ご報告:結婚します
テーマ:雑記表題の通り、ご報告です。
わたくし原裕訓は横井晴香さんと結婚する運びとなりました。
2/18に結婚式をする予定でいます。
名古屋アカペラサークルJP-actを通じて知りあい、
4年と少しほどのお付き合いになります。
お知り合いの皆様には、また新居のご案内などさせていただきます。
静岡にぜひ遊びに来てください。
短いですが、取り急ぎご報告まで。
改めて落ち着いたのちにまた。
★出演情報★
[現在出演予定はありません。]
ライブに関してのご質問、記事内容と別のメッセージなどはこちらのメールフォーム からお願いいたします。
うまく送信できないです…という方はplay.amusing.musicあっとgmail.com までメールでよろしくお願いいたします。
表題の通り、ご報告です。
わたくし原裕訓は横井晴香さんと結婚する運びとなりました。
2/18に結婚式をする予定でいます。
名古屋アカペラサークルJP-actを通じて知りあい、
4年と少しほどのお付き合いになります。
お知り合いの皆様には、また新居のご案内などさせていただきます。
静岡にぜひ遊びに来てください。
短いですが、取り急ぎご報告まで。
改めて落ち着いたのちにまた。
あけましておめでとうございます。
2011年にお世話になった方々、どうもありがとうございました。
今年もどうぞ、よろしくお願いします。
12/30 東京で久しぶりにnote'n'keyで歌ってきました。
実に楽しかったステージでした。
ジョニーくんはじめスタッフのみなさん、共演陣に感謝です。
4月から働き始めてあっという間に年が明けてしまいました。
半人前社会人は修行修行です。
休みは不定期ですが、いい先輩方に囲まれて仕事しています。
コピーライターの糸井重里さんが好きだという、セフティ・マッチ氏の言葉
「いつか無くなるものを求めちゃいかんのだよ。
無くなるものは、求めるためではなく、
そいつで遊ぶために、この世にあるんだからな」
中学生のころ、初めてほぼ日 でこの言葉を見た時、
全く意味がわかりませんでした。
特に"遊ぶ"っていう部分です。
『みんな毎日何かを得るために一生懸命頑張って生きてるのに、
そいつで"遊ぶ"って言葉はなんだか似つかわしくないな』
と思っていました。
今の自分が解釈してみると、すごくしっくりくる言葉に感じます。
ちょっと前まで、自分の前にはほとんど無限に近いような時間が転がっていて、
蛇口をひねれば水が出続けるがごとく、なんでもやれるくらいの余裕があると思っていました。
しかしながら、働き出して180度真逆になりました。
残りの人生なんて、短すぎる。
2011年7月29日金曜日
こえつながり5 ~夏の夜はうた涼み~@名古屋市 Bottom Line
18:30OPEN/19:00START
前売り3500円/当日4000円 (+1drink代500円別途)
出演:INSPi
・ダイナマイトしゃかりきサーカス
・SOLZICK
Opening Act:魂よしこ
しばらくぶりに歌うことになりました。
みんな見に来てね!
明日から3週間ほど研修で中国に行きます。
Googleも使えるかわからないのでメール見れるかわかりませんが、
play.amusing.musicあっとgmail.com
ないし
at-pamあっとhotmail.com
で何かございましたらご連絡よろしくお願い致します。
先日の日記にもある通り、修士論文の提出と研究発表会が無事終わりました。
これをもって、単位上は2年間の博士前期課程が修了ということになります。
まだしばらく、3/11までは学会の準備や残った投稿用の論文原稿のため研究室に来ます。
2大関門が終わったお陰で今燃え尽き症候群みたいになり、やる気が急沈下していますが…
学部4年とあわせて3年間、量子化学グループに在籍させてもらいました。
一応化学の修士をいただける(予定)ので、ここらで回顧しておこうと思います。
まだ小学生になる前、よく祖父がお風呂で「空気には酸素と二酸化炭素が入っているんだよ」
みたいな話をしてくれたのをよく覚えています。
日本軽金属で研究をしていた祖父は、アルミニウムの精錬の話
(高温で溶かした原石を電気分解、融点を下げるために氷晶石を入れる)や、
放射性物質の話(法整備される前(?)放射能の危険性をよく知らない下っ端社員に
杜撰な扱わせ方をしていたとかいないとか…)など、
中高生時の教科書よりもずっと面白い話をしてくれました。
そういうことからか、漠然とした化学の面白さが心にあったのでしょう。
勉強が他の科目よりはあまり苦にならず、
なんとなくですが大学でこれを勉強していこうかなと思うようになります。
そして名大理学部に来た大きなきっかけはといえば、
2001年にノーベル化学賞を受賞された野依良治先生をとある場所でじかにお目にかかったことです。
浅薄な発想ですが、名大の理に行けばなにかすごいことに関われそうという空気に惹かれました。
野依良治先生が光学異性体を完全に別々に合成する触媒を開発したのは、有機化学の研究室でした。
4年進級時の研究室配属で、3年生は合議の上定員を超えないように各研究室への振り分けを決めます。
有機化学系の研究室は人気があり、どこもおおよそ定員を超えていました。
一方今自分のいる量子化学グループはまったくのゼロ。
去年できたばかりで学生はまだ1人、教授は外国人、実験じゃなくて計算化学、
そもそも量子化学自体が難解、諸々の理由で敬遠されまくっていました。
人数超過で議論は立ち往生しかけている中、魔が差したのかなんなのか、
希望を移し変えました。1人希望で即決。
・3年次量子化学は通年で4単位なのに落第(追試で拾ってもらってギリ可)
・物理が好きじゃない(量子化学はぶっちゃけ化学じゃなくて物理)
・英語話せない
・UNIX使ったことがない
・プログラムを書いたことがほぼない
障壁がいっぱいあるのは承知で飛び込んだのはチャレンジングというか、
つまりはなんとかなるだろうという甘い見込み、楽観的だったわけです。
量子化学はこれから勉強すればいいや(しかし結局今もそこまで解ってない)、
コンピュータは嫌いじゃないからそのうちやらなきゃいけなくなったらなんとかなる、
英語できんけどここ日本だし死なないでしょ、話せるようになったら儲けもん、
という今考えるとなんとも失礼な動機のオンパレード。
実際に行ってみると初めに面食らったのは、
"化学計算"自体はなんだか簡単にできてしまうということです。
先人が創り上げたソフトウェアプログラムは既に洗練されていて、
簡単なCUIでのUNIXの操作方法と、入力に必要なファイルを用意さえすれば、
あとはサーバが勝手にやってくれるのです。
出力された結果をExcelにまとめたり、画像をキャプチャして、パワーポイントにまとめる。
高度に専門的な知識が必要な過程はありません。
今でこそ、このソフトウェアを創り上げるまでの化学者たちの凄さが少しわかりますが、
その創造の部分を新人がいきなりやるということはなく、
まずはルーティンワークから始めることになります。
コミュニケーションについてはもうこれしかありません「慣れ」「伝わった者勝ち」「恥は成長の糧」。
意外にも重要なのは、ビジネスやその他の場面はわかりませんが、
少なくともこういうリサーチの場においては、
会話の前にまず資料を読む力とメールを読み書きする力です。
"話せない"恐怖症が流行っているニッポン、英語教育の貧相さを嘆く人がたくさんいますが、
高校までの英語教育は立派なものです。
その正誤はともかくとして、最低限伝わる程度の読み書きはそれなりにできるはずです。
聴く・話すは、なんというか勉強というよりスポーツです。
恐れずに何度もトライする気持ちさえあればなんとかなります。
一生懸命聞こうとしてくれる相手がいるときは、
あー…うー…となっても、最後にはなんとか伝わります。
単語帳では頭に残らなかった言葉も、
相手の表情やシチュエーションと連動して発せられた言葉は遥かに頭に残ります。
ウィットに富んだ華麗な会話はできなくていいです。
必要な事を確かに理解して、相手に伝えることが出来れば十分。
それ以上を求めるのはまた別のステージと割り切ればいいです。
明らかに話し相手よりも自分の方がレベルが低くて申し訳ない気持ちになることは多々ありますが、
それはつまり自分よりレベルの高い人から何かを学ぶチャンスと考えるようにしました。
プログラムというのは、何か言語仕様を覚えるのがすごく高い山のように思えて、
入り口で尻込みしてしまいます。
・必要な変数とアルゴリズムが定義できるかどうかが肝要で、あとは作業
・自分はコンピュータの専門家じゃないんだから、動くコードさえ使えればいい
・過去のソースはどんどんパクればいい
・いちいち本を読んで仕様を先に勉強しなくても、知らないことはその都度調べればいい
2年くらい経って、結局このあたりに気づくとものすごく気が楽になりました。
サーバをたてて管理するということも少し触れられたのは楽しい経験でした。
pingって何?状態でしたが、とにかく現代の教科書Google先生にお願いすればなんでも教えてもらえます。
電気を食うペット、みたいなもので、お部屋の温度が高ければちゃんと下げてやり、
悪い人に攻撃されないよう防御してやり、文句を言ってきたら何がいけないのかすぐ見てなだめてやり、
調子が悪くなった部分は入れ替えてやり、そしてちゃんとしつければいろんなことをしてくれます。
まとめ:
「ほどほど以下の量子化学の理解」
「笑われるかもしれないけどなんとか伝わる程度の英語」
「コーディング初学者レベル(bash,FORTRAN77)と簡単なネットワークの知識」
を授かることができました。
化学とは外れますが、3年間多国籍な環境にいられたことも貴重な経験だったと思います。
特にIrle先生には感謝してもしきれません。
リサーチそのものはもちろん、仕事に対する考え方や姿勢も、
日本人とはまた違ったこういうものがあるのだなというのを知ることができました。
ポスドクの穎さん、健さん、虎軍さん、Mattさん。
PhDの莉丽はお部屋におじゃまさせてもらってご飯いただいたり、
うちにきてたこ焼き食べたり、あとブレーメン出張の帯同、いろいろとお世話になりました。
西村さんはただ一人の先輩学生としてあらゆる場面で助けていただきました。何事も動じない姿勢と集中力、尊敬しています。
西本くんは僕よりずっとできる後輩です、来年は新4年生のことよろしくね。
この春からは化学とは全く異なる業種の仕事に就くことになります。
お金もらって院まで大学で勉強させてもらった身ながら、専攻とは違う職にすすみますが、
ここまで勉強させてもらったものがこの先何か違うかたちでちょっとでも生きていくことがあれば願ったりです。
4年の配属の時に、全く考えていたのと違うところに飛び込んだ気持ちが少し思い返されました。
また新しいことに取り組める機会と考えてスタートを迎えようと思います。
テキトーなタイトルですが一番イメージをよく表してるので、これでご勘弁。
アカペラバトルフェスティバル、リーフウォーク、JP-act10周年ライブと、
これでもかとイベント目白押しだったアカペラ関係でした。
http://blog.notenkey.ciao.jp/?eid=14
に感想をしたためました。
魂よしこのみなさん、昨年からライブ企画運営、ネタ作り、あとちょっと歌、おつかれさまでした。
特にのりたけさんの仕事ぶりには頭が上がりません。
あらゆるマネージメント、特に渉外と金銭関係をほぼ仕切ってくださったので、
このイベントの屋台骨はそれなしには成り立ちませんでした。ありがとうございました。
現役サークル員では、パンフレットとチケットで協力してくれたひとしくん、
まいまいはじめ、パーティ関係で奔走してくれたみんなにもおおいに感謝です。
音響照明ではゆたさんとあすか、素晴らしい司会をしてくれたどぅー、
他にも多数のスタッフさんに支えられてこのイベントは成り立っています。
これも大きな大きなJP-actの財産だと思います。
音楽だけでなく、こうした裏方にも必要な場所に人がおけるというのは、
やはり一朝一夕ではない蓄積からこそです。
そしてもちろん、演奏陣も今回はこのラインナップで開催できてもう言うことがありません。
聴く側としても大変に満足できた一日でした。
まだまだ先輩方には敵わないなと思うところがたくさんありましたが、
そんなことを考える間もなくだんだん聴き入ってしまう魅力があるというのは素晴らしいです。
サークルを離れてもこうして集まれるというのは、いいものです。
次の節目も、その次も、またこうして何か楽しい催しがあるといいですね。
自分がその時、どこで何をしてるかは分かりませんが、ぜひとも巻き込まれたいなと思います。
学科の研究発表会が2/15に行われました。
これをもって修士課程の卒業要件になるというものです。
発表練習ではほんとぼろくそで、自分の準備不足さを反省。
当日も始まる本当に直前まで緊張、緊張。
ライブと同じで、始まってしまえばもうどうにもならないという開き直り心が出てきて、
しゃべり出したらあっという間でした。
午前中最後の発表だったせいか終了時間を気にせずどんどん質問を浴びせまくる教授陣、
早く終わってくれ…と願い虚しくでしたが、やっとのことで終了。
ご静聴ありがとうございました。
あと残されたのは3/8からのフラーレン・ナノチューブ学会のポスター発表。
その週で研究室はおいとまします。翌週は引っ越し準備。
お部屋の家具処分計画を立てています。
「私欲しいです!」「詳細知りたいです」「写真見たいです」など、
お問い合わせお待ちしています、冷やかし大歓迎です。
本棚(小)とこたつ机は興味を持ってくださっている方が既にいますが、他は未だ手つかずです。
少し早いですが2月中までに一度play.amusing.music[at]gmail.com まで一報いただければ幸いです。
お部屋まで取りに来られる方は特に歓迎ですが、そうでない方ももちろんご連絡ください。
希望者がたくさんいれば、車借りていろいろ周りながらお届け
→最後に昭和区の環境事業所で残りを置いてくる ができるかもしれません。
よろしくお願いいたします。
追伸:3/15-3/17あたり、引っ越し作業をお手伝いしてくれる方も募集します。ごはんおごります。
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