「正太郎!! 大丈夫!?」
シアが正太郎の肩を掴んで叫び、その声で正太郎は現実に戻った。
誰もいない体育館に午前中の白い光が差し込んでいる。
心配そうなシアが間近から正太郎の顔をのぞき込んでいるので、驚いて数歩下がった。
「あ、あれ?」
見上げても宙に現れたと思ったACアニマルの姿もない。ほんとうに幻想でも見たのかと思いかけたとき。
ドーーーンッ!!
正太郎が状況を理解し直す間もなく、校舎のどこかで爆音がした。
「な、なに!? え!?」
シアがうろたえてきょろきょろ周りを見回した。
音は外からだ。
正太郎はものも言わずに外へ駆け出した。
「・・・うわあっ!?」
思わず声が漏れた。校庭の様子は一変していた。
グラウンド全体を多い尽くすように、ねじくれた巨大な根のようなものが一面はびこっていた。
根は地下から地面を割り、校舎に巻き付こうとするもの、道路へはみ出て行こうとするもの、悪魔の鉤爪のように上空へ延びるもの、視界一帯うめつくしてぞわぞわと気持ち悪くうごめいている。
空気は掘り返された地面の臭いでむせかえるようだ。
「これが。大神祭!?」
正太郎は袖口で口元をかばい、くぐもった声で言った。
「そう、こいつが大神祭・ボウキャク。あまり近寄っちゃダメだよ!」
上から子供のような声が振ってきて、正太郎が見上げると、校舎の二階部分のひさしの上に、見慣れない金属の煌きがある。
つやのある銅色のボディ。
ありがとウサギより若干小さい人型のロボットが膝をひさしについて正太郎を見下ろしていた。やや厚い装甲で、がっしりした印象だ。
「きみは・・・」
「助けてくれてありがとう。ボクがこんにちワンパワードです」
にっと笑うその頭の後ろから、
「正太郎!!」
「芽生ちゃん!!」
芽生がこんにちワンパワードの背中から、半分転がり落ちるように降りてきた。
いつもきれいに二つ分けに結んでいる髪の毛は乱れ放題で、顔は涙でくしゃくしゃだった。
「・・・よかった、怪我はないの!?」
芽生はその言葉を聞いて急に手ぐしで髪の毛を直し、あわてて顔をぬぐった。唇をちょっととがらせてそっぽを向く。
「だ、大丈夫だから」
「え」
「わたしは大丈夫だから、正太郎はさっさとアイツをなんとかするの! みんなを逃がさなきゃ!!」
芽生がひさしから降りようとしてその高さに躊躇しているのを、こんにちワンパワードが手を差し出して地上へ導いた。
「正太郎! 変な根っこみたいなのが入ってきて、みんな逃げまどってる。避難・・・あっ芽生ちゃん! 無事だったんだ!!」
体育館から走り出てきたシアが走ってきた勢いそのままに芽生の肩に抱きついて喜びの声を上げた。
「まって、シア。私は大丈夫だから、先にこの学校のみんなを避難させるの」
シアの両手をつかんで下ろし、芽生が若干赤い顔で言った。シアはごめんね、と謝ってからキッと厳しい顔をする。
「わたし、放送室に行くね! 正太郎はアイツをお願い!」
喜ぶのは後。シアはすぐに校舎内に消えた。その間もボウキャクの木の根のような一部は窓ガラスを割って校舎内に次々と侵入していく。
「私は本部に連絡して警察と連携をとる。ACアニマルは、正太郎に任せたからね」
芽生はACウォッチを作動させてみた。どうやら幸運なことに故障もなくすぐに起動のライトが付いた。
そういえば、ありがとウサギとさよなライオンは大丈夫だろうか。うっすらと理科準備室に向かうといっていた記憶があった正太郎は声を張り上げた。
「さよなライオン! ありがとウサギ! 大丈夫!?」
正太郎が叫ぶと、芽生のACウォッチから返答があった。
あまりにも予期していないところからの返事に、芽生が思わず小さな悲鳴を上げた。
「大丈夫だ。理科準備室は壊れてしまったようだが・・・。二人とも大事ない。そこにいるのは、こんにちワンパワードだな?」
ありがとウサギが冷静な声で言う。
「大神祭を一人で封じ込めるなんて無茶しやがって。いつでも呼んで良かったんだ。そのための仲間だろ!」
さよなライオンの声もする。
二人の声にこんにちワンパワードは苦い笑いを浮かべていた。
さよなライオンはつい最近まで自分が消滅寸前で誰かを助けるどころの状態ではなかったことを棚に上げている。
でも。それがライオンらしさだ。
「ちょっと二人とも! いつのまにACウォッチに割り込めるように・・・、詳しくはあとで問いつめるからねっ!」
芽生がむっとした顔をしているのは、自慢の発明品に易々と介入されてしまったからだ。
正太郎はACウォッチに向かって叫ぶ。
「さよなライオン! 今シアが放送室に向かったんだ。シアを護って!」
「了解!」
小気味よい返答があって、さよなライオンの気配が動き出す。
ありがとウサギは正太郎たちのいる方へ移動をはじめている。
いつの間にか正太郎はACアニマルたちのだいたいの位置を把握できるようになっていた。
「今、ボウキャクは混乱してる。ボクが消滅せず結界が解除されたことがどういうことなのかまだわかっていないんだ。今ならその隙をついてみんなを逃がすことができる・・・!」
こんにちワンパワードが立ち上がって言った。
「アイツの力からみんなを護るのは、ボクに任せて」
「そんなことができるんだ・・・!」
正太郎が感心すると、AC本部と細々したやりとりを始めていた芽生がふと言葉を切り、
「私のことも護ってくれたの。本物よ」
とだけ言った。またすぐ横を向いてしまったが、どことなくうれしそうに見えた。
「芽生ちゃんを護ってくれたんだ、ありがとう!」
「ううん、お礼なんか・・・・えっ!?」
こんにちワンパワードの表情が凍った。
正太郎は突然視界が斜めにゆがむのを感じた。
しまった、というような声がどこかで聞こえる。
なんかこれって、真夏の炎天下で遊びすぎたときに似てる。
頭から血が引いて、上から暗い幕が下りてくる感じ。
(魔力コントロールに慣れないうちは、挨拶をしただけで私たちが変形してしまうこともある。気をつけて)
いつかそんなようなことをありがとウサギがいっていたのを正太郎は思い出した。
ありがとウサギと出会ってほんの一、二ヶ月の間はうっかり変身させてしまうことが、実は何度かあった。
最近はそんなこともなくなっていたのだが、さっきこんにちワンとの心の同調で魔力コントロールが変調を来たしていたのかもしれない。
――まずい、かも。
そのとき、近くの校舎の壁面を破ってグレートありがとウサギが姿を表した。
「なぜ突然変形が・・・?」
自分の手を見つめ困惑した様子でいたが、気づいて正太郎たちの方を見た。
「ありがとウサギ! 正太郎が、魔力の限界値をこえたんだっ!!」
こんにちワンパワードが叫び、芽生がこちらを向く。両目が丸く見開かれ、口が悲鳴の形に歪む。
倒れるんだな、と妙に突き放した悟りとともに、正太郎は地面に倒れ込んだ。
「正太郎!?」
グレートありがとウサギが崩れた校舎の欠片をけちらして駆け寄った。芽生がなんとか正太郎の上半身を助け起こすと、うっすら目を開ける。不幸中の幸い、意識を失ってはいない。
「ごめん・・。力が抜けちゃって」
「あんなに注意しなきゃダメだって、長官もみんなも言ってたでしょっ!!」
力なく笑う正太郎の頭をパシンと平手で叩いた芽生の上に、ふと陰が落ちた。
「危ないっ!!」
ガキィッ!!
堅いもの同士が激しくぶつかり合う音がして、正太郎と芽生の上に金属の細かい欠片がいくつか飛び散った。
いつの間にかのたくる植物の根が獲物をねらう蛇のようにみんなの頭上に近寄ってきていたのだ。
こんにちワンパワードが右手を振り抜いて植物の根のようなボウキャクの体を打ち払っていなければ、平らに潰されていたかもしれない。
「・・・気づかれたようだな」
グレートありがとウサギが低く言い、人間二人をかばうように振り返る。
『・・・ほぅ、ほう。ACクリスタルどもか』
しわがれた老人の声だった。
その声を耳にした人間は先刻芽生が感じたものと同じ、胃のひっくり返るような猛烈な不快感に襲われ、その場に次々と倒れ伏していった。
芽生はこんにちワンが結界内で守ってくれた効果がまだ続いているのか、軽い頭痛で済んでいる。が、いつもならそういう攻撃に強そうな正太郎も苦痛に顔をゆがめ、両手で頭をきつく押さえている。
ボウキャクは声で人の心と記憶を喰い荒らすのだ。
シアの放送誘導で避難を始めていた校内にも、たちまち苦痛と悲鳴が交錯した。
「きさま・・・やめろっ!!」
グレートありがとウサギが校庭でうごめく巨大な根を手当たり次第に引きちぎり、吹き飛ばす。
『無駄だ。お前等が何人増えようと、ワタシには効かぬ。力を使い果たし、空っぽになって砕け散るがいい』
「くっ! 手応えが無い・・・!」
見た目ほど頑強でないのか根は易々と引きちぎることができるが、ボウキャクの声はダメージを負った様子が微塵も無い。
その上校庭のどこからでも根は無数に生えてくる。
「このままじゃ、みんな・・・が」
正太郎が弱々しくうめいた。
だが、その心はまったく折れていなかった。
なにかの役に立とうと必死で目を開き、心を集中させボウキャクを観察する。しかし・・・。なにも見つかりそうにない。
誰もが次の手を打ちかねたその時。
「・・・・ボクがいく!」
こんにちワンパワードが、誰がなにを言う間もなくずたずたに荒らされた校庭の中心へ駆けだして行った。
「無茶よ!! どう戦えばいいかもわからないのにっ!」
芽生が叫ぶ。
「後は頼みます。芽生さん!」
その言葉に芽生が息をのむ。
「待てっ! 無闇につっこんでどうする!!」
ありがとウサギが続こうとするのを、いきなり活性化したボウキャクの根がどっと襲いかかりその動きを阻む。
『さがっておれ 力無きものどもが』
「くっ!」
ありがとウサギは立ち止まって植物の根のようなそれらを打ち払った。
根は一撃で粉砕できるようなものだが、数が多く、一つでも通せば後ろは校舎。進むことができない。