AT POMONA COLLEGE

LA郊外のリベラルアーツカレッジでの大学生活


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初めまして!
今年の秋からPomona Collegeに進学することになりましたきららと申します!


アメリカの大学に進学しようと決意した高2の秋から愛読していたこのブログに自分が投稿する日が来るとは夢にも思っていなかったです。本当に幸せです。


私は小2から小6まで4年間半テキサスに住んだ後、日本の中高に通いました。本格的にアメリカ大学進学を考え始めたのは高2の秋頃でしたが、ずっと漠然ともう一度アメリカで勉強したいと密かに思っていた気がします。


ポモナに対する気持ちが強すぎてか、いつポモナへの進学を志望するようになったか・何がきっかけでポモナに通いたいと思うようになったかはピンポイントで答えることは難しいですが、志望理由は大きく3つあった気がします。

一つ目はリベラルアーツ大学であったという点です。小学生時代にアメリカに住んでいたことがあったものの、アメリカの大学で「ちゃんと一緒にいて落ち着ける友達ができるかな」「相談に乗ってくれる人はいるかな」など、受験期から心配でした。総合大学かリベラルアーツ大学についてはかなり悩みましたが(今後の投稿で紹介させていただきたいと思っています!)、最終的に至ったのは何万人も生徒がいる総合大学よりも、2000人規模のこじんまりとした環境に身を置きたいという気持ちでした。

二つ目はカリフォルニアという、どの分野においても常に先駆的である州に立地していることです。そもそも私がアメリカの大学進学を志望した理由として大きかったのが環境問題について包括的に学びたいという思いでした。カリフォルニアは環境問題に対して、技術面においても政策面においても、世界の先駆者的な存在として新しいことをしてきました。自分が特に関心のあるエネルギーミックスについて考えるにあたって、最先端なものを自分の目で見ながら勉強したいと思ったのです。

三つ目は在学中の先輩方がとても手厚くサポートしてくださったという点です。これが最大な決め手だったと思います。大学生活についての質問に丁寧に回答していただいただけでなく、エッセイドラフトも読んで頂いたりと、Sagehen(ポモナのマスコットです(笑))になる前からものすごく応援して頂いている気がして、そのような先輩の後輩になりたいと切実に思うばかりでした。


ふう、長かったですね!ここまで読んで頂きありがとうございます(もう少しあります(笑))

高校を卒業してからは、春学期だけ日本の大学に通い、いわゆる「人生の夏休み」的な日本の大学生生活を満喫しました。出願書類提出期限の12月末ギリギリまでエッセイの書き直しをし、その2週間後にセンター試験・私立大学の一般入試が続き、時間の管理に悩み大変でしたが、日本の大学生活を経験できた今、日米併願をしてよかったなと心から思います。また、日本の大学に1学期通い、改めて自分はアメリカの大学で勉強したいという気持ちが強まりました。たくさんの友達ができ、新しいコミュニティもできてものすごく楽しかったものの、学業面についてはなかなか自分の納得のいく勉強ができなかったというのが正直なところです。アメリカの大学では3つか4つの授業を履修し、かなり集中的にするのに比べて、日本の大学の場合は語学を除いて週に1回しかないため深く勉強するのが難しいです(これについても今後の投稿で取り上げていきたいです!)


最後に!受験期のみならず、進学が決まった後も、どんな質問にも丁寧に答えてくださり、「いつでも相談にのるよ」と言って下さる先輩方、本当にありがとうございます&これからもお世話になります!先輩方が誇れる後輩になれるよう、あかりと精一杯頑張っていきます!


渡米前からすでに日本語が下手な私でありますが、ブログを通して少しでもポモナについて知ってもらうまたはアメリカの大学進学を考えるきっかけとなってもらえれば幸いです!


これから宜しくお願いします!


きらら



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はじめまして!
今秋からPomona Collegeに通うことになったあかりです。


最初に少し自己紹介をしたいと思います!

私はアメリカに1年半、イギリスに3年半滞在していた帰国生です。小6にイギリスから帰ってきた後に、ポモナの大先輩であるためさんとゆきさんと同じ中学・高校に通っていました。部活は中学高校共に水泳部。水泳は5歳から高校で引退するまで、ずっと続けていました。最近は泳いでませんが、カリフォルニアのおひさまの下で泳ぐのが楽しみです。


私がポモナを目指した理由であったり、ここまでの道の詳しいことはまたの投稿でゆっくりお話できたらなと思ってますが、ポモナは私のいわゆる “Dream College” でした。出願時にはポモナ以外考えられなくなってしまったくらいポモナに行きたくて、今こうやってポモナのブログになにを書くかを考えていることが本当に幸せです。


なんでこんなにポモナに行きたいと思うようになったのか。

簡単に言うと直感でした。

大切だとわかっていながらも、大学調べを徹底的にしたわけでもなく、大学訪問をする機会もない。まだまだ学びたいこと・将来やりたいことが決まっていなくて、『〜学が強いところ』といった探し方もできない。小規模で人と人の距離が近く、面倒見も良さそうなLiberal Arts Collegeがいいと思っていたことくらいでしょうか。あと、私は寒さでメンタルまでやられてしまうので、天候が良いカリフォルニアがいいとも思ってたことくらいです。こんな曖昧な条件ばかりしかなかった私に心からポモナに行きたい!と思わせてくれたのが、他の誰でもないポモナの先輩方でした。先日卒業してしまったばかりのためさんとゆきさんを始めとして、はるかさんや矢野奈々子さん。ポモナの先輩方は皆本当に親切なんです。そんな先輩方から、ポモナがいかに心の温かい人で溢れているかが伝わってきて、いつしかポモナに一直線になっていました。ポモナに感覚的に惹かれ始めてからも、調べれば調べるほどポモナには魅力があって、そんなこんなでここまでたどり着くことができました!



今はあと2週間を切ってしまった日本での生活を存分に楽しんでいます。アメリカに行くこと、ポモナで学ぶことはとっても楽しみだけれど、やっぱり日本にいる家族や友達と離れるのはすごくさみしいです。

それでも!つい最近、OA (Orientation Adventure:新入生の親睦を深めるためのキャンプ)が幾つか種類がある中でBeachに決まったり、部屋が希望通り1人部屋になり、FacebookでSponsor Groupのグループに招待されたりと少しずつポモナでの生活も思い描けるようになってきました。その上、夏休み中にはるかさんやためさんにお会いしたり、きららと初対面から数週間にして仲良くなれたりで、ポモナでの生活がどんどん楽しみになっています。

まだ始めてさえいませんが、荷造りも頑張ります!



予定していたよりも長くなってしまいましたが、4月に初めてポモナを訪問した時に撮った写真で初めての投稿を締めたいと思います。



やっぱりポモナのキャンパスはとても綺麗ですね。



文章も得意じゃないし、まめでもないので、ブログに関しては不安でいっぱいですが、先輩方が始めてくださったものを引き継いでいけるように頑張ります。

少しでも、私たちが海外大学・ポモナでの生活の様子を伝えることで、私自身が助けられたように後輩をサポートできたり、私を受験期に支えてくれ、これからの留学を応援してくれている家族や友達、先輩や先生方にも私が頑張っている姿を見せられたらなと思っています。

これからよろしくお願いします!!

あかり





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しばらくご無沙汰しております!
実はこの2週間、日本に帰国してきているのですが、昨晩、
今年ポモナに入学するあかりちゃんときららちゃんに会ってきました♡

ポモナでの生活を楽しみにしてくれているようで、笑顔がキラキラしていて、これから3年生になるおばさん(私)は、たくさん元気をもらってきました。ありがとう!

ふたりともこのブログに参加してくれる予定なので、第一回目の投稿をお楽しみに(^^)ノ
きっとサビていないピカピカな日本語で、ポモナについて新鮮な目線から書いてくれることと思います。
私は、ためさんゆきさんが卒業してしまったなか、一緒に和食を食べてくれたり日本語で語ってくれたりするかわいい後輩ちゃんができて最高に幸せです。8月にカリフォルニアで再会するのが今からワクワクです。

ということで、今回は短い投稿なのですが、
ブログを読んでくれているという日本の幼なじみに、たまには短めの投稿もいいんじゃないの(=いつも長いよ)とアドバイスを受けたので笑、
こんな感じで以上です!

私の夏休みが終わりつつあるなか、日本はこれからが夏本番のようですが、みなさん楽しくお過ごしください♪

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みなさんこんにちは!ななこです。前回の更新からすっかり時間が経ってしまいました。国際基督教大学からポモナに交換留学をし、無事に?一年間の留学生活を終えて日本に帰ってきました。

交換留学を、そしてポモナを交換留学先に選ぶことを、決意する後押しをしてくれたと言っても過言ではないこのブログに、僭越ながら私も記事を書かせてもらえることになり(投稿は不定期でしたが…申し訳ありません!)長いようであっという間の一年間、その時その時、私が考えていたことや、感じていた喜び、やるせなさ、憤り、みたいなものを拙い文章で綴ってきました。当たり前のことではありますが、私は本物のポモナの学生ではないので(この一年間は図々しくも、自分はポモナの学生になりきってました。笑 そう勘違いさせてくれるほど私をとけこませてくれた環境と人々に、心の底から感謝です。)おそらくこれで最後の投稿になります。というわけで、物事を考えすぎるのが(多分)良いところでもあり悪い癖でもある私、このブログの最後の投稿に何を書いたものかとずっと悩んでここまで来てしまったわけです。(期末は5月13日に終わり、その後10日間ほどアメリカを旅行した後、実は日本には先月末には帰ってきていました。)

正規の学生ではない、交換留学生ならではのポモナでの体験か、それともそもそもポモナに限らず、一年間という長い間、アメリカという国で暮らしてみた感想、とか書いてみようかなあと思ったり、ポモナってこんなにいいところだよ!という宣伝をしようかなあと思ったり。かと思えば、この一年間は(この一年間に限らずですが)、本当に人に恵まれた一年だったので、ひたすらいろんな人に感謝の気持ちを綴る回にしようかなあと思ったり。いろいろと考えたのですが、曲がりなりにも言語学メジャーということで、この1年の間に私が異国の地で、自分の言葉ではない言語を使って生活する中で ことば について私なりに考えたこと、というか悩んだこと、を書きたいと思います。ただ、これから書く内容は科学的根拠や私が言語学でこれまで学んだことに基づくものではないので(ないのかい!笑)ご了承ください。私の勝手な考察です。

この一年間、私はポモナカレッジで、本当に夢のような時間を過ごさせてもらいました。毎日、信じられないくらい熱心な教授たちにから様々なことを教わり、常に刺激をくれる、驚くほど頭のキレる友人たちと寝食をともにしながら学び、遊び、人生について語り(?)。これからの私の人生を、今はまだわからないけれど、あとで振り返った時に、おそらく大きく変えることになる一年だったのではないかな、と思います。ということで、日本に帰ってきてから、ものすごーく簡潔にこの一年間の感想を人に伝えるときには、「良い一年だった、楽しかった」と言うのですが、もちろん一介の日本の大学生が、アメリカでもトップクラスのリベラルアーツカレッジにポンっと飛び込んで、ただただ楽しい一年を過ごしたわけがありません。というか8割がた、日々のリーディングやら途絶えることなく迫ってくるエッセイやらペーパーやらに泣いたりわめいたりしていた気がします。でも、実は本当に一番苦しかったのは、授業ではありませんでした。このブログの私の第一回目の投稿を読んでいただくとわかりますが、ポモナでの生活を始めた当初、私はこんなことを書いていました。

“何が今一番苦しいかというと、自分の考えていること、感じていることを正確に自分の言葉で表せないことがつらい。少ない語彙の中だけでやりとりしていると、だんだん自分の感情や思考がその語彙の中だけで収まるような単純なものになっていっているような感覚に陥ってきます….今の私の考えや心ががさつになっているとは思いたくないですが、少なくともものすごくうすっぺらなものになっている気はします。本当はそうではないのに。それが話している相手に伝えられないのが苦しいです。まるで感情や思考をもたない生き物になってしまった気分です。英語でなんとか伝えようとしても、言葉と自分が隔離しているように感じてしまって、自分でも本当は何を感じているのかわからなくなってしまったり。あとは、これはもう被害妄想の域に入っていますが、自分の今まで学んできたこと、経験してきたこと、感じてきたことが、言語のせいで通じないというだけで周りの人に全否定されているように感じてしまったり。”

言葉と自分が隔離しているように感じる。これは、一年間ずっと私を悩ませ続けた感覚でしたし、これからもまだまだ悩むんだろうなあと思います。私は、高校に入った直後に、母を病気で亡くしています。ということはつまりもう6年も経っているのですが、やっぱり今でも気を引き締めていないといつまでも泣いていられるし、ふと母のことを思い出させる出来事があると、あっと思う間もなく涙がぽろぽろ流れてきます。苦手なのは、友達との会話で時々出てくる「この間お母さんと~した」系の話です。もちろん彼らに悪気はないことは重々承知なのですが、未だに「お母さん」の単語を聞くだけで悲しくなります。私だってお母さんとお買い物に行きたかったし、料理も習いたかったし、母娘で旅行もしてみたかった。成人式の写真も一緒に撮りたかった。文章で書いている分には大丈夫なのですが、未だに母のことは人とはなかなか話せません。ところが、です。これが英語で会話している時は全然平気なのです。今、上に書いたようなことは、私は日本語では言えません。少なくとも固い決意なしでは。でも英語なら、胸が痛くなることもなくすっと言えてしまう。これが私をずっと悩ませてきました。これはつまり、私が英語で話している時は、日本語を話している時の「本当の自分」ではないということなのだろうか?ただ日本語の文章を脳内で訳しているだけなのだろうか?きっと、そうなんだと思います。そしてその過程で、私の感情は言葉から剥がれ落ちてしまって、文章が私の口から出る頃には、そこには「私」のかけらも残っていないのです。

でも、同時に、このおかげで私は英語を話している時はある意味楽にもなれるのです。友達の発言にいちいち顔がこわばることもないし、自由に自分の家族のことも話せるし。それになんだか過去とは切り離された、全くの別人にさえなれるような。

でも、でも、やっぱり英語を話している限り、私という人間は限られた語彙が組み合わさった表現でしかないし、日本語で話しているようにはことばはすらすらと私の感情を伴って出てこないのです。哲学者ウィトゲンシュタインは“The limits of my language mean the limits of my world.”(私の言語の限界は私の世界の限界でもある)と言っていますが、本当にその通りだと思います。私は英語で話している時、ものすごい狭い世界の中に生きていると感じます。

本来ことばって、ただの一つの単語にしても、生身の経験や思い出とつながっているものだと思います。だから、第二言語として勉強したことばにはそういう感情や思いや彩りが伴わない。例えば、ポモナを去る前に、”Have a great summer!”と色々な人に言われましたが、おそらく英語のネイティブスピーカーのsummer と私の”夏休み”は全く違うものだと思います。日本は学校が4月から始まって、夏休みは一年の真ん中にくるので、夏といったって学校終わり!みたいな感じは全くないし、むしろ宿題やんなきゃ…みたいな楽しさと憂鬱さが混ざったことばなのではないかな、と思います(宿題をいつも最後まで溜めてた私は少なくともそうです)。それから、実は、父が、期末が終ってすぐポモナに旅行に来てくれたのですが、その間会った友達にはやはり父のことを “This is my dad” と紹介していました。でも父は私の中では常に「お父さん」であって、father にもdadにも daddyにもなれないわけです。いや、もちろんなれるのですが、こういう言葉たちには、「何かあったらやっぱり最後には絶対に助けてくれる」お父さん、だとか「小さい頃お風呂場でいつも前髪を切ってくれた」お父さん、とかいうものを一切含まないわけです。

私は言語学をやっていて、特に第二言語教育に興味があるので、言語学をやっている時には「言語はツールだ」なんて言います。でも自分のことになると、全くそれが正しいとは思えません。ことばができることはあまりにも強力で、自分が世界をどう見るか、世界が自分をどう見るか、を決めてしまいます。ことばで誰かによって表現されることはその人自身であると思います。だからもし、自分がこれからもっと英語やさらに他の言語を使って働くとなった時に、そして自分はそういう道を望んでいるのですが、「英語の私」で人と付き合っていくことが不安です。だってそれは本当の自分ではない気がするから。でも同時に、今書いてきたことって色々考えすぎなのかなとも思います。やっぱり英語は便利な「道具」なのに変わりはないので、いろんな人と話せるようになったり、読める本の幅が広がったりするのを純粋に楽しんでいったら、「英語の私」とも気楽に付き合っていけるかな、という風に考えています。


ことばに関する考察はここまでで、少し帰ってきてからのお話を。


先月27日に帰ってきてからは、ようやく真剣に就活のことを考え始めたり、後輩たちにポモナの宣伝をするべくICUに戻ってプレゼンテーションをしたり、卒論のことを考えたりと、結構せわしなくしています。就活に関しては、帰った数日後に近所のア○キに行って、ようやく就活スーツなるものを手に入れたのですが、お世話してもらったおばさんの顔に終始「この子今ごろスーツ買って就活なんて大丈夫かしら」という心配というか哀れみというか複雑な表情が浮かんでいました。加えて、私身長が平均よりもかなり小さいもので、それもおばさんの心配を大きくさせたのだと思います(結果的には私のサイズが奇跡的にあったのですが)。それにしても、真っ黒黒のスーツで、ボタンは二つ、真っ白のシャツじゃないとダメ、というのをお店で言われた時は本当にびっくりしました(就活のこと何も知らなかったのがバレバレ)。もうその瞬間から買う気が一気に急降下し、しぶしぶ試着してみた時は、あまりにも着たくなさすぎて試着室で蕁麻疹が出るかと思いました。でもその後、その店員さんが一生懸命考えてくれて、割と納得のいくスーツをようやく買ったのです。それを着て、先日説明会というものに行ってきました。行く前は、茂木健一郎さんのブログの記事を読んだり(『日本の就活文化をぶち壊せ!』http://lineblog.me/mogikenichiro/archives/3664376.html)して、日本のシュウカツに対してすごく反発心がありました。ツイッターとかで、みんなでシュウカツスーツを着るの1日やめよう!とか呼びかけたらどういう風になるだろうとか本気で考えたりしました(ツイッターやってないけど)。でも、いざ説明会に行ってみたら、スーツを着てみるのもなんだか制服を毎日着ていた中学高校時代に戻ったみたいで面白かったし、やっぱりそれまで知らなかったこと(その会社のこと、社会人として働くこと、社会のこと、世界のこと)を新しく知るということは楽しいものでした。こういう風に書くとちょっとふざけているみたいに聞こえるかもしれないけれど、こういう物事を面白いなあと感じる気持ちはずっと持っていたいです。どんな形で世の中に貢献していくにしても。

最近友人が、「誰にでも何かしら得意な分野があるはずで、その分野で、たとえ世界で一番にはなれなくても、自分にできる最高のレベルまで持っていきつつ、社会をより良い方向に持っていくための何かしらのインパクトを与える生き方を、人はする責任があると思うし、自分もそういう生き方をしたい」ということを言っていて、すごくその考えが好きだなあと思いました。モハメド•アリが亡くなったニュースを受けて、彼はそういう生き方をした人だったね、という話の流れだったのですが、その友人がそう言ったのを聞いてから、自分にとっての、自分が一番を目指すべきその一つのことってなんなんだろう?ということをずっと考えています。

そういうわけで、もうお分かりかと思いますが、そしてそういうのんびりした時期はもう過ぎているのは重々承知なのですが、まだまだいろいろ考え中です。自分はこれから何をしたいのか、何を極めていきたいのか。自分は人のために何ができるのか。たまたま本屋さんで岡本太郎の「自分の中に毒を持て」を見つけて、気に入ったところに線を引きながら読んでいるのですが、


自分らしく生きる必要はない。 むしろ、”人間らしく”生きる道を考えてほしい。

とか

かまわないから、こっちに行ったら駄目だ、と思う方に賭ける。

とか読んでいると、ウォーっと一人で盛り上がってしまっています。あんまり就活の時期に読むべき本ではないですね。笑 でも同時に考え続けていてもダメだなあというのも感じています。まずなんでもいいからやってみないと。そこから見えてくるものがあるのかなと思っています。でも何をするにでも、その過程で常に大切にしていたいのは、自分が大切だと思うものとか何かを綺麗だなあと思う気持ちとか、そういう自分の根っこみたいなものはしっかりと揺らがずに持ち続けることです。

たまたまロスから成田への帰りの飛行機の中で「海街diary」を観たのですが、あの静かで穏やかだけど、大切な人とかものが確かにそこにいる•ある感じがすごくいいなあと思いました。季節ごとの料理とか、毎年梅酒を作るところとか、家にある歴史みたいなものだとか、私もそういうものを確かに持っていて、やっぱりそれらは私が生まれ育った日本にある。だから、この先どういう道を選ぶのか、日本みたいに四季がある国に住むのか、そういうことはわからないけれど、常に外へ外へ出て行くだけではなくて、自分を育ててくれた環境や、自分のルーツをぎゅっと手で握って離さないようにして、そうした上で、さらに上を上を目指していきたいです。簡潔に言うと、周りの人への感謝を忘れないことと、どんな環境にいようと自分の価値観は自分で決めるということです。最初からそう言えばいいのにって話ですよね。笑


さて、長々と書いてしまいました。このブログにはもう現れることはないかもしれませんが、初めてこのブログで不特定多数の人に向けて文章を書く、という作業をして、意外と面白いなというか、書いていて自分の考えがすっとまとまっていく感じが好きだったので、書く、ということは続けたいなあと思います。海外にいなくたって、普段から周りで起こることに対してアンテナを敏感にさせていたい、というのもあります。


一年間、私の書いた記事を読んでくださった皆さん、本当にありがとうございました。そして何よりここに書いてきた様々なことを私と一緒に体験して、隣で笑ったり泣いたりしてくれたポモナの友人たち、この経験全てを可能にして支えてくれた日本の友達と家族に、精一杯の感謝を込めて。




ななこ

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おはようございます(^^)ノ♪
グリークラブのイタリアツアーが終わり、ようやく正式に夏休みがやってきました!
ツアー自体は5月17日から29日まででしたが、メンバーの3分の1はローマで一緒にもう数泊するという長旅、お天気にも恵まれ、とにかく充実していました。
小学生の夏休みの日記のようになってしまいましたが、今回は軽く旅行記をお送りします。

その前に、去年のワシントン・ニューヨークツアーのブログ投稿にグリークラブの説明が載っているので、リンクを貼っておきます。
http://ameblo.jp/atpomonacollege/entry-12033290655.html
それと、去年同様、今年もツアー前に卒業式で歌う機会をいただきました。大好きな卒業生を歌でお祝いして送り出すのは、グリークラブに入っているからこそできること。今年もYouTubeに大学公式ビデオがあがっていたので、良かったらぜひ。Amazing Graceは大のお気に入りです。
https://www.youtube.com/watch?v=qHNATMcICMQ

ツアーの最初の行き先は、北イタリアの湖水地方の小さな町、レッコ(Lecco)
レッコも綺麗でしたが、コモ湖沿いを電車でもう少し北に行ったところにあるバレンナ(Varenna)というところで、思いがけずきつめのハイキングをして、どっかのお城のてきとーな塔のなかで歌ったのは良い思い出です。
静かで緑が多くて、空気がパリッと新鮮で、大学という狭い環境を出てまず飛び込んだ外国の地としては、エネルギーチャージにもってこいでした。

ここで初めて食べたstracciatellaというミルクベースのジェラートが美味しくて美味しくて、このあとツアーでさらに4回食べることになります。(本当です。)
レッコで歌った教会では、神父様が、これがアメリカの若者なら安心しただとかなんとかかんとか褒めてくださいました。わたしアメリカ人じゃないけど。イタリア語でも伝わってくるくらいの興奮ぶりでした。笑
レッコからヴェネツィア(Venezia)までの移動途中には、ヴェローナ(Verona)というロミオとジュリエットの舞台となった町も訪れました。

ヴェネツィアは相変わらずディズニーシーみたいで大好きな町です。

メンバー約30人が連なって建物の隙間の狭い路地を歩くのは大変でしたが、ガイドさんの案内のおかげで、町の成り立ちや観光業の厳しい現状を少しは理解できました。

サン・マルコ広場でもゴンドラでも、勝手に歌っては拍手してもらったりなんかしておおはしゃぎでした。

そのなかでもヴェネツィアでのハイライトは、サン・マルコ寺院のミサで歌わせていただいたことです。この大聖堂は、11世紀頃に完成した、ビザンティン建築で有名な建物なのですが、まさかここで歌う日がくるとは。普通の観光客が入るところではなく、裏口から入らせていただいたと思ったら、内装の金箔に目を奪われ、みんな観光客以上にキョロキョロしている間に、気づいたら歌っていました。
唯一残念だったのは、イタリア語のミサがほとんど理解できなかったこと。

3つ目の滞在地はフィレンツェ(Firenze)
1日かけてフィレンツェからピサ(Pisa)まで移動して、そこでもコンサートを開きました。音がとてもよく響く教会で、曲の歌い終わりが特に気持ち良かったです。
ピサ自体は、斜塔の前であのバリバリ観光客ポーズの写真(恥ずかしいので載せません)を撮る以外はあまり時間がなく、詳しく回れなかったのですが、フィレンツェでは、中世、ルネッサンスの建築物が混在しているところなどをガイドさんに教えていただきながら、町歩きをしました。高校時代に歴歴選択で世界史を勉強していたときには遠い遠い世界だったメディチ家の話を、彼らの美術コレクションやら教会やら豪邸やらを目の前にして、少しは現実にあったことのように勉強し直せました。贅沢ですが、やはり現地で目にして耳にするのが一番勉強になりますね。
ウフィツィ美術館でのガイドツアーも良かったです。私は普段あまり美術館巡りを楽しめないのですが(楽しめる人になりたい...)、今回はガイドさんにルネッサンス前後の絵画を詳しく解説していただいたりなんかして、興味が持てました。アカデミア美術館でのミケランジェロのダビデ像観察も、今年のツアーのレパートリーのなかにダビデについての曲があったからか、より楽しめました。
フィレンツェのアルノ川がなぜこんなに茶色いのかは、最後までわからなかったです。


すべての道はローマに通じているので、最後の到着地は首都ローマ(Roma)
ツアーの残りの日数3泊と、そのあとの非公式お泊まり会3泊とで、計1週間もローマに滞在しました。

ここでのハイライトは何と言っても、サン・ピエトロ大聖堂のミサで歌う機会をいただいたことです。
(photo cred: Pomona College)

正確にはバチカン市国内にあるこの大聖堂は、何世紀にも渡って作り上げられた、世界最大級のキリスト教の教会。複数の教皇の墓碑があったり、いくつもの礼拝堂があったり。とにかく広くて天井が高い!実はその天井に刻まれた言葉(Tu es Petrus et super hanc petram aedificabo ecclesiam meam)を歌詞にしている、サン・ピエトロのために書かれた曲まで歌うことができて、夢のようでした。
(photo cred: Pomona College)

この一生に一度の機会は、実は1年以上前から指揮者の教授とマネージャさんが一生懸命グリークラブのレコーディングをバチカンに送ったりして決まっていたことでした。とにかく、教授とマネージャーにはもちろん、これまでの歴代グリークラブメンバーに対する感謝の気持ちでいっぱいです。

ツアーもとーっても楽しかったですが、さらに自由度が増した非公式お泊まり会も、パーティー三昧でものすごーく楽しかったです。10人弱で最近流行りのAirbnb(原則個人が所有する部屋・アパートにホテルより安く泊まれる、日本でも定着しつつある制度)を利用して、ローマのトラステベレという住宅地にあるキッチン付きベランダ付き(なのにひとり1泊30ドル以下!)のアパートを借りて、ダラダラ生活を思う存分エンジョイしました。ツアー中のガイドツアーや自由時間などで毎日2万歩ほど歩いていた私は、せっかくローマにいるのにこれ以上歩いて観光する気も起きず、ひたすらしゃべって、料理をしてくれる先輩のお皿洗いの手伝いなんかをしていました。あー楽しかった。楽しかった以外に形容詞が見つからないや。語彙力不足かしら(>_<)

サン・ピエトロ大聖堂で歌ったのも一生ものの思い出ですが、大好きな人たちと自由に3泊したのも一生もの。夏休みを満喫し終わったような気分で、ようやく帰路についたのでした。

レッコヴェネツィアピサフィレンツェローマ、5ヶ所でのフルコンサートと、サン・マルコ寺院とサン・ピエトロ大聖堂のミサ。
そんな心に残る発表の機会だけでなく、航空券、バス、ホテル、ガイドツアー、数回のコースディナー(残りは自腹だったのでそれはそれで食べ物探しに苦労しましたが)、それから美術館の入場料まで負担してくれるこの大学、素敵すぎませんか。笑
学費が高いのはこのためだったのか!←言っちゃいけない
それにしてもグリークラブのメンバーはちょっと得しすぎている気がするのですが。。。
まぁいろいろな意味でこの大学に通えることに感謝して、これからもポモナの莫大な資産をうまーく使って楽しんでいこうかと思います!利用したもん勝ち!←言っちゃいけない?

残りの夏休みも、イタリアツアーほどのネタはありませんが、のんびりとブログを更新していくつもりです。
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