来月から大会の練習の曲に入る予定で
今まさに色々リサーチ中
びっくり、こいたのは今月の中旬にエントリーしたら
ファクトシートなどジャジの方に伝える資料が来月の頭だって
連絡が入っていた![]()
まだメイン曲だけ決まっただけで
KaiもHoiも決めかねているところなのです
今回 曲の題材を決めるにあたって
Lena machadoにするか、もしくは友人のAunty Sally
どちらにスポットをあてるか悩んだ
Lena machadoは大好きな歌が沢山あって
色々踊ってきた![]()
そういうものを、もっと深く掘り下げても良かったのだけど
バックグランドを調べていくうちに
Aunty Sallyが
今年亡くなってしまった私の祖母、本年103才と同じ年であることを
知って興味深くなってしまった
これも何か必然なのかも
それに、これに絡んで最近私に素敵な女性との良い出会いがあった![]()
私の祖母達の時代を垣間見る機会にしたいとおもい
今回はsallyさんにスポットをあてることにしたのである
Aunty Sally はモルモン教の洗礼をうけている
オアフ島のLaieにあるポリネシアン文化センターの初代のフラマスターであり
長い年月 1963年からカルチャーセンターに従事し1980年に引退した
教え子の中にはモルモンのクムフラ、サイブリッジさんなどがいる
Sallyの名前歌を作ってくれた
Hawaiian song bird アンティ レナとも踊りあったり仲良しであったそうだ![]()
Sally の生い立ちになりますがマウイ島のpaiaの海側で生まれました
お父さんは中国移民第一陣で広東から さとうきびプランテーションでマウイにきて
お母さんであるハワイアンタヒチアンとの間に生まれました
色々な問題から両親は別れてしまい
お父さんは中国に帰国して、その後二度と会うことはなかったそうです。
姉妹や兄弟もいましたが
ほとんどが病気で死んでしまい
サリーは大おばと大おじに兄弟のサムと一緒に
hanaiにしてもらいます
その大おじは足にハンディキャップがありましたが
魂に大きな宝物を持っている人で
大変マナが強い人だったそうで、人々からも彼のblessや祈りを求められたそうで
sally自信も頭に手をあててくれたり常に大おじに大事にしてもらい
病気がちな体もその大おじの祝福で安らかにいられるそうでした
凄いなぁと思ったのは
この大おじはKamehamehakの甥から継承されているハワイアンネーム
を持っているとSallyにお話しをした記述があるのですが
このマナの強い大おじが亡くなった際
コウラウの山脈から彼らが生活の拠点としていたKahana bayに
かけて雷と稲光がすごかったそうなのですが不思議と雨は降らずに
埋葬をしたKahanaの上では明るい陽の中に霧雨が降り
良い予兆が起きた
それは天の男に迎えられ 真の家長になったと思ったそうです。
こういうスピリッツって何だかとっても分かりますよね!
ハワイに旅をしてきて色々なスピリッツを感じる人が多いと思いますが
それらは又折に触れて今度お話するとしてまた
少し戻りましょう
Sally は結婚を三度しています
一度目は色々な問題からの離縁
二度目は愛し合っていましたが病気による死別
1979年の三度目は晩婚でしたが理解ある旦那さんだったそうです
なかなか私もそうですが簡単に幸せを掴めれる人と
そうでない人といるのが人生なのでしょうか
だけど最後までSallyさんのように諦めてはいけないと思いませんか?
こんなに素敵な笑顔ですよ!
さてフラマスターであったSally さんですが
1946年 Aunty Rose さんに有名なクムフラであるLokalia mongomery習ってみたいか?
と尋ねられ、期待せずに彼女と一緒にカパフルの中のチャールズストリートへ
出かけたことが始まりだそうです
Kumu Lokalia に多大な影響力を受けたSally
以前はolapaまでのトレーニングを受けていなかったそうで
Kumu LokaliaにChantを習い始め
やがてLokalia からUniki(卒業)をしました。
まだこの他に彼女のストーリーは続いていきますが
眠いのでそろそろお休みしようとおもいますが
あー地震!
揺れ長いですね!
まだまだ、断片的ですが
リサーチしていくと思わぬ人物と点と点で結ばれたり
歴史的な事柄が楽しくなってきます
コンペは順位に拘りがちですが
でも、それよりも
いつもよりももっと中身を掘り下げたり
一曲に一魂をかけられるところに
皆がむかえられる事に意義があるような気がします
また皆で楽しく勉強しあいましょう![]()










