サバイディーピーマイ!!!
ということで今年もラオスで新年を迎えられたことを嬉しく思います
今年は寒かったりピーマイ本番前に雨降ったりで
あんまり水掛けられた!!!って感じがなく
過ごしやすい正月でした

14’15’16日が日本でいう三が日
14日がお休みの日だったので職場の皆が家に遊びに来てくれました
私はせっかくの休みなのに1日、掃除と料理の支度で終わってしまった、、、
けど楽しかったからよしとしよう!!!
皆も数少ない休みの中、友達と遊びたいだろうに時間作って遊びに来てくれて感謝!!!
総勢15人
私の家そんなに大きくないから窮屈だった

さてさて
私の嫌いな水かけ祭り
なんで水かけ合う必要があるの?!
暑いから?
とずっと疑問に思ってました
むかつくから尚更ね、、、

一応ちゃんと神話があるんですって
それがこのお話
(ラオス語で聞いたので間違えがあると思いますがあしからず、、、)

昔むかし
4つの頭を持つブラフマーという神様がいた
(ヒンズー教の3大神様の一人で宇宙の創造を司る神)
ある日、噂を聞きつける
地上にとても知恵のある若者がいて
皆に崇拝されているらしい、と。
(実はその若者というのはお釈迦様)
ブラフマーはその噂がおもしろくなかった
自分より知恵のある者などいるはずがないし
自分より知恵がある者が存在していることが気に食わなかった

そこで実際にその若者に会いに行った

『お前はこの世で一番知恵のあるものだと言われているそうだね。
 もしそうであるのなら私が出す謎掛けに答えられるはずだ。
 どうだね?
 私と知恵比べをしないか?
 もしお前が私の問いに答えられたら、私の負けとして自分の首を切ってくれてやろう
 ただし、お前が答えられなければ、私がお前の首を切り落とす』と

『朝、昼、晩、シリはどこにある』
※最後までこのシリというラオス語の訳がわからなかったんです
 英語が堪能なラオ人も訳せないと、、、
 知っている方いたら教えてください

期間は一週間
一週間後の同じ時間に若者はブラフマーに会いに来ると約束した

若者は考えた
考えて考えて考えてもわからなかった
答えが出ないまま時間だけが過ぎていく

街ではこの知恵比べが噂になっていた
若者がもう答えを見つけたのか
それともまだわからずにいるのか

若者が川辺で寝転んでいると
近くの木に2羽の夫婦の鳥がとまり
旦那さんの鳥が若者に尋ねた

『ブラフマーの問いの答えはでたのかい?』
『まだだよ。まだわからないんだ。明日には神様に会いにいかなくちゃ
 いけないっていうのに。』
『ふーーん。まだわからないのか?答えは簡単なのに!まあ、せいぜい頑張るんだね。』
といって飛び立とうとした鳥を若者は呼び止めた

『君は答えを知っているのか?』
『ああ、知ってるよ。君には教えられないけどね。』

それを聞いた奥さんの鳥は驚いて
『あなた知ってるの?なんで私に教えてくれないの?答えはなんなの?』
とピーチクパーチク騒ぎ出した

『これはとっても大事なことなんだ。簡単に教えられるわけないだろう!』
『そんな意地悪するなら、もう知らない!』

妻の鳥が怒っていると、慌てて旦那の鳥が
『わかったよ。教えるから怒らないでおくれ!!』
と宥めた

『誰にも言ってはいけないよ。』と言って小声で奥さんの鳥に答えを教えた

若者はその夫婦の鳥のやり取りをそっと耳を澄まして聞いていた
鳥たちにばれないように

そして その翌日神様に会いに行った

『答えはわかったか?』
『わかりました。
 朝のシリは顔
 昼のシリは胸元
 夜のシリは足』

若者は鳥から聞き出した答えを神様に告げた

朝起きたら顔を洗い
昼間汗をかいたら胸元を洗い
夜寝る前には足を洗う
それが神様が出した問いの答えだった

『私の負けだ。潔くこの首を切ろう。
 ただしこの首が地に落ちれば、大火事に。
 首が水の中に落ちれば、大地が干上がり、
 首が宙にぶらさがると、雨がふらずに大日照りになる。
 そして、首が乾くと世に災いが起こるだろう』
そういい残して
神様は自らの首を切った

若者と共にそれを見ていたブラフマーの7人の娘たちは
その呪いを避けるべく
父親の首を大事に保管し一年で一番暑いとされる4月に
この首を取り出して水を掛ける風習が始まったそうな

おしまい

またルアンパバーンのパレードで
ミスルアンパバーンが7人選出されるのもこのお話からきているそうです

はー書くの疲れた



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ラオスで歯医者!

テーマ:
年末に歯が痛み出しました
しかも総銀歯の歯
虫歯なのか
はたまた違うことが原因なのかそれすら確認することができない事態

私1本だけ神経抜いた歯があるんだけど
それがどの歯なのか自分ではわからない
この総銀歯の歯だったような気もするが
不確か

ルアンパバーンの歯医者は候補に全くなし!
だって2年位前にジャルーンの歯医者に付き添って行った時
ろくに見もしないで歯を抜いてたからね

そりゃ確実に痛みはなくなるから問題解決だけど
でも抜きゃいいってもんじゃないだろうと

歯は親がすごくお金をかけてくれたから
簡単に失うことは避けたかったんだよね

でも日本に帰るのもお金かかるし
仕事もハイシーズンで長く休める感じじゃないし
かといってバンコクは医療費高いしで
悩んだ結果中間のビエンチャン

まあ 全然中間じゃないけどね

ラオス難民で日本の国籍持っているラオス人が
歯医者をやっているって話を友人から聞いて
ただのラオス人にやってもらうよりそこの方がいいだろうと
ビエンチャンに行く決意をしました







想像以上に病院内はきれいでした
清潔で日本の田舎にある歯医者レベル



受付


待合室


医師免許?!


診察室


歯医者なのに甘い飲み物


わりときれいでしょ?


ちゃんと日本の中古の医療器具がそろっていて
レントゲンの機械も診察台も日本のものでした

日本語の話せる十和田さんって方は忙しいらしく
まずは女性の歯科医が診てくれました

レントゲンをとって虫歯ではないのではないかということ
とりあえず銀歯をとってみようということ
ラオス語で説明を受けました

私はとりあえず何をしてもいいけど歯だけは抜かないでくれということを
5回、合間合間に繰り返し言いました

一応外国籍(何人かは不明だけど西洋人)の歯科医もいたので
きっとその人にも対応してもらえるんだと思う
事前に希望しておけば。

そしてその女性の歯科医
頑張って私の総銀歯をとろうと試みる
5分経過
リタイア

次に男性ラオス人歯科医現れる
バイクの修理にでも使うような器具を持ってきて
私の銀歯外しにとりかかる
とる筈なのになぜかとんかちのようなもので私の歯をたたく

ちょっと何のためにたたく必要があるのか困惑したが
きっとたたいて銀歯を浮かせたりする技法とかそんなんではないかと
心を落ち着かせ様子をみる

あまりにもごんごんたたくので
男性歯科医にまったをかける
もし歯を抜くしか解決方法がないのであれば
他の歯医者に行くからやめてくれと強く言う

彼は笑ってわかっているという

また治療に戻るが
再びトンカチでたたいている
挙句の果てにペンチみたいなもので
私の歯をつまみだしたので
またストップをかける

私のラオス語がもしかしたら通じていないのではと思い
通訳としてついてきてもらったジャルーンに
歯を抜くなとちゃんと説明しろという

ジャルーンも再び言う

また銀歯外しにとりかかるが
借り出された男性歯科医は
ボーダイ!!(できない)を女性歯科医に連呼し
投げ出して去っていく

そして放置されること10分

十和田さん登場!(日本国籍のラオス人)

日本語で説明をしてくれるが
そんなに日本語が上手ではないので
肝心なところがよくわからない
でもラオス語で話してくださいというのも
日本語へたなのでやめてくださいっていっているみたいで失礼だし
想像をめぐらせる

一瞬退席した時に
ジャルーンによくわかんないからラオス語であの先生に聞いてと催促しておく

3人目の十和田さんが私の銀歯外しにとりかかる

とれない

十和田さんまで
ペンチとトンカチでどうも私の歯を抜こうとしているとしか思えない

何度歯を抜かないでくださいとお願いしたことか、、、

結局銀歯がぬけない
治療ができない
さてどうするということになって生み出した解決策が
銀歯を削るという

どうやら老化か何かで
歯根と歯茎の間に隙間が出来て
それが痛みの原因ではないかということ

租借すると上の歯と下の歯があたって痛いので
あたらないように銀歯を削り
横の歯との間に石灰をいれて固定するという、、、荒療治

無事に?!治療が終わって待合室にいると
十和田さんが現れる

いやー、隙間が出来てるからひっぱたら抜けるかなと思って
何度か試したけど
以外に根っこが強くて抜けなかったんだよ
本当は一旦抜いて接着剤つけてもう一回
歯をくっつけるのがいちばんいいんだけどねーー
だって

おい!!!

あんなに歯を抜くなと頼んで
みな歯は抜かないって言っていたのに
やっぱり抜こうとしてたんじゃん!!!
しかも一旦引っこ抜いて接着剤でまた入れなおすって
私、歯のこと詳しくないけど
そんな治療法日本でもあるのかな?

歯を抜いてももう一回歯をつければ歯を抜いてないのと一緒って、、、
国籍は日本でもやっぱり十和田さんはラオス人でした


歯医者に行って1か月がたつけど
今は全然痛くありません
結果オーライってことかしら

今回ラオスの歯医者にいって思ったことは
メンタルケアって大事だなってこと

治療中に
だめだーとか
出来ない
無理とか
言われ続けると
めちゃくちゃ不安になるし

日本で治療中にあんまりそういうこと
言われたことないからなぁ


後日、歯科医をしている義兄さんに一言
ヤブ医者だと、、、
再治療をおすすめされました

そんなラオスの医者なんてみなヤブに決まってるジャーン!!!!




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Happy New Year 2015!!!

テーマ:
明けましておめでとうございます。

正月感全くなし!
大晦日なんて夜の11時まで仕事してたからね。

サボりすぎのブログ。
日本にいる友人から楽しみにしてるからちゃんと更新してという
ありがたいメールをもらったので
あきちゃんのために?頑張って書こうと思う 笑

今年の目標
何かな?

初志貫徹

去年はルアンパバーンに戻るという最大目標を達成したからな
今年も有言実行で

もう最近日々の生活に追われていて余裕全くない

すごい言い訳だけど
仕事の責務が、、、でかい
私の能力とボスであるぷーさんが私に求めるものに差があり過ぎて
キャパオーバー

私が今プーさんに評価してもらえることが
一生懸命さと
時間を仕事に捧げるという二点しかないからね

そしてそんな2点なんて仕事がちゃんとできていればいらないっていうね
ラオス人なのにラオス人じゃないプーさんは実力主義ですから

今の仕事初めて4か月かー
正直、英語 ラオス語だけで仕事をすると思い切るには
私の語学力が足りてなさ過ぎて
今一番それがしんどい

仕事自体はすごく楽しい
お客さんと話すことも
ホテルの仕事もね

ただ仕事をしにラオスに来たのかって話

何をしたくてラオスに来たのか
どういう暮らしをしたいのか

それを叶えるためにラオスに来たのに
結局仕事に追われている

でも仕事をしないと私はラオスにいることができない

さてどうする?

思い切ってルアンパバーンに土地を購入しました
畑をするために
自分の居場所を確保するために

生活に追われて何しにきたのか忘れないために

今年の目標
初志貫徹!

4月でラオス生活も3年目に突入ダー!!!!!


今年も宜しくお願い致します。


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ルアンパバーンでの新生活

テーマ:
ルアンパバーンに移り住んでから
早4ヶ月
新しい仕事を始めてから3ヶ月

あーーーっという間に過ぎてしまった

ルアンパバーンに移ってすぐ
心友の結婚式に出席するため一時帰国
20日間もいちゃったもんね

そして帰って来て新しい仕事

慣れるまでが地獄だった

やっぱ語学の壁、仕事上はでかいです!!!

今はルアンパバーンにあるホテルで働いてます

ゲストハウスからホテルへとグレードアップ!!!笑

私のラオス人上司GMのプーさん
オーストラリア帰り
もうこの人ラオス人じゃない
欧米化ラオ人
すごい仕事ができる
金持ちボンボン

同僚オペレーションマネージャーのフランス人 マヌー
美人でテキパキしてて
フランスでは珍しくない女性のパートナーがいて
子どもを最近産んで(子種はどこからかは謎)
ラオスで子育てしながら働くスーパーウーマン!
自由すぎて我が強すぎて、、、強烈!!!

そして私がフロントマネージャー
英語できないのにね
花形のフロント

そしてプーさん、マヌー、私
皆同い年という
偶然!

できる2人についてこうと必死で頑張った始め2週間

今は諦めて自分なりに頑張ってます

ぜひ 皆様泊まりに来て下さい!

Le sen boutique hotel

http://www.tripadvisor.com/Hotel_Review-g295415-d3488011-Reviews-Le_Sen_Boutique_Hotel-Luang_Prabang_Luang_Prabang_Province.html

reservation@lesen.com
にダイレクトにメールしてもらうのが一番安いです!
日本語対応可!!!



そして 気がつけばもう年末

ラストスパート!!!!!


トンクンがヴィエンチャンに!!!!

テーマ:
いつのことでしたっけ?
確か5月のことです

まあ、色々落ち込むことがあってトンクンに愚痴っていた私
心配だから会いに行くよ!
と彼女のタダムとわざわざヴィエンチャンまで遊びに来てくれました

お金もかかるし
往復20時間もバス乗らなきゃいけないし
しかも大学あるから週末しか時間ないのに
それでも会いに来てくれるなんて
感謝感激雨あられです

トンクンは前に働いていたGHのスタッフで
プライベートでも仲良くて
よく一緒に飲みに行ったり
遊びに行ったりしていた間柄
何度かこのブログにも登場してるけど
とーーーってもいいやつ!


1年住んでいるけど
したことがなかったヴィエンチャン観光
せっかくだから3人でしてきちゃいました

まず行ったのが友好橋!!!

ヴィエンチャンに来たことがない二人にとって
ここは行ってみたかったのだそう
2人もパスポートは持ってないのでラオス側まで
橋の真ん中まで歩けるんです

あっちがタイかーって2人も感慨深げに眺めてました
ちなみに友好橋は通行料がとられるのですが3000kipでした

要注意なのが国境を超えるために通関を通る時の友好橋と
徒歩でただ観光しに渡る時の友好橋は全然入り口が違います
タラートサオから出てる緑のバスの友好橋行きはバスや車で国境を越える人用の入口で
徒歩で観光したい人は別の場所からの入場になるので要注意!
友好橋の門が見えたらそこで降りてバスが進行してきた報告に真っ直ぐ進むと徒歩での入口があります

そーしーて次に行ったのがブッタパーク!
本当の名前はワット・シェンクワン!
奇妙な仏像がたくさんあることで有名です
全く期待していなかったので私は楽しむことが出来ました!













日本だったら間違いなく怒られるけどラオスでは
仏像に乗って写真撮っても怒られてなかった











タダムは疲れたから休憩!笑

5月だったからびっくりするほど暑くて
一旦家に帰ったら2人もぐったり
しばし休憩です!





爆睡しててかわいいーー!!!!



次に行ったのはタートルアン!
2人もここに行くのが一番楽しみにしていたそう!!!
そりゃそーだよねー
シンボルだもんねーーー










トンクンは私に学校で習ったタートルアンの昔の話をしてくれました
タートルアンの周りは昔は竹林で,,,,,うんぬんかんぬん
忘れちゃった!!!笑

その次にいったのがこれも有名パトゥーサイ











すごいねー
ドントーク大学はきっとあそこだよーとか
全然違う方向指さして言ってたけど
楽しそうだからおばさんはただただうんうんと2人を眺めていました

幸せそうね、2人



最後に行ったのはメコン川沿い



歩き疲れて三人でしばし芝生で寝転ぶ!
芝生で寝るのってなんで気持ちいいんだろう???




近代的なメコン川を見て二人はルアンパバーンとの違いにびっくり!
3人でやっぱルアンパバーンの方が落ち着くねなんて言い合って
結局答えはそこに行きつくのでした!

遠いところからわざわざ時間を作って遊びに来てくれた2人!
ありがとう!
やっぱり持つべきものは友だなと痛感したのでした

本当に盛りだくさんの一日で
3人とも夜はよく寝れました!!!

おしまい!!!



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新しい一歩

テーマ:
9月から新しい道を進むことが決まりました

正直自分が何しにラオスに来たのかわからなくなってきて
日本に帰るか?!なんて一瞬考えたりしたけど
もちろん日本に帰る理由もなく
じゃあ私はどこに行けばいいのかって

もんもんもん

どうにでもなれの精神で
頑張って日本企業でも日本人経営者ではない職場を探し
初の日本語以外の面接

火事場の馬鹿力
っていうのは使い方間違っているか?
いやあってるか?
もう先がないっていうかこれしかないっていうと
本領?実力以上の力が発揮されるのでしょうか

ルアンパバーンに帰れることになりました

今度は自分的には試練の職場だけど
だって日本語使えないし
日本人を雇うってことは
いわゆる“日本人”の働き方を求められるのだろうから
でもその分自分に残るものも必ずあるはずだから
環境をがらっと変えて
一から出直します

取り敢えず、私の今年の第一目標
ルアンパバーンに帰る
が叶えられそうです

新しいこと始める時は
わくわく半分
不安半分

明日何が起こるかわからないから元気でるんじゃない!!!

ってことで頑張ります。

今の仕事もあと残り一か月!
少しでも迷惑かけない様にきちんと終われますように、、、

そーしーてー
今日はこれからバンコク!!!
リフレッシューー!!!
買い物三昧!

行ってきます!



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ラオスではお正月に砂山を作る風習があります
砂山に悪いものを封じ込めるという意味があるとかないとか
カンボジアにもこの風習があるそうです
また周りにある団子は子孫繁栄を願ってらしいです

とにかく砂山作るとラッキーラッキーだそうです!
本当ラオ人適当!!!!

河原に行ってみると若者がたくさんわちゃわちゃしていました



わざわざ水道の水使わないで川の水で水掛けするなんて経済的!!!



これが噂の砂山!!!
すごいきれーに作ってるよね





子孫繁栄!!!



ジャルーンの友達の名前なんでっけ?
3日も一緒に飲んでたのに忘れちった!笑

真ん中がジャルーンの甥のペット
甥だけあって顔が似てる!!!!




では、このへんで私のサンパン旅行記は終わりとします



もう二度と行く機会はなくなってしまいましたが
サンパン、楽しかったです
良い思い出たくさん!


ジャルーンを始め
ジャルーンの親族の皆さん
たくさんの楽しい思い出をありがとう!!!!








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魚捕りに行った話

ジャルーンの家から歩く事30分
渓流の入口に辿り着きます
そこからまた歩く事10分

やっと川に辿り着きました

ピーマイ(ラオスのお正月)時期は
1年の中で一番暑い時期だから汗だく

ただ歩くんじゃなくて障害物がたくさんあるから一苦労です

色んなとこで70近いばあちゃんとすれ違うんだけど
こんな断崖絶壁をおばあさん、どうやって上ったの?!
って感じなの
ラオスのばあちゃん、見た目は年食ってるけど
足腰は相当強いです!

でも何かあったら大変なことになるから心配

これは道中



人ん家の庭を横切ってショートカット!
あひるさんにもコンニチワ


このけもの道をずんずんあがっていきます!

そして到着した川!
からっぽの魚入れから始まりです!

この網を使ってとります!



こうやって広げて


えいやーーー!!!!
と投げたら



網を引き揚げます



そして石の上で魚をとる

こんな感じでひっかかってるの

それを下まで落としてキャッチ!!!!

延々とこれを繰り返しながら川を上っていきます!!!



すっぴんだから目がガチャピンの私
ふふふ
私は追いかけていくだけで精一杯
だって靴が中国製の偽物クロックスでめっちゃすべんだもん!





なんかさ、投げたら絶対魚がひっかかってんだよね
だから聞いちゃったよ

ここは魚がたくさんいる川なの?
それともジャルーンが上手なの?!って、、、

鼻息を荒くしてうまいからに決まってんじゃんっと

そういうことにしておきましょう



私は追いかけるのもつかれちゃったから
なんか山菜とか食べる草ないかなーーって探していたら
つくし発見!



ラオスで初めてつくしみたー
春ですね!

でもラオスのつくしは日本のつくしと違って硬かった

これ食べるの?って聞いたら
食べたことないって言われたからラオ人は食べないようです



ラオ人でも食べない物があるのね

シダ科の植物が思いのほかあって
山菜炒めのためにたくさん収集!!!
おいしいのよねーー

とのんびりしているうちに
後ろから子供たちが!!!!



早く逃げないと魚が逃げちゃいます

なので私たちはもうダッシュで子どもから離れました!!!
バイバーイ



子どもたちは銛で魚ついてたから
大変そうだった!







汗もたくさんかいていい運動になりました


魚捕りのあとはしばし水浴び!
ナムウー川と違って渓流は流れがあるから
水がきれいでした!

きもちーー

そしてこの時の戦利品のさかな



けっこう捕れました!!!!

おつかれーーー

結果6種類の魚がいたんです



彼らがサンパンで生息している魚
なんか養殖の魚が迷い込んで一匹いるっていってたな


つぶらな瞳の彼と



おどおどした顔の彼と



なんかきらきらした彼と



なんかヌメヌメしてる彼と




で最後が平べったい彼
これがよく屋台で焼かれている養殖のティラピアっていってた気がする

みんなで並ぶと可愛いね!

とってきた魚はジャルーンのお母さんが料理してくれました
ラオスの伝統料理
モックパーです
香草と調味料で味付けをして
バナナの葉にくるんで蒸すのです











おいしかったよーー

でも疲れちゃってあんまり食べれなかったけど。
やっぱ年ですね

前はこんなんでそんなに疲れなかったのになー

やだやだ

では今日はこのへんで!!!


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その1からまた日があいてしまいましたが
ポンサリ―旅行編の続き。。。。。。


サンパンには結局1週間ほど滞在していたのですが
何をしていたのかあんまり思い出せない

ビエンチャンにいた時よりもちょー普通の生活

朝起きて
ご飯作って
ご飯食べて
洗濯して
近所の子どもと遊んで
夕食の材料を畑やら近所の人から調達して
川にお風呂入りに行って
ご飯作って
片付けして
お酒飲んで
寝る

これを規則的に毎日していた気がする
こう考えると
材料調達から
ご飯を作るっていう行為が
一日の大半を占めている事に気が付く
私は朝ごはんと昼ご飯を一緒にしてたから
一回おさんどんの回数が減ってるけど
三食食べたらもう一回増えるんだよね

前にいた団体で“原始人キャンプ”っていうコンセプトのキャンプを
子どもたちとやったことがあったの思い出した
時計も一切持たない
必要最低限の道具しか持たないっていうね

朝はにわとりの声で起きて
火起こしから始めて
野菜も自分で畑に取りに行って
鶏は自分で絞めてっていう
その時も3食の食事に追われていたな

昔の人はご飯を食べるってことが全てで
それが中心の生活を送ってたんだね
当たり前のことだけどこういうところに来ないと
実感できない事でもある

現代人も根本は変わっていないのだけど
ご飯を食べるってことに時間をとられないで済む生活を送るにつれて
色んなものが発展しだしたんだね

日本にいると便利な調理器具とか
調味料
レトルト食品
カレーのルーみたいに手間かけずにサッって出来るものが充実しているけど
ここにはそれがない
半分のお家には冷蔵庫すらもないから
肉や野菜をストックして置くことすらもできない
そしてレストランなんかラオスの村にほとんどない
よくて麺屋
朝だけ

私がしてたのは
食べる
子どもの世話
洗濯
風呂
寝る

それだけの生活
ちょーーーシンプル

生きることに最低限必要な事だけする生活

これを私は求めてラオスに来たんだけど
このサンパンの生活こそが私の理想!

いつから現代人の生活って
色々余分なものがゴテゴテに付くようになったんだろう?

なーーんてどうでもいいことを考える時間が十分にありました

サンパンに行く度に
同じような事をブログで書いている気がするなーー

そうそう
魚捕りにいった話を書こうと思ってたんだけど
ぼやきになっちゃった

魚捕りはね
渓流を4時間くらい網投げながらが上がっていくの
ま、私は追いかけてただけなんだけどね
追いかけるのすら大変で
苔で滑って4回こけて大股開き過ぎて
100円くらいで買った海水パンツが破けたっていう話

その話はその3で、、、、

戦利品!!!!!!



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さてさてお正月休みですが
なんと9日間もあったんです
当初は5日しかなかったのですが諸事情で4日伸びました!
タナボタ休日

まあ、いいことばかりでもなく
休日いきなり伸びたから飛行機の予約がずらせなくて
航空券捨てましたけどね、、、

でもまあ、休みが多い方が嬉しいし!

行ってきました、ポンサリ―!
ジャルーンの里帰りに同行です。
もう何度目だ?
4回目かな?
相変わらず何もなかったです。

でもそれがまたいいんですけどね!

ラオスのお正月って
水掛けをするんですけど
私はルアンパバーンにいたことしかなかったので
どこもかしこも水掛けをするもんだと思っていたんです

もちろんどこでもします
でもルアンパバーンみたいにバカ騒ぎではないのだと
初めて知りました

ルアンパバーンでは老若男女問わず
町全体で酒飲んで水掛けあって楽しんでいましたが
田舎に行くとそうでもないんです

確かに水掛けはしています
けどわきまえてるっていうか
水掛けしているのは子どもと若者だけで
そんなに他人を巻き込もうとしてこないんです
そして小規模

ルアンパバーンはもう半端なく巻き込まれて迷惑を通り越して
腹立たしかったけど
水掛けてもらえないのもなんか寂しいものがありました

ジャルーンの実家はポンサリ―のサンパンというところで
いわゆるポンサリ―からはちょっと遠いのです
今回は
ビエンチャン⇒ウドムサイ 飛行機 1時間
ウドムサイ⇒ムアンクア バス 4時間
ムアンクア⇒サンパン 船 2時間半
というコースで行ってきました
飛行機でかなり短縮されているけど
めっちゃ遠かったわーー
しかもどこもかしこも埃っぽいから
目的地に着いた時には私も荷物も埃だらけの真っ白白

初めてウドムサイまで飛行機で行きました
いつもは陸路だからね


久しぶりのラオエアライン

ウドムサイの空港はびっくりするほど汚かった
あれは空港じゃない、きっと 笑
しかも荷物はリヤカーみたいなところから自分から選び出すシステム!



ちょっとびっくり!
まあ、いっか!
細かいこと気にしてたらやってらんないもんね。
ちなみに空港らしきもののトイレはラオス式ボットンで
紙すらも置いてありませんので要注意!

ウドムサイからジャルーン自宅までは割愛させて頂いて
到着して早速始めたのが夕飯作り

リスのオラーム(煮込み料理的な?)

シャーーー!!!!



リスの燻製

あと畑でとれた野菜でオラームを作ります!

このリス怖い、、、
でもオラームは小動物で作るのが一般的でおいしいらしい!



甥っ子のウワンもお手伝いです!



ターッチ!!!!

私にはおいしいのかおいしくないのかは判断できかねますが
まあおいしくできたんではないでしょうか

ちなみに写真は撮り忘れました!

なんだか長くなってきたのでポンサリ―の話はまた次回に続く!





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