「神様の頭を少ししばけば、人生がうまくいく!」kenjiオフィシャルブログ

神様なんていないと思った時から、運が良くなりました。

「幸か不幸か、ふつうに仕事をして、ふつうに家庭を持ってってということが、手に入れたくても手に入れれない人がいる。

生まれた時の環境や、頭の悪さや、不運、不遇な人生を過ごしていると、ふつうの人生も掴みにくい。手に入れたくても手に入れられない。それどころか底辺みたいな生活をしてしまう。

でもさ、人生そのままで終われないじゃん。というより「終わらせるか」

ふつうの生活が手に入れれないなら、だったらBIGに行こうぜ。それが手に入れれる人生ってことです。あなたは。」

まずはじめに。「君にはたくさんの可能性があるよ。」
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まずはじめに。
社会不適応者みたいな人(個性的な方)が、この人生を幸せや成功やよりもっと幸せに豊かにそして優雅にこの人生を心から楽しめるようになることを願いこのブログを贈らせていただいています。
 
このブログの目的。
成功はまず自分のパワー(自信)を取り戻すことから始めてください。そうしないとそもそもが何か動いても身動きがとれなくなったり、体が動くなかったり、結局、長く続かなかったり、自分ガス欠状態みたいになったりするから。根底に自信を持っておかないとね。
 
 
これが奥さんのブログ↓
 
 
それで奥さんのプロデュースもさせていただいたけれど、
ただたくさんの人をコンサル、プロデュースをさせていただきましたが、1番手間がかからなくて、1番時間をつかっていませんけどね。
 
ブログ2回つくったのと、
要所要所ではアドバイスしていたのと、
あとは僕の講座に来て、吸収していたのと、3つですね。
 
奥さんは出会った時はDHCで別に売りたくないものを売っていて、
 
「それ1番売りたいの?」と聞いたら、違うというので、
 
「会社辞めろ」とは伝えました。
 
世の中で生活の為にそんなふうにやるなんてバカみたいなので。
 
自分の1番売りたいもの、やりたいことやればいい。
 
奥さんとは結婚した時は、なんか無料マッピングとかそういうのやっていて、収入は1円もなくて、そのなんか100人無料マッピングをやっていて、
 
「それ終わったらなにする?」と聞いたら、
 
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」とこんな感じだったから、その時はプッチンしましたけどね。
僕の場合はゴールで逆算の思考だから、ここに行く、その為にこうしてこうしてこうしてって全体像は決まっている。1、2、3、4、5、6、7、8、9、10って。
 
奥さんの場合、やっているものを聞いて、
習ったり、
 
それでそのあとは「なにをするの?」に
 
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 
のこんな感じ、こたえられないということにおいては僕はカッチーーンとなります。
 
奥さんだけですよ。
 
人は別にならないですよ。奥さんの場合、火の粉をかぶるので。
 
他の人の場合は、その人がうじうじしようが、みえなかろうが、もぐらみたいに思いつき、直感で行動してものにならなかろうが、別に損をするのその人なので。
 
怒る必要がない。それは半分本気で半分冗談で、
 
 
でも今は奥さんに怒らないですよ。
 
逆にそんなことやれば僕が怒られる。
 
店主関白だったのは結婚はじめの1年間だけですね。
 
いまはそんなのとはほど遠い生活をしています。
 
 
奥さんの夢を叶えるという夢をもってもいいですね。
(旦那さんでもOK)
 
僕の場合は彼女の夢を叶えるという夢もあったので。
 
でもそうやってがんばってそのスキルを磨いた結果、他の人にも役立つし大切な人の為に学んだものが仕事になったりします。ならなくても幸せ。
 
1番大切な人の為に学んだものが結果的に仕事になる。
 
だから1番大切な人の為になにかやるのがいいかなあって思います。
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勝ち負けを手放すと「一瞬」で幸せになれる。

いや本当に。

僕は料理人になりかったのです。でも才能はありませんでした。

ポン、ポン、ポンとまるで遊んでいるがのごとく、
てきとうに、パンパンパンと味付けして、

「絶対そんなのあかんやん」みたいな真似をして、

その人のつくった料理を味見をした時、

僕料理人辞めようと思いました。


僕も同じように真似をしてみたのです。

そうしたらまずいことこの上ない。

だから次は今度、慎重に グラム数もはかり、
時間をかけて、ほんときちんとして料理をしたのです。

でも勝てない。あの味にならない。

「もう辞めよう」って思いました。


競わないし、比べる気もない。一瞬競おうと思ったのです。

でも「ああ人はこういうふうにして悩み、苦しみはじめるんだな」

と思ったので、

エンガチョと思って、

「その境界線、踏み込まないでおこう」

って辞めました。

勝ち負けしているとしんどいです。

がんばるし、努力するし、

なんでなんって自分を否定するし、自分を責めたりするし、

ストレスしかない世界。

たたかいの世界。

「こんなところにいたら病気になるじゃん」と思う世界。

ああこういうふうに境界線踏み込んでしまうと、
いつのまにかがんばって、病気になったり、ガンになったりするんだなと思って、

で、踏み込んだらもうわからない。

その世界があたりまえになるので。

ストレスのある世界があたりまえ。

ゆえに逆にストレスを感じない。

これが病気の怖いところだと思うのです。

ストレスの世界にいて、ストレスを感じない。

海にいて海がみえないようなもの。

人の盲点と呼ばれているものだと思います。

ふつうに考えて、病院行って、ガンですと言われるのっておかしいと思うのです。

なんで気づかないのって。

マヒしているのだと思います。


僕の伝えていることは正しいわけでもなくて、
真実でもなくて、

ただ自分で考えて行動する。
自分の体は自分で守っていくという意味でお伝えしています。



それで、すごいなあと思う人がいるから、
悩んだり、苦しんだりすると思うのです。人は。

「たいしたことないな」と思えば、

それは自信であり、そこに悩みも苦しみもないです。

すごいなあと思い、
そうなれないからストレスなんだと思います。


ポン、ポン、ポンとまるで遊んでいるがのごとく、
てきとうに、パンパンパンと味付けして、

「絶対そんなのあかんやん」みたいな真似をして、

その人のつくった料理を味見をした時、

僕料理人辞めようみたいに、

どの世界にもすごい人っていることないでしょうか。

「勝てない」という人が。


だれもそんなの人いないと感じるのであれば、
そのままスイスイと行けばいいのだと思います。
その場合何の問題もなしです。自信満々。


「勝てない」という人や
「すごい」と思う人がいるから、

コンプレックスに感じたり、悩んだり、苦しんだり。

で、ドツボにはまる。

そう思わないなら逆にスイスイスイです。快適。心、爽快。


で、悩みからは「一瞬」で抜け出せます。

その世界から。

むしろ、一瞬で幸せになり、豊かになる道を歩めます。

短所から長所。

ストレスの世界から強みの世界に行けます。


「すごいな」

「勝てないな」と思う人がいれば、

競ったり、比べたりするのではなくて、

むしろその人を紹介する。


「すごいな」

「勝てないな」と思うのは、

あなただからその素晴らしさがわかる。


たとえば自分が絵が好きで絵を勉強していたりするからこそ、
たとえばピカソの絵をみた時、「すごい!」と思うのです。

でも素人の目からみたら「よくわからない」


通訳、素人とプロの懸け橋になれるのです。


「すごいな」

「勝てないな」と思うのであれば、


「すごいんです!」って人に言えるわけです。

「すごい人がいるんです。ぜひ会ってみてください」とか。



「すごいな」

「勝てないな」と思う人がいれば、

その人が勝てるようにすればいい。より勝てるように。



「すごいなあ」

「勝てないなあ」という料理人がいたら、

自分は料理場から降りて、接客にまわる。営業にまわる。

そうして、お客さんや人に、

「うちの料理人すごいんです!」って言えばいいです。


「そいつの料理食べた時、

 「僕、料理人辞めよう」と思ったのです。

 勝てない。

 こんな味、出せないと思ったのです。

 <略>

 ぜひ1回うちの料理人の料理食べてください」


って言えば、自分も営業うまくいくし、
料理人も幸せになる。

その料理人も自分で自分のことはあんまりすごいと思ってないです。
だってあたりまえだから。

自分だからこそ伝えれるものがある。


勝ち負けやると不幸になるけれど、

勝ち負けを手放して、勝たせる人になればかんたんに人は幸せになれる。


自分が勝とうとするから苦しい。



負ける(降りる)が価値っていうと思うのです。



何の才能もないと感じるなら、


仲介という職業に徹していけばいい。


なにかやれるならやったらいい。



幸せにも豊かにもいつでもなれると思うのです。


なにかを探してみつからない場合、
 
そんなスキマに「幸せや豊かになる道」があります。
 
福の神発見!
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まずはじめに。
社会不適応者みたいな人(個性的な方)が、この人生を幸せや成功やよりもっと幸せに豊かにそして優雅にこの人生を心から楽しめるようになることを願いこのブログを贈らせていただいています。
 
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「まずは幸せになる。そして人を幸せにする」

その器の中で、自分のやりたいことやしたいことを提供しながら、自分の夢を実現する。(自分の生きたい人生を生きていく。)

幸せになる、人を幸せにする過程の中で「なりたい自分」になっていく。



僕の伝えたいことや提案を凝縮させると上記の言葉におさまります。これ以外ないです。

僕を書きながら、アウトプットしながら僕の中でこたえを出しました。

書いたり、アウトプットしないと、つまり行動しないとこたえなんて出ないですからね。


「まずは幸せになる。そして人を幸せにする」

その器の中で、自分のやりたいことやしたいことを提供しながら、
自分の夢を実現する。(自分の生きたい人生を生きていく。)

幸せになる、人を幸せにする過程の中で「なりたい自分」になっていく。



伝えたい(与えたい)のはこれで

でもこれきっとよくわからないと思うのです。

なのでそのことを伝える為にいろいろと情報発信をするというスタンスです。


まずは幸せになるということは、

幸せは感じる心だと思います。満たされた心や感情だと思います。
生きがいややりがいのある、感じる人生です。

人は幸せになると本当に人の幸せを心から願えたりします。

よくないでしょうか。中学生ぐらいの時、カップルとかみていたらイライラしていました。

でもはじめてつきあった時、もう待ち歩く人々の幸せ全員を願っていました。

カップルをみたらもうほんと幸せになってくださいと願う。

世界はバラ色。

ばあちゃんから母親に何か言われても、いつもならキレたりするのに、

「なーにおばあさま」

「なーにお母様」みたいな感じです。


というより言っていました。気持ち悪いと言われました。

人から気持ち悪いと言われるみたいなやつが幸せなのかなと。


なかなかそこまで到達できませんけどね。

今でも15歳の自分に勝てない。

本当に幸せになるとパワーです。

なにを血迷ったか、ボクシング始めましたからね。

絶対できるわけがないと思っていました。きつそうだし、辛そうだし。

でもできました。なんでもできると思いました。

恋の力って恐ろしいですね。


幸せになると、自信がある、パワーがある、そんな状態だと思います。

幸せとは感謝や恩を含むものであり、ほんとの幸せは心を無敵状態にするのだと思います。

そして幸せとは物質ではなくて感情。


自信を手に入れるや、
自分のパワーを取り戻すや、
自分との統合なんかは全部幸せの中ですね。

あと幸せになると「なんでも自分やれる、なんでもできる状態になりますからね」


僕なりに幸せのなり方を体験から伝えて、

あとは「人を幸せにするってこと」


シンプルに彼女幸せにとか、
奥さん幸せにや、
子供を幸せに等思うのです。

「幸せにします」と言うと思うので。


幸せにするといった時、

彼女や奥さん。

でも気づいたのは、

「彼女を幸せにしようとすると幸せにできない」ということ。

「奥さんを幸せにしようと思うと幸せにできない」ということ。

その考えが悪いわけではないのですが、

それはそれでいいのですが、

大事なことは、

「彼女を幸せにする為には、彼女以外の人を幸せにしていかないといけないということ」

「奥さんを幸せにする為には、奥さん以外の人を幸せにしていかないといけないということ」


つまり人様を幸せにしないと彼女を幸せにしたくてもできない。

人様を幸せにしないと奥さんを幸せにしたくてもできない。


家族を守れない。


人様を幸せにしていくからこそ自分の家族が守られるのかなと。

それが徳と呼ばれるものなのかもしれません。

巡り巡って子供に行く、孫にいくもの。


「家族の為にがんばる」というのも違うと思うのです。

それは別に人様を幸せにしようというのではありません。

自分の家族を幸せにはあると思いますけどね。

でもそれでは守られないことないですか。



そういうなんていうか循環みたいなものに気づいたのです。


だから20歳からの僕のテーマは「人を幸せにする」

そしてその為に
「人を幸せにする力をつける」
「人を守る力をつける」
というのが意識したことです。


30歳独立してカウンセラーやコンサルタントをしましたが、
その延長線上のことです。


僕の生き方がほんと参考になればと思い、
お伝えさせていただいていますし、
これからも伝えます。


僕自身現在もその道のりを歩んでいます。
一生歩みます。

まだまだ僕も発展途上です。

やってきたものをお伝えし、

あくまで僕の伝えるものは1つの提案です。

僕は自分の生き方がほんと幸せで悔いがないです。充実しています。

僕と同じこたえを出す人がいるだろうから、
その為に伝えています。

僕と同じとはお金だけじゃないと思うのです。

人生は楽しくないと意味がない。

「やりがい」を感じれない仕事は仕事じゃない。

生活の為になんて働くな!など、

いろいろ自分のルールを守って生活しています。

ルールとは楽しむ為にあるものですからね。

ルールを守らないから、楽しくなくなるのです。


「自分のルールを守る」


時にそれは自分の生存を脅かすものもあるかもしれません。

自分のルールを守るがゆえに会社を辞める、クビになるなど。

あるかもしれません。

でもいいじゃないですか。自分のルールを貫けば。


とは言ってもなかなかですけどね。

でも最後はそれしか無くなると思うのです。


みんなで力づけあって山を登るように登ればいいのかなって。


最後は仲間ですね。


「良き仲間を集めることが悟りのすべてである」 釈迦



ワンピースのルフィも仲間集めから始めましたからね。


道が同じなら共に山を登りましょう。
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まずはじめに。
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「まずは幸せになる。そして人を幸せにする」

その器の中に自分のやりたいことやしていきたいことをあてはめてもらえたらなって思います。

でないと
「なにをやっていったらいいのかわからない」とか、

「なにをやっていてもパワーが出ない、続かない」といったことが

生まれたりします。

たとえば僕が尊敬する人は、

「自分の器の中にやりたいことを入れ込んでいます」

もっと言えば、やりたいことでもなかった。

ただ自分の器の中に、それをいれただけみたいな。

自分のやっていきたいことは、

「あなたのおかげで人生が変わりました」

「あなたのおかげで私の今の人生があります」

そんなふうに言われること。

そこに対して何を入れるのか自由。

整体だってもいいし、飲食店だっていいし、不動産業でもいいです。

いただく声は、

「あなたのおかげで人生が変わりました」

「あなたのおかげで私の今の人生があります」

と言われるようなこと。


こういったゴールから逆算しないとこたえがでなかったりします。

これやりたいと思ってやってもなんか違うとかね。


でも逆に

「あなたのおかげで人生が変わりました」

「あなたのおかげで私の今の人生があります」

こんなふうに言われるのってなんだって思います。


でもこういった声をいただくことが、
「生きがい」であったり「やりがい」でもあるのかもしれません。

人それぞれでしょうが。


僕の20歳の時に創造した人生は、

「あなたと結婚してよかった」と言われることです。

結婚して何十年かして、最後、

社交辞令とかではなくて、

僕と結婚してよかったと言われること。

これが僕の人生のゴールです。

僕の死ぬ前。

こんなふうに言われたら、
「ああ間違ってなかったな」って悔いがない人生だと言えました。


どんなに楽しかったって、
いろいろ何か手に入れたって、
それ言われなければ間違い。

そんなふうに思いました。

ただこれは自分が先に死ぬ前提で奥さんに話をしたら、

「なんでけんちゃんが先に死ぬ予定なん。
 さみしいから私が死ぬ」と言われて、


「ああそういう発想があったんですね」と思いましたけどね。


理想どおりには現実は行かない。

理想は見落としているものがありますね。



自分がもらいたい声からの逆算。

そこから生きたらブレないのかなって思います。


人間ってやっぱり言葉だと思うのです。

嬉しいのが。

親もそうだと思うのです。


「お母さん、産んでくれてありがとう」とかね。


全員のお母さんがどうかはわかりませんが、
うちの母親はそうです。

でもそれは15歳、高校を辞める時に、

高校を辞めるのをものすごく大反対された時に、
せっかく生んでどうのこうのと言われたと思うのです。

で、
「おまえが勝手に産んだんだろ!」

と言ったからだと思いますけどね。


20年、その言葉の矢がささっていたみたいです。


「お母さん、産んでくれてありがとう」

と言って、

本当にお母さんがというか、

言ってないのですが、

「あんたはひょっとして
 お母さん生んでくれてありがとう。

 これからの人生輝いて生きてね、と言いたかったの?」


と言われて、

「うん」

と言った時に、その高校の時のことを言われて、

「20年矢が刺さってたんや」

と思っただけですけどね。



「お母さん、産んでくれてありがとう」

と言っても聞いてはないです。そんなもの。

疑う。

信じない。


言葉ではなくて、行動ですね。

それで伝えた時に、

それが勝手に、

「あんたはひょっとして
 お母さん生んでくれてありがとう。

 これからの人生輝いて生きてね、と言いたかったの?」

と言われただけです。


でもとりあえず与えたいものを与えれたと思います。

1番かどうかはわかりませんが。


やっぱり1番は親の幸せは「人様から喜ばれていることです」

自分の子供が。


で、親はいつでも言いたいのです。

「うちの息子がね・・」と。


逆に言われたい。

「あれあんたの息子さん?」


「ええ」みたいな。



親は1番は子供の幸せって言いますよ。

それは1番ではなくて最低限です。

そりゃ幸せでいてもらいたい。

でも欲を言えば、幸せであり、人様から喜ばれていたらなおいい。

それでその人が、

「あなたの息子さんのおかげで・・」

と両親に言って、

「えええうちの息子が」とか両親、言いながら、

「たいしたことがないわよ」と言いながら、

心の中でガッツポーズ。

そういうのが本来の親なのかなと。自然な姿。



話脱線で、

「はじめに言葉ありき」って言葉があって、

最後も言葉で終わるのかなと。
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「僕の人生の目的は、

自分が歩んだ体験を、人に惜しみなく伝えるのと、
(僕も本を読んだりして救われたから、与えられたから返すみたいな思いと、1人でも役に立った、喜んでくれたら嬉しいかなと思うからです。)

まわりの人を幸せにしていくことです。

それとまわりの人を幸せにしていく人を増やしていく、つくりだしていくということです。

その為にまた自分が歩んだ体験を惜しみなく伝え、
その人に自分ができることをなんでもやる。

そして共に人を幸せにしていく人と生きることです。

共に甲子園みたいに目指す。

そして時々、「乾杯!」

これが僕の幸せです。

人生最高だと言える人生です。

もちろんそこに幸せな家庭もあってね。」


これが僕の人生の目的です。


人生の目的は、与えられるものではなくて、

自分自身が創作するものです。

やらなければいけないものではなくて、

ただのゲームです。

ゲームは楽しむ為にやります。
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人生って2つだけだと思うのです。 「傷つかない人生を生きるのか」「傷つく人生を生きるのか」
 


小、中学生はオタク、いじめれっ子、ひきこもり。

あとは中卒。運動ダメで、勉強ダメで、その他もダメで、
「何の才能があんねん」と思っていました。

唯一、努力していたのはテレビゲームでしたが、
それもゲーム大会に出場しては1回戦敗退。

「努力しても僕はダメなんだ」と思っていました。


16歳、殺人未遂(濡れ衣)で留置所に入り、(調布留置所、11月30日に)

その留置所の中で強迫性障害が治り、自分が変わりました。

20歳の5月、失恋をきっかけに次の日、感謝の涙が溢れ出て、
そこから「なんでもできる、なんでもやれる」と思えるようになりました。

みえる世界が変わりました。

それまでは将来や未来の不安に怯えていましたがまったく無くなりました。


そこから成功できる人間にはなったのですが、
(ようはチャレンジし続けて、諦めれなければ叶うだけなのかなと。
で、誰よりも努力したらいい。で、欲を言えば自分できると信じれればなおいいと。

それだけなのかなと思います。

うまく行かなければ反省し、次の手立てを考えてやるだけ。
あとは人からコーチやアドバイスをもらう。以上なのかなと。

もっと言えば、その道のりを楽しむ。楽しめるってことが大事。

夢の中にいるような感じ。夢中。成功よりも幸せであることが大事。
幸せだと成功もしやすいしね。)


ただ成功してもこうというのあると思うのです。

21歳の時には3DKの所に1人住んで、外車乗って、書斎をつくったり、デザイナーズ?高級家具みたいなものバンバン買っていました。

でもそれがなんやねんと思ったのです。

今、心の中にあるのはみんなに幸せになってもらいたいという思いです。

世の中みんなかというとそうではなくて、
そんな大きなことは思っていなくて、

まわりの人が幸せであったり、あとは僕なりにいろいろ伝えておきたいってだけです。

幸せは人それぞれで僕なりに伝えておきたいのです。

僕自身も本を読んだりして救われたので。


20代の時は(30代もそうですが)たくさん人の相談に乗ってきました。

何千人。その中で1番病気のことに相談乗りたいと思いました。

病気は死ぬので。

人生生きていればなんていうか、「人生ムダなことは1つもない」とか、

「あの時があったから今こうしてこうしてこうして・・」とか、

本に書いてあるし、よく人も言っているし、

喉元すぎればなんとやらで、人はポジティブです。

だから放っておいていいのかなと思って、

ただ病気は死ぬから、死んだらそんなもの言えなくて、

だから死を食い止めようと思って、死に関わるような病気の相談にのろうというか、相談は乗る気はなくて、死を食い止める為に僕なりに情報発信していたのが24歳の時です。メールマガジンで。

読者8000人以上となったメルマガでそこでもたくさん相談乗らせていただきました。


で、できるだけ人に貢献して、「もういいや」「ここまでやれば十分だろ。世の中への恩返しは」と思って、

「自分の好きなことをやろう」と思ったのが26歳の時です。

それで僕はワタミに就職しました。


一生ワタミでいると思ったのですが、28歳の時に体の1/4、火傷を負い、死にかけました。あたり一面、火の海になってその中で「人っていつ死ぬかわからないだなあ」って心で感じました。

それからICU(集中治療室)の中で、
「あと3年しか生きれなかったら何やろう」
と思ったら、

「また病気のことをやろう」と思ったので、30歳独立することにしました。


今は病気のことに関しての結論ですが、

「ようは幸せな人に病気の人はいない」

ということです。


幸せというのはなにかいろいろ手に入れているということではなくて、

幸せを感じて生きれる心です。

感謝とか恩とかそういう心を持ち、

人の幸せ=自分の幸せ、みたいに思えて、

歩む道のりに病気はない。


たくさんの人の病気の相談の乗ってきてたどり着いている結論はこれです。


ただなかなか、人の幸せ=自分の幸せ、には思えないです。

自分が勝ちたいし、

喜ばれたいし、

ただ手に入れたいものを手に入れていきたいとか、

夢を叶えたいとか、


がんばったりします。

で、その中も楽しいし、幸せなのです。

しんどさもあるけれど。


人生あきらめて平凡に生きれば、それなりに楽で病気になりにくいと思います。

ただ人は比べたり、人が羨ましいと感じたり、嫉妬とか、

人間の悩みの9割は人との比較により生まれると言われています。


人のストレスは主に人間関係ですね。


手に入れたいものが手にいいれない悔しさや苦しさからのストレス。

あと人間、死んだりしますから、動物も。死の悲しさからのストレス。
(愛する人やものが亡くなることからのストレス)



世の中にはたくさんのストレスがある。

プラス情報化社会。すごく脳に負担がかかる。環境も食事の栄養価や、
商品の質、便利になるがゆえの運動量が減ったりなど、

今は、「なぜ人が病気になるのか」というより、

「病気にならないほうがおかしい」と僕は思っています。



基本人は病気になる。

病気にならないのがふつうじゃなくて、病気になるのがふつう。

だから人が病気になるのはあたりまえ。驚くことじゃない。

ただ起きるべきことが起きましたねってだけだと思うのです。

ただ機械と同じで、エアコン壊れました。機械のことわかりません。

「なんでエアコンが動かないのかわからない」


知らないからですよね。知ったらそうなんやってなるだけ。


世の中は放っておいたら病気になるので、

だから食事、運動、睡眠、

それからストレス。を各自対策が必要ということで、

ストレスはやっぱり
「生きたい人生を生きれない」ってことだと思います。


生きたい人生を生きれている。

「生きがい」や「やりがい」があって、

いつ死んでもいいという人生を生きている。
(いつ死んでもいいというのは、めっちゃ幸せな時か、不幸な時に思うと思うのです。)

”楽しい” ”嬉しい” ”おもしろい”

”感動” ”幸せ” ”充実感”

そんな感情を感じれて、

もちろん同時に、

”悲しみ”や”苦しみ” ”悔しさ”などのあると思うのです。


”最高”の裏側には”悔しさ”もあったりします。


恋をすると、楽しいけれど、苦しいみたいな。

恋をしなければ、苦しくもないけれど、楽しくもないみたいな。


人生って2つだけだと思うのです。


「傷つかない人生を生きるのか」

「傷つく人生を生きるのか」


前者は楽だけど楽しくない。

後者はしんどいけれど楽しいことがある。


そんな感じですね。人生は。



それで人生は何もないところで幸せになれば1番幸せなのかなと。

1番ストレスがない。つまり失うものがない。


「何もない」「ゼロ」

そこが幸せだったら、

そこから何かを手に入れて、1や、2。

たとえば彼氏ができる、仕事に就職できて、お給料がもらえる。生活ができるとか。

「手に入った。1や2ってこと」


無くなってもゼロ。


「何もない」「ゼロ」

そこが幸せだったら、無くなっても幸せ。

あったらより幸せだってこと。


手に入った、与えられた感謝を忘れずにってこと。


成功している人が
「それ失敗したらどうするんですか」
と聞かれて、

「また4帖半のあの生活に戻るだけ」


失う怖さがない人は強い。

(失うのは誰でも嫌ですけどね。失敗は誰でも嫌だと思うのです。)


手に入れて、その手に入れたものを失う怖さにストレスを感じている人と、

ゼロをうけいれて歩む人とではまったくストレスが違うのかなと。

後者は楽しい。


病気はどこまで行ってもストレスを減らして、(ゼロを目指して)
(ストレスは体に悪いですからね。適度は逆に体にいいと思うのです。僕はそう思っています。)

食事正して、運動して、環境を整えていったほうがいいわけで、

それしかないわけで、


いまはあまり病気のことはやっていません。

僕は病気は幸せになれば治ると思っているので、
(かりに治らなくても、幸せは目指したほうがいい)

僕は僕で幸せになる方法を伝えていって、

やるやらない、使う、使わないは自由だと思うのです。

僕はやりたいからやるだけで。1人でも喜んでくれたり、役に立ったという人がいたら嬉しいわけで、

ただ伝えるというのと、まわりの人を幸せにしていく、

およびまわりの人を幸せにしていく人を増やしていく、つくりだしていく。

そして共に人を幸せにしていく人と生きる。

共に甲子園みたいに目指す。

そして時々、「乾杯!」

これが僕の幸せです。

人生最高だと言える人生です。

もちろんそこに幸せな家庭もあってね。


追伸、

人生は深く考えないほうがいい。いつ死んでもいいと思う、めっちゃ幸せな感じ、瞬間ってあると思うのです。その為に生きているぐらいでちょうどいいと思うのです。
 
セミも何年も土に潜って、飛べるって一瞬。しかも子供に捕まえられる。天敵はたくさんいるなど長寿を全うできない。ただでさえ短命なのに。
 
セミをみながら「セミは何の為に生きているんだろう」
 
「セミってなんやねん」
 
すごく小学生ぐらいの時に考えていました。
 
セミって不幸やねんと思っていたのです。自分が捕まえたセミをみながら。カゴに入れられているね。
 
でもいつだろう。20年ぐらい経ったと思うのですが、
 
「ああセミって幸せなんや」って思ったのです。
 
土に中に潜っている時は、
「ああいつか自分空を飛べるんやな」
と思える。夢みている。
 
幸せだなあと思ったのです。土に潜っている時。
 
それでたとえやっと空飛べるって思って、二週間ぐらい生きれるのに、やっと空飛べる飛んだら次の瞬間、カラスにバクっと食べられる。
 
これは僕は不幸だと思っていたのですが、
(それはきっと世の中が長生き○、短命だと、不幸みたいな解釈があったからだと思います。)
 
一瞬でも空を飛べる。それはとてもとても幸せなことだなあと思ったのです。
 
そうしたらセミっていつでも幸せだなあと思ったのです。
 
一瞬でもいい。輝く為に生きる。
 
で、いつかセミが空飛ぶみたいにして、ずっと土の中に潜っている(幼虫)時も幸せ。(飛ぶ準備して動いている)
 
いつでも人は幸せ。
 
一瞬でもいい。輝く為に生きる。
 
人生に意味なんてない。生きている意味も。使命も役割も。
 
生きているんだから生きる、それだけ。死にたいなら死ねばいい。でも死ぬと影響があるから、悲しむ人もいるから、死ぬよりも生きたほうがいいと僕は思う。そしてどうせ生きるなら楽しむ。
 
死ぬのと生きるのとの違いは、肉体があるってこと。肉体があるから感じられる。それを活かしていかないとね。
 
「どれだけ幸せを感じれるか。味わえるか」
 
人生はそこにしかないと僕は思います。
 
 
 
 
あと病気のことについて念を入れて伝えておきます。

禅です。

「よいことをしたらよい結果が出るというのだったら、結局打算にすぎない。

病気というものは妄想から起こる。
転倒から起こる。
欲から起こる。

「実法有ること無し」

病気は実際にあるのではない。病気をしている自分があると思うのも間違いであります。

「誰か病を受くる物ぞ」であります。」


引用 「よい言葉をかけて暮らそう 愛語」 田無文老師説話集
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まずはじめに。
社会不適応者みたいな人(個性的な方)が、この人生を幸せや成功やよりもっと幸せに豊かにそして優雅にこの人生を心から楽しめるようになることを願いこのブログを贈らせていただいています。
 
このブログの目的。
成功はまず自分のパワー(自信)を取り戻すことから始めてください。(そうしないと続かなかったり、セミナーや勉強してもやれなかったり、資格でもとっただけで終わりますからね。)
 
成功とか求めるなら絶対自分のパワー(自信)を取り戻してからのほうがいいと僕は思います。そうしないとそもそもが何か動いても身動きがとれなくなったり、体が動くなかったり、結局、長く続かなかったり、自分ガス欠状態みたいになったりするから。
根底に自信を持っておかないとね。
 


僕は30歳、独立をして、健康・医療の分野やカウンセラーでコンサルタントとして仕事をしてきました。

でも僕は勉強をほとんどしていないし、資格も何もありません。

どうしてその仕事を行ったのかは20代何千人の方の相談に乗っていてその中で病気のことって死ぬじゃないですか。

「人生何1つムダなことはない。」

「ああこれがあったから、いまこうしてこうしてこう・・」

って人ってポジティブだと思うのです。

その時は苦しくても、あとあとポジティブに変換するクセが人間にはあると思うのです。

だから生きてりゃなんでもいいのかって思って、

ただ「死んだらどうなんだ?」って思ったのです。


死んだら、「人生何1つムダなことはない。」とか思いたくても思えない。


今まで恋愛の相談とかにも乗っていましたが、別にどうでもいいというか、たいしたことがない。

それよりも「死」という問題が緊急性が高く重要度が高いと思ったのです。


病気は死ぬ。


いろんな相談の中で、病気のことをやっていこうと思ったのが、24歳の時でした。


やっていこうって何か勉強したわけでもなくて、「みんななにやっているんだろう」という疑問があったのです。


よくガンの闘病ドキュメンタリーとかがあって、その中で「ガンと闘う」という言葉。

それをみていて、

「いやいやその人はきっとなにかと闘っていまこうして病気になっているわけなのに、さらに病気って闘うって死ぬだけやん」って思ったのです。

「病気はメッセージ。生き方変えなさい」ってことだと思うのです。


で、みていて「いやこれ死ぬやろ」と思って、それでみていると亡くなるのです。


「なんでこれをテレビでやってるねん。人が真似がするだろ」と思ったのです。


(10年以上前の話ですよ)


当時は怒りや悲しみがあって、何度もこういう光景を目にして、

はじめは自分の考えがあっているのかどうかで悩んでいたのです。

僕が間違っているかもって。


でもそういう光景を何度も目にする度にだんだんだんだん自分の心の中に積もってきたものがあって、ある日「プツン」


正しいとか間違っているとかどうでもいいな。

あっていたら困るから伝えよう。間違っていたら謝ればいい。


そんな思いで昔、メールマガジンを発行していました。

タイトルは「なぜか!?病気が治る、病気にならない人の生活習慣」

最終的には読者8000人以上となったメルマガでした。


そのメールマガジンで自分が思うことを伝えていました。



なんでこんなことやり始めたのかのきっかけは、僕なりに食事は小学2、3年生から気をつけていて、母親、ばあちゃんには「玄米菜食を出せ」「レンシレンジは使うな」「スーパーの惣菜は買ってくるな」とか言ってたのです。

風邪薬とかも飲まなかったです。飲まないと治らないものは飲んだほうがいいと思うのです。
でもジーーっとしていて治るものならそのまま治したほうがいいと思っていました。
そうしないとその風邪という起きた出来事の意味を忘れるから。

風邪をなんか薬をつかってなんか無理して働いてって、重い病気になります。

と僕は思っていました。


そんな僕も16歳の時に皮膚病、水虫、腰痛など「僕の体は呪われているかも」と思った状態になったのですが、たまたま脳内革命という本を読んで、自分なりに心と体のつながりについて理解したのです。

そこから全部治しました。


で、18歳の時に本屋に寄ったら、脳内革命の批判本が山積みされていて、「わああエンガチョ」って思いました。

「あっぶなあ。こんな本、脳内革命を読もうとした隣に売られていたら僕、治らなかったなあ」と思いました。


いいやん別にその言っていることが科学的根拠がなかったって。

やって別に害や損のないことはやったらいいじゃん。

それをいちいち科学的根拠がないとかどうとか、うわあめんどくさいなあって思ったのです。

大人の世界って気持ちが悪いなあ。



「わあ治らない人、続出するわ」と思って、



でも「まあいいか。おれじゃないし」「おれは治ったからいいや」

って、笑顔で本屋は出たんですけどね。


で、社会人になって、大人の世界に入ると、

病気が多い。

人をみて「なにしてるんだろう」



生きていてよくわからないことがいくつかあったのです。


16歳、ロッテリアのハンバーガーショップで働いていた時、
10歳上の矢部浩之に似ている26歳のマネージャーに聞いたんです。

「夢ってなんですか」って。


そうしたら「いやあこのまま店長にいったらになるだろうし、まあこのままで・」

という言われ方をしたのです。


僕単純に聞いたのです。「なんでそれで生きられるんですか」


まわりの大学生たち爆笑。


「かわいい」とか「おまえも大人になったらわかる」みたいな言われ方したと思うのです。


なんなんだってわけわからなかったのです。


たった1度キリの人生それでいいの?



「いやあこのまま店長にいったらになるだろうし、まあこのままで・」


と言ったマネージャーの世界がほんとわからなかったのです。


なんか僕にはドロっとしたような感じにみえて、きこえて、怖い感じに思えたのです。


怖くなって、顔ひきつっているのに僕。

「なんで笑うねん」



そんなのが1回あったり、20歳の時の母親のやりとりもそうだったのです。

僕、本を読み出して、その中に「子どもが育つ魔法の言葉」という本があって、

「良い本だな」と思って、母親に読んでもらおうと思ったのです。

ビックリするぞって思ったのです。


めっちゃ感動して衝撃を受けると。


ドキドキしながら母親にその本を渡して「読んで欲しい」と。

で、「わかった」と。


で、何日後かして何も変わらないような感じで、

「あれれ」って思ったのです。


読んでないのかなあと思って、もうって思って、

「読んだ?」って聞いたのです。


そうしたらビックリです。「読んだ」って返ってきたのです。


「えっ、読んだ? なんで?」



読んだのになんで変わってないんだろうと思ったのです。フリーズ。


わからない。なんだろう。



「えっ、それでどうだったの?」と聞いたら、


「本にはいいことを書いてあるんよお」って返ってきた。




衝撃。・・わからない。




「えっ、いいこと書いてあるのになぜやらない?」


「えっ、いいことってわかる感性があるんでしょ? なんでやらないの? やろうとしないの?」


「結果はしゃあないやん。やってすぐに完璧にできるとかないし。それはわかるんだけどなぜやろうとしない?」



「えっ、いいことをなぜ子供にやろうとしない?」





うんなんだこれはって思ったのです。


これはなんだ?



なんなんだこれは?




後にわかったのは僕は本屋に行けばなんでも解決すると思ったのです。

宝の山みたいにみえていて、

後々世の中生きていて、

「あああ、本屋に行っても解決しない人がいるんだあ」って思ったのです。



わかっているだけどできないという言葉。


「いやわかったらできるやろ」



なんでそうなっているのかわからない。



いまはわかるんですよ。いろいろ抱えているものがあると。人それぞれ。複雑になっているという。


頭の中がたとえばホテルみたいな感じ。部屋。はじめはピカピカ。

でも使っていると自分の部屋みたいにどんどん汚くなっていく。汚れていく。

そういう状態が

「わからない」とか、重症だと「わかっているだけどできない」

っていうふうになっちゃうんだと思います。




僕にとって人生はそうやって知っていく作業で、


「なんでそんなに問題解決しないの?」


「なんでもっと人生夢みないの? 1度キリだよ」



人の問題に踏み込みはじめて、

そこからとくに病気のことが「死」が関わるからそれやろうとか、


そんなふうになっていきました。


人生は楽しいほうがいいし、笑顔でいてもらいたいからです。
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まずはじめに。
社会不適応者みたいな人(個性的な方)が、この人生を幸せや成功やよりもっと幸せに豊かにそして優雅にこの人生を心から楽しめるようになることを願いこのブログを贈らせていただいています。
 
このブログの目的。
成功はまず自分のパワー(自信)を取り戻すことから始めてください。(そうしないと続かなかったり、セミナーや勉強してもやれなかったり、資格でもとっただけで終わりますからね。)
 
成功とか求めるなら絶対自分のパワー(自信)を取り戻してからのほうがいいと僕は思います。そうしないとそもそもが何か動いても身動きがとれなくなったり、体が動くなかったり、結局、長く続かなかったり、自分ガス欠状態みたいになったりするから。
根底に自信を持っておかないとね。
 


僕は20代前半は不動産屋に勤め、
20代後半は飲食業で働きました。

不動産屋でいた時は、

『「お金」「健康」「仲間」を提供できる不動産屋になろう』

と思っていました。

飲食業で働いていた時は、

『「ここにくればあれれ?どんどん問題解決していくぞ。幸せになっていく」、そんなお店をやろう』

と思っていました。


そして30歳独立。そこからカウンセラーとして活動してきたり、
コンサルタントとして活動をしてきました。

それは結果であり、それが仕事となったのは、

不動産業にいた時は、自分の独立を考えて動いていて、
ふつうに独立って難しいと思います。

しかも不動産業は横のつながりを大事にしています。

「それいらへん」と思っていて、横のつながりも大事にしない、
21、22歳の若造が独立。

ふつうに考えて難しいと思っていて、

「じゃあでもそれでやるなら何が可能か」と考えた時に、

『「お金」「健康」「仲間」を提供できる不動産屋になろう』と思ったのです。

そしてそこからの行動が結果的にカウンセラーしたり、コンサルできたりする力になりました。


飲食業も同じで激戦区だと思うのです。

しかも1年、2年は別としても10年や20年やっていけるお店をつくるってなかなかだと思うのです。

なにか付加価値をつけていかないと。

それが僕が飲食業をやるテーマが、

『「ここにくればあれれ?どんどん問題解決していくぞ。幸せになっていく」、そんなお店をやろう』ということでした。


その人の仕事の悩みや、

人間関係のさまざまなこと、

健康や恋愛、

解決してより幸せにさせりゃあそんな店、うまくいくと思ったのです。



仕事の成功よりも人の幸せの方が大事だと思うのです。両方です。

単純に冷蔵庫売っておきたいですか。

電化製品売っておきたいですか。

化粧品や服や、あらゆるものがあると思うのです。整体とか。

そりゃ人が助かるし、キレイになったり、体が改善されたりすると思うのです。

それは必要だと思います。でも僕はそれだけが嫌なのです。欲深いのです。

でもお釈迦様が言っています。「大欲は善なり」と。


人はあらゆるもので悩んでいたりします。差別、偏見、いじめ、不登校、人間関係や、恋愛、結婚。それから仕事の悩み。家庭のこと。子供のこと。健康のこと。コンプレックス等。


商品買ってくださる人がいる。


何かを抱えているなら全部を解決したい。来てくれた時の悩みや問題だけじゃなくて。


つまり幸せになって欲しい。より幸せになって欲しい。

「その為になにができるのかを考えて行動をしていく。職業を越えて。」


そういうことが僕は大切だと思っています。

そして今こそほんと素敵な時代と思うのです。つまりふつうに仕事をしていても潰れてしまう。

もの売りやる。価格競争が起きる。競合他社がたくさんいる。

ふつうにやっていて生き残れない。やっていけないと思うのです。

今の現状を踏まえて、今の世の中の現状を幸ととるか不幸ととるかはその人次第です。

これからの時代はポジティブに考えないほうがいいと思います。

景気があがんねんとかね。

僕はあがるわけがないと思っています。あがらなくていいと思っています。

仕事が雑になるから。

ほんとに一生懸命お客様に尽くさないと仕事がやっていけない。

そんな時代が悪いのだろうか。


そんなに人を楽にさせる神様?って思うのです。

だったら戦争のない、殺し合いのない世界をつくると思うのです。


たとえば飲食店だけではやっていけないからって、
お客様の健康や幸せのことを考えようって、

来てくれたお客様にあわせて、お客様が腰が痛い、足が痛いとか言っているなら、

マッサージ自分で覚えたり、それを解決してくれる素晴らしいお店を探したり、人を紹介する。

それをただそれを聞いて「ああ大事にしてくださいね」だけ言っていたら、

そのお店潰れるぞって思うのです。


「わたしお客様が、腰が痛い、足が痛いとか言っていたから、マッサージ覚えてきました。」

「それを解決してくれる、素晴らしい人みつけてきました」とか。

ご馳走って走り廻ると書きます。

昔の人は、食事を用意するために走らせ、食材を集める。

走り回って用意をする。手間暇かけて集めるもてなしの心です。


お客様が夢もっていたら、それを叶えてあげる。

何ができるのだろうかと考えて行動をする。人も紹介する。

時に「おまえそれじゃあ夢、叶わないぞ」って、言いたくないことも言う。

ふつうに考えてそんなこと言おうものなら、客が減る。

だけど今の時代そういうこと言わないほうの方が客が減る。


お客様が夢もっていたら、それを叶えてあげる。
何ができるのだろうかと考えて行動をする。人も紹介する。
そんな本気で行動をとるような人が、

「おまえそれじゃあ夢、叶わないぞ」って、言った時、説得力があると思うのです。愛がきこえると思うのです。


「お客様が夢もっていたら、それを叶えてあげる。
何ができるのだろうかと考えて行動をする。人も紹介する。」

こんなことしないような人が、

「おまえそれじゃあ夢、叶わないぞ」って、言った時、説教ですよね。

確実に客無くす。


でも行動が伴っていたら愛じゃないでしょうか。

かりにそれで客が減ったとしても、増えると思うのです。

絶対1つのお店ぐらいやっていけると思うのです。


こんなこと大企業ができないし、やらなくてもいいですが、

だからこそ個人はこういうことやったらいいと思うのです。


『心優しき人が繁盛店をつくる』



地震が起きた時、人は優しくならなかったですか。


つまり不景気は、人は優しくするのです。

そういう人じゃないとやっていけないのです。

やさしさとはいい人じゃないです。時に厳しいものです。

客の顔色伺ってやっている場合じゃないということです。


「おまえそれじゃあ夢、叶わないぞ」とか、

「そのままでいいのか」

とか、


「ああ言ってしもうた。客減るやん。僕のバカバカ」みたいにして

生きているほうが人間らしくないですか。



不景気は、人は優しくします。
(逆にバブルみてください。アホが多くなかったですか。)

そういう人じゃないとやっていけないのです。

それが神様が邪魔するか?


世の中にやさしさが溢れ出ているなら、無くなると思うのです。

そうですか。

そうじゃないなら僕は無くならないと思っています。


いいじゃないですか。生存からで。客に尽くす。

やっていけなくなるから、客に尽くすでいいと思うのです。

音楽もはじめはモテたいとか、かっこいいではじめるように。

動機は不純でいいのです。

やりながら音楽を知るように、
尽くす喜び知ればいい。



これからの時代、人を幸せにする人がうまくいくと思うのです。

成功だけならそうじゃないかもしれませんが、
「人生の楽しさ」や「充実感」

本当に満たされているという感覚はここにしかないと思います。
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成功はまず自分のパワー(自信)を取り戻すことから始めてください。(そうしないと続かなかったり、セミナーや勉強してもやれなかったり、資格でもとっただけで終わりますからね。)
 
成功とか求めるなら絶対自分のパワー(自信)を取り戻してからのほうがいいと僕は思います。そうしないとそもそもが何か動いても身動きがとれなくなったり、体が動くなかったり、結局、長く続かなかったり、自分ガス欠状態みたいになったりするから。
根底に自信を持っておかないとね。
 


僕はいま自分で仕事をしていますが独立心はとくにありませんでした。
むしろないです。会社でいたいです。

自分のやっていきたいこととつまり自分の方向性と、
会社の方向性が一致しているなら会社でいたほうがいいと思うのです。

会社には人がいるし、お金もあるし、会社の看板があります。

「自分のカタチにしたいものが広がりやすいと思うのです。」


自分の広げたいものが広がりやすい。


自分のやっていきたいことと(方向性)
会社の方向性が違う場合、

その時会社に提案して、全力でプレゼントをして、「NO」と言われた時、辞めて自分でやればいいのかなって思います。

自分でやることは最終手段。


それで自分でやるにしても、それは会社の為に全力で働くことで得られる力なのかなって思います。

僕は30歳独立しましたが、
独立の準備をまったくしていませんでした。

会社でいる時は会社のことを考える。

会社でいながらなんか別のことやるよりいいと僕は思うのです。


会社からすれば、

会社にいる時、会社のことを考えてくれる人と、

会社以外のなにか副業とか考える人となら、会社のことを考えてくれる人がいいと思うのです。


それは雇われた恩や縁や感謝ですね。

会社に貢献できるように行動をする。本を読むなら会社の為になるような本を読む。
セミナーに行くなら会社の為になるようなセミナーに行く。


こういうことは斎藤一人さんの受けうりでもありますけどね。
日本一の大金もちの。

素人が自分なりにやるより、たとえば日本一の大金持ちの斎藤一人さんがそう言っているなら、そうしたほうがいいと思います。僕は。結果出している人がいうならそこに何かがあるのかなと。


そりゃ独立するなら独立の準備したいです。会社のことより自分の人生のことを考えたい。

でもそうやっていてうまくいかない人たくさんいるし、

逆にやっぱり義理や人情、感謝、恩、縁を大事にし、

会社にいる間は全力で会社に貢献できるように行動をする。本を読むなら会社の為になるような本を読む。
セミナーに行くなら会社の為になるようなセミナーに行く。

そんな人でうまくいっていない人ぼくみたことがないので、

ただそんなんやらない人が多いだけで。

自分の理屈に合わないのだと思います。

でもその頭でやっていてうまくいきますかという致命的な問題はあると思います。



会社にいる時、会社のことを考えて全力でやっている方が、

会社以外のなにか副業とか考えて、独立しようというより、

僕は会社にいる時、会社のことを考えて全力でやっている方が独立しやすいと思っています。

力がつくし、準備という意味ではまったくありませんが、なんかその方が自分のことが好きになれる。(僕は)


正解はないと思いますけどね。



僕は独立の為にやった準備はゼロです。

準備というなら会社でいる時は会社のことを考える、それが準備なのかなって思います。



あとは会社は「思い」「理念」があってそこに共感して集う仲間たちなのかなって思います。

思いや理念ややり方はそれぞれでしょうか、そこに共感して集う。


休みや給料や条件は僕はどうでもいいという感じでした。(そりゃ給料で言えば多いほうがいいですけどね。)

それよりも「思い」や「理念」ですね。


あとはそこに「自分の成長があるかどうか」「なりたい自分になっていけるかどうか」


休みや給料や条件は、結果を出して交渉していけばいいのかなと。

あとからなんとでもなる。それよりも成長。


「自分の力をつけていく」「成長していく」ことで、世の中で自由に動けると思うのです。

やりたいことやしたいこともできるようになる。


「自分の力をつけていく」「成長していく」

そこにこだわりたい。

そうしないとやりたいこともしたいこともできないのではないでしょうか。

自由が得れない。
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根底に自信を持っておかないとね。
 


小学3年生にも引き続いて、小学5年生、6年生にもありますね。

いじめていた女の子が。

今度は僕がメインじゃないけれど。(前回のちょっと続きです。)


この子もやっぱりキレイで美しかった。


顔とか外見じゃないんですよ。やっぱり芯がしっかりしている。

明るくて笑顔。そしてやさしい。


じゃあなんでいじめられるのか。

単純に気持ちが悪いからじゃないですか。

僕も思っていました。


どこが?


大人っぽいから。

強かったから?



別に僕は嫌いじゃなかったのかな。


やさしくして好かれたら困ると思った?


それですね。


いまこれ書いているのは過去の懺悔ですよ。


いじめられていたとか僕書いていたからね。

たしかにそうだけど、加害者もあります。


助けなかったら加害者ですよ。


ならない為には、好きやでと伝えて。(いや恋愛じゃなくて)

なにかあったら守って。

好かれたら「好きじゃない。好きだけど、それは人間としてや。人間愛や!」

と言ってればいいのかなと。



どうあるべきかの為に書いています。


僕が見失っていたら言っていただけるように。

「kenjiさんってそんな人でしたか」と伝えてください。

ここで書いていたことを僕に教えてください。


僕は酷いところまだまだたくさんあるし、逃げるし、そういう無意識のクセもたくさんあります。

言われて気づくことって多々あるし、

言われないとわからないこともあり、

だから教えてください。

逆切れしないようにもします。

しないようにしますが万が一したら、「しないと書いてましたよ」と言ってください。


地球に優しい人でありたいのです。(いい人になるという意味じゃなくてね)


そんな人でもなかったんですけどね。


愛する人が増え、愛してくれる人が増えれば増えるほどそうなるかなって思います。

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