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どこの国でも同じだけれども、アメリカで「老いる」、と言う事はとても厳しい事。

 
アメリカでは家族と言えども年をとった両親は家族に「甘える」という考えは選択肢にほとんどないので、日本の様に息子や娘夫婦の家で暮らす事は滅多になく、出来るだけ最後まで独立して自宅で生活して、人生の本当に最後の時期に自分の資金でホームに入って最後を迎えます。
 

アメリカの家族、というのは中国やイタリアの家族という概念とはすごく違った家族の様な気がします。

 

アメリカでは子供から老人まで自己決定する能力が最も尊ばれるので、病気で意識が朦朧としている状態以外は本人の意志が一番大切なのですが、お金がなかったりコネクションがない状態だったりすると家族の有無に関わらず大変な現実が待っているから、アメリカ人の多くは老後の蓄えと言う事にすごく重点を置いています。その上、医療費が途方もなく高額なので、身体の衰えと一心同体の老後の生活にはお金の心配が絶えずつきまといます。

 

アメリカは社会全てに徹底的な市場経済が当てはめられているから生と死に関わる治療の選択肢も常に費用優先で、「自己決定」、というと聞こえは良いのですがそのプロセスの中には金銭の要因も多分に含まれます。

 

 

赤薔薇ピンク薔薇赤薔薇

 

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宿に戻って暫くベットに横たわってから、その夜は相方の弟の家で私達のために開いてくれるパーティーへと服を着替えてから出かけました。

 

家族全員、勢揃い。

 

久しぶりに会う私の甥と姪はすっかり大人びて、甥の身長は私よりもずっと高くなってしまった。

 

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11才になった姪はオシャレが大好きな利発な女の子です。音譜

 

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私は甥と姪の成長ぶりが楽しくて義理の弟に写真を撮ってもらったのだけど、後で見てみるとみんなふざけて一生懸命に背伸びをしていてすごくその様子が楽しくて写真を相方の母親に見せたら、「こんな笑顔の孫の顔は見た事ない。是非、この写真を私にも送って。」と言われるほどにみんないい笑顔。

 

甥は14歳、姪は11歳。

 

チューリップ紫チューリップ紫

私は13歳の時には父が亡くなっていたから、この年齢で父のいない状況に私達家族は追い込まれて生き延びたのか、と何かとても不思議な気持ちも同時にしました。

 

思春期になる直前に父を亡くしてしまったから、私は当時13歳で突然に母親を守る立場になって、思春期に親のアイデンティティから自分を切り離して自我を確立するために必要な反抗期を正常に過ごす事の出来る幸運に恵まれなかった。これから先の事がとても不安になる事も多くて時に母の揺れ動く感情の振幅の大きさに振り回されて、自分のためにわがままを押し通して自分に何が向いていて将来何になりたいか、そういった事を反抗期を通じて考えて実行する事の出来ない思春期だったのかもしれません。

 

だから子供にとってぶつかっても簡単に倒れない安定して強い親がいてくれる事は、当たり前ではないとても幸運な事だと思う。そして反抗期にはいい子ちゃんでいる事よりも弾かれても簡単にめげないしぶとい青年、少女が私にはとても眩しい。

 

私は若い子達にはある時期は思いっきり自分の可能性を試してたくさん失敗して、ほんの少し成功して、泥にまみれて恥をかいて、そしてちょっと心浮き立つ体験して、自我に向き合ってほしいと思います。そしてその中で人の痛みに敏感でその痛みに共感できる大人になって欲しい、と思います。ニコニコ

 

チューリップピンクチューリップピンク

 

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妹夫婦の家の飼い犬のペニーもとってもかわいい。

 

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アスパラガスの芽もまるで土筆の子みたいです。

 

翌朝は相方の妹家族の家を訪ね、彼女の家族と数時間を過ごしました。彼はプロの絵描きなのですが、今は相方の妹が所謂Bread Winner (一家の稼ぎ手の大黒柱)で彼は子供二人を育てる専業主夫である。庭にはいろいろな野菜や花が植えられていてアスパラの芽が勢い良く土を破って伸び始めていました。

 

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画家である義理の弟の描いた昨年18才で亡くなった愛猫のルル。

 

 

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相方のお母さんの家の窓際にも先日ストックホルムから持ち帰ったウサギのランプが。おねがい

 

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相方のお母さんの家の愛・忠犬のアーサー。彼ほど頼もしい犬を私は知りません。大好きだよ。しっぽフリフリ

 

その後は相方の両親の住む家に立ち寄って軽くランチを食べて、その晩は叔母のホームで皆でデイナーの予定していたので、相方の母親と三人で近所のスーパーマーケットでサラダ用の野菜などの買い物。

 

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その後、ポートランドの漁港にある魚市場のHarbor Fish Marketで新鮮なサーモンの切り身を調達。この地方の沖合はとても良い漁場があるので新鮮な魚介類、特にメインロブスターはとても気軽に手に入ります。

 

 

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叔母のホームに着いてドアを静かに開けるとウサギのランプが優しく薄暗い部屋を照らしていました。その奥には静かな寝息を立てる叔母の姿とその傍らに椅子を置いて本を読んでいるヘルパーさん。

 

叔母は叔父が94歳で亡くなるまではバージニアのmill (水車場)を改造した築200年以上の石で建てられたとても素敵な屋敷に住んでいたのですが、一人になってからは叔母を心配した相方の家族がメイン州に呼び寄せて今はダウンタウンから車で20分ほど郊外のホームに住んでいます。とても部屋も広くて愛着のある家具、旅先で集めた小物や絵に囲まれて叔母はとてもここが気に入っています。

 

物音に気付いて叔母は目を覚まして、相方に

「カクテルの時間はいつ?」と質問。

 

この思いがけない叔母の質問に私達は顔を見合わせて思わず吹き出してしまいました。💕

 

そして食事前のカクテルの時間までちゃんと把握しておこうとする叔母を心強く思いました。

 

相方がキッチンに立ちサーモンを下ろして下ごしらえしている間、私達は書類の整理をしたり部屋の中の植物の枯れた葉を剪定して姿を整えてあげたり、としているうちにカクテルの時間に。

 

叔母は真珠のネックレス、イヤリングをつけて髪を綺麗に整えてから黒い正装した出立ちで現れる。

 

「ドリンクは何がいい?」

 

と聞くとさすがイギリス生まれの叔母、

 

「スコッチをアイスキューブ一個加えただけで」と答える。

 

相方の母はバーボン、私と相方はウイスキー。みんなOn the rocks !さすがほんの少しの強目のお酒の好きな南部人間の大集合。😸

 

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途中で相方の弟も加わってデイナーの始まり。叔母の食欲もたいしたもの。食事中もフランスの選挙戦の話やアメリカの医療改革やオバマ・ケアの話などとても細かく話して私も相方も「もしかしたら叔母は気力も体力も持ち直してきているのでは。」ととても心強くなる。

 

家族全員が民主党支持なので最後は「中間選挙まで待てない!」という意見で一致。

 

クローバー

日本では家庭であまり政治の話とかしないので私も初めは少し驚いたのですが、こちらでは新聞にさっと目を通して政治・経済や社会問題、娯楽とか芸術&音楽について自分なりの意見をそれなりに持っていないと本当に会話に参加できなくなって100%ポツンと蚊帳の外の人になってしまいます。

 

その話題について知らなかったら、「それ知らなかったのだけど、どんな内容なの?」と関心を持っている事を示して会話に入る努力をするのもこちらでは大切な事。自意識にとらわれずに自己を持つ、というのは日本にいた頃の私にはできない事でした。

 

私もアメリカに来て間もない頃は自分の意見など考えた事もなく「え!こんな些細な事にも自分の意見を持たなくてはいけないの?」という場面に出くわす事ばかりで、言葉で自分の意見をまとめて相手に伝える事に全くなれていなかった私は、目が点になった地球外生物の様に他の人の目には映っていたに違いありません。

 

日本で育った私は当時、どう自分を消して周囲と波風立てずになんとなくその場をうまく乗り切っていくか、の言い換えれば空気洗浄機や芳香剤みたいなあってもなくても直接は影響のない人の様に振る舞う事に慣れていたのですが、平均寿命がこんなに伸びた日本社会の中で例えその平均年齢まで生きながらえられたとしても、私は多分最後の瞬間、とても「キレの悪い人生」で未練の思いの残る踏ん切りの悪い人生だったと思うかもしれません。

 

習慣とは本当に恐ろしいものでそんな私も今ではどんな事にも意見を持つ口うるさい(?)人間の一丁出来上がりになってしまいました。自分なりの意見を持つ、という事は周囲に起きている事に敏感に、そして自尊心を育てて自分を防御するためのとても大切な訓練なのかもしれません。

 

クローバー

90歳になる叔母を見て、自己を持って、自分の意見を持って人にそれを伝え、シェアし、自分の人生を他人任せにしないでできる限りの範囲で責任感を持って生活をする事は、本人にとっても、また支える周囲にとっても老後を生きるためにもとても大切な心構えなのかな、という印象を強く持ちました。

 

初めに書いた様に、勿論自己決定には孤独が付きまとうけれども、自分の人生の舵取りは最後まで人任せにせずに出来る限り自分でするのが幸せな生と死を生きて迎える鍵なのかもしれません。

 

次の日はもうスウエーデンへの帰国の日だったので、叔母のホームを離れる際に「本当に会えてよかった。そしてとても一緒の時間を過ごせて楽しかった。」と伝えると「今度はあなた達の雪だまを連れてきなさい。私はあの白いふわふわした猫が大好きなのよ。」と。😻

 

そして相方と叔母は別れの抱擁を交わした後、長い間話をしていました。その姿を見て、体力的にも精神的にもとても大変な強行軍だったけれども来て良かった、と思いました。

 

その夜は宿に戻った後、遅く深夜からスーツケースを詰めて朝までぐっすりと眠る事ができました。

 

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5月12日の最終日、宿で朝食をゆっくりととってからレンタカーを返しにダウンタウンへ向かい、そこで相方の両親と落ち合いました。

そこから相方のお父さんの運転する車(言い換えると86歳の方の運転する車🙀)でちょっと離れたバス停留所へ。

 

 

そこはまるで昔見たマリリン・モンロー主演の傑作映画「Bus Stop~ 1956年公開。邦題・バス停留所」のワンシーンの様な場所。

小さなバスの停留所に様々な目的と背景を抱えた人たちが集まって同じバスに乗って同じ目的地に向かってまた散らばって行く停留所。

 

服装も表情も皆様々。

 

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相方のお母さんはバスの外で吸い付く様な眼差しでバスに乗り込んだ私達の姿を追いかけている。心なしかとても細くなったように見える彼女に精一杯手を振る私達。

 

出会いには必ずいつか別れが続くのと同じでこの世に生まれ落ちた瞬間に運命付けられたある一点の別れの時間。出会いの喜びが大きいほど別れの悲しみも大きいのかもしれないけれども、別れの悲しみはまたいつか会える日へのさらなる喜びへとつながるのだと思います。だから、私達がこの世に生まれ落ちていつかこの世を去る時も、それは皆への別れ、サヨナラを言う瞬間かもしれないけれども、またそれは再びいつか会える日までの喜びへの序曲なのかもしれません。

 

🐾

 

バスでボストンに着いて乗り継ぎのニューヨーク行きへの飛行機に乗る前にローガン空港内にあるボストン名物のリーガル・シーフードというレストランでクラブケーキ(カニの身をほぐしてミンチ状にしたものを焼いたもの)とロブスタービスクを食べて腹ごしらえ。ここのロブスタービスクは今まで食べたロブスタービスクの中でダントツに美味しかったです。ドキドキ

 

ボストンに住んでいた頃はちょっとだけ「リーガルシーフードなんて観光客しかいかないよ〜。」と揶揄していたのですが見直しました。そしてクラブケーキもすごく美味しかった。相方も「ここのロブスタービスク、どのレストランで食べるものよりも美味しい!」と感動していました。∩(´∀`)∩ワァイ♪

 

 

その後、ニューヨーク行きの飛行機に乗り込んだ私達ですがアナウンスで急に「理由は分からないけれども離陸の許可が降りません。乗り継ぎでお急ぎの方、もし今のうちこの飛行機を降りて他の飛行機を再手配したい人は今のうちに降りてもらって結構です。」というアナウンス。

 

私達のニューヨークでのストックホルム行きの飛行機の乗り継ぎ時間は元々40分くらいしかない。内心もうだめだ、と諦めていたところやっと離陸してニューヨークに着いた時には搭乗終了手続きまで20分を既に切っていた。「もう諦める?」とも思ったけれども翌朝、相方はブタペストへの出張があるので、ストックホルムへの直行便に乗るためにできるだけの事をしよう、と走って走って本当にゲートが閉まる数秒前の滑り込みセーフ!あせる

 

ストックホルムに着いて「多分、というか絶対、荷物は間に合わなかったよね。」と期待せずに荷物受け取りのコンベア前で待っていると一番最初になんと私達の荷物が出てきました。びっくり

 

未だに一体どうやって間に合ったか謎です。

 

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荷物は乗り継ぎ時間の短さから絶対に無理だろう、と思っていたらストックホルムまで一緒に乗り継ぎ成功でした!

 

アパートに戻りドアを開けるとやっぱり眠気まなこの雪だまが思い切り奥の部屋から私達のいる玄関めがけてジェット機の様に勢いよく駆けて寄ってきました。

 

 

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「ただいま」

 

と頭に手を優しく乗せて撫でてあげると眠そうな目を私達にむけてお行儀よく

 

「おかえりなさい」

 

とでも言うように姿勢を正して私達を出迎えてくれました。にゃー

 

 

 

私達はこうやって生きている間、様々な空間を結んで色々な人達と結びつき合って絆を緩めたりきつく縛りなおしたりを繰り返して毎日を生きています。そしてそれはペットも同じこと。

 

5・9 から5・13までの本当に短い旅だったけれども互いの思いを手繰り寄せてそしてまた元いた場所に戻る貴重な時間でした。

 

 

 

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雪だま君、お留守番本当にご苦労様。オッドアイ猫音譜

 

 

 

 

 

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