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5月27日の今日のストックホルムは気温がなんと26度まで上がって、春を飛び越えて一気に冬から夏になった街中全体が抑えきれない様な浮き浮きとした喜びで湧き上がっています。

 

 

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10日ほど前まで芽も出ていなかった様なマロニエの大木も一気に葉と花を空に向けて思い切り咲かせて

 

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固く閉じていた木蓮の花々も花びらを一気に開かせて一瞬の春を謳歌。

 
今年の北欧は真冬の様な気候が5月に入っても依然として続いて、毎日氷点下の気温。

日照時間ばかりが伸びて今は夜の9時になってもまだ外は明るいのですが(日の出は朝の4時&日の入りは夜の9時半)、アパートにはつい先日まで暖房が入っていました。❄️❄️❄️

 

 

 

猫の雪だまが昨年末に我が家に来てからは、なるべく暫くは子猫にとって変化の少ない環境で育てて落ち着くまでは旅行は控えよう、ともう一つのパリの自宅のアパートにも日本への一時帰国もせずにストックホルムにずっと根を張っていたのですが、今年の冬と春は本当にこのスウエーデン基準でもひどく憎らしいほど冬らしい長すぎる冬、と言えるものでした。

 

image ⬅️雪だまも春の訪れにキッチンの床でバレーダンサーの如くに喜びのダンシング中。爆笑

 

 

そういう中で4月の中旬、相方のご両親が遠路はるばるアメリカのメイン州にあるポートランドから私達に会いにストックホルムへ遊びに訪れました。

 

相方の両親は二人共アメリカのアイビー・リーグの一つのH大学で教授職にあっていて父親は中近東の宗教学を専門(86歳になった今も大学に研究室もって院生の指導に当たっています。)で母親の方は日本文学を教えていてとてもアカデミックなので、私の最も得意とする分野のサブ・カルチャーやゴシップネタは暫くの間、完全封印。(実はこれが一番苦しかった。)あせる

 

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感動の飛行場での対面。

 

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左上:飛行場から電車に乗って中央駅に向かっている車中でお義母さんからアメリカ土産(?)のリサラーソンの猫のヴィンテージのお土産を手渡されて喜びを押さえきれない私の指。

右上:雪だまと初対面の相方の両親。雪だまは「フニャフニャ?誰だニャ〜?」のほんのちょっとの戸惑い気味。長い尻尾がはみ出てる。

 

 

二人共高齢だけどとても好奇心が旺盛で健脚の持ち主なので、ストックホルムのいろいろな場所を案内しようと考えていていたのですが、やはり4月の中旬と言えどもここストックホルムは氷点下5度まで気温が下がり、とてもではないけれど街中を30分以上続けて外にいるのは二人にはきつ過ぎると判断して、家でスパゲッティを作ったり、相方の作るパンケーキにメイン州からのお土産のメープルシロップをたっぷりかけてコーヒーと紅茶と一緒に食べながら談笑したり、と言った比較的落ち着いた日程を過ごしてもらいました。

 

 

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猫しっぽこ〜んな感じで猫からだみんなで談笑中も猫からだ雪だまはマイペース猫あたま

 

 

相方のお母さんは偶然にも私の母と同じ年齢。二人共とても仲が良くて、相方の母親は私の母を本当の妹の様に思ってくれています。私の母はアメリカ生活も経験しているのですが英語は大の苦手なので、日本語のペラペラな相方の母親が日本語で私の母と会話やメールのやり取りをしています。

 

相方のお母さんは何故か、私との会話では日本語ではなく必ず英語になるのはとても面白いのですが、息子である相方には話さない様な事柄でも私と二人きりになるとプライベートな事も含めていろいろと話してくれるちょっとたまに一方的過ぎるところも時折あるけれど理知的でとても行動的な人です。

 

 

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丁度、桜の花も満開でしたが気温はほとんど氷点下。

 

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北方民族博物館(Nordiska Museet)にもちょっと足を伸ばして⬇️の写真の一階ホール正面にあるスウエーデンを独立に導いたグスタフ・ヴァーサ王の樫の木の彫像。私はとても勇気を与えてくれるこの像が大好きです。

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(特に後ろ姿がかわいい。ある意味元祖ユルキャラヒーローなのかもしれません。)

 

 

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しかし、この可愛らしいウサギさんのランプに目が釘付けになって、相方のお母さんの分と勿論自分の分も二つこのランプを購入しました。彼女も大喜びで「今回の旅行で一番の宝物」、と言っていました。

 

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⬆️自分の兄弟の様な白ウサギの姿のランプに、後ろからちょっと控えめにちょっかい出しています。照れ

 

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⬆️古今東西やはり母と息子の間には誰にも入れない濃い絆があって思わず二人の後ろ姿を激写。カメラキラキラ

 

 

私達とのストックホルムでの1週間の滞在の後、彼らは相方の父親の親戚の住むアムステルダムへと向かい、そしてそこからアメリカへと戻りました。

 

 

 

 

ストックホルムから飛行場に向かう間、相方の母親が時折見せる何か後ろ髪引かれる様なそんな遣る瀬無さを相方はまるっきり感じ取る事なく、相方とは真逆に感情の機微に過敏な私は痛いほど彼女から最愛の息子と離れる切ない感情を感じ取りました。

 

飛行場へ向かう電車の中でも

「今度はいつ会えるの?今年の夏休みの予定は?アメリカに来る予定はあるの?」ともう次に会えるチャンスを探っている。母の子供を思う想いは古今東西、今も昔も皆同じです。(笑)

 

相方の母親もやはり頼り甲斐のある長男の相方に少しでも近くにいて欲しい、という気持ちが年々と強くなってきているのだと思う。(アメリカと言えども相方の元家系は元々350年間ずっとバージニアに根があるので家族(家父長)制度の傾向はどちらかといえば南部のものでかなり保守的です。)

 

彼らがアメリカに無事に着いたニュースを聞き、私達も日常のペースが生活の中に戻ってホッと一息。🐵

 

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⬆️私のホッと一息、大役を果たした安堵感の心象風景。

 

 

相方の両親がアメリカに戻った後、やはり四六時中神経の張り詰めた相方の両親との毎日の緊張感は並々ならぬものがあったらしく、頭の芯から足のつま先まで鉛になったかの様な重みと疲労感が一気に押し寄せてきて、遠くからはるばると来て貰える喜びもあるもののこのアテンドした後に感じる圧倒的な疲れはなんともしがたい。

 

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ガムラスタンで見かけた疲れはててグッタリしている私の様な感じの人を労る様に見える街中の銅像。

 

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翌朝、相方と朝食をとっている時に常日頃から感じているスウエーデンでの疑問を興味本位に聴いてみました。🐒

 

「スウエーデンにいて狭い道を歩いてて道を譲ってもらったり店のドアを開けて待っててもらった事ってある?どうもここでは譲り合いの精神とか日常生活の中で滅多に見かけない様な気がするんだけど。」

 

相方曰く:「確かに譲り合いとか滅多にしないよね。」

 

私:「スウエーデンの毎日の生活の中であまりあからさまにすごく嫌な思いもしないけど、どうも人から思いがけずに親切にされたりとか助けてもらったり、という経験がないのだけど、ここの国ではあまり他人に親切に優しく、という"kindness"っていう心持ちないと思わない?」

 

相方:「ほらでも、男女平等の推進やゲイやマイノリティの人権に対してもパイオニアだし、男性も女性同様子育てとか進んでしてるじゃない。移民政策についてもすごく積極的だし。」

 

私:「でもそれは"fairness〜公平"とか "equality〜均等"の問題だけど "kindness"じゃないよね〜。皆小さい時から公平で対等であるべき、って教え込まれているけれども、情の深さに欠けるというか親切心をもって互いに接っする、というのはあまり見かけないからやっぱりこれってとてもスウエーデン的な事なのかな〜。」

 

相方「なるほど〜。」

 

🐝

 

🙈先日、近所のスーパーでいつもの様に買い物をしている時、果物売り場のコーナーで80代位の杖をついた老人が細かく震えるか細い指先で何分もかけて一生懸命に巻かれたビニール袋をとってぴったりと閉じた薄い袋を開けようとしていました。

 

私はその男性に「ちょっといいですか?」と果物を入れる乾いた薄いビニール袋を親指と人差し指の両指で挟んでクニュクニュっと開けてあげたら彼は乾いて薄くなったしわくちゃになったまぶたの奥の方の細くなった目の隙間から、彼のものすごく思いがけない生気溢れた喜びに満ち満ちたビームが放たれていました。

 

ここでは老人も女性もマイノリティも平等であるという建前から誰もが出来る限りの自立の精神を求められて、日本と異なって老人も「いたわる」という対象にはなりえないのかもしれません。

 

🙉そしてスウエーデンでは後から入ってくる次の人のためにドアを支えてあげる、というマナーはない(と言っても過言ではないと思います)。次の人のためにドアを支えているとかえってビックリされてしまう事の方が多いくらいです。そして細い歩道を歩いていてもこちら側に向かって歩いてくる歩行者が道を譲る様な素振りを見せる事は最後までなく、特に女性はまるで誰も存在しないかの様にズカズカとこちらにぶつかる勢いで歩いてくる人がとても多い。でも悪気は全くない。(←これがこの国の人、全般に言える特徴かもしれません。)

 

だからこれはちょっと誤解を招く言い方になってしまうのだけれども私は公平で平等な社会はあるべき社会の一つの姿だけど、思いがけない人間的な優しさ(または情)とか親切さはこの国ではどうしても希薄になりがちになる様な気もしています。

 

🙊ここでは女性でも大きな重い荷物を平然とヨイショっと担いで雄々しく街中を歩くのも普通の光景だったりします。おしゃれなこざっぱりとした服装で大工道具屋さんから何やら自分の背丈と同じくらいの大きなの物を運んで出てくる若い女性を見かけるのもそう珍しい事ではありません。

 

勿論、デートの食事も基本割り勘。女性が何かをやりたかったら女性だからと言う理由で誰もそれを阻止しないし、それは本当にすごい事だと思う。道路や建設工事の現場に作業着を来て埃にまみれてメキメキと働く女性も本当に多い。ゴミの収集車の作業員として、警官としても若い女性がたくさん働いていて、日本みたいに婦人警官が着る女性用のあの独特なユニフォームもない。ユニセックス、SEX・FREEなのである。だから女性は滅多にスカートをはかない。

 

びっくり 私の思春期の中学生の頃、深夜番組に11PMというちょっとエッチでドキドキする様な親に隠れて見ないと〜、という番組がありました。

 

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蚤の市で見つけた70年代のプレイボーイの表紙。今見るととってもクラッシックで美しい。

 

たまにその番組で”セックス・フリーの国、スウエーデンの最新事情!!”という特集を定期的にやっていて新聞のテレビの番組欄を見ながら「うっわ〜!スウエーデンってすごいエッチな国なんだ〜。こわ〜い。🙀」と思っていたのですが、これは本来、「SEX ・FREE=性別の区別のない平等」をうたった言葉だったのですね。

 

何故かほんの少しがっかり。昭和世代で私の様にそう思っていた人達、意外と多いのではないでしょうか。爆笑

 

 

だから人としてこの国では日々の生活での余計な心配事に思い煩わされずにとても生きやすい。ただ、唯一、私はこの国にもう少し親切さ〜kindness と優しさの情(tendernes)があればな〜、というのがスウエーデン生活3年目になっての気持ちです。

 

閑話休題〜🌷

 

 

ここからがやっと今回のお話。

 

相方の両親がアメリカに戻って数日後、いつも一日の中に計画をたくさん入れて朝から晩まで忙しくしている相方の母親は車で運転している最中、うっかり前の車に大衝突。💥 

幸い怪我人は誰も出なかったのですが、車は大破してしまい私達もびっくり。

 

それと同時に、相方の家族にとっては唯一父方の親戚の中で存命中の90歳になる叔母さんが歩行中バランスを崩して二度も立て続けに倒れて、医者からもうこの先残された時間は短い、と言われ突然の事に相方の家族皆パニックに陥ってしまった。

 

 

 

相方の母親には事故による後遺症は全くなくそれは不幸中の幸いでしたが、相方の家族中が軸の壊れた時計の頼りなげな振り子の様に右へ左へと翻弄されているのを私も痛いほどに感じていました。

 

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私は今のトランプ政権下のアメリカには出来るだけ近づきたくないという気持ちがとても強くあります。アメリカの飛行場を降りてパスポートコントロールのイミグレも個人的にとても恐怖心が先立ちます。何も悪い事などしていなくても、あの外国人(非アメリカ人)に対する高圧的なイミグレの審査員の態度と異常なほどの緊張感と圧迫感が「無理してまで今のアメリカに行かなくてもな〜」と私を躊躇させてしまいます。

 

 

 

暫く考えた後、私は相方に

「多分、あなたの家族は今あなたをとても必要としていると思う。90歳になる伯母さんもあなたが来る事を知ったら絶対に気持ちが強くなって気持ちも安定すると思うから今行った方がいいと思うなら行った方がいいと思う。」と伝えました。

 

相方は医者なので色々と皆には分からない医学的な専門的な事も、そして伯母の専門医との連絡もスムースに運んで家族全体のストレスが軽減されると思ったから。

 

ここまでは良かったのだけど、その後上目遣いに相方が

 

「君も来てくる?」とポツリ一言。

 

 

 

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ここまでは想定していませんでした。

実のところを言うと、先日まで付きっきりで一緒だった相方の両親にまたまた会うのはちょっとな〜という思いもあったり、そして今のアメリカにはどうしても自分からは行きたくない。勿論、飼い猫の雪だまをストックホルムのアパートに残して行くのも不安感が先立って気が進まない。

 

image ⬅️隣のトトロのオルゴールで無邪気に遊ぶまだ事情をよく飲み込めていない雪だま。

 

 

でも相方の伯母の年齢を考えると今会っておかないと人として後々とても後悔するだろうし、会っておけるうちに会っておかないと取り返しのつかない事になるのはとても良くわかっている事だったので、「えいや!!」と後ろ向きな感情を切り離して心を思い切り奮い起こして行くことにしました。アップ

 

 

5・9の早朝にストックホルムを出発して5・10から5・12までのメイン州のポートランドへ滞在。

 

3日間だけの文字どおりのトンボ帰り。

 

相方はその後5・14から1週間ブタペストへ出張。

 

 

 

相方はすかさず、「妹夫婦の家のところにいつも通りお世話になろうと思うんだけど」と何気なく私の隙をつくかの様に不意に聞くのだけれども、私はそれではもう身体が持たない!とばかりに、

 

「ちょっと待って。あなたの親戚のためにこの強行軍を決行するというのに、ストックホルムからメイン州までの長旅の後にあなたの妹さん家族の家に居候?落ち着かないいつも誰かがいる雑多とした中で私は疲れた気持ちと身体が安まらないと思う。滞在中は近くに宿を取りましょう。それがみんなにとっても一番いいと思う。」と知らず知らずのうちに声のピッチも上昇中。💥💥

 

ここはちゃんと主張して自己犠牲はなるべく極力払わない様にきっぱりとノーを言うことにする。

 

 

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以前にも書いた様にアメリカ人の場合特にそうなのですが、人のために自分が犠牲を払う(相手の希望を優先する)という事が初めからからきし頭にない文化の人達には、大人の態度を決めてノーを言わずに相手のいう事を鵜呑みにしているとちょっとズルい相手(暗に相方の事でしょうか?てへぺろ)はどんどんと自分のしたい事だけをあたかもこちらのためにしたかの様に、自分にとって都合の良い様に見事にストーリーを作り変えていくので、こちらも自意識にとらわれずに罪の意識にあまり捕われる事無くほんの少しアッケラカンとニッコリしながら

 

「ノー。それは私には無理です。その代わりこうしましょう!」

 

といった風に具体的に自分の案を提案した方が相手にもちゃんと認められる様になるのです。(ふ〜、疲れる。)

 

この時の私の「ノー」の決断が後々、この強行軍を決行してもなんとか自分を持ちこたえるのにどんなにか役立ったか分からないほどだったのはまた後ほど。😉

 

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私達は会うのは今度が最後になるかもしれない伯母さんの元へと、早朝「行かないでニャ〜」と夢うつつの眠気まなこで鳴く雪だまをアパートの玄関に残して、母親と伯母を心配する相方の思いと漠然とした不安感をこれから向かう土地に抱く私の思いを乗せて一路アメリカへと飛び立ちました。

 

 

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後編(2/2)へと続きます。

 

 

 

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ちょっと不機嫌な雪だま。

すぐ帰って来るからご飯もちゃんと食べて待っててね。オッドアイ猫クローバー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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