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ウプサラに着いて初日、興味津々でアパートの窓から外の景色を見入るシンシンの後ろ姿。今から三年前。

 

北回帰線よりもずっとヨーロッパの端っこの北に位置するスウェーデンでの暗闇に閉ざされた深く沈み込む様に長い冬と、一日中明るく照らされる太陽のほとんど沈まない青く透明な空に吸い込まれる様に短い夏を二回通り抜けて、今また冬の暗闇の後の加速度的な速さで太陽が街に戻ってくる4月のストックホルム。あと数日でここでの生活に終止符を打ちます。

 

おせっかいな人達のいない、他人に干渉されないここでの生活は静かで清廉なものでしたが、私にとっては静寂の中での「孤」の意識との戦いの連続の日々だった様に思います。

 

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それはやはりここでの自然環境の厳しさの面もあるけれども、「あまりに遠すぎる両親の住む日本との地理的な距離。」、「自分の意志で選んだ土地ではなく、相方の仕事の都合で移った土地にも関わらず、頻繁な出張で海外を飛び回って始終スウエーデンにいない相方 vs. ずっとスウエーデンに残って日々の生活を&日常を生きる私、の間の感覚的なギャップ。」、また「スウエーデンの人々の気質(物事に固執しない。淡白。感情よりも合理性を優先。自分の意見・本音は極力避ける集団性の高さ。意外とゴシップ好き。他人にはお隣さん同士であっても必要以上にシャイ。などなど)に対して私の感じる生理的な物足りなさ。」などもあって、スウエーデン人の家族や親族のいないルーツを北欧に持たない私にとっては居場所の見つけづらいスウエーデンでの生活だったのかもしれません。

 

 

     

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先日、友人夫妻と久しぶりにアジアン・フュージョンのBerns Asiatiska というカクテルバー兼レストランで合流しました。彼女の夫はカロリンスカ研究所の科学者でノーベル選考会員にもなっていて、ノーベル賞関連の色々な裏話も聞かせてくれるとても素敵な男性です。そして彼女は香港出身ですがオーストラリアに子供の頃両親と共に移住して科学者になり、彼との結婚を機に20年ほど前にスウエーデンにやって来た果敢な気風溢れる利発な女性です。そして今はフランクフルトにある会社に転職して夫の住むストックホルムとフランクフルトの間を行ったり来たりという生活スタイルをとっています。

      image 彼は学会の発表で行ったシカゴでの話しや論文の話し、そして彼女はフランクフルトという新しい環境で感じるドイツ人の集中力、仕事のやり方、国民性の違いなどなどとても情熱的に語っていましたが、一番盛り上がった話題はトランプ大統領と元ガールフレンドのストーミー・ダニエルズさん、そして彼女のやり手でかっこいい弁護士のマイケル・アベナッティ氏の話し。😊 

 

  ⬅️マイケル・アベナッティ氏、とってもカッコいい!!ラブラブ

 

 

 

スキャンダルのダムの貯水湖の様なトランプと戦って、そして戦い方を知っていてダムの壁に穴を開ける事が出来るのはダーティーでイノセントさとは全く無縁の世界で花咲くポルノ女優の彼女の様なタフな女性しかいないのでは、と言う事でみんな一致。彼女のタフさと執拗さはトランプ級。そして彼女が新しく雇ったこのマイケル氏はカッコいい上にすごく頭の切れる弁護士でやわじゃない。ここまで落ちる所まで落ちたアメリカはこれから上に上がって行くしかないところまで落ちてしまったから、反撃はこれから。トランプ帝国はこれから次から次へと降って来る矢の中で最後の最後まで恥も外聞もなく全精力をかけて見苦しく抵抗して、ありとあらゆる周囲の人達を無慈悲に巻き込んでトランプタワーと一緒に怪獣映画の如くに沈んで行くのだと思いますが、アメリカ民主主義のシステムの限界と終焉を見る思いです。今日のアメリカを救うのはポルノ女優というところに今のアメリカがあります。そして私はこの女性、すごいと思う。

 

 

閑話休題 🐳

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彼女達と話しをしていてふと気付いたのは、私達の親しい友人達はみんなが不思議にエトランゼという事でした。何故か皆、自分の意志で祖国を離れて違った環境の国で生きている人達。ある意味、何度も人生の中で自分を根こそぎにして住む場所、住む国、仕事を変えて来た人達。

 

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不思議なもので人間もゼラニュームの鉢植えに似て、狭い鉢の中で古い土を抱えながら根がいっぱいに張った状態から一気に引き抜いて、古い根を剪定ばさみで切り取って新しい酸素のいっぱい通った腐葉土ときゅっと締まった黒土に植え替える様に、新しい環境で再び生き返るのだと思います。変化を怖れて立ち止まる事は一見、一番安定していそうに見えるのだけれども、安定こそがこの世の一番の幻想だとしたらそこに留まるよりも、ちょっと怖いけれども変化の中に思い切って飛び込んでしまえばもう後はもがいて前に進んでいくしかない。そしてその先には世間では失敗と言われようが一個人としての確固たる成功の思いがあればそれで良いのだと思います。世間の評判ほど人を退屈な存在にするものは他に無いと思います。

 

 

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スウエーデンで一番頻繁に会う友人の一人はオーストリア出身で将来はスイスへの移住を考えてる。もちろん、先日登場したロッピスさんはアフリカでの青年海外協力隊での経験を経て長年のロンドン生活後、スウエーデンに結婚を機に移っているし、パリでの友人達もカナダやアルジェリア、アメリカ出身者などがとても多い。こう言うと語弊があるかもしれないけれども、一つの国でずっと同じ文化圏の中で生きている人達と全く違った経験をくぐり抜けて、そして祖国の人達からはどうしても「外の人」と潜在的に除外され揶揄される一抹の哀しさ、寂しさも知っていると同時に一つの文化の中では規定されない内なるユニークさが、又は連帯感が私達を結びつけるのかもしれません。

 

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えっ?そうニャの??びっくり

 

そういう「孤」の環境の中にいて、家族、の大切さは一層身にしみます。そして私にとっての家族は血のつながりにがんじがらめにならないもっと精神的なものだと思っています。

 

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う〜ん。

 

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難しい話は良く分からニャいから寝るか。にゃーぐぅぐぅ

 

勿論、血のつながりでDNAを通じての無条件に感じ束縛される家族の血族としての意識もあるけれども、自分の国を離れて違う環境の中に身を沈めて生きる私にとって、家族に対する意識は少しづつ変わってきた様に思います。

 

そんな中で不妊治療、という概念が日本ほど深刻でしんどく切羽詰まって感じる国は他に少ない様に思います。ブログでも様々な記事でも不妊治療自体がテーマになって私達の目にひっきりなしに飛び込んできます。その反面、養子、という選択の記事はほとんど目にしません。スウエーデンでもアメリカでも、パリでも本当に多くのアフリカやロシア、中国からの養子の子供達を見かけますし、私のシンガポール時代からの友人のドイツ人夫妻もアフリカから女の子を養子に迎え入れ、今年満3歳になりました。とても可愛らしい。そして私も近い将来、真剣にその可能性について考える日が来る様に思います。

 

 

3年前の8月にパリからスウエーデンのウプサラという地方の大学街に移り住んだ私達。そこに住んだのは最初の一年間だけだったのですが、スウエーデンの様々な事を好奇心をもって学んだのはウプサラの街と人々からでした。

 

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ウプサラのアパートに着いた初日。

 

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そしてベランダでランチ。懐かしい思い出です。

 

そして私にとってのウプサラは、シンガポールで出会って一緒に世界を旅してきた猫のシンシンと「さようなら」をした街。

 

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今でもシンシンの事を思う時、それはウプサラのアパートで過ごした日々の事です。最後の最後までお行儀の良く、そして人を信じる事を失わない心を持ったシンシンは私にとってのソウルメイトでした。今でもシンシンは私の心の中で一緒にいる様に思います。

 

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シンシンがいたから、ウプサラでの日々を乗り切れて、そしてストックホルムで今のシンシンの弟分の雪だまに出会えた様に思います。

 

 

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こんにちは。そして、さようなら。

 

 

また次の街で。

 

 

 
 
 
 
その日までしばらく間、さようならです。
 
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ありがとう。