その脳神経外科医

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その脳神経外科の印象は、決して良いものではなかった。


まずは、TJ医師の横柄(おうへい)な態度。
そもそも、医者って患者を顧客として考えてないんじゃないかな?
医者の顧客は、医療費をコントロールしている国とでも思っているかのような態度。
そもそも患者は、かなり弱い立場にいるんだから、かなり神経を使って対応しないとまずいんじゃないの?

それに説明内容の不正確さ。
さらに聴神経腫瘍に関する治療内容の少なさ。例をあげると、


(1)ある種の放射線治療という選択肢があるが、それについてはよく分からない。
(2)放射線治療が万一うまくいかなかった場合は、手術はできない
(3)このサイズの腫瘍には放射線治療の治療はできないと思う。
(4)聴力を残しながら手術する方法があるが、これもよく分からない。


まず、(1)。
TJ医師は「切る」専門のようで、とにかく切ることしか頭にないようだった。自分の得意な範疇でのみ治療方法を説明できるって感じでした。患者の感情や、不安や、要望などまったく考慮なし。とにかく、自分ができることはこれって感じ。
もし、このような態度で、他の治療方法については、知識がないので、紹介するので、他の医師に聞いてください、と素直に言ってくれれば、医師として評価できるのに、他の治療方法は、大して重要ではないと印象付ける説明の仕方には大いに問題を感じた。


次に、(2)。
放射線治療を実施した後でも、手術はできるそうである。
放射線により硬くなっているので、やりにくくなるらしいが、できないことはないとのこと。


それに、(3)。
このサイズの聴神経腫瘍でも放射線治療はできるとのこと。


最後に、(4)。
千葉大学で聴力をかなり温存しながら、腫瘍の摘出ができるとホームページに書いてあった。多少の聴力低下はあるような記述だった。
TJ医師はこれは知っていたようである。(ただし、最近、千葉大学のホームページを探しているが、私は現時点では見つけることはできていない。)


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告知

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そのT部長は、午後から都合があるらしく、朝の早い時間だったが説明したいと言っていた。
そもそも、夜型人間の私は、普通だったら朝のこんな早い時間には起きてはいないのだが、8日間も入院していたら病院の日課に適合してしまって、21:00には眠くなり6:00には目を覚ますような生活パターンになっていた。


ナースステーションに行くと、前日に撮ったMRIの画像が明るく光るボードに掛けてあった。
その部長がどのような言葉で説明してくれたか、あまり覚えていない。


分かったのは、頭の輪切り写真の中央よりもやや右よりに2cmぐらいの白い部分がくっきりと写っていたことだった。それが腫瘍だと説明された。あまりにもくっきり写っていて、それは右側にしかなかったので、明らかに異物でることは、素人の私でも理解することができた。


その時、医者には以下を教えられた。
(1)それが聴神経腫瘍というもので悪性ではない
(2)大きくなる速度は非常に遅く2cmぐらいの場合、10年以上かかって大きくなったのかもしれない
(3)こうなると耳鼻咽喉科の所掌ではなく、脳神経外科の所掌である
(4)これまでの治療は、突発性難聴のための治療だったので、聴神経治療にはまったく効果はない
(5)10万人に1人ぐらいの割合でなるらしい


何をどう理解していいのか分からずボーっとしていると、T部長が
「とにかく、これ以上の話は、脳外科の先生から話を直接聞いた方がいいね。」と言った。私が、
「うん、そうですね。」と言うと、
「不安だろうから、なるべく早い方がいいでしょう?」と聞いてくる。
「そうですね、よろしくお願いします。」と答えた。すると、T部長は、電話を取り出し、同じ病院の脳神経外科に電話をし、
「聴神経腫瘍の患者さんなんだけど、今からいいかな?」と尋ねた。
電話の相手は、10:00からならば空いていると言うような回答をしたようである。
「この写真(MRIの画像)を持って10:00に脳神経外科の、TJ先生を訪ねてみてくれる。」と言って、告知は終わりました。


しばらく、ボーっとしていた。7:30ぐらいだったと思う。


女房は毎日、午後ぐらいにお見舞いに来ていた。
お見舞いといっても、私の退屈しのぎのために、トランプや、花札や、モノポリなどを持ってきて、一緒に遊んでいただけだった。
お見舞いでも駐車場の料金が取られるので、午後だけの見舞いに来てくれていた。

ふと気付いて、女房に電話した。腫瘍らしいこと、これから脳神経外科に聞きに行くことを説明した。特に病院に来てほしいとは伝えなかった。


自分のベッドで休んでいると、看護師が来て、
「今から脳外科のTJ先生が時間が空くということですが、行きますか?」と聞かれた。
特にすることもないので、
「はい、行きます。」と回答した。
そのまま看護師に案内されて、脳神経外科に行った。


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突発性難聴の治療(その2)

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突発性難聴の場合、治療すると早い人手3~4日で改善がみられるとのことだった。
私(ATP)の場合は、そのような改善の兆候がなく、気分的にもやもやした日を送っていた。


規定の治療期間(10日間)が終了する2日前に、MRI(Magnetic Resonance Imaging:磁気共鳴画像)という、脳の画像を撮った。
CTよりも鮮明に映るのが特徴のようである。


MRIの手順は以下。患者は言われたまま動けばいいので、特に難しいことも怖いこともありません。(そもそも痛くないし...)

(1)まず、移動可能なテーブルの上に横になる。
(2)頭をベルトのようなもので、軽く固定される。
(3)テーブルが移動し、円状になった機械の中に入っていく。
(4)撮影が開始される。
(5)テーブルが移動し、体が機械から出される。
(6)腕腫瘍がある場合に目立たせるマーカーのようなものを腕から注射で入れる。
(7)再度、テーブルが移動し、体が機械の中に入っていく。
(8)撮影が開始される。
(9)テーブルが出てきて、撮影終了。


MRIを撮るには、装置の中に体ごと入れて、頭の輪切り画像を撮るのだが、何しろ音がうるさい。
もちろん、我慢できないレベルではないが、撮影中はずっとガンガンと打撃音がする。
結構、不愉快である。病院によっては、使い捨ての耳栓を出すところもある。


翌日、朝7:00頃に病棟の耳鼻咽喉科の部長に呼ばれて、ナースステーションに行った。

入院中に、この部長に診てもらったことは一度もなかった、耳鼻咽喉科のT部長と言うことで顔と名前は知っていた。


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突発性難聴の治療(その1)

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すぐに入院した。10日ぐらいの治療だと言うことだった。
治療は、簡単。1日2回(確か)ステロイドを点滴で投与して、安静にしているだけ。

耳以外は健康な人間にとっては、かなり退屈な時間だった。

しかも、6人部屋で、6個のベッドが完全に使用されていた。
6人の患者となると、付き添いの人、お見舞いの人がひっきりなしにくる。

外気を連れて、お出かけ用の服を着た人たちが、沢山来ると、自分のお客さんではなくても。それだけで結構疲れるものだった。


消灯は9時。普段、1、2時に就寝する、私(ATP)としては、考えられない時間に寝る必要があった。
もちろん、自分のベッドのランプは点灯していて良いものの、当然、他のベッドにも明かりが漏れるので、これまた結構気を使った。


しかも、この病院、患者が共通して使える場所(広場)に、机がない。ソファーはあった。
なので、パソコンをするとか、物を書くとか、机に本を置いて読む、といったことができなかった。これは、大いに不満だった。机と椅子は、私(ATP)には必須。


単純に、点滴によるステロイド投与の治療が行われている間も、いろいろな検査をおこなった。多分、三半規管の機能を確認するような検査ではないだろうか?

耳の中に冷たい水を入れて、目眩を確認するもの。視覚的に動いているものを追うもの。
脳波(?)を使用して、聴力を確認するもの。

最後にMRI。


結局のところ、治療終了の2日前まで、MRIが撮れずに脳の画像は確認できなかった。


診断: 突発性難聴

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やはり、耳鳴りは継続していた。
ただし、それほど大きな耳鳴りでもないし、音の聞こえ方自体はまったく問題なかったので、あまり気にすることもなかった。


最初の受診から1.5ヶ月ぐらいたったときにそれを感じた。


以前に医者に、
「症状に変化があるようだったら、すぐに来てください。」と言われていたが、音の聞こえ方に変化があったのだ。


11月下旬の金曜日の夜、高速道路で女房を隣に乗せて運転をしていた。女房の実家で週末を過ごすことになっていた。

運転をしながらカーステレオで音楽を聞いていると右耳の聞こえ方が、これまでと違うように感じた。左耳からの音を遮ってみるために、左耳を手でふさいでみる。右耳からしか音が入ってこなくなったが、これで明らかになった。

耳の中に異物が入ってでもいるかようなの、音の聞こえ方になっていた。
すべての音がもごもごしている感じ。高音(高周波の音)が聞こえずらく、音の輪郭がはっきりしなかった。


症状が変わったのだった。


「おかしい。これは何かある。」と直感的に感じ、週明けの月曜日に、以前と同じ、近所の総合病院に行った。

聴力のテストをして、問診を受けた。それだけだったが、すぐに入院することになった。
これには、とてもびっくりした。
耳鳴りで入院は予想していなかった。
後にインターネットでそのときの診断結果を確認して理由が分かった。

そのときの症状から、この時点では「突発性難聴」の疑いありと診断されたのだった。


突発性難聴は、症状が出てから、極力はやく治療すると、回復する確率を高めるらしい。特に、症状が出てから1週間以内であれば、かなりの確率でほぼ元通りに回復するらしい。なので、医者もすぐに治療を開始したいと考えたのだと思う。


続く...


発覚

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はじめは、耳鳴りから始まった。

2002年10月に、右耳で耳鳴りがするのが分かった。
会社の職場のような、物音がする環境では気付かないぐらいの、小さな耳鳴りだった。

キーンという耳鳴り。

今までも一時的に、耳鳴りがしたことはあったが、2~3日たっても一向に元に戻らない。
これまでの耳鳴りなどは、ものの2分もあれば元に戻ったのに、今回のはなかなか元に戻らない。

気になり、まずは近くの総合病院に行った。
事前にインターネットで調べ、耳鳴りに関するそれなりの知識を入手した。
耳鳴りの原因にはいろいろあり、原因を特定することが難しい種類の耳鳴りもあることが分かっていた。
また、耳鳴りは人の生死にかかわるような病気である可能性が低いことも、なんとなく分かっていた。

病院での診察は、予想通りの結果だった。
外から見ただけでは原因はよく分からない。特に生活に支障が無いので、
「まず、しばらく様子を見ましょう。」という事になった。
「症状が変化するようなことがあったら、すぐに来てください。」と言われた。

続く。

聴神経腫瘍との戦い

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2002年12月に、右の耳に聴神経腫瘍が見つかりました。

発覚から、治療、そして日常生活への復帰の経緯を書いていきます。


私(atp)も、この病気が発覚してから治療をするまでの間、インターネット上にある聴神経腫瘍経験者の皆さんの経験談を読んで、かなり勇気付けられたし、有益な情報も頂きました。


今度は、私がお返しする番だと思います。


何かの参考になれば幸いです。