2011-12-19 18:07:01

仏教伝来の地を歩く (2011/12/18)

テーマ:友史会
友史会12月例会「仏教伝来の地を歩く」
■コース
桜井駅→金屋河川敷公園→安倍文殊院→安倍寺跡→吉備池廃寺→小立古墳
 →山田寺跡→飛鳥寺→向原寺(豊浦寺跡)→和田廃寺→橿原神宮前駅

ひさしぶりの友史会でした
今回は地元を歩くコースなので行くことにしました

桜井駅から出発、一旦北へ進路をとり
「仏教伝来の地」碑の建つ金屋河川敷公園へ

 

日本に初めて公式に仏教が伝わったのは、「日本書紀」によると552年
「元興寺伽藍縁起并流記資材帳」によれば538年
百済の聖明王から金銅の釈迦像・経論・幢蓋が届けられたという
いわゆる「仏教公伝」は欽明天皇の時代です
欽明天皇の磯城嶋金刺宮があったとされるのがこの辺りだといわれています

  

聖徳太子の時代に来た隋からの使者裴世清一行も
大阪湾から大和川を遡りこの辺りに到着したのでしょうか
初瀬川(大和川)の河川敷には、
七五頭の飾り馬になぞらえたかわいいお馬さんがならんでいます

 

橋の名前も馬出橋(うまいでばし)
西を眺めれば二上山が見えています

ここから私たちも
裴世清の一行よろしく安倍山田道を通って飛鳥へと向かいます

   

安倍文殊院

 

安倍寺跡
今は史跡公園となって整備されています
昔は草ぼうぼうだったのが金堂基壇、塔基壇と回廊の一部が復元整備されていて
きれいになっていました
そばに鎌倉時代の瓦窯(平窯)も保存されています
この覆い屋は長いことぼろぼろのままだったけど
いつのまにかきれいに補修されていました

安倍寺は安倍氏の氏寺で大化改新時の左大臣安倍倉橋麻呂の創建
安倍文殊院は安倍寺の法灯をいまに受け継いでいます


  
 
   

吉備池廃寺 
吉備池の護岸工事のおりの発掘調査で池の南側に大きな土壇が見つかった
池の東南部には、飛鳥時代の瓦が散らばっていることが古くから知られ
瓦窯があったのではないかといわれていました

金堂・塔基壇は飛鳥時代としては突出した大きさで
こここそが舒明天皇勅願の百済大寺ではないかといわれています

仏教伝来には関係ないのですが
安倍山田道沿いにある小立古墳の解説もありました
写真は撮ってなかったのでありませんが
電気屋さんの裏のちょっと高くなった田んぼあたりです
皆さん横の丘陵を見てあれやろうと言ってましたが
違うのになぁと思いながら見てました

桜井市埋文センター平成13年度発掘調査速報展概要↓
http://www.city.sakurai.nara.jp/bunkazai/bev0206.html



  

山田寺跡


 

甘樫丘の麓をまわって豊浦へ



おまけ① 当初は寄る予定のなかった向原寺(豊浦寺跡)へ

 

おまけ②は和田廃寺

 

橿原神宮前に到着

距離は16~7キロ、結構歩きました


今回の案内は橿考研の廣岡先生でした
友史会の例会はいつも200人近い人が来るので
案内の先生の説明はFMラジオで受信します
今までの例会ではポイントにくると全員を集めて説明するというパターンだったのですが
廣岡先生は歩いている間もできる限り飽きさせないようにと
見える範囲内のものはあれもこれもと一生懸命説明して下さったのですが
細い道ではどうしても列が長くなるので
先頭からあまり離れると雑音ばかりで聞こえないんですよねー
わかりやすくて上手な説明だったのでもったいなかったです

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