2011年07月02日(土) atelier-hiromiの投稿

救いについて

テーマ:クリスチャン生活

わたしのとった行動は間違っていただろうか、、、

この数週間ずっと同じことを考えている。


数年ぶりの大きなショックと痛み。


「わたしはクリスチャンです」

そう周りに言ってきた。

隠したことなんてなかった。

日本だから日本人ですと言うのと同じことだ。

でもそれは、ちょっと勇気のいることだった。

ブログでも時々教会のこと聖書のみ言葉のことを

いろいろ書いてきた。

だれか求めている人がいたら少しでも救いになればよいと思っていた。

もっと聖書のみ言葉、神様の生きた言葉を多くの人に知ってもらいたかった。

ただそれだけだった。


だけど、それも勇気のいることだった。


恐れが全くないことなどない。

それでもイエス・キリストの福音を伝えたかった。


時々、周りの人を教会にお誘いした。

祈り、伝えていくにしたがって救われる人もいた。

伝道は時間も体力も精神も使う。

それでも伝えられずにはいられなかった。


大好きな友人が病気になり

週に1回ほどお見舞いに行くようになった。


左半身麻痺になった彼女の為にお祈りをした。(最初にお祈りするときは本当に勇気がいる)そしてイエス・キリストの福音を話した。


何度かのお見舞いの後、彼女は泣きながらイエス様を受けいれてくれた。

イエス様を受けいれて救われたのだ。本当に心からへりくだり受けいれてくれた。


実は彼女は昔、わたしがクリスチャンになることを反対した人の1人だった。

でも今彼女はキリストに出会い、素直に受けいれてくれたのだ。


その友人のご家族からわたしはひどく非難されたのだ。

「突然病気になったのだからそういう話を受けいれてしまうのは当たり前!人の弱みに付け込んで!」

「勧誘するなら来ないで!」

いろいろな言葉で攻撃を受けてしまった。


イエス様の話を伝えているとき、彼女にとってもわたしにとっても良い時間だった。

彼女は本当に心からイエス様を受けいれていたのだ。


「ごめんね、ひろみ。わたしはひろみからその話を聞いているとき全然嫌じゃなかった!でも家族が反対する。家族に嫌われたくないの」

泣きながら彼女は謝っていた。


傷ついた、、、

ショックだった。

声をあげて泣いて帰ってきた。

家に帰ってからも目が腫れるほどに泣いた。

それほど悲しい辛い出来事だった。


でも一番傷ついたのは彼女だ。

せっかくイエス様を受けいれたばかりだったのに。


「サタンが怒っている」

牧師も教会の友人達もそう言った。

人がひとり救われたことにサタンは非常に怒ったのだ。


「ひろみはどうやって家族の反対を説得したの?」

数日後に(すごく勇気をふりしぼって)お見舞いに行ったときに彼女が尋ねた。


通常、家族や身内から反対者が出るのはあたりまえのことだ。

わたしもあらゆる人達からの反対を受けた。


説得などしていない。

イエス様を知った当時は説得するほど知識も何もなかったのだから。

ただ、神様の愛から離れられなかっただけだ。

それは言葉で説明できるようなものではなかった。


だれが、キリストの愛からわたしたちを離れさせるのか。艱難か、苦悩か、迫害か、飢えか、裸か、危難か、剣か。


高いものも深いものも、

その他どんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスにおける神の愛から、

わたしたちを引き離すことは出来ないのである

(ローマ人への手紙8章35・39節)




救いとは何を「信じるか」ではない。

そうではなくてなんで「あるか」である。



2000年も前にイエス・キリストがわたしたちの罪の為に十字架にかけらて死んで下さったこと。そして3日目に蘇られたこと。


このことが非常に重要なのだ。

その時にわたしの罪の代価は全てイエス・キリストにより支払われた。

過去も未来も現在の罪も全て。


どんなにお金を積んでも自分で自分の罪を贖うことはできない。

世界じゅうの富を集めてもだ。

それをイエス様が身代わりとなり十字架の上で死んでくださったのだ。


罪が赦されただけではなく、イエス・キリストはわたしに「永遠の命」もくださった。

恵みまで与えてくださったのだ。

死からも勝利されたイエス様はわたしに命をくれた。


それを受けいれるか受けいれないかは個人の選択だけ。

イエス様が無理やり土足で上がりこんでくることはないのだ。

自分がイエス様に心を開くだけ。


罪だけではない。

病もイエス様は十字架に背負ってくださった。


神は癒す神。

病は全てサタンや悪霊の業。


どんな病気であっても既にイエス様は勝利してくださった。

サタンは敗北しているのだ。


だから信仰があればイエス・キリストのみなによって癒される奇跡も

不思議なことではないのだ。

聖書に書かれている病人が癒されていく様々な奇跡は現代でも続いている。

何故なら神様は永遠に変わらないかただから。


神様は私たちの病も心も魂も精神もすべて癒したいと願っている。



最近、教会で神に語られた。

「もう彼女のところに行かなくてもよい」

「何故なら、あなたから行かなくても彼女自ら求めてくるからです」



人にどう思われてもいい。

わたしにとって神様がわたしをどう思うかのほうが重要なのだ。




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2011年05月22日(日) atelier-hiromiの投稿

チャリティーライブがありました。

テーマ:クリスチャン生活

東日本大震災の為のチャリティーライブが今日ありました。


北海道の4人組バンド、ナイトdeライトのメンバーと、、、
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アメリカのテキサス州ダラス市にあるCFNY(クライスト・フォー・ザ・ネイションズ聖書学院)の学生からなるバンドホワイト・ラビットのメンバー


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札幌駅前地下歩行空間北3条広場も人でいっぱい

音楽の力って凄い、、!


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司会をつとめたハンサムRくん。


被災にあわれた方のお話や被災地へボランティアに行って帰ってきた方のお話も聞けました。


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このチャリティーライブで集まったお金はすべて日本赤十字社に寄付されます。


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2011年02月12日(土) atelier-hiromiの投稿

結婚式でした♪♪

テーマ:クリスチャン生活

2月6日(日)は教会で礼拝後に結婚式がありました。ラブラブ



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わたしの先輩でもあり、アーティストでもあり、そしてクリスチャンでもある、言ってみればお姉さんのような存在の女性の結婚式でした。

わたしは受付係りで来場してくださったご親戚やご友人の方々にパンフレットをお渡していました
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新婦手作りの素敵なパンフレットです。(‐^▽^‐)

一緒に写っている白い薔薇はウエディングブーケをつくるために式に来場された何人かの人にお渡ししました。


ウエディングブーケの由来はご存知でしょうか?

昔男性が愛する女性のもとへ行く途中に野に咲いた花を摘んで行きそれを

女性に手渡し捧げたものがブーケの由来と古くから言い伝えられているそうです。

そして女性がその中の一輪を抜いて愛を受けいれた証として、男性に返して胸に挿したものがブートニアと言い伝えられているそうです。


この結婚式では新郎が参列者のかたから一輪ずつ花を受け取りながら歩き

最後にブーケを形作り新婦に渡しました。ラブラブ


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そして式が終わった後に、ブーケをまたほどき、

独身の友人達ひとりひとりに薔薇を一輪ずつくださいましたラブラブ


わたしももちろん頂きました( ´艸`)ラブラブ



わたしったら、リハーサルを見ているだけで感動して涙がホロリ、、、(ノω・、)


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この後の披露宴もまるで新婦の作品のような素晴らしいものだったようですよ音譜

2011年01月11日(火) atelier-hiromiの投稿

癒しの証(あかし)

テーマ:クリスチャン生活

先日の日曜日(1/9)に教会で癒しについての証をしました。

よかったら見てください。(#⌒∇⌒#)ゞあせる

ちゃんと話せているかな???


ICF-TV

http://www.icfire.com/icftv/index.cgi?lang=ja


牧師さんのお話もとてもいいですよラブラブ




こちらはわたしが毎日開いている聖書。聖書の箇所をノートに書きとめて、自分の生活に当てはめて祈ったり、行動してみたりします。ヾ(@^▽^@)ノラブラブ
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2010年12月26日(日) atelier-hiromiの投稿

イエス様がわたしの部屋に来た日

テーマ:クリスチャン生活

この話は夢ではないのです。

本当にわたしが体験したことなのです。

信じられないかも知れないけれど、本当の話。



その日はね、仕事を終えて部屋に戻り

いつものように夕飯を食べて、茶碗洗いをしたり、歯を磨いて

いつもの時間に電気を消していつものようにベッドに入ったのです



本当になんでもない、普通の日だったのです。



ベッドで静かに目をとじて、眠ろうとしたとき

ふいに窓のほうからイエス・キリストが現れたのです。


それはごく自然に、、、、

なんと言っていいのか、何のためらいもなく、突然現れたのです。



途端に部屋の空気は一変しました。

部屋が明るくなり空気が澄んだのです。

それはとても清らかな、清清しい空気でした。

そしてわたしの呼吸もとても楽になり

身体の重力さえも感じなくなっていました。

軽く、不思議な感覚でした。

今まで体験もしたことない心地の良い感覚でした。



イエス様はベッドで横になっているわたしの傍まできて

なんとも言えないくらい優しい慈愛にみちた静かな笑顔(微笑み)で

わたしのおでこを撫でてくれたのです。


静かに、何度も、、、ゆっくりと、、、


イエス様はただ黙って、静かな眼差しでなでてくださいました。

そして、また自然に消えていってしまったのです。


部屋は元のように電気もついていない暗い部屋で

わたしの身体も重力を取り戻し、呼吸も普通になりました。




わたしがICF教会に通いだして、バプテスマ(洗礼)を受けてから数ヶ月経ってからの出来事でした。


実はね、当時のわたしは、教会の人達に対して悪口を言っていたのです(#⌒∇⌒#)ゞゴメンネあせる(いろいろあって、あまりクリスチャンに対してよい印象がなかったのです)

だから自分はきっと神様にあまり愛されていないと思いこんでいました。

だってね、「隣人を愛しなさい」の正反対でしょ。

だから実行できていないわたしを神様はそれほど愛してはいないだろうと思っていたのです。(*v.v)。



神様の愛がどれだけ深くて大きいのか分かっていませんでした。


でもこの時、わたしは確信しました

「こんな、こんなわたしのことでさえも、神様は愛してくれているんだ!!!ヽ(*'0'*)ツアップアップアップ



ものすごい驚きだったのです。

他人の悪口ばかり言っているわたしを愛してくれているなんてビックリマーク



神様は「良い事ををしたら愛してくれる」とか、「いい人だったら愛してくれる」とか

条件付の愛ではないんですね。


聖書に書いてあるとおりに実行したい。

けれども出来なかったり、何度も失敗することもあります。


でも神様は変わらずにいつも祝福してくださるのです。
すごい愛です。


人間が想像する以上のはるかに超えた愛です。ドキドキ


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ねっ、凄いよねぶ~ちゃんラブラブ

2010年12月23日(木) atelier-hiromiの投稿

クリスマス~イエスキリストの誕生日~

テーマ:クリスチャン生活
もうすぐクリスマスですねラブラブクリスマスツリーラブラブ

クリスマスはX’masではなくて、Christmasなんですラブラブ


Christmasはイエスキリストの降誕、そう誕生日をお祝いする日ですドキドキ



実は聖書にはキリストが生まれた正確な日にちは記載されていません

羊飼い達が外で野宿していた季節だから実際は秋頃だという話も聞いたことがあります(・ω・)/



でもね、いつ産まれたのかどうかよりも、この世に降誕されたことが真実だということのほうがずっと大事です。ドキドキ



だからクリスチャンはクリスマスではなくても毎週日曜日の安息日には主を礼拝し賛美し感謝するのですラブラブ



神様がわたしたちをどれほど愛し、そして何を与えてくださったのか。

それは聖書に全て書かれています。

聖書を読めば、自分がどれほど神に愛され、大切な存在なのか、

神は自分にどうなって欲しいと望んでいるのか、どうじたら幸せになれるのか

そのことが全て書かれています。


是非、このクリスマスのこの季節に一度聖書を読んでみてはいかがでしょうかドキドキ



「見よ、おとめがみごもって男の子を産むであろう。

その名はインマヌエルと呼ばれるであろう。」これは、

「神われらと共にいます」という意味である。

(マタイによる福音書1章23節9



きょうダビデの町に、あなたがたのために救主がお生まれになった。このかたこそ主なるキリストである

(ルカによる福音書2章11節)



神が御子を世につかわされたのは、世をさばくためではなく、御子によって、この世が救われるためである

(ヨハネによる福音書3章17節)




2010年11月28日(日) atelier-hiromiの投稿

ICF教会の献堂式

テーマ:クリスチャン生活

うわぁーービックリマークそこは立ち入り禁止だよ、ぶ~ちゃんビックリマーク

入ったらダメなんだってあせるストップ、ストップ
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世の中、立入禁止の場所もありますが、

教会はいつでも、どなたでも、ウェルカムですよラブラブ

お気軽に、、、まぁ緊張されて来ていただいても結構ですが、すぐにその緊張もとけて楽しい時間となりますよラブラブ




さて、今日はわたしが通うICF教会の献堂式でした(・∀・)ラブラブ


以前はね、床か抜けそうなくらい古い建物で礼拝していたのですが、

神様の恵と祝福によって、新しい新会堂が与えられたのですよドキドキ


献堂式って、この新会堂を神様に捧げる式です。

といっても、何かかしこまった式をするのではなく、祈った後に

ゴスペルや、フラダンスや、ヒップホップダンスなど見て楽しみ

ケーキとかお菓子を食べてお祝いしただけです( ´艸`)ラブラブ


新会堂は元はパチンコやさんだったのですよ

教会のみんなで手作りで改装したり、ペンキ塗りをしたり、片付けました。
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フラダンス、ステキなダンスラブラブ

みんな綺麗です。
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ゴスペル、パワーあふれる賛美。音譜

明るく元気になれます。
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ヒップホップダンス。十代の若いエネルギーってピチピチ音譜

ピチピチというよりピッチピッチッアップ
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今日は、沢山の人達が来てくださいましたよ。

是非、またいらしてくださいね。


なぁ~んて、「やっぱり1人じゃ行けないから、

ひろみちゃん一緒に行ってラブラブ」なんていう人も

大歓迎ですからねо(ж>▽<)y ☆




ICF教会の新しい住所

札幌市西区宮の沢1条4丁目4-47

電話 011-669-3038


日曜日の礼拝は朝10:30からです
2010年11月09日(火) atelier-hiromiの投稿

人はどこから来てどこへ行くのか

テーマ:クリスチャン生活

先日の日曜日の牧師さんのメッセージは本当に心に響きました


人間なら誰もが思うこと

それは、、


わたしは何処からきたのか

何故、わたしはここにいるのか

何故生きているのか

生きている目的は何か

そして何処へ行くのか



わたしはクリスチャンになってからこのとを何度も何度も

教えてもらっていたのに、あまりにも当たり前のことで

忘れていました。


でも改めてこのメッセージを聞いて

何か心の中にあった様々なわだかまりがストンと消えてなくなったのです


あなたは万物を造られました。

御旨によって、万物は存在し、

また造られたのであります

(ヨハネの黙示録4章11節)



神様がこの世のすべてをお造りになりました。

わたしも神によって造られました


万物は、神からいで、神によって成り、

神に帰するのである。

(ローマ人への手紙11章36節)



わたしの帰るところは天のお父様(神様)がいる王国

すなわち天国です



神が何故、人を造られたのか


人は何かを作り出すとき、それはほとんどが人が使う為に造ります

自動車や家や服や食べ物など、ありとあらゆるものは人の為に造ります


そうです、神様もご自身の為に人をお造りになりました。


人が存在するのは人の為(自分の為)ではないんですね

神の栄光の為、神の喜びの為にわたしたちは存在しています


わたしは神がどれだけ素晴らしいかたなのか、偉大なかたなのかをこの世に表すために生きていると知ったとき、

「あ、、な~んだ!」と思うくらいに今までの悩みや心配ごとがなくなったんです。

大丈夫だと思えたのです。


自分の為でもなく、何か他のものの為でもない

ただ、神の為に生きればいい。


それだけのこと。

それは、ものすごく幸せなことだと思うのです。


ねっ、ぶ~ちゃんもそう思うよね(*^▽^*)ドキドキラブラブドキドキラブラブ
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