、それ故に
「労働する全国民の利益を主張するに際しては、全く同様に情念にまどわされずに主張することが野党の任務となるであろう、利己主義というものはとかく社会感情に訴える傾向にある。」
政府と野党はその性質をその業績によって確定するであろう。しかし、敬愛する議員の皆さん、
「連邦政府は自らの法案のために過半数を政府与党の側で創出しなければならない、という原則が価値を持つのは野党にとってなのである。それゆえに、野党は政府の補充政党ではありえず、政府与党が状況により責任をとることを回避することが多少なりとも生じた場合には、野党は代わって責任を取ることができるのである。野党は国家生活の構成要素であり、政府を助ける二流の幇助者ではない。野党は政府権力に対する制限であり、政府の全体支配に対する予防策の担い手である。すべての政党がガラス張りでなければならないことは、野党であれ政府与党であれ、すべての政党が一番内奥の本質を、自党の行動を通じて明らかにすることを強いるのである。すなわち政党の宣伝における本質的欺瞞の状態を、それ以上放っておくことは誤りとなるであろう。事実こそが物を言わねばならない。しかし、野党は政府の提案に対して単に否と答えるだけに、終始しえないということも全く同様に正しい。野党の本旨は、具体的な事実案件に関して、具体的な提案をもって、政府と政府与党に対して野党の現実的な政策形成の意志を強いる、不断の試みにあるのである。」
あ、どもアウフヘーベンのGEの早稲田大学の草竹敦紀です

今日はちょっとだけ野党自民党について、
水曜の午後、家で衆議院の代表質問見てた燁
自民党の谷垣総裁、俺がここ数年1番好きな政治家

「絆社会」とかちょっとわかんない理念は別にして、谷垣の財政に関する考え方とか、行き過ぎない保守としてのスタンスとか、「教養ある政治家」の側面とか大好きなわけよ。
ただここ数年は自民党にとって難しい時期が続くなってのが感想。
むしろ来年の夏の参院選で負けたあたりから党の路線論争でよりしんどい局面になっていくと思う。
今はまだ野党になって40日、徐々に与党時代とのギャップがあらわになってく中で、日常活動含めて適応するのが先にきて、まだ党としての路線をどうするか?とかの真剣な危機意識が出てきてないのが実態。
ただ来年の参院選に敗れるとなると、大きな路線対立が出てくるだろう。
長年与党に慣れきっていた政党が野党になると概ね同じような問題に直面するのは必定。
例えばイギリス保守党。
1979~97年にサッチャー、メージャー政権の下で与党だったが、97年にブレア率いる労働党に敗れて野党になってから早くも12年、ようやくキャメロン党首の下で来年予想される選挙で与党になる事が予想されている。
その保守党も97年に野党になって当初は、「サッチャー的なもの」をどう整理していくかで対立に明け暮れ、うまーくサッチャーに対する評価と批判を使い分けたブレアの長期政権を許した。
また例えばドイツのCDU/CSU。
これまた1949~69まで与党だったが、69年に社民党に政権を明け渡した。
その後2、3年、党の進むべき道を明確にできないままに抵抗野党になり、人材難に喘ぐなかで72年に再び社民党に敗れた。
どこの国もそうだが、二大政党はたえず相互に相手立ち位置を見極める中で、路線を確定していく。
実は俺は日本においてそれが顕著に出たと思ってる。
2001年に小泉政権が誕生するが、小泉の新自由主義的な政策の一方で、その当時の自民党はそれとは対極的なケインズ主義的な政策をとり、野党民主党は新自由主義に近い政策を持っていた。
自民党が徐々に小泉路線を受け入れていく中で、今度は逆に民主党が旧来の自民党の路線を摂取して対立軸を生み出そうと模索した。
小泉が退陣した後、「格差」に象徴される新自由主義の弊害を指摘する声の中で自民党も小泉路線からの修正を図る中での今回の敗北。
今は再分配と福祉を厚くする方向で党内が一致している民主党に対して、小泉路線からの修正を図ろうとする路線と小泉路線を継承して小さな政府を党の理念にすべきだって路線に分かれる野党自民党。
前者の路線に立つ谷垣からすれば民主党との違いを出しにくいっていう弱点があるし、もし参院選で負けるような事になれば、民主党との違いをより鮮明に出そうとする後者の考えが前に出てくるだろう。
それが吉と出るか凶と出るか、恐らく凶だろう。
それはアンソニー・ダウンズのダウンズ説でよりよく説明できる。
つまりは、有権者の分布として今再分配を強めてほしいって方向に大きく分布がいってる中で、政党の合理的な選択はその分布のより大きい方向に擦り寄る事。
ただいかんせんそうなった時に違いの見えない「質の競争」になり、野党としての自民党の中でそれで収斂できるって予測は現実的じゃない。
とすれば、1度大きく、民主党との違いを出す方向に舵をきり、選挙に再び敗れる事によってしかダウンズ説の理論に沿った行動はとられないだろう。
LSEの教授のヘファーソンの言うように、政党は3回敗れた時に相手への追随を選択する。笑
ま、いずれにせよ、しばらくは民主党は自民党の迷走に助けられるはず。
最後に野党とはどうあるべきか。
1949年に、ドイツのSPD党首だったシューマッハが行った演説読んでキテル
って思ったんでのっけときやす
さて我々は野党である。そして、何が野党であるかについては、ドイツの世論において信じられないほどナイーブな議論が生じてきている。
「野党と政府の評価、すなわち政府の機能の無制限な過大評価と野党の機能の全く同様に無制限な過小評価は、官僚国家に由来するもの」
でありそして官僚国家の概念は、本院においても、今だに多くの者の頭の中で生き続けているように見えるのである。野党が連邦政府ないし政府与党によって好意的な判断を受ける場合には、野党はその性質上、国家を保持する機能を失うことになる。我々は、所有物を防衛することに関しては冷淡な政府を持っており、それ故に
「労働する全国民の利益を主張するに際しては、全く同様に情念にまどわされずに主張することが野党の任務となるであろう、利己主義というものはとかく社会感情に訴える傾向にある。」
政府と野党はその性質をその業績によって確定するであろう。しかし、敬愛する議員の皆さん、
「連邦政府は自らの法案のために過半数を政府与党の側で創出しなければならない、という原則が価値を持つのは野党にとってなのである。それゆえに、野党は政府の補充政党ではありえず、政府与党が状況により責任をとることを回避することが多少なりとも生じた場合には、野党は代わって責任を取ることができるのである。野党は国家生活の構成要素であり、政府を助ける二流の幇助者ではない。野党は政府権力に対する制限であり、政府の全体支配に対する予防策の担い手である。すべての政党がガラス張りでなければならないことは、野党であれ政府与党であれ、すべての政党が一番内奥の本質を、自党の行動を通じて明らかにすることを強いるのである。すなわち政党の宣伝における本質的欺瞞の状態を、それ以上放っておくことは誤りとなるであろう。事実こそが物を言わねばならない。しかし、野党は政府の提案に対して単に否と答えるだけに、終始しえないということも全く同様に正しい。野党の本旨は、具体的な事実案件に関して、具体的な提案をもって、政府と政府与党に対して野党の現実的な政策形成の意志を強いる、不断の試みにあるのである。」






