KittyinNYのブログ

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さて、以前に「金持ち学校の同窓会」というポストをしましたが、私はその学校で二つほど学位をいただいています。

で、先日、もう一方のスクールの同窓会があったのですが、これがまあなんとDiverseなんですねえ。

ヨーロッパの外交官、NAVY初の女性ヘリコプターパイロット、映画監督、ノンプロフィットの投資家、金融マン、国際コンサルタント(クラスメートが彼は実は武器商人だと耳打ち)などなど。

ただし、スクールは、去年のスクールの同窓会とは経済力では比べ物になりません。

クラスディナーがない?!?!?!

最後のお別れブランチなんて学校の校舎で、ビュッフェの種類なんて・・・。

スクランブルドエッグ、フルーツ、ヨーグルト、なんだかよくわからないフリッタータ。

そういえばペストリーが何種類かあったかなあ。

方や、金持ちスクールは、

「貴族の館かと見まがうようなファカルティークラブで、オイスター、海老、カニ、スモークサーモンなどのカクテルに、その場で作ってくれるオムレツ、何種類ものパンケーキ、ワッフル、卵料理、肉料理、何種類あるのかもわからない専用のデザートテーブル・・・・。いつも見かけるAlumni Relationsのオフィサーが、私の名前まで覚えていてくれて必ず名前で声をかけてくれる・・・」

そして、金持ちじゃないスクールのほうはAlumni Relationsの人が、毎回変わるそうで、全く組織として知識が承継されていない。

一つ一つのイベントでちゃんとチケットを買ったかどうか、えらく真剣に確かめられたなあ。

正直、パネルも薄っぺらくてつまらない。

卒業生に金持ちが少ないからなんて言い訳だと思いますが・・・。

しかし、新旧友好を暖められて、行って本当に良かった!

別に贅沢なご飯食べに行くのが目的ってわけじゃないですから・・・。



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さて、先日、ちょっと素敵なおじさまとお話する機会がありました。

ビルをいくつか持っている不動産投資家。

どこかの文学部の教授みたいな上品な雰囲気でした。

彼のおじいさまはもう亡くなられたそうですが、メッセンジャーから始めて巨万の富を築かれたようです。


で、何が言いたいかというと、彼が今真剣に心配しているのは、おじいさん、おばあさんみたいにならないこと。

「彼らは明らかに退屈していた」

「チャリティーでもすれば?」

「祖母はたくさんチャリティーもしていたけれど、それでも退屈していた。大金持ちになって生活の心配がなくなったおかげで、1日の最大の決定事項はディナーに何を食べようかとなるなんて、つまらなさすぎる」

ほほう。

私など経済的安定が第一の目標ですから、退屈の暇はありませんが・・・。

今のご時世、不労所得を得て乗数的にリッチになろうという話がブームですが、リッチになってじゃあ何をするのというのは、リッチになる前は贅沢な悩みのように感じますが、なった後は結構深刻なんですね。

彼の現状は不動産投資家としての仕事は月に1回も現場に行くかどうかで、たくさん余暇があるそうです。

何をしたいか、真剣に考えていらっしゃるそうですが、ハーバード大学で修士号まで取っていると並大抵なことでは「面白い」と感じないようで、

「学校に戻って博士号でも取るかなあ」


でも、生活のかかっていない学問って・・・。

本当にしびれるぐらい面白いこととなると、やっぱり生活をかけた中で真剣に競争しないとだめだと思うんですが。

なるほど、例のポール・ダリオ君(「ヘッジファンドの知り合い」ご参照。世界最大のヘッジファンドンの創始者の息子。)も、グリニッジ・コネチカット(NYエリア随一の高級住宅街)は「みんなアッパーミドルでおんなじようなひとばっかりで面白くない」と、なんだかゴチャゴチャしたビレッジのエレベーターもないアパートにルームメートと住んで、映画監督への夢を真剣に追っていたわけですね。

これからの世の中、経済活動と職業は必ずしも重ねずに考えるようになるのかしら。

私にとっては、もちろんそんな有閑生活は夢のまた夢ですが、自営業だからって目先のお金のことばっかり考えずに、もっと何がやりたいか真剣に考えないとあっという間に歳を取りそうです。

考えさせられました。







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さて、私は経済学部の出身です。

私が大学にいた頃は、既に東欧ソ連の共産主義は崩壊していました。

しかし、私のいた大学は、なんと先生の半分がマルクス経済学の先生なんだそうで、基本科目でかなり取らされました。

ちなみにゼミの先生はマル経出身でしたが、近経みたいなことばかりしているので、学者さんの間でも先生はどっちの先生だっけ?と話題になったほどです。

しかし、当時はもうマルクス経済学なんて、大学生はほとんど見向きもしないし、公務員試験だの外交官試験だのはすべて近代経済学でした。

成功したければマル経など忘れて「中立な」近代経済学を勉強しなさい。

さて、当時私たちが「正しい」と教えられた「分配論」(もちろん近代経済学です。)

それぞれの要素はその貢献度に従って分配を受ける。

つまり、「完全な」競争状態では、資源は資本と労働に貢献度に従って分配され、貢献度の最も高い人に最もたくさん配分が行く。

安易に信じておりました。

ところが、マルクス経済学の世界は全く違う。

資本家は労働者に、労働の再生産に必要なだけの賃金しか与えず、資本だけがどんどん増殖していく。

当時は日本も資本主義に名を借りた社会主義みたいなもの。

うっそだ~。

と思っていたのですが・・・・。


なんだか、最近の世の中、こっちのほうに似てきていませんか?

そして、行き着く先は、搾取収奪を繰り返しすぎて崩壊が来て恐慌となって資本主義が崩壊する。

もう一度ソ連革命みたいなもの、まるで同じとは言いませんが、おきないとも限りません。

当時の教科書的な答は、「今は社会保障など整備されているので、民衆はそこまで追い詰められないし、なんだかんだと言って、社会主義よりはるかにいい暮らしだからそれはない」

年金。

110兆円のうち、年間3兆円の運用損。

人口減がなくてもマイナス2.7%ってことですよ。

崩壊させずに済ませるためには年間5.5%で回さなきゃいけないそうですよ。

7.2%足りないわけですね。 それってだいたい8兆円?

流血革命など起きなくても変われるのが一番いいんですが、どうも10年先、20年先はやばそうですね。

そして、ゼミの先生がおっしゃっていたせりふ、身にしみます。

「中立などというものの見方はありえない。どんな人も必ず自分のバックグラウンドを背負っている。中立だと思っていても中立にはなっていない」

そればかりではなく、学問で正しいとされることは政治と無関係ではないと言うのは戦後何十年経った世界でも同じだったのですね。

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