2011-12-19 16:55:07

磐余池現説 (2011/12/17)

テーマ:現地説明会
日本書紀や万葉集に登場しながらも所在地が不明だった
「磐余(いわれ)池」の一部ではないかとみられる人工の堤が、
橿原市内で見つかった!!

そんな踊り文句が新聞を賑わしていましたね~

堤の上から建物跡とみられる柱穴が出たというので
用明天皇の宮殿の一部では?とか
悲劇の皇子、大津皇子が辞世の句を詠んだ…とか
履中天皇が舟を浮かべたとか

正式には「大藤原京左京五条八坊」調査地となるようですが
「磐余」という地名は現在残っていないので
少しは世間に知られることになってよかったかな…と
まだ調査の続きがあるようですので、楽しみですね








池ノ内の集落へ行く手前にあるお地蔵さん右向こうに現説会場があります

 

その前に稚桜神社によります
履中天皇の磐余稚桜宮があった場所では…といわれています



橿原市へのカーブした道
手前の今は田んぼが広がっている部分が池で
向こうの住宅が建っている小高い部分が池の堤防になる
6世紀後半以前の築造で、ダム式の古代ため池の発掘事例では最古ですって
谷地形をうまくせき止めて人工の池を造った古代の土木技術がすごいですね

 

人工の堤跡

 

柱穴に棒をたてています

 

大壁建物というのがこの中で一番古い建物で韓半島の特徴なのだとか

 

そんなに大きな建物ではないようです
 
 

対岸にある大津皇子の万葉歌碑
「百(もも)伝ふ、磐余の池に鳴く鴨(かも)を今日のみ見てや、雲隠りなむ」

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