ヒロって好奇心が多いのねー?

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月日は百代の過客にして、行きかう年もまた旅人なり。


と芭蕉の一句。


ほんと月日が流れるのは早いもので、

もぅ今年もあと2ヶ月残すのみなのですね。


ここのところすっかりブログが放置プレイ化してしまって、

気恥ずかしい次第であります(照)。


きょうから霜月のはじまりですが、いにしえ人は季節の中に情緒を見つけ、

自然と共に暮らしていたということが11月を表す言葉でも感じ取れる

気がします。


そんな、脈々と流れてきたいにしえの日本人の情緒が、ここ最近軽んじて

扱われるようになってきてるように感じるのは、ほんとさみしいことですよね。


お日様、空、雲、月、星、季節の花々、木々、風、それぞれにいろいろな表現の

日本語があって、これだけ五感を意識した表現の言葉って日本語しかない

ような気がします。


ネイティブのハワイイアンやイヌイットやネイティブアメリカンの本などを読むと、

その場所のその時間だけに起こる自然現象の言葉がある、また風にもいろんな

表現、いろんな言葉があると、本で読んで、そういう情緒っていいなー、なんて

感じました。




それから、ブログを意識的に放置していたわけではなく、実はいろいろな可能性

を探っていたらひと月があっという間に過ぎ去ったという感じです。


いつも、日本の子供たちって物質的には恵まれているんだろうけど、本当は

どうなんだろう?って疑問があって、僕が子供好きっていうこともあるのだけれど、

小学校にあがる前の子供たちのための保育園か保育室をできたらなー、って、

そんなことから子供たちに関われたらどうなんだろう?、ってことで、区役所やら、

都庁の説明会に出たり、文献、本など読んだりと、いろんな可能性を考えていたら、あっというまに10月が過ぎ去ったという感じでした。


昔、なりたかったものに、海外青年協力隊やアフリカの国立公園のレンジャー

や世界中の学校に通うことができない子供たちに関わること、だったりしたので

、まずは、ここ日本で、日本の中ではどんなことができるのだろう?、と思って

いろいろと検討してみてはいるのですが、やっぱり、日本は規制がいっぱいで、

新規参入っていうのはとっても難しいんだなー、という現実が高い壁のように

あるということだけは理解できました。


まー、なにをやるにしても、それぞれが、そういうことだらけなので、簡単に

めげたりしないで、可能性にかけてがんばってみたいと思っています。



ここのところ風邪っぴきの僕ですが、相変わらずの笑顔で元気でやってます

ので。


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ここしばらく、ハードボイルド的な生き方、考え方から、逸脱気味だったので、

また自己ストレス軽減(笑)という意味でも、今一度原点に立ち戻り、

世の中のこと、人々が幸せになるには、そしてタフに生きる(笑)。

そんなことを再び、学び、また考え、そして主張していきたいと思っています。



先日、わが敬愛する評論家の小室直樹氏がお亡くなりになりました。

天国で安らかに眠りにつくことを切望する次第です。


戦前に教育を受け、終戦前に、自我、教養、人格が確立した方々の

考え方というのは、戦後のないがしろ的な反戦主義やヒッピー、

なんにでも謝罪もしくは、非を絶対認めない、なんでも画一、エセ平等主義、

そんな考え方とは一線を画しており、僕はその考え方に感銘を受ける

部分もあり、またある時は共感を憶え、本当の誇りというもはなにか?、

ということを学び、しかしところどころで、受け入れられない思想的な何かを

感じてしまうこともあったりと、生きた、教育、政治、経済、宗教、倫理、

人格形成、または人生論とは、と、いろんなことを学ばせていただいた。


小室直樹氏の著書では、平和主義者が戦争を引き起こす。


という過激なタイトルで始まる論調が今も脳裏に焼きついて離れようとしない。


確かに、戦争反対と唱えていれば戦争はなくなるかというと現実には

有史以来、戦争がなくなったことはない。


またどうすれば戦争がなくなるか、起こらなくするか、というのは戦争そのもの

を学ばなければいけない。時代背景、経済、政治、宗教、天候、そして景気対策、

もろもろの要因、原因が複雑に絡み合って起こっている。


しかし、日本にはそういったことを学ぶのは、戦争好き、交戦好き、な人種の

やることだ、というイメージがこびりついて離れない。

それは大学に戦争学部というものがひとつもないのも証拠だともいえる。


つい、65年前に起こった悲劇に、日本人のほとんどが、すでにふたをして

他人事のようにしてしまっている

アメリカと日本が戦争をしたってことを知らない人々が大勢出てきて、日本の

歴史さえろくに知らない人々が大勢いる、というのも、今後、もし日本が戦争に

向かっていくとしたら、歴史から学ぶその戦争過程を、なにも教訓にしていない

ってことに、確実に危惧しなければならないであろう。


また、物事というのはそう単純ではなく、複雑にできているということを

知るきっかけとなった言葉が合成の誤謬(ごうせいのごびゅう)という言葉

であり、それを改めて彼の著書で本当の意味を知った気がする。


簡単に要約すると、一個人が幸せになった場合でも、そのことを全体に

広げた場合、逆の結果をもたらすことがある。


これはいわゆる経済用語から来ており、一個人が貯蓄に励むと消費が

滞り、社会全体の景気が落ち込む、ということになる。


人の視点は得てして、自分の価値観だけで判断しがちなところがあり、

逆から見たらどうなんだろう?、ひっくり返して見たらどうなんだろう?、

あの人の立場に立って考えてみたらどうなんだろう?、っていうことを

考える必要って大切だなー、って実感したものだ。


彼ら世代は、大東亜戦争、太平洋戦争、を体験、教育勅語、軍事教育を

受け、それが終戦記念日(この言葉もおかしい、敗戦記念日だと思う)、

をさかいに一夜にして価値観が180度変わってしまい、今までの価値観を

誇りもなく投げ捨てていく大人たちを、彼らは人格が形成していく段階で、

見て、感じ、育った、から、彼をはじめ、彼ら世代の著書は実体験を背景と

した説得力のある言葉が出てくるのであろう。


戦後、日本は、事なかれ主義の謝罪外交へと突っ走っている。


戦後、大韓民国とは日韓基本条約を結び、中華人民共和国とは

日中平和条約をそれぞれ結んでいる。


それは戦後補償を放棄した代わりに、巨額なODAなどを援助している。

個人の倫理的な謝罪は、人それぞれの判断だが、国家としての

日本は、戦前の事に関して謝罪する必要はもうない。


そういったことを踏まえて国家安全を舵取りする必要があるはずだと思う

のだが、現実はどうも、違った方向に向かっていると思わざるをえない。








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ヒロって好奇心が多いのねー?


やっぱり、ものを購入する時って、直感と一目惚れっていうのは大切だと思う。


時としてねこにゃんの昼寝の場所となっている所有する車のボンネットが、

ねこにゃんに爪とぎでもされているのか、とうとう、ボンネットの塗装までが、

はがれかけてきてしまっていて、同時に鳥たちの襲撃にもあい、

クラッシクカー並みの輝きになってしまった(笑)。


しかし、僕的には、本当のエコロジーというものは、気に入ったものを大切に長く

使うというのが、僕のポリシーでもあるので、どこへでも僕を運んでくれた車にも

とっても愛着があるので、できる限りは、ぶっ壊れて動かなくなるまでは乗り続け

たいのだ。


当たり前のことなのだが、お出かけして、車が駐車場で待っててくれたりすると、

そっかー、じーとここで僕の帰りを待っててくれたんだ、などと嬉しく思うことが

時にあったりするのだ(笑)。

(そんなの当たり前じゃん、と友人に笑われたことがあったっけ)



家の周りは場所がら、周りの駐車場には、ピカピカ輝いたメルセデスやBMW

などがごろごろと停まっているなか、もう、僕のオペルだけが息もたえだえに

なってしまっているのだ(笑)。


ここのところ車には、ほんと、ほとんど乗ることもないし、古くなってなぜか税金も

高くなるという、これは何とかしなければいけないのだが、あいにく、欲しいなー

という車も見つからない。


そんななか、ふと、ハーレーダビッドソンのスポーツスターという、

ビッグバイクに目がとまった。


うーん、かっこいい!。


僕的にはアメリカンなバイクよりも、ブリティッシュ系かダートトラックバイク系が

好きなので趣味的にも合うし、フォルムもいい。


知り合いやら友人やらにバイクでツーリングにも誘われてるので、

もういっそのこと車を手放して、ビッグバイクにしようかなー、

なんて考え中なのだ。








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