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2015-04-16 07:13:24

ブルー

テーマ:肺がん闘病記

歯の話

左の下 奥から三本 (親知らずは 昔々に抜いている)


二年前

一番奥がもうぐらぐらしていますから 三本つないで入れ歯にしますか?

「入れ歯?」

「見本 持ってきて」 見せられて 

「ひっかけている 輪っかが見えますよね」

「はい みえますよ」


・・・・ いやだ~


で さんざん抵抗して 

一番奥がぐらぐらしていますから う~ん っていう 歯医者さんを患者が説得?して

三本繋がった 美しい歯にしてもらった

「保険はききませんけれど~」

はいはい 服を買ったと思えば  “芸能人は歯が命?”  芸能人ではないけれど ハハハ



でも 二年経たないうちに 無理に無理がたたって 歯茎が張れて痛い


歯医者さんへ

「もう 散々頑張ってくれたのですから 一番奥の歯 抜きましょう」




4月9日 の庭  木蓮の大きな花弁が散って とてもきれいでした



奥歯を抜いた

気持ちはすっかり ブルー


「歯を一本抜いただけで こんなにブルーになる」

「父さん  肺がん って言われて どんなにかブルーだったでしょう」





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2015-04-09 07:41:36

つんく♂さん

テーマ:肺がん闘病記

「声をすてて生きるということを選びました」


つんく♂さんの入学式でのメッセージ ・・・ 感動


プライベートの 特にマイナスのことを公にする

できることなら 公にせずにおきたい

でも 深山にひきこもって仙人の暮らしができるわけはないので どこかで公表する







父さんが 肺がんになった

入院中は みんな肺がんの人たちだから 平気


抗がん剤で 髪の毛が抜けた

入院中は 抗がん剤の薬によって 抜けたり抜けなかったりだから

「あぁ 今回は○○タキセル ですか~」 みんなよく知っている


携帯酸素を運ぶようになった

入院中は 酸素吸入をしている人もたくさんいるから

「酸素の目盛は 2ですか 5ですか~?」 平気平気


それが退院して 健常者ばかりの社会に交じって生活する となると

一段と強い 覚悟 意志の強さ が必要だった



つんく♂さん 素敵でした










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2015-02-13 07:30:41

木の芽時

テーマ:肺がん闘病記

今 私の趣味で教室に通っているのは 油絵と俳句

後は 散歩したり 山登り(っていっても 標高500メートルもないけれど)

誘われれば ランチに行ったりカラオケに行ったり

時々映画 時々温泉?

時々 どこかでホテル暮らし?


「父さん 楽しく暮らしているよ ありがとう」 



でも 去年もそうだったけれど

2月 節分が過ぎて 3月 4月 となると・・・・駄目だ


2年前父さんが入院していた時 2月早々 CTの結果の説明を受けて

今後の治療方針を聞いて・・・・まだ 退院できる数値でなくて・・・

医療センターは 患者が多くて ちょっと数値がよくなるとさっさと追い出されるのに

「外に出ても寒いから 暖かくなるまで 病院にいればいいですよ」 



そして節分の日2月3日

呼吸器内科外科の先生方が 鬼の面をかぶったり 鉄棒を持ったり

「鬼は~そと ふくは~うち!」 豆を配りながら 各病室を回られて 患者さんに大サービス

先生方も大変なんだ~ ちょっと ほのぼのしたよね




[

「父さん あれから 2年 私はおかげさまで元気に 今も生きているよ」

「父さんはあれから 3か月で 亡くなったよね」

誰のせいでもない 運命 寿命だったんだと思うけれど

今でも 思い出すと 泣けてくる


節分から父さんの亡くなった5月まで 

いろいろ思い出すと 辛い・・・ 私の 欝が始まるよ



世間では 木の芽が出始めるころ

気温の寒暖差がはげしかったり

春はいろんな行事が多くて 精神的に不安定になるらしいけれど・・・


私は 寒暖差でも何でもない 

ただ 父さんの3月4月のだんだん回復から遠のいていく病状を

やっぱりおもいだして・・・・父さん 私 鬱だよ 欝が始まるよ


俳句は 胸の内を吐露するのだから いいのだけれど

油絵は心がタフでないと 描く気持ちも高ぶらないから

2か月ほど 休もうかなぁ~














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2014-12-23 07:13:44

あの日のこと 治療についてのお願い 

テーマ:肺がん闘病記



2010年3月 肺がんの手術で入院する前日の夜



「意識がなくても植物人間で生きているっていう話を聞くよ」

「無駄な延命は 望まないことを書いておいて」

母さんが頼みました (父さんは どんな思いで 聞いていたのでしょう)

肺がんの手術する前に 書いてくれました





几帳面な父さんは こんなに正式に書きました


手術の前に 担当の先生に お見せしました

「よくわかりました 大丈夫ですよ」

外科の先生は 大きくうなづいて にっこり笑ってくださいました

今までの緊張が 一気に解消  “この先生にお任せしよう”


誰の笑顔も素晴らしい

なかでも いちばん人を元気にするのは お医者さんの笑顔 だと思いました

























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2014-12-20 07:52:14

あの日のこと また 行きたい

テーマ:肺がん闘病記
「金も残さんと・・・ごめんなぁ」

でも 父さんは いっぱい思い出を残してくれました


いっぱい旅行にも連れて行ってくれました

お友達とも よく旅行して それはそれで楽しかったけれども 

父さんと行った旅行は 

考えなくていいし 遠慮しなくていいし 荷物も持ってくれるし

ほんと 楽しかった

アメリカ カナダ ハワイ イタリア 香港

あとは いつか スペインとフランスに行こう 言ってたのに・・・





国内は 父さんが運転する車の助手席で

好きに食べたり しゃべったり 「安全運転 お願いねっ」と 寝たり

・・・・


行く先々で 私がお土産や 自分のものを買うのをためらっていると

「買え 買え また 後で買っとけばよかった って 後悔するぞ 買え」

(私が高いものを買わないって 見越して言っているのだけれど・・・)



その時その時の父さんの声が聞こえてくるようで

父さんと一緒に ・・・ また行きたいなぁ 



あんな時は もう二度と来ない・・・・自分に 何度言い聞かせたことだろう














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2014-12-13 07:03:14

あの日のこと 母さんのこと よろしく

テーマ:肺がん闘病記




2013年4月


父さんの症状がなかなかうまくいかず 入院が長引いて

酸素マスクの柱の酸素の目盛も だんだん上がっていった

(病室の柱の酸素の目盛は1~16くらいまであった

最初は1~2で 吹いていれば 指につけているオキシメーターも95以上を指していたのが

だんだん12くらいで吹いても オキシメーターの目盛は 90をこえるのがやっと)


愚痴は一言も言わず 黙っていた父さんだけれど

なんて言ってあげたら 父さんは気持ちが楽になるかなぁ


「父さん 

父さんは 自分が癌になって 一番不幸だと思ているでしょうけれど

この 元気な母さんが看病しているんだからね」


「私は 誰に看病してもらえばいいの?」






その言葉が 気になっていたのかなぁ

S(長男)が 一人病室に行ったとき 父さんが言ったそうね

「いろいろ難しかろうけれども 母さんのこと頼む」 って。

父さん そんなことを考えていたんだ






無口な父さんの 大きな大きなプレゼントよ 

本当にありがとう











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2014-12-12 07:08:25

あの日のこと 最後のバースデイプレゼント 

テーマ:肺がん闘病記

最後の入院になった2013年の 私の誕生日3月

1月に入院した父さんは まだ退院できない 
「Y子(長女)に言って 好きなものを選んで買ってもらえ」



「買っていいって父さんが言ったのなら 買ってもらったら
貯金通帳の中に それだけのお金が残っていても
母さん一人では 買わないでしょう」
「父さんが買ってくれたって 記念になるよ」
「父さんも 母さんが喜ぶ姿を見たら うれしいと思うよ」


腕時計を選んでくれました





今年の誕生日も 来年の誕生日も 
これから先 ず~っと ず~っと ず~っと
父さん 素敵なバースデイプレゼント  ありがとう











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2014-12-11 07:09:06

あの日のこと バースデイプレゼント2

テーマ:肺がん闘病記

2011年3月11日 東日本大震災津波 

日本中 お祝い行事自粛 ということで 
“九州新幹線開通の祝行事” すべてとりやめになりました
その影響でスケジュールが空いたからと 長男が帰ってきてくれました



抗がん剤入院中の父さんは 外出許可をもらって 3人でランチを食べに行きました
父さんを病院に送って いって



「今日は 私の誕生日なんだ」 とぽつんと言ったら
長男が 私に丸いバースデイケーキを買ってくれました  

「ろうそくは 何本お入れしましょうか?」
「さぁ~?」






うれしかった












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2014-12-10 07:09:57

あの日のこと  バースデイプレゼント1

テーマ:肺がん闘病記

私の誕生日は 3月です

今までに 父さんから いっぱいプレゼントをもらいました
お誕生日には たいていイアリング
デパートの MONETの売り場で 「これッ」ってひらめいたって 
イアリングは よく買ってくれました

わたしがなくしたものも多いですが
今バッグの中に いつも入っているのが この三つ
どんな服にも 合います
どれも もう10年以上 使っています





そして お誕生日に何も買えなかった時には ケーキ
子供が巣立ってからは 子供のお誕生日ケーキがありませんので
私たちが それぞれに 買って お祝い?食べていました


2011年3月11日 東北大震災 津波
父さんが 2クール目の抗がん剤入院中
母さんは油絵の教室中 日本に大変なことがおきました








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2014-12-03 07:07:45

あの日のこと 安土桃山城

テーマ:肺がん闘病記

「俺 安土桃山城 作るわ」

何を思ったのか(歴史は好きだったみたい) 本屋さんに予約して コツコツ

たぶん完成まで 2年くらいかかるみたいでした


孫が来ると

「見てみる?」 「ここがこうなって~」 

襖から天井まで 極彩色で絵が描いてあります

襖もするする開いて 畳まで敷き詰めた大広間 「すご~い」 





抗がん剤の入院の合間に 本屋さんに取りに行っては コツコツ

黒いスプレーを吹いたり 金色を吹いたり

この屋根も一本一本(割り箸よりちょっと細い木)切って 色を付けて 組み立てて・・・コツコツ


だんだん入院が長引きはじめ

根気も続かなくなり・・・・結局 あと何冊か残して 完成はできませんでした


組立途中の安土桃山城と 未開封の本が何冊か のこりました

見るたびに悲しいので 

今は安土桃山城は未完のまま 風呂敷をかぶって寝ています



夏休み長女が帰った時は 風呂敷をはずして

「わぁ~懐かしい」 

得意になっていた頃の父さんを思い出していました

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