想像と創造を膨らませるビジネスチューインガム

ビジネス、ランニング、とにかく取り組んでいること、何かの糧になる?ことについて書き綴っています。多少の個人的な見解と偏見はご了承ください!


テーマ:
広州フェアは毎年春と秋に行われていて、今回119回目を迎える

中国最大規模の商談用展示会。

規模の大きさから3つの会期にわけられていて、

今回私たちが訪れたのは第二期の日用雑貨などが展示されている期間。


商材については同じようなものが多いので、

真新しいものが多いということはないけれども、やはりそこは出展数がカバーするという感じで、

目的と廻るエリアを決めて歩き回ってもかなりの時間と労力を要する。


結局1日歩き回ってターゲットエリアはすべて完歩。

昼食時と少し休憩をした以外は歩き回ってみて得た印象は、

どうも前日に廻った香港フェアでの同一商材よりはやや高めの値段設定がされている、ということ。

これは一緒に同行してくれた中国での取引先の方が言っていたことだが、

日本向けだけと品質基準の要求などが高いため、どうしても値段設定が高くなる。

価格が安いということは品質基準のことを知らないか、

日本にまだ輸出したことがない可能性が高い、ということ。

確かに香港でのフェアに出展しているところは、

どちらかといえば商売慣れしている感じは少なかったので、そういった可能性もある。


広州フェアからの帰りはタクシーに乗ろうと思ったものの、

タクシー乗り場は大混雑しているし、そのあたりの近場でタクシーを止めようと思っても、

警官が配備されていて、タクシーも容易には止まってくれない。

結局、地下鉄の駅まで歩いて、食事が出来るところまで行くことにする。


広州の地下鉄は初めて乗ったが、切符ではなくプラスティック製のICコインを切符がわりにする。

改札に入るときはコインを改札機上部のIC読み取りエリア(日本と同じ)にかざして通過、

出るときはコインを入れるところが改札機手前にあるので、そこに入れて通る。


夕食を食べたところは客村というところの広東料理の比較的大きな店。

案内されて、入っていくと、結婚披露宴をやっている最中だったが、

そんなところで一緒に食べるのか、と不思議に思っているとどんどん奥に案内されて、

廊下に並べられて円卓に座らされた。

日本だと貸切にしてしまうか、また入れるとしてもこんな廊下に机を並べて、ということは

なかなかないことなので、この店の人気ぶりが窺えるとともに、商魂たくましいというか、

こだわりがないというか、文化の違いを改めて感じた。


この店の料理は比較的あっさりとしたものが多く、どれもおいしかったが、

アヒルの手となまこの甘く煮詰めた料理はとてもおいしかった。

個人的になまこは生でポン酢の方があらためて美味しいと思ったけれど、

この見た目がグロテスクなアヒルの手はかなりの美味だった。


そこからまたタクシーでホテルへ戻る。

周辺には何もないことは確認していたが、唯一足浴マッサージ店は近くにあったので、

一日歩いた足の疲れをとるべく、そちらに向かう。


入口で英語は使えるか、と聴くと「ノー」ということだったが、

一応価格と時間はわかったので、入ることにする。80分で60元。

足浴マッサージではとりあえず勉強した中国語を使ってみて、通じるかどうか試してみる。

言っていることもわかる部分があったり、こちらの言葉も発音が少しぐらいおかしくても

通じたりするので、足の疲れも癒しながら、中国語の勉強にもなり、これは一石二鳥。



次の日は広州からシンセンに向かうが、午前中早くに三元里と呼ばれる

アパレルが安く買えるという場所へ立ち寄ってみることにする。

地下鉄・洛渓駅から12駅乗り継いで降りたところは、大阪で言えば、センイシティーか、

船場センタービルみたいな形で、たくさんの店がテナントとして入っているファッションビル。


開店時間になって、店舗を見回って歩くが、正直なところ価格的に魅力的なものはなく、

安くもなんともない。聞けば、工場で生産していたものの、売れなくなったものをここで

販売している、とういことだったが、それにしては価格があまりにも普通だ。

1時間弱見回ったものの、これはちょっと・・・ということで、広州駅からシンセンに向かう。


広州駅から和諧号という特急列車に乗る。

シンセンまでは約1時間少々。

ここでも駅では無料のペットボトルの水を配っている。

ここで配られていてのはチベットの水だった。


シンセン駅に着いてから、地下鉄の羅湖駅からホテルのある福民駅を目指す。

ホテルは駅の真上で非常に立地がよい。それでも298元ぐらいなので、とても安い。

早速チェックインと思いきや、該当のルームがまだ掃除中のとのことで、荷物だけ預ける。

そしてもちろん明日の朝食の確認して、チケットを貰うことを忘れない。


一駅だけ地下鉄に乗ってシンセンギフトショー会場に向かう。

フェアは規模が小さいと聞いていたが、一つ一つのブースも大きく、

とても小さくはない。

ただ、広州フェアや香港と違ってあきらかに中国人だけのイベントになっている感があり、

土着的なムードを漂わせてはいた。

ここでは来場者とのサンプルを購入してもらうやりとりも結構あり、

中国的商売の一端を垣間見ることも出来るある意味、面白い。


結局、この日一日歩き回ってから、取引先工場を見学、

翌日にもう一度訪れて、フェアを堪能。もう少しどっぷりと話をすると面白いものも

あるのかも知れないが、今回のところは、という感じ。


その後、昼から今回新しく契約をすることになる会社へ、これまた視察に訪れる。

特に問題はなさそうだが、中国の会社は最初の段階では特に問題なさそうに見えるのは

普通のことなので、最低レベルのラインはクリアという認識にとどめる。


この会社からの帰り、自力でバスで羅湖へ移動しなければならない羽目になり、

バス停まで送ってもらうが、確かにバスが並んではいるものの、

バス停とはなかなか認識しづらいところで、なかなかディープさを漂わせている。

マイクロバスにほぼ全員がキャリーケースなどの大型荷物を持ち、

補助席も全部使い、荷物だらけで、全く自由が利かないまま、50分。

ノンストップなので乗り降りに苦労することはないが、

中国人だらけの中に専務と二人乗り込んでいるのは冷静に考えるとおかしな光景。


駅についてからは歩いて、出国、そしてイミグレーションを通って香港へ。

こういうこともなかなかないので面白い。

MTRの羅湖駅は香港側でここから最初に来たホンハム駅まで再び1時間弱電車に乗る。


ホンハムからホテルまではタクシーで向かう。

ホテルは香港島にあるので、トンネルをくぐり抜けて向かうが、ラッシュ時にあたるせいか、

結構な渋滞。もちろんそれも加味しているので、特に時間的には問題ない。


香港島のアバディーン近くホテルに着いたのが、7時。

そこから香港在住の大学時代の友人と一緒に日本居酒屋などに行き、

旧友を温めるが、多少飲みすぎて反省。


翌日、少し前日の酒が残ったまま、朝の飛行機に乗り組むべく、

タクシーでエアポートエクスプレスの香港駅へ。

そこから30分ぐらいで空港についてチェックイン。

行きとは違って、ターミナル2からの搭乗。


帰りの便はかなり飛行機のサイズがコンパクトだったせいか、満員。

途中胃が痛くなって、フライトアテンダントに胃薬はないか、と聞くが、

あっさり「ない」と言われて「水はいるか」と聞かれたので、

YES、と答えると温かいお湯を持ってきてくれた。

もしかして胃が痛いときは温かいお湯がよいのか、と思いながら、少しいただいた。


というわけで、香港・広州・シンセンのフェアめぐりは終了。

それぞれに特徴があって面白かったものの、正直なところ10年ぐらい前までなら、

もっと面白かっただろうな、と思った次第。

やはりインターネットがこれだけ普及してしまうと、そちらの方が豊富な情報であることは否めない。

それだけにリアル店舗での買いつけにはまだまだ面白い商材はあるな、と感じた。


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チャレンジ富士五湖のほんの少し前、

4月22日~27日まで香港から広州、シンセンのフェア視察と

工場見学の出張に行ってまいりました。


まずは22日、夕方関空発の便で香港入り。

香港エクスプレス便を使いましたが、機内はガラガラ。

金曜日の夕方の便というのに、この空き様は原発の影響が何か出ているのか、いないのか。


香港についてみると、思っていたよりも熱くはなかったものの、

それでも半そででも十分に過ごせそうな感じ。

空港横にある直結のリーガルエアポートホテルにチェックイン。


とここで、トラブル発生。

この時期、イースターということで香港では宿泊料金が急騰。

今回は当社専務との二人旅になったので、この初日に関しては

ツインを選択して、二人同部屋で香港在住の友人を通して代理店から予約。


が、実際にルームキーを差し込んで部屋をのぞいて見ると、

そこにあるのはツインではなく、ダブル。

さすがにこれはないだろう、ということでフロントに電話。

とりあえず降りて来い、という内容だったので、再びフロントに戻り、

さきほどチェックインの手続きをしたお姉さんのところに行って、

「予約したのはツインだが、ベッドがダブルなのはおかしい」と抗議。

すると、このホテルにはツインの部屋はない、という回答。

そんなバカな!

とりあえず友人にも連絡するが、交渉としては部屋を変えてもらうほかはない。

ベッドはセパレートにしてくれ、ダブルは絶対受け入れられない、

と交渉すること、数分・・・。


新しい部屋を用意した、但しこの部屋もダブルだが、

ほんの少しベッドはセパレートになっている、という話。

早速その部屋に行ってみると、いまベッドを離しましたという感じの

15cm程度はなれたベッドがあり、確かにツインに見える感じに。


相談の結果、仕方なくこの部屋でOKすることにして、

フロントにその旨を告げる。

日本語の通じない中で、いろいろ交渉するのは骨が折れるし、やりづらい。

その後は日本料理風の空港の店で食事。



翌日は朝から空港から一駅のアジアワールドエキスポへ。

ここではギフト&プレミアム、ホームプロダクツなどが展示されている。

なんとか秋から冬にかけての商材を見つけなくては・・・


歩き回ること、4時間から5時間。

くまなく歩いて、いくつかの面白そうな商材を見つける。

会場内は人は多くもなく、少なくもない。

ゆっくりと商談できる雰囲気だったのが良かった。


アジアワールドエキスポからはエアポートエクスプレスで九龍駅へ。

約25分ぐらいで到着。

この電車は速くて快適だが、その分値段もそこそこする。

一人90HKドル。日本円で約1000円程度。


九龍からは広州へ向かう列車に乗るために、ホンハム駅へタクシーで向かう。

地下のタクシー乗り場から乗り込もうとすると、運転手の女性が

荷物をトランクに入れてくれようとするので、女性に持たしちゃ悪いな、と思って

タクシーに乗り込んで運転手の写真やら名前を見ると、男性であることに気づく。

正真正銘のオカマの運転手だったわけ。


ホンハム駅には予定どおり20分以内ぐらいで着いて、料金を支払う。

香港のタクシーは荷物台として1個あたり5ドル支払うことになっているので、

乗車料金+荷物二人分の10ドルで46ドルを支払う。


駅に着くと、外国人やら中国人やらでごった返してして、

構内もその外も不動産関係の説明会への勧誘らしき人々が山ほどいて、

かなりしつこく勧誘される。


その様子を尻目にして、広州へのMTRの切符売り場へ。

事前にインターネットで予約していて、少し早めに着いたので、

一本早めの電車に変えてもらおうか、と思ったところ、

当日分はすべて売り切れということ。

やはり広州フェアがあるので、香港から広州入りする人が多いのだろう。

とにかく事前に予約していてよかった。


ただ、時間はかなり余裕があったので、

ホンハム駅の周辺を歩き回ることにしてうろうろ。

ホンハムという町は特に何かがあるわけでもなく、

時間をつぶせるようなところもない(もちろん知らないだけだろうけど)。

中国本土でよく見かける足浴も大きなものはなく、

多少勇気を伴うものが1件程度あっただけ。

結局ぶらぶらして時間をつぶし、夜6時35分のMTRに乗り込む。


このMTRに乗るにはまず、イミグレーションを通過しなければならない。

香港の出境用紙を書いて、通過する。特に問題なし。

指定席で1等席に座るが、日本で昔からある特急みたいな感じで、

特に1等という気はしない。


社内では免費(無料)のミネラルウォーターが配られる。

なんとなく怪しい雰囲気もあって、ネットではいろいろかかれていたようだが、

飲んでみるとなんのことはない、普通の水だった。


香港を出た列車はかなりゆっくりのスピードで、

香港と中国本土の境界線へ差し掛かる。

ここまでで全行程の約4分の1ぐらいの距離だが、すでに半分ぐらいの時間が経過している。

必然的な疑問として果たして到着予定時刻にきちんと着くのか、

ということが頭をよぎる。


しかし、境界を越え、シンセンに入ると急遽スピードアップした列車は

多少遅れはしたものの、ほぼ定刻どおり広州東駅に到着。

もちろんここでもイミグレーションを通過。

実は列車でのイミグレは今回初の体験だったので、どんな感じか、と思ったが、

特に空港と変わりはなかった(当たり前)。


駅を降りて、ホテルまでの道のりは地下鉄に乗ってタクシーか、タクシーによる移動か、

選択肢があったが、時間も遅いし、荷物もあるので、タクシーでの移動を選択。

事前にインターネットで調べたところによると、広州のタクシーはかなり遠回りなどして、

余計に請求されることがある、ということだったので、事前にいくらかかるか聞いてから乗ろう、

などと話していたものの、タクシー待ちの行列が半端ないぐらいで、

とてもじゃないが選べるような雰囲気ではなかった。


30分程度は待った後、タクシーに乗り込んで、ホテルの住所を運転手に見せる。

運転手は住所を見ながら、発進。

しかし現場近くまで行ってから、どうもわからなくなったみたいで、

町でたむろしている人たちに聞きながら走ってようやくホテルへ。

お釣りをなかなかくれなかったが、「レシート頂戴よ!」と

中国語で言うと、しぶしぶという感じで、レシートとおつりをくれた。


ホテルのチェックインではまたしてもひと悶着あって、

フロントの女性の英語の発音がうまく聞き取れず、パスポートを見せるだけで時間がかかる。

さらに事前に聞いていた値段と違うので、

値段が違うよ、というと、フロントの女性はなんだかよくわからないが、

ほんと困るなぁ、と感じで、どこかに電話をかける。

代われ、というジェスチャーで代わると、電話の向うは日本語を話せる人が出る。

おそらくこのホテルの専属か、特別なときの日本語通訳の人だろう。

その人の説明によると値段はあっている、すでに割引が適用されているので、

その聞いた値段が間違っていると思う、とのこと。

それに朝食もついているし、値段はあっていますよ、ということ。

確かに店の定価設定から見てゴールドメンバーの価格での宿泊料金になっているので、

おそらく彼女のいうことは正しいのだろう。

了解してチェックイン完了。


すでに夜の9時半を回っていたので早めに夕食を食べに、ということで、

部屋から出てあたりを二人で探してみたものの、麦当労(マクドナルド)以外の店がなにもない。

さすがにマクドナルドはないだろう、ということで、ホテルに戻って、

「このあたりにレストランはありますか?(中国語)」

で聞いてみたものの、返ってきた答えは「麦当労」という答え・・・


どうしようと思っていると、奥にいた支配人風?の男性が来て、

「この前の道をまっすぐ行って左側にレストランあるよ(中国語)」

と教えてくれた(多分)。


仕方ないので、歩き始めたものの、どのぐらいかかるか、聞いておけばよかったという感じで、

いけどもいけども見つからない。

こういう場合は200mぐらい歩いてもないと、不安になるもの。

結局500m~600mぐらいは歩いただろうか、

少し開けたところあたりで、一応あるにはあった中華料理店で夕食をとることに。


ここでまずはビールを頼もうと「リャンガピージョウ!と言ってみたものの、

おばさんは「は?何言ってるの、あんた?全然わかんないよ?」というような感じだったので、

もう一回言うと、「チンタオでいいのか?」と聞かれたと思ったので、「それでいい」と

答えると、ウイスキーのような紹興酒のようなものが出てきたので、

あわててそれじゃない、ということで専務が見えているビールのところまで行って、

これが欲しい、と伝える。


もしかするとここは広州で広東語がメインだから通じないのか、と思ったが、

結局まったく通じなかったのはこのおばちゃんだけだったので、僕の発音が悪かったのか、

おばちゃんが普通語を全く理解できないか、どちらかだったのだろう。


料理は売り切れとかもうやっていないとかいろいろあったものの、無事注文。

それなりに美味しくいただく。


翌日、朝食がついているということを思い出したが、そういえば朝食券をもらっていない。

フロントの男性スタッフに、

「私たちの部屋には朝食がありますか?昨日電話で話した彼女があると言ってました(中国語)」

と伝える。おそらくなんとなく意味が伝わったのか、2枚きちんと手渡してくれる。

このあたりにはマクドナルドしかないので、朝食があるのは助かる。


朝食後はホテルの前にいたタクシーに

「いいですか?(中国語)」

と聞いて、乗り込む。はっきり言って中国語は全く話せないに近いのだが、なんとかなるものだ。

そして行き先だけを告げると、運転手はすぐにわかったようで、走り出す。

広州フェアはすごく有名なので、地名を告げれば外国人はすべてそこへ行くということで、

理解をしているのだろう。


そして3日目広州フェアの話はまた後日・・・


















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30日、初めてのチャレンジ富士五湖に参加してきました。

富士山の周りにある、山中湖、河口湖、西湖、精進湖、本栖湖の周囲を走る、

この大会、今回で21回目。去年も参加しようか、どうしようか、と思っていて、

今年は日程的にも参加しやすかったので、112kmの部にエントリーしました。


夜行バスで前日入りして、説明会の後、テントを張る場所を探して、右往左往。

大会関係者に聞いても「わからないですね」ということ。

大会会場である公園内は一応キャンプ(といっても寝るだけなのだが)禁止なので

その周囲で場所を探してみました。


ちょうど公園近くにキャンプ場があったので、テント張る場所を借りれないか

聞いてみたが、ゴールデンウィーク期間中ということもあって、一間借りるのに7,000円。

これは寝るだけにしては高い。こんな料金を払うなら、素直にホテルに泊まった方がまし。

ということでまた重い荷物を持って場所探し。


しかしあまり遠くに行くのは得策ではないので、キャンプ場から100mぐらい下った、

道路わきから100mぐらい張った林の中にテントを張る。

先ほどのキャンプ場からはそう遠くないが、この辺りでテントを張っているは私一人の様子。


テントの設営はあっという間に終わったものの、夕食をとろうにもこの辺りには店もなにもない。

闇雲に歩いて体力を消耗するのも避けたいので、こういうこともあろうか、と予備で購入しておいた

おにぎりセットを食べて寝ることにする。


しかしこのあたりは私の持っているiPhone、つまりソフトバンクは圏外表示。

テント内のナイトライフは繋がらない携帯端末と過ごすハメになる。

ウルトラといえばいつもこんな調子で、絶対に電波がつながらない。

ソフトバンクだといざというときのサバイバルで生き残れないのではないか、と

本気で心配になる。


テント内はとても寒い。

もちろん寝袋に入ってそれなりには温かく、凍え死ぬという感じまではいかない。

それでもじっとひとりいて、ネットもつながらない状態ではやはり寒さをモロに感じる。

眠りも浅く、結局1時間ぐらいしか眠れなかった。

夜中の1時ごろには小動物(おそらく鹿)の歩き回る音が聞こえたりして、

「ああ、どうしてテント泊にしたんだろうなぁ・・・」と不安な気持ちになる。

鹿だとわかっていても、もしかしてクマなんじゃないか、とか。

そんなつまらない心配をしながら、午前3時前にさっさとテントをたたんで、会場に向かい始める。


112kmのスタートは午前4時半。

まだまだ暗いけれど、それでも以前に丹後や村岡を5時スタートで走ったころに比べると

随分と明るく、はっきりと前は見えるので特に問題はない。

スタート地点から富士山がはっきり見える


$想像と創造を膨らませるビジネスチューインガム-チャレンジ富士五湖

昨日着いたときにも思ったが、30年ぶりに近くで見る富士山は

子供の頃に見たときよりもとてもつなく巨大に感じて、素直に感動してしまった。



スタートして、まずは東側の山中湖方面を廻る。

ここでも富士山がきれに見える場所があって、ポーチに入れたデジカメで写真に収める。

富士山を見ながら湖の周りを走るこの大会、人気なのも頷ける。

$想像と創造を膨らませるビジネスチューインガム-チャレンジ富士五湖


中国へ一週間出張に行っていたこともあって、久しぶりに走ったものの、

全く違和感なく、スムーズな走り。

正確には測っていないけれども、大体1キロ5分半ぐらいのペースで走ろう、と思っていたので、

ペース的にも想定どおり。

去年から今年にかけてのマラソンでは常に右足の小指がパンパンにはれて出血していたので、

そのあたりも心配していたけれど、4月10日のチャレンジ登山でうまく対応できたので、

同じ手法と同じソックスで今回も走ってみた。


30km手前ぐらいから膝が痛み始める。

痛くて走れないほどではないので、そのうち治まるの待つ。

その痛みが治まり始めて頃、今後は腰が痛み始める。

軽いものだが、ポーチにデジカメを入れていたせいだと思われるので、

ポーチの位置を横にずらして、腰を叩きながら走る。


50km過ぎたあたりから、急に体が重くなってきて、坂道を駆け上がることが苦痛になってきた。

中国から帰ってきた日あたりから、胃が痛いときがあって、

この前日テントでもその痛みがあったので、多少心配はしていたが、

やはりチクチクと少し腹が痛む。

しかしこれもそのうち止むだろう、とやり過ごす。


この50kmから70kmまでの間はあまりのペースダウン(と感じた)と

体調も思わしくなく、これは完走は無理じゃないだろうか、と思い始める。

まだ半分以上、まだ50km以上、まだフルマラソンの距離があると考えただけで、

気が滅入りそうだった。


70kmで本栖湖手前のエイドに入る。

ここでゼリーやら、カステラやらいろいろほおばって、

112km参加者だけが挑める本栖湖一周へと歩を進める。

このエイドの食糧補給がよかったのか、この本栖湖一周は急に復活したかのように、

体に軽快さが戻ってきた。

タイムのラップを見ても、1キロ1分ぐらい短縮できるようになっていて、

これは自分でもびっくりした。

もちろん足裏の痛みや腰の痛みが全くなくなったわけじゃなく、

どちらも抱えたまま走っているのだが、

自分でもよくわからないほど粘りがある走りで、抜かれることはほとんどなくなり、

前を追い抜いていく。


そんな状態が100kmまで続いて、あと12km。

しかし、ここで精神的にぷっつりとチャレンジの意欲が切れてしまった。

そこからは歩きどおしで、もう一度走ろうと足を上げても、

うまく走れない。

「ここまでがんばってきたし」

「内臓も限界だし」

言い訳の材料が頭から離れない。

どんどん抜かれ始めても、悔しさが湧いてこない。

結局、最後ゴール前2kmの下りだけ、走ることが出来て、

その時の走りだけを考えれば、かなり余力があったので、

ほぼ10kmを歩いてしまったのは、100kmまでしかマインドコントロールが出来なかった証拠。

結局のところ、こんな距離でも体力よりはマインドが基本的に強くないと。

体力の問題だったら、最後の2km走れた説明がつかないし。


ゴールタイムは12時間27分8秒、ということで、

10km歩いたつけが、11時間台の実現を阻んでしまいました。

100kmの通過タイムが10時間33分で、これはいままでの100kmのゴールタイムより30分以上早い。

それを考えると、もったいないことしたな、と。


自分の弱さとは別に、この大会に参加できたのことはとても良かった。

やはり富士山の景色は格別だし、エイドステーションも充実している。

距離表示が2.5kmごとというのと、エイドの間隔が長いところもあって、

それには少しとまどったところもありましたが・・・


それでもウルトラに参加するのをどのレースにしようか、と考えている方には

チャレンジ富士五湖はオススメです!



$想像と創造を膨らませるビジネスチューインガム-チャレンジ富士五湖

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福州の夜は、いつまでもにぎやか。

夜の12時になっても、人が多く、賑わいを見せる。

もちろん屋台などの店も遅くまで開いている。


2日目は取引先の担当者が食事に連れて行ってくれて、中華料理を食す。

今回もカエルをいただいたが、前回食べたから揚げとは違い、さらにあっさりとした食感。

ご飯は食べ放題のようで、一度頼むとおひつごと出てくる。


担当者は路上の店先で夜食にというような感じで、

アヒルの首(ダックネックと担当者は言っていた)を切ったものを買ってくれる。

3cmぐらいの長さで真ん中あたりに骨が入っている肉を辛味調味料で漬け込んである。


そして福州で有名な観光地だという三坊七巷(サンファンチーシャン)というところへ行く。

ここは清朝時代の街並みを再現しているという、日本でも良くあるようなレトロ感を出した作りの

さながらテーマパークのようなストリート。


この古い町並みの中に地元のみやげ物屋、ご当地食材屋などと一緒に、

スターバックスやらマクドナルドが軒を連ねている。

もちろん町並みを再現しているので、カラーは統一されているので、

スターバックスなどは漢字で書かれているし、それらしい雰囲気。

およそ500mぐらいは続くこの通りは、観光客(といっても日本人らしき人はいない)らしき人で

夜でもそれなりに人手ある。

ここでは福州名物を言われる永和魚丸というツミレが入ったスープをいただく。

あっさりしてとても美味しく、中華という感じはまるでしない。



さらにそこを抜けると、どうも福州一の繁華街なのか、

百貨店やら専門店などがたくさんあり、もっとも人通りのあるところに出る。

このあたりは地下鉄工事なども行っており、さらに発展するような臭いがするところ。


NIKEのロゴによく似ているロゴをあしらった中国スポーツブランド「ANTA」の店もあり、

中を見てみたかったが、時間もなかったので、今回はパス。


3日目の夕食はこのあたりで火鍋を食することにして、店に入る。

日本語はおろか、英語も通じそうにはない店内。

以前、上海でも火鍋は食したのでなんとなくシステムはわかっていたものの、

その時は中国の人がいて、鍋の具材を説明してくれたが、

今回は漢字で書かれたメニューがあるだけ。

写真も何もないので、推測で頼むしかない。


ベースになるスープを選ぶが、あまり辛いものだと食べられない可能性もあるので、

あっさり白湯を選択。

上海の店では自分で味を調節できるように、調味料を自分でトッピングできるシステムだったので、

店内を探してみたが、今回は見つからず。

具材はよくわからないまま頼んだものの、それなりの鍋の具材がそろって、食す。

ビールも注文するが、一瓶720mlぐらいのものが5元(およそ70円)。

ビール好きにはたまらない値段設定。

二人で2本ずつ飲み干して、腹いっぱいになって、最終が二人で99元(およそ1400円)。

安い。安すぎる。


そしてホテルの近くのフットマッサージも体験。

100元(およそ1400円)で、110分間足を中心にマッサージをしてもらう。

マッサージルームのテレビは日本の「若者のすべて」がエンドレスで流れていた。

わずかに出来る中国語をマッサージする女性に試したりしながら、

中国語の勉強を多少してみたりする。


指圧をうけて痛い場合は、トン(疼)といえば、緩めてくれる。

まあ、特に中国語ができなくてもマッサージもシステムにのっとって進むので、

特に苦労したりはしない。

マッサージも中国で体験するととても安く感じれるし、

中国ではあちこちに「足浴」と書かれたマッサージ屋が存在する。

多少きれいなところでも値段を確認してから入れば特に問題ないと思うし、

いぜん冬場に義烏でマッサージに行ったときはボロい部屋で寒さに震えながら

マッサージをうけたことがあったので、そういうところを避ける意味でも

ある程度のところを選んだ方が賢明。


ということで、福州の出張も終了。

帰りも上海経由で帰るハードスケジュールだったものの、

とりあえず任務完了。。。

このあとは香港、広州、シンセンのフェアめぐりに。














テーマ:
中国福州について2日目。

仕事の前の腹ごしらえということで、朝食を食べに出かける。

今回のホテルは朝食付ではない。

朝食付の方が便利ではあるが、そこそこな値段をとられることもあるし、

あまりにも冒険心がなさ過ぎてつまらない。


ということで、街中に食べに出かけるが、

なぜかホテルの周辺は朝からやっている店というものが少ない。

実際にはマクドナルドがあったのだが、初日は気づかずに、

まずは吉野家へ。

朝8時オープンと書いてあって、8時はゆうに過ぎているが、

店内に店員はいるものの、灯りは暗く、入口のところには脚立がおいたままになっている。

それでもメニュー(1杯12元)を見て入ろうとすると、先に入った中国人が、

「メイヨー」

といって再び門を出ていった。やってないよ!ということらしい。


仕方なく、またしばらく歩いていくと、中華料理屋(といっても中国なので普通の料理屋)

があったので、そこに入ってみる。そこには先ほど「メイヨー」といった人もいた。


こじんまりしたフロント台で注文して前払いで払うシステム。

台の上にメニューはあるが、すべて漢字のみで写真がない。

店員も中国語しか話せないようなので、片言の中国語で話すしか方法がない。

チャーハンを注文しようとすると、ご飯ものはない、という。

仕方がないので、ビーフン的なものを再度注文してみる(1杯16元)


そしてしばらく待っているものも、全く料理が運ばれてこない。

周りを見ていると僕たちの後から来たお客の分はどんどん運ばれている。

もちろん料理の種類は違って、みなスープのようなものと揚げパンのようなものを

食べていて、それが時間的に早いということを知っているのかも知れない。


ただあまりにも運ばれてこないので、まずは店員の一人のところに行き、

「まだなのか?」

と中国語で話しかけてみる。

店員は「はい、はい」という感じで調理場の方に声をかけたので、もうすぐ来るか、

と思って、座って待っていてもまだ来ない。

埒があかないので、フロント台へ行って、

「これとこれ、まだこないよ!もうすぐ来るの?」

と聞いてみる。悪びれもせず、もうすぐ来るよ!との回答。

確かにまた調理場には声をかけている。


そんなやりとりの後、数分して、麺が登場。

確かに朝からこれを食べる人はあまりいないのか、という感じだったものの、

とりあえず無事に食することが出来てよかった。


結局、その次の日の朝ご飯はパン屋にパンを買いに行き、そのまた翌日はマクドナルドに。

パン屋では3つと紙パックのコーヒーで16元半だったものの、16元半の半が聞き取れず、

16元しか渡さなかったら、アルバイトの女の子が困って店長を呼びに行く。

店長は電卓で16.5と打って見せてくれる。

うーん、アルバイトでもこうして見せてくれればいいのに。あまり外国人はこないのか。


その翌日のマクドナルドでは、朝のバリューセットのようなものを頼んで

何かを中国語で言われるが、全くわからない。

おそらくバーガーにするのか、パンケーキにするのか、ということを聞いているのだろう、

とは思うが理解不能。飲み物はコーヒーにしてくれ、といって、

ミルクと砂糖を指差して、「いりません」といったが、

なぜかもう一つずつくれた。

こんな簡単な中国語が通じないことにややショックを受ける。

中国のバリューセットにポテトはない。

バーガーとコーヒーで10元。


朝はこんな感じでしたが、夜は夜で、また中華料理のオンパレードですが、

それはまた後日。






テーマ:
先週、4日ほど中国の福建省にある福州というところに出張。

去年の9月に行って以来、2度目の福州の旅。


大阪、関西国際空港からの福州直行便は2日置きにしかないため、

向うでの作業を1日で終わらせるか、3日にするか、という選択を余儀なくされるのですが、

今回の業務を考えると、1日では不安だし、かと行って現地に3日もいるのは多すぎる、

ということで、今回は往復上海経由で中国国内線を使うルートを選択。


往きは上海浦東(プートン)国際空港から中心部にある虹橋(ホンチャオ)国際空港へ移動。

もちろん浦東からも福州便は出ていますが、時間的にちょうどいい頃合の便がなく、

リニア→地下鉄を乗り継いで行くことに。


実は中国国内線に搭乗するのははじめてで虹橋空港も行ったことがない。

電車で行く選択をしたので、地下鉄をチェックするとターミナル1駅とターミナル2駅が。

搭乗するためのEチケットには国際線ターミナルとあるだけ。

利用する航空会社名でウェブ検索すると中国東方航空はターミナル1とあったので、

そちらに向かって移動。


ターミナル1駅は降りてみると割りとさびしい空港で、人も少ないし、やや古ぼけた感じ。

チェックインカウンターにも福州行きの便は表示されておらず、どことなくおかしな雰囲気。

とりあえず中国東方航空のカウンターがあったので、英語で話しかけてみると、

英語はわからない、という。この時点でおかしな感じのまま、Eチケットを提示して、

「中国東方航空、福州行き、ここであってる?」

というようなこと聞くと、しばらく見てから、

「これターミナル2です。外に出てシャトルバスに乗って!」

みたいなことを言われて、表に出るとそこにはターミナル2往きのバスが。


乗り継ぎの時間を結構とっていたので、特にあわてることはなかったですが、

思い込みというのは怖いものです。しかもカウンターの人も片言の英語だか、中国語だか、

わからない感じだし、確信が持てないまま、ターミナル2へ。


ターミナル2へ着くと、そこにはターミナル1とはうって変わった近代的で巨大な空港が。

早速、チェックインカウンターへ向かうと、中国東方航空のラインに福州行きは掲示がない。

そこで、スタッフにEチケットを見せて、

「中国東方航空のこの便のチェックインはどこ?」

と聞いてみる。

スタッフは端末を押してみるが、どうも登録されていないようだ。

スタッフもわからないな、というような顔をしているので、かなり不安になってくる。

もしかしてやっぱりターミナル1?と思ったら、

「3番から8番に行ってみて」

とのこと。といわれたまま、そこへ行くと、中国東方航空の文字はなし。


これはやはり違うのでは、ともう一度中国東方航空のカウンター入口の窓口案内の男性に

「福州行きの中国東方航空はどこ?」

とEチケットの便名を見せてみるものの、こんな便はないぞ、ということを言われる始末。

「そんなはずないよ!福州に行けないってわけ?説明してよ」

って言うと、彼は現場責任者らしい人のところへ。

戻ってきた彼は、

「すいません、この便は向うの3番から8番のカウンターなんです」

と先ほどと同じ回答。

「でもあちらは中国東方航空ではないが、大丈夫なのか?」

というと、とりあえずあちらへ、という感じ。


言われるがままに8番カウンターでEチケットを見せると、何もいわずチケットが出てくる。

あとで見るとそれはアモイ航空。提携便で中国東方航空ではなかったというわけ。

まあ、よくよく考えればよくあるようなことかも知れないですが、

代理店からも特に連絡はなかったし、Eチケットには中国東方航空をしっかり書かれていたので

それだとばかり思っていました・・・。

ちなみにボーディングボードには中国東方航空とアモイ航空の便名が併記されていたので、

最初からこれを見れば、なんとなくわかったかも知れません。くくく。



というわけで、結構苦労した虹橋空港ですが、国内線でもパスポートを見せて、

荷物も厳重チェックの後は、夜9時発の福州行きまでのしばしの時間を二人で、

ビールを飲みながら談笑・・・


福州空港には10時半ごろに到着して、シャトルバスに乗って、福州のホテルへ。

ホテルについたのは11時半ごろだったか、移動だけで半日を費やして、なかなか疲れること。


ホテルのチェックインもデポジットが必要で、持ち合わせの現金がない。

空港で3300元を用意したものの、そのほとんどすべてが前金で必要という。

おい、おい、という感じなものの、前回の上海でもそのようにしていたので、

これは仕方ない。


フロントの人はクレジットカードを持っているか、と聞くので、

持っているというと、それでとりあえず決済しようと言う。

ちょっと待って、というと、「いやいや、フリーズしておくだけだから」とのこと。

確かにチェックアウトまでデポジットが帰ってこないということになれば、

現金でしか払えないところで飯も食えない始末になる。

仕方ないので、とりあえずカードで3000元を支払う形に。

もちろんこれはチェックアウトの時に精算されてもどってくるのだが、

頭ではわかっていても、ここは中国だし、どことなく不安。


カード利用明細書の裏にサインをさせられて、カードキーを受け取る。

チェックアウトの時にややこしいことにならないことを祈って、部屋に入ってから

夜食を食べにホテル前の屋台へ。


半年前に来た時と同じ夫婦の串焼きの店があって、それを食べるかどうか、

相談して、結局は隣でやっているアラカルトで選んで麺を作る屋台を選択。

僕はビーフンの中に肉やら野菜やらを入れてもらって、出来上がりを待つ。

最後の仕上げのところで、辛い調味料を入れるか、聞いてきたので、

二人とも入れてというが、僕はなんとか食べきれたものの、同僚は辛すぎて食べられず。

初日から中国4千年の歴史の洗礼を受ける。


二日目、三日目は仕事に従事して、夜に少しだけ、食事で出たりしました。

そのあたりのことはまた後日。












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今日は奈良県にある二上山から葛城山を経て、

金剛山、そして河内長野市の天見駅へ抜ける

2011大阪府チャレンジ登山のマラソンの部に参加してきました。


朝、5時過ぎに起きて、6時過ぎに家を出て向かいましたが、

現地到着が8時前。先着順での10分間隔でのウェーブスタートで、

もうその時点で出発時刻は9時となっていました。


今回のコースは初めてで、上級コースは約36km。

トレイル自体も昨年10月に一度チャレンジしただけでしたが、

その時からトレイルはまたやりたいと思っていたので、

結構気合を入れていきました。


ハイドレーションも前回のスポーツドリンクから水に変えて、

こまめに補給するようにしたのですが、前回からの手入れ不足のせいか

最初のうちにはなんとなくかび臭い感じで、こんな水飲んでいて

大丈夫かな、と思うほど。それでも途中からはそんなことも気にならなくなりましたが。


スタートして第2チェックポイントに辿りついたときに、

すでにチェックポイントのスタンプを押してもらう認定書を落とす失態。

結局当日受付のぺらぺらの用紙を一枚もらって、その後は説明しながら、

チェックポイントのしるしをうけることに。


結局36km行程を5時間35分かけて走破して、無事上級コースのスタンプはもらえたわけですが、

前回の生駒よりも上りの階段、これにはかなりやられました。

二度ほどどこまで続くんだ、という感じの急勾配の階段を上らなくてはならず、

休んだりすることなく上れたのが自分でも不思議なくらい、難所でした。


そして残り4kmを過ぎてからの下り。

急カーブの斜面を駆け下りるのと、その後に待っている大きな階段。

これには正直、もう足がついていけなくなって、かなりスローダウンしてしまいました。


それ以外にも途中でかけおりたときなどに二度ほど足を攣ってしまいました。

大事にはいたらず、ゆっくり歩くとすぐに回復して、その後走っても

特に問題はなかったです。


天気がとても良くて、気温もそこそこありましたが、

山の中は影も多くて、日差しをきついと感じることはありませんでしたが、

それでも汗はとめどなく流れてきて、3時間半を過ぎたころには

自分で自分の汗の匂いを強烈に感じるように。これはなかなかヘビーです。


タイムは決して早いとはいえませんが、休憩らしい休憩をすることもなく、

走りきれたのはよかったです。

次は4月30日の富士五湖チャレンジウルトラ。

こちらも自己最長距離の112kmなので、なんとか走破したいです。







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昨日、大阪城公園で行われた「春一番 大阪城公園4時間走」に参加しました。

二年前にも出場したこの大会、1.25kmの周回を4時間走るというもの。

3時間59分59秒までは新しい周回に入れるので、実際には4時間以上走ることも出来ます。

もっともそれまでに止めることも自由で、多くのランナーがやめていきます・・・。


この大会も東日本震災がまだ癒え切らない中、自粛して中止か、開催か、

となっていましたが、参加賞の大幅カット、上位表彰なし、記録証のダウンロード化など

抑えるところは抑えて、その分を義援金にまわす、ということで、

開催となりました。


被災地の人のことを考えて、自粛するという考えももちろん正しい意見だと思います。

これは決して否定はしないですが、こうして自分たちのできる範囲で、

やりたいこと、つまり普段の行いとしてやっていることの中から、

被災地のことを考えていく、というのも一つの正しいやり方なのではないか、と

僕は思います。



4時間走ですが、二年前に出たときは47.5kmだったので、それ以上は走りたいと

思って周回ごとにラップをとるようにしていたのですが、何度か忘れてしまい、

結局最後の方はいま何週目か、全くわからない感じになってしました。


2時間を過ぎたあたりまではかなり快調で、このまま4時間走りきれるんでは、

という感じさえしたのですが、ランの世界にそんな甘いことは存在しません。

もちろん自分でもそのあたりのことは自分でもよくわかっているのですが、

今日は違うのではないか、という幻想を抱いてしまいました。


2時間半を越えたごろからペースが目に見えて悪くなってきました。

こうなるといつものことですが、歯止めがかからない感じで、

周回を重ねるごとにスピードがダウン、足が重くなってきます。


1km4分45秒平均で廻っていた周回も、気づけば6分を越えるペースダウン。

しかもまだ、1時間以上ある、と思ったとき、正直今日はやめてしまおうか、

とちらっと思ってしまいました。


しかし震災復興祈念として行われている大会で、それはいけません。

もう一度気を取り直して、1周7分強ぐらいだから、8周廻ればオワリ、

7周廻ればオワリ、と1周ごとにとりあえず進めば終わりに近づくと、

そればかり考えて走っていました。


3時間15分を過ぎたころ、給食のレーズンとバナナをもらって

それで体力が回復したのか、少し体が楽になって、落ちっぱなしだった

ペースもちょっと回復の兆しが見えました。

もうちょっと早くエイドの給食に手を出していればよかった、と少し後悔。


最後の1周を走り終えて、ゴールしたときは、ほんとに終わってよかったと思いました。

結果は主催者側の速報によると38周で47.5km!と二年前と全く同じという結果。

タイムは前回よりも2分半ほど早かったので、まあよしとしましょう。

順位は前回より2つ落として9位。

でも前回は参加エントリー86人で、今回は130人なので頑張った方でしょう。

とりあえずそういうことに・・・。


今日も一応12kmぐらい走ったのですが、やはり昨日の苦しさがあっても

今日また走れるという、そして気持ちがよいという事実。

改めて走れる自由というものを感じます。


いま、ランナーの間ではラン×10(ラン・バイ・テン)という、

走った距離×10円を義援金として募金するという試みがあります。

もちろん募金や寄付は個人がそれぞれするのですが、

走るという行為をそうしたものに置き換えるというのは

悪いことではない、と思います。



$想像と創造を膨らませるビジネスチューインガム-大阪城公園4時間走

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久しぶりの朝ラン、とてもキレイな空でした。

でも被災地では雪も降り、寒さの厳しい中で寄り添って耐えている。

自分はあまりにも自由すぎる。


地震、津波が発生してから、自分に出来ることが何なのか、

ずっと考えてはいますが、結局のところ、募金しかないという結論に

達してしまうやるせなさ。でもいたし方ない。


誤解を恐れずに言うと、募金は好きじゃありません。

その行為に対する自浄作用であり、その募金の流れが全く見えないからで、

これは昔からそう思っています。

特に募金を悪用して摘発されているグループなどを見るにつけ、

やっぱり、と思ってしまうのと同時に、募金をしている人も、

募金そのもので満足してしまって、本当にそれが生かされているか、どうかを

聞く人も調べる人も興味を持つ人もいない、という現状が好きでないのです。


でも今回はさすがにそんなことを言っている場合ではないな、と感じました。

実は、新潟中越地震のときも、個人的にも会社としても何かできないか、

と考えてはいたのですが、結局何も出来ずじまいでした。


ユニクロの柳井会長は個人で10億円寄付したそうですね。

額から言っても、個人で寄付するという行為にしても、

やはり素晴らしい、なんだかんだ言ってもこんなことできる人は

やはり器が違うし、それだけの収益を得てきた人にしか出来ないことだな、

と改めて思いました。


と同時にユニクロをよく利用するものとしては、改めて

ユニクロ愛用者でよかった、という小さなカタルシスも感じました。

結局、社会貢献できるぐらい企業は収益を上げる必要がある、と思った次第です。


被災地の小学生の女の子が、実に淡々と

「家族も離れて、家も流されて、いままでどんなに幸せだったか、

今回はじめてわかりました」

というようなことを言ってました。


言葉としては淡々と語っていましたが、その表情には諦めと悲しみもありましたが、

そしてそれとは真逆のがんばろうという気持ち、希望が複雑に絡まっていて、

深く胸に突き刺さって来ました。


こういう子供たちをはじめとした多くの被災者の人に

自分に出来ることはなにか、募金以外にも出来ることはないのか、

また探していきたいと思います。















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先週、月曜日から金曜日まで上海に行ってきました。

初日の模様はすでにブログで書いたのですが、

道中いそがしく、その後がアップできてなかったので、

まとめて書き記したいと思います。


上海という街はやはりとても大きな町。

大阪と比べると断然人も多くて大都会です。

交通は地下鉄が発達していて非常に便利。

切符もタッチパネルの路線図から購入することが出来るのでとても便利。

価格は4元から8元。

日本円にすると50円から100円ぐらいと非常に安価です。


上海の地下鉄はICカードで乗車することが出来ます。

しかもタクシーやバス、さらにリニアもこの交通カードが使えるの非常に便利。

今回は出張でどれぐらい乗るかわからなかったのと、

初日についたのが遅かったのでセンターでの発売時間が過ぎていたので、

交通カードは使いませんでしたが、くまなく移動する場合は大変重宝しそうです。


上海の地下鉄の風景は日本のそれとは大きく変わります。

まずみんな携帯で平気に電話しています。

もちろんすごく大きな声です。

地下を走っていても電波が途切れず、携帯電話の通話が可能です。

あとは食べ物をを食べている人も結構います。

若い女の子が結構食べているので驚きです。

若い女の子といえば、上海の街並では彼女たちも平気で痰を吐きます。

これは結構衝撃でした。


今回の上海でのホテルの宿泊はmotel168というチェーンに4泊しましたが、

1泊の値段が178元から268元。

大体2000円から3800円ぐらいでしょうか。安い。

ベッドはすべてダブルなので、すごく広々としています。

中国では何人で泊まろうが、1部屋の値段で支払いをするらしいので、

非常にリーズナブルです。

確かに料理が出ないのであれば、宿泊の部屋は一人であろうが、

二人であろうが、変わらないので、こちらの値段設定の方が現実的な気もします。

宿泊名簿のような形で名前を書くのですが、僕の名前にある「広」という字は

中国にはない書き方なので、「これは一体なんという字か?」と

2つぐらいのホテルで聴かれてしまいました。

中国だと簡体字でこの中のムがないものが通例なので、それと同じです、と

いちいち説明するのが多少面倒でした。



今回の上海出張では西の端にあたる松江(ソンジャン)と呼ばれるところまで行き、

東の端の浦東(プートン)から上海を横断した形になりましたが、

場所それぞれでやはり街の顔は変わります。

確かに松江は西の端で田舎の雰囲気はありましたが、落ち着いた街並でしたが、

3日目に訪れた曲阜路(チューフルー)の街並は結構ディープな中国でした。

商談で訪れて駅まで先方の会社の人に迎えに来てもらいましたが、

駅から会社までの道中の街並はかなりエキサイティングでした。

あれはなかなか一人では歩けません。

実際この街ではバスに追突されました。

スピードは出ていなかったので威嚇だと思いますが、恐ろしいところです。

普段はクラクションだらけなのに、そういうときには追突してくるので、要注意です。


クラクションで思い出しましたが、上海に限らず、

中国はクラクションが頻繁になります。

日本の常識からすると、そんなにクラクションを鳴らすと迷惑というか、

新たな騒動さえ置きかねない気がしますが、中国では鳴らすのが当たり前なので、

そのことで誰もいやな顔をしません。

しかも早朝であろうが、おかいまいなしに、ファンファンファンとクラクションがなります。

建設ラッシュの工事も朝の6時ぐらいからクレーンが動いていますし、

並みの防音設備のホテルであれば、目覚ましがなくても

クレーンとクラクションの音で6時すぎには目が覚めます。

ゆっくり寝ていたい人たちにはなかなか厳しい洗礼です。


海外への一人旅は今回が初めてでしたが、

まあ、なんとかなるものです。

特に上海はインターナショナルな町ですから、

英語が通じる場面も結構あります。

もちろん中国が使えるに越したことはありません。

今回の出張で一番使った中国語は

給我発票(ゲイウォファーピャオ)でしようね。

日本語に直すと「領収書ください」となります。

ビジネスではこれは重要な言葉です。















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