正直に生きること

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感じていることを認識して、認めて、堂々と表現する。
そのときに恥ずかしさや、人の反応をおそれるときには、自己信頼が足りないんだと思っている。

といっても、それは思考で言っている理想で、
現実の自分はそこにいまいま向き合っているところ。

『こうであるはず。こうなっているはず。』
という理想を、現実で行動して、体験を積み重ねているところ。

なので、自分のなかでも頻繁に、
『そうは言っても・・・』て気持ちが現れる。

その度に、ビビりながら、自分を生きることに挑戦したり、時には逃げたりしている。

「人を傷つけたくない。がっかりさせたくない。
いつでも、力になってあげられる人でありたい。」
そんな綺麗な言葉でごまかしたとき、自分のこころが、自己信頼を下げる。

本音をいったら、傷つくということも、
本音をいったら、がっかりするということも、妄想。

自分が傷つくのがこわいし、
自分が間違っていることを認めたくないんだ。

今まで、何度も逃げたけど、もう逃げないって決めている。

昨日、そんな、
『そうは言っても・・・』に向き合わせてもらった。

全部伝えた時、正直に伝えてくれて嬉しいって言われた。
不安な気持ちも溶けていった。

社会的常識がどうであったとしても、
自分が本当は感じていること、っていうのは変わらずにある。

それは良いも悪いもなく、責めることじゃない。
それを踏まえて行動を選択することはできる。
感じた事は事実。
それを認められないと、自分を責めはじめるんだと思う。

その感じていることをもとに行動するかどうかはともかく、
まず受け止めることと伝えることは、大切にしたい。

違和感を大切に扱うことは、
自分を大切にすることだと思う。

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ご無沙汰です!

なんかいっつもご無沙汰ですが^^;

 

こころかきびと 改め、 たまふるアーティスト(仮) の翔太です^^

たまふるというのは、魂を震わせる、の略です。

魂を震わせて生きたい。

そして、その振動で、人の魂を震わせていく。

そんなアーティストって素敵だなあーと。

それから、マインドフルネスという言葉がありますが、

魂が満たされた状態=魂フルネス

みたいな、状態であろうということでもあるかもしれません。

そんなわけで、一旦、仮にたまふるアーティスト。

なんだかもう、こころかきびと、ていうのは

自分の一部ではありますが、肩書きとしてしっくりこない感じがしてます。

ここ数日、いきなり自分との対話がはじまりました。

直感の自分との会話?

思考というよりかは、もっと軽い、だってこうだよねってすっと出てくるような

そんな自分が質問とフィードバックをくれています。

昨日、いろいろ衝撃的な発見がいろいろあったので、

ここに備忘録と、分かち合いとして、かきます。

●稼げないのは、稼ぐ能力知識・能力ではなく、もっと根本的な問題があった

どこから稼げている、というとちょっと分からないですが、

自分自身の基準として、もっと物理的な意味でも精神的な意味でも豊かになりたい、という思いがあります。

が、物理的な意味での、豊かさというところところについての意識が、

中身がないまま、先行していたということに気が付きました。

☆今の自分には稼ぐ知識がない。実力がない。能力がない。という感覚はフェイクで、

本当は、稼げるということを信じられていないだけなのです。

信じられていないから、ないことにしたいのです。

もっと学ばなければと、今自分が知らないものに、過度に期待をするのです。

そして、知らないことを知ることで一旦満足します。

でも、自信がないので、最大限の行動にはうつしません。

じぶんのすべてを懸けた時、結果を出せないことがこわいからです。

それをみるのがいやなんです。

自分に可能性がないということを、現実世界でみたくないんです。

無意識的に可能性がないと思ってしまっているから、それをどうにかこうにか誤魔化すために、言葉にしたり、中途半端な行動をしてみます。

でも、ちゃんとそこに気付いていないので、結果の出るはずのない学び・行動を繰り返すのです。

ただ、本気になれば、実は実るタネが本当はある。

今まで学んだことを、ちゃんと振り返って、ちゃんと行動にうつしたら、十分な土壌がある。

でもそこにいつも、何かのせいにして、本気で取り組まなかったのです。

時間がないから。お金がないから。

え、じゃあ何故学んだのですか?

あんなに期待して、ワクワクして、絶対参加したいと願った、その場所で。

まず、自分自身を信頼し、自信をもつことからです。

なぜそう思ったかというと、経験もないのに、できてしまったことがあるから。

何故か何百人の前で、尊敬する惣士郎さんのうたの伴奏することにきまりました。

本番は3日後。曲は知らない曲3曲。

ピアノからは離れているし、そんな短期間で、できた経験もない。

でも、たぶんできるだろうっていう何となくの確信があった。

根拠のない自信と信頼です。

もくもくとひたすら練習しまくった。本番直前まで全力で。

そこにできないという不安はなく、できるはずだから、全力でやろう、だったのです。

他の活動をしているとき、

例えばビジネスをしようというときは、そのマインドではなかったことに気が付きました。

理由もなく、信頼し、自信をもつことは可能なのでした。

でもそれ以上、根本的な発見がありました。

●そもそも、稼ぐ理由がなかった

ということ。本も子もない・・・。

お金は本質的には、何かと何かを交換する媒介として存在しています。

お金が欲しいというのは、幻想で、それを交換したい何か、が本当に欲しいもののはず。

それに対するイメージがあまりにも弱かった。

じゃあ、自分が何が欲しいのだろう?

と問いかけたとき、自分は

『充実感、躍動感、いきいき』が欲しいとおもいました。

直感的な自分がいいます。

『それってお金いらなくない?

じゃあ、そのためにいまできる限りにおいて、何をしてるの?』

かすった行動はしているけど、そこにフォーカスを当てていなかった。

自分自身の充実感、自分らしさ、いきいき。

それが欲しいのなら、それを求めればよい。

お金をもとめるより、それを直接求めた行動をすればよかったんだ。

●じゃあ、じぶんのそれってなんだろう?

昨日からずっと考えています。

なんとなく、ストーリー、人、変化、がキーワードだと思っています。

ストーリーは躍動感、感動に繋がります。

こんなことがあってここにきた。

そしてこんなことがおこっていきそう。

そのことにワクワクするし、希望がある。

それをもたらすのはインスピレーションです。

感じたら動く。

そしたらこんなことがあった。

自分にいかに正直であれるか、素直であれるかは、そこに繋がっていきます。

ここまで書いて、ちょっと時間がきてしまったので、

また更新します。

読んでくれて、ありがとう^^

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ご無沙汰しています。清野翔太です。

今日かきたいのは、最近すっごく実感したこと。


ほんとうに

みんな自分自身の役割をいきいきやればよくて、

みんながそれぞれ
自分がいきいきすることをやってれば
うまくまわるように
なっているんだなーっていう良くいわれるようで不思議なはなし。

一昨日、住んでいるシェアハウスで夜中まで話が盛り上がってめっちゃ楽しかった。



盛り上がったのは 、
一昨日シェアハウスに遊びにきていた、
起業家のMと、パートナーのYちゃんのエピソード。



話の発端は、YちゃんがSound Soulsを診断したいー!
というところからはじまりました。



そもそもSound Souls(以下略称:SS)は何かという話ですが、
すーぱー簡単にいうと、
体感を伴って、その人の個性・性質・強みをみることができるセッション

最近自分の周辺のコミュニティで
盛り上がっていて、活動に関わってます^^



SSでわかるひとつの要素として、役割(ロール)があります。
4つの役割のうちどれが先天的に得意なのかが分かります。

商品開発の工程をイメージすると分かりやすいのですが

つむじ:アイディアタイプ。色んなアイディアをゼロイチで出すのが得意で好き。企画する人。
頸椎 :行動タイプ。とりあえず体当たりで、物事を確かめていく。実験するひと。
会陰 :かたちにするひと。具体的なものにするのが得意。商品化をするひと。
へそ :かたちになったものをリリースする人。統合するひと。リリースするひと。

というもののどれかに、みんなあてはまります。



Yちゃんは、つむじ。
アイディアを生み出すのが好きで楽しく、いきいきする人。



Mは、会陰タイプ。
もともと貧乏な育ちから、努力を重ねて自分の道を作ってきたバリバリの実業家。
現実をつくることが大好きだし、楽しく、生きがい。
まさしく会陰って感じ。



最近、ふたりはうまくいっているようで、
それはなんでかっていったら、
お互いのことをそのまま認められたからだったとのこと。



以前は苦しかった時には、そうではなかったそうだ。、
Yちゃんはもともと豊かな家で育ってきたけど、
それゆえに、苦労もしなきゃって思って、すごく頑張っていた。


Mはそれにたいして、
苦労したいんだったら、苦労しよっか。

というスタンスで、Yちゃんのことを応援していた。


それで、Yちゃんの意を汲んで、
「こういうことやりたいんだとしたら、こうこうこうしたらいいね」

とアドバイスをしていたのですが、なんだかうまくいかない。

なかなか行動できず、かたちにしていくことができないYに対して、
「どうしてやらないの?」
と、責めてしまうという構図ができてしまった。お互いつらい思いをしていたらしい。



でも、ある時気付いたそうだ。
そもそも、Yちゃんは苦労しなくてもいいんじゃないかということ。



それでうまくいくなら、楽しいならそれで何の問題もないのではないか?
むしろかたちにするのが好きなMが、Yちゃんの素敵なビジョンを
かたちにしたら、Mは楽しいし、Yちゃんも嬉しいし、ふたりとも
ハッピーなのではないか?


ふたりでひとつだとしたら、それぞれの役割として
それぞれがそれぞれらしく、いたらいいんじゃないか?


そうおもったらふたりとも楽になって、
うまくいくようになったんだとか。


Yちゃんはいきいきする感じをとりもどして、
Mはそのことも受け入れられたことで、
より大きく穏やかな感じになったのだ。



SSでいえば、

会陰は、現実化する力はものすごくあるけれど、
こんなことやりたいっていう0から1の発想
アイディアを出すところについては、得意ではない。


MはYちゃんのこんなことしたい!てビジョンに
素敵だなーって思って応援しているわけだけれど


つむじは発想が強みなのであって、行動はとくいではない。


Yちゃんがわくわく語るビジョン・夢・おもい
それをMは生みだすことはできない

でも、Mはそれをかたちにする力を持っていたんだ



つむじはイメージをかたることが仕事でいきいき楽しいし
会陰は、かたちになることこそ生きがい



それはひとりで完結するものでなくて、
ふたりでひとつとかんがえたら、素晴らしい役割分担なだけだった。

ふたりだったら、素敵なビジョンを生み、かたちにする循環ができるんだ。



今回のこのはなしって、
感動したのは、つむじってこうだよね、
会陰ってこうだよねっていう
枠組みの話なのではなくて、

Mが自分の体験からの腹からのおもいとして、
そのことを実感して、話してくれたこと。



あー、本当の本当に、そうなってるんだ



だから、
ビジョンを語る人は、ビジョンを語ればいい。

それをきいて、行動したい、かたちにしたいって、
助けてくれる人と一緒に、やればいいんだ。



そしたら、みんながいきいきするかたちで繋がりあって、
楽しい世界ができあがっていく。



俺はつむじなので、
Yちゃんとめっちゃ共感し合えて面白かったんだけど


俺もちょこちょこ
イベントをやる人で、


その過程のなかで、実は
どんなイベントにしようー!!!て
あれこれイメージを巡らせているところが一番楽しい


行動は、周りからみたらしているようだけど、
どちらかというと頑張ってしてきたことだった


イベントを企画しても

現実的な対応は得意ではないので
だいたい前日リハみたいなリアルな段階になると、よくわからなくて
しゅんってなっていたり、

なので
チームメンバーにお任せになりがちだったりする



その話をしたら、Yちゃんも、めっちゃわかるーって言ってくれて
すげー救われた気持ちになった笑



そう、イメージしてひとにつたえていくまでが
本当はつむじの仕事だったのだ



うまく世界はできてる



ビジョンを語る人が役目で、それをして楽しい人がいる
まだ分からないものごとでも、行動して、体当たりで体験していくのが良いひともいて
そして、現実のものとしてかたちにしていくのが良い人もいて、
それを、世間に出すのが楽しい人がいる



無理してやりたくないことをやらなくてよい
責めなくてもいい

その人にしかできない
その人だからこそできること

やればうまくいくようになってる


SSを通じて、そのことに気付いて
本当に楽に
より自分の本質をいかして
いきるひとが、すこしずつ増えているのを体感している


それをみんなが理解しあえたら、
もっともっと自然で豊かな世界になると思う



自分を知り、いかし方を知り、気付いて、自分を生きられるようになっていく。



そんな個性のオーケストラが、響き合う世界で
みんなと一緒に生きていきたい
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