2006-03-01 19:18:07

文章に「コスト」を使うコスト

テーマ:ブログ
これは、2ちゃんの新JIS・月スレ
http://pc7.2ch.net/test/read.cgi/pc/1139243753/
の51さんの私に対する87から98に散在しているレスへの回答です。 
いや、例によってお題拝借かも。。(^^;; 
 
 
>「アンシフトとシフトが殆ど同じ」になるのではなく、むしろ  
>「シフトに合わせてアンシフトが同じ速度になる」のではないか 
>と考えています。実証したわけではありませんので、単なる憶測ですが。 
 
その通り。私は実験しましたが、指の限界速度でシフトの混ざる四打鍵を 
20秒で何回繰り返せるかで打鍵速度を計ると、同じ位置のシフトのない 
四連打の1.3倍から1.4倍くらいかかります。 
 
でも、実際の一万字とかの長時間の創作打鍵では、シフトのない 
ときの短時間における指の限界速度の1/3くらいで打っています。 
 
それでも、拗音や文末表現で倍速打鍵になる部分は、限界速度の2/3くらい 
にはなるんで、それでいいんです。 
 
発声と打鍵のリズムが一致する(実際はゆっくりと発声した場合と一致する) 
飛鳥では、拗音と「っ」、後は文末や節末(「ですが、」のような)が 
倍速になり、あとは句読点と変換で休む以外は大体一定のリズムです。 
 
ただ、頻出単語や長たらしい頻出表現はゆっくり打つのが 
かったるくて、大分速くなるようです。 
 
よく出てくる言葉は、発声が速くなるのと比例しているようです。 
 
ニッポン放送の買収騒ぎの時、ホリエモンが「新株予約券(権だったか。。)」 
のことをインタビューで言ってたのですが、早口で聞き取れなかった覚えがあります。 
 
あれって、一般人はあのとき初めて聞いた言葉なので、元々聞き取りにくいんですね。 
それを物凄い早口で言ってたので、何回か聞くうちに「ああ、これはニュースで 
やっていた新株予約券のことか」と理解はしましたが、その後も同じ言葉を彼が 
何回と言っても、やはりカナの連続としては聞き取れなかったものです。 
 
「新株予約券」をホリエモンは仲間や弁護士と長い会議や打ち合わせで 
腐るほど聞いたり言ったりしていたはずです。 
当時の彼には、「ネット」などのように超頻出単語になっていたんだと 
思います。それにしては9拍と長いので「ネット」とかを言う時間内で 
言いたくなって言葉が潰れてしまったようです。 
 
で、これ打鍵にも当てはまるんです。 
よく使う言葉は、運指が少々悪くても普通より速いですし、 
逆に打ち難いと思って繰り返して打ったら、実は運指自体 
は打ち易いものだったとかはよくあります。 
 
何年かに一回とか打つ超マイナーな言葉や、ある人の「自分語」 
だから一度も打ったことがないので速く打てないだけなんです。 
 
自分語と言えば、ニコラ推進派の「ぎっちょん」さんなんかがこれです。 
 
これは、V表M表S裏,表J表 とシフトは打ち易いホームの裏の一回 
だけですし、交互打鍵中心です。 
 
でも、一回目に彼にレスしようとして、他の単語と同じ速度で打とうと 
したら何回も誤打鍵になったんです。 
 
で、繰り返し、ぎっちょんぎっちょんぎっちょん と打ってたら 
結構良い運指なので、この経験から上のことを自覚したわけです。 
 
と細かいことは色々ありますが大まかに言って、飛鳥は一打鍵一カナ 
ですからそんな速い必要はありません。 
創作打鍵時の飛鳥は、遅いクロスシフトが混ざる打鍵の限界速度より 
ずっと遅くなると思います。 
 
でも、遅いのは単位時間当たりの打鍵数が少ないんですから、 
指に優しい余裕のある打鍵になるんですね。 
 
同じ量の文章をⅠ.7倍打鍵数のかかるローマ字で 
同じ時間内で打ったら、ほとんど余裕がないはずです。 
 
 
ということで、飛鳥は「遅いシフトの方に合わせる打鍵法」とも言えます。 
 
まあ、打ち易い同手シフトはの速度はアンシフトと余り変わりませんが、 
遅いクロスシフトに合わせる分、それだけ表と裏は余裕のある打鍵となる 
ので、毎度どんどん文章が長くなるようです。 
 
飛鳥のユーザーがどんな速度で打つかは、その人の用途に 
よって異なるので、私のやり方で打たない人もいるでしょう。 
 
しかし、何しろ飛鳥は作った人が長文書きで、一日10時間とか普通 
に打つ人なので、飛鳥はマラソンランナー向けなのかも知れません。 
 
マラソンシューズと100メートル走に使うスパイクが全く異なる 
ように、長時間の創作タイプには飛鳥が、内容は考えなくていい 
限界速度に挑戦するタイパーの数分間のコピー打鍵には、 
プリシフト系のものが向いているんだと思います。 
 
 
ただ、TWなどで好成績を出した飛鳥人もいるので 
そういう人は、「速く打てる部分は速く打つ打ち方」 
をしているのだと思います。 
画面を見て内容も理解しないで(内容を理解しようとすると指が止まる) 
そのまま写すのでしょうが、私はそういうの、興味ないので。。 
 
だって、問題文が名文だったら手を止めて感心したり、おかしなことが 
書かれていたら「そんなのは~~ということを考えれば言えんだろう!」 
とか、これまた、手を止めて文句言ってそうですから。。(^^;; 
 
無意味な単語の羅列を打たされるとしたら、言葉の連続に 
意味を求めないではいられない私には拷問ですしね。 
 
A:私 
>>ローマ字の脳内変換のコストとかJIS  
>>カナの数字段や「む・ろキー」などの移動距離 
>>の大きさ、親指シフトや小指シフトのコスト  
 
B:月スレの92さん 
>飛鳥の80個近くあるキーを索鍵するコストも、 
>心理的には相当な壁となっています。 
 
AとBのコストは全く異質なものなので比較できません。 
 
というのは、Aで私が言っていることは 
 
カナ→脳内変換→変換という過程を経る以上、ローマ字では無意識 
になるとはいえ瞬間的ではあっても、余計な一過程が入ります。 
 
これは、いくらローマ字に慣れても「ない」とは言えません。 
ただこの脳内変換は、ローマ字に慣れているほど無意識に 
なります。 
このため、カナ系のタッチタイプに移行したことのない 
ローマ字の人には脳内変換がブレーキになっていることは 
カナをそのまま打てる感覚が分からないので、比較できず 
実感ができません。 
 
また、いくら慣れてもローマ字系は、タッチ数が 
親指シフトの七割余計に掛かる事実は残ります。 
 
また、JISカナの指の移動の多さや小指シフトは、沢山 
打てば打つほど辛くなり、意識に上る類で「慣れたら全く 
無意識になる」タッチタイプとは同列に論じられません。 
 
Bで言われている索鍵(名詞サ変で登録しておこう。。) 
は、タッチタイプを習得した人が打っている場合は、 
どんな方式でも一切行われません。 
ですから、コストなど何も発生しません。 
 
配列表やキーボードでキー位置を確認して打つ最初の 
地点から、ローマ字なら「Zはどこだっけ?」、飛鳥なら 
「ひ・はどこに行った?」と頭の中を検索して、数秒経 
って「ああ、左隅の下だ」とか「X裏だ」とか思い出す 
レベルまでが、「索鍵」と呼べるでしょう。 
 
ここまでは、ローマ字などに比べて候補の多い 
飛鳥の方が索鍵のコストが多いのは当然です。。 
 
しかし、この作業のコストはどんな入力法でも早晩 
「一切なくなる」性質のもので、これがAのコスト 
とBのコストが全く異質なものだと言う理由です。 
 
だって、ローマ字でwatasiと打つ場合だって、WやAの位置など 
索鍵しないでしょう。それどころか、「私」と言いたくなったら 
指が勝手にwataiの六打鍵を一秒とかで打ちきるのです。 
速い人は、watasihaの8連打を一秒に一気に打つでしょう。 
目でキー位置を探したり頭の中を検索したりする 
時間など、あるはずもありません。 
 
飛鳥だって、A裏;表S表O表と勝手に指が「わたしは」の運指を叩きます。 
どちらにも、「キーを探す」という「索鍵」など発生しないということです。 
 
あるとしたら、上でも言ったように、ごくごく初期の配列を覚える段階でしょ。 
 
前のレスにも書きましたが、飛鳥上級者になれば、一個のカナの 
索鍵どころか、「数万の運指」を指が覚えるものです。 
 
そして、それは「覚えなくてはいけない膨大なコスト」では 
なく、「打っているうちに脳が勝手に覚えてくれる」、打鍵 
を楽にするための神様の作った脳からのプレゼントなのです。 
 
まあ、サイトメソッドが不可能な飛鳥は、紙に写した配列表か 
他の窓にある配列表の画面でカナを探すしかなく、ローマ字や 
JISカナのようにキーボードでキーを探せません。 
 
つまり、事前の準備が必要だという意味では、飛鳥の方が 
コストが若干多くかかります。 
 
それに、25個程度のローマ字の候補に比べ、飛鳥では候補が96個 
もあるので、配列表から求めるカナを目で探すコストが大変です。 
 
ホームキーの表だけ、次はその裏だけのように、順序立ててそれで 
できる言葉を打って指に覚えさせるとかの練習をしないで 
一日目から自分の言いたいことのカナを配列表から探そうとしたら、 
一字見つけるのに仲々見つからなくて何分もかかかるでしょう。 
 
そのやり方だったら、俳句一句飛鳥で打つのに30分かかっても不思議 
じゃありません。ローマ字なら、初めてでも数分で打てるでしょうが。 
 
でも、頭の中であっても「キーを探す」のは配列を覚え始めて何時 
間から、覚えが良くない人でもせいぜい一週間目とかの段階です。 
 
ローマ字より飛鳥を覚えるのが大変なのは、漢字を 
25個覚えるより84個覚えるのが大変なのと同じで 
あったりまえです。 
 
確かに、ローマ字のタッチタイプのためにキーの位置を覚えるのが 
3時間とすると、飛鳥のタッチタイプの習得は12時間かかるかもしれません。 
 
しかし、3時間であろうと12時間であろうと、そんなものは 
継続的に日本語入力をする人には屁みたいな時間です。 
 
 
とにかく、漢字学習に千時間とかを子供時代にかけたことに 
比べると、上の学習時間は3時間でも12時間でも「コスト」 
とか偉そうに呼べるものではありません。 
 
ネットだけではなく、今時仕事で文書を書く場合に手書き 
は滅多にないのですから、手書きのため(だけではないが) 
の漢字練習にかけた時間の百分の一くらい、カナの位置を 
覚えるために掛けても、バチは当たりません。 
 
ただ、これはいい加減な推計ですが、上で言ったのは年間 
60時間(一日10分)程度以上日本語入力する人の場合です。 
 
一日に数回、2ちゃんに一行スレをする以上のことを一切しないと心に 
堅く決めている意志力の強い人には、高すぎるコストなのかも知れません。 
 
しかし、そういう人は、ローマ字でも十分すぎるのです。 
その種の人は元々飛鳥のターゲットではありませんから。 
 
>飛鳥の80個近くあるキーを索鍵するコストも、 
 
いや、飛鳥は英字も定義しているので、英字三段の飛鳥の 
定義文字数は80個ではなくて、32×4の128個です。 
 
キーボード打鍵の全くの初心者の場合、飛鳥を覚えようしたら、 
最初にまず英字のタッチタイプを This is a pen. とかやって 
英字の位置を指に覚えさせることが必要です。 
 
英語は書かなくても、JRとかありますし、PCでは 
Ctl+C とか使うので、英字のタッチタイプはMUSTです。 
 
そして、指が英字の位置を無意識に打てるようになってから 
それを「足がかり」にして、飛鳥の練習に入ります。 
 
つまり、配列表を見て打つ段階で、「ああ、『よ』はIの逆か」 
とか思ったとき、キーボードを見ないで打てるためには英字の 
タッチタイプは習得していなくては話になりません。 
 
もし、英字のタッチタイプの段階で挫折した人は、飛鳥と言わず 
カナ系は諦めるしかないでしょう。 
ひらがな50個を覚えられない人に、千以上ある漢字を覚えることは無理です。 
 
同様に、30個の英字の位置すらタッチタイプできない人に、128個のカナ 
や記号をタッチタイプで打ち分ける飛鳥を覚えることは期待できません。 
 
基本的に飛鳥に限らず、カナ系を習得するには「練習」が必要です。 
また、JISカナでも新JISでも月でも英字の位置を指が知っている 
ことが前提になります。 
 
JISカナやニコラのように刻印があっても、練習を 
しないでキーボード上を目で検索していい加減な指で 
打っていたら、一年経っても速度なんて大して上がりません。 
まして、タッチタイプの習得なんていつまでも完璧にはできません。 
 
しかし正しい練習方法をすれば、一週間とかでゆっくりででも 
カナ入力のタッチタイプができるのです。 
 
それが嫌なら、「候補が少ないので何となく指が覚えてくれる」 
ローマ字の方がお勧め。 
 
でも、128個のキー位置を指に教えるくらいは人間の脳にとっては何でもありません。 
 
正しいやり方で練習すれば、「視覚検索はしなくて済むが、脳内検索 
はまだ必要な段階」に大体の人は一週間以内で入るでしょう。 
 
 
それからは、マイナーなカナや記号を脳内検索するのに時間が 
少々掛かりますが、自分の言いたいことを書いていけば、 
打てば打つほど脳内検索の時間は短くなります。 
 
最終的には、言葉を思い浮かべると「勝手に指が打っている境地」 
に到達します。 
 
「練習を含む繰り返しによって、脳細胞間の接続ができ上がり 
それを繰り返すことでシナプスの接続が太くなって伝達速度が 
飛躍的に向上し、最終的にその思考や動作が自動化する」という 
現象は、スポーツや学習について脳科学でよく言われています。 
 
ですから、学習初期には10秒掛かっていた脳内索鍵作業が 
最後には数百分の一秒とかになって、人間にとって認識 
するのは短すぎる時間なので「瞬間的に打っている・ 
打鍵が自動化している」という感覚になるのでしょう。 
 
繰り返し繰り返しやっていると、同じことをする時間が 
千分の一とかになるのが、脳の素晴らしいところなんです。 
 
中三の普通の生徒が、原書1Pを完全に理解しようと 
したら、1000分かけても無理です。 
でも、同じ生徒が大人になって英語を完全に習得した 
ときは、同じページを一分で完全に理解するものです。 
 
野球のバッターが、ボールを投げられてから百分の一秒とか 
で、その球種・コース・スピード・投手の癖などを総合して 
それを打ち返せるのも、バットのコースやスウィングスピ 
ードなどを決められるのも、この脳の力があるからです。 
 
要するに、脳がやることは電荷を動かす位なので、一旦回路が 
でき上がったら、後は繰り返せばいくらでも速くなるのです。 
 
しかし、JISカナを何年タッチタイプで打っていても、数字段に 
行った指がホームに戻る時間を十分の一に短縮するのは不可能です。 
 
これが、筋肉を使う肉体運動と脳のすることの本質的な違いです。 
 
筆算の速度には限界があっても、暗算は繰り返しによってどん 
どん速くなるのも、筋肉運動と脳内作業の違いを表しています。 
 
要するに、飛鳥の128個のキー位置を覚えるのは、いくらでも 
短縮でき、最終的には自動化していると意識される脳の中の 
出来事だということです。 
 
それが、JISカナなど(ニコラもですが)の指の移動に 
かかるコストは、慣れによってもドラスティックな圧縮は 
不可能なのです。 
 
飛鳥のコストは脳内のシナプスの接続をつなげ、太くするための 
『練習』や初期の脳内検索にかかる時間だけであって、最終的には 
自動化され『コスト』とは感じられないものです。 
 
JISカナのコストは、いくら打ち続けてもなくならない 
指の移動距離や手全体を元に戻すのに掛かる時間的・肉体的 
なコストです。 
 
前者は、「コストをなくすためのコスト」と言え、後者は 
「未来永劫払い続けなくてはならないコスト」と言えます。 
 
得意の喩え話で言うと、スコップで土を動かしていた℃方。。。 
ううう、「土方」は差別用語みたいで、Atokに入ってない。。登録しよう。。 
当人たちは、百姓と同じで、「土方が通るぞ」とか使っているのに。 
(役人の事なかれ主義に迎合する言葉狩り反対!看護婦さん♪は不滅だあ!(^^;;) 
 
一回で5キロの土を掬っていた土方が、十年とか 
続けていたら、慣れによって50キロを掬えることはあり得ません。 
 
むしろ、二十年とかやってたら体力の衰えで一回4キロとかになるかも知れません。 
 
打鍵時の指の移動を含む肉体作業は、一定の限界に 
達した後は、それ以上の向上は望めず、体力の衰え 
などによって、むしろ遅くなることもあるのです。 
 
で、その土方が体がきつすぎるので一念発起して 
大型免許を取って、ダンプの運転手になるとします。 
 
教習所の費用と時間というコストが彼にはかかってきます。 
慣れない学科のお勉強も彼にはコストと感じられるでしょう。 
 
しかし、それは肉体労働というコストを何十分の一かにし、 
おまけに給料も上げるために払うコストです。 
 
もし彼が土方を続けたら、肉体労働と低賃金 
というコストは払い続けるしかありません。 
 
つまり、短期間払ったらその後のコストがなくなるために払う 
コストと、払い続けるしかないコストは全く違うものなのです。 
 
ご自分が「コスト」という同じ言葉を使っていても、 
使っている文脈によって全く異なる意味を持っている 
ことが、これで理解されるといいのですが。。。 
 
と、大分話がそれました。。 
AD
いいね!した人  |  コメント(3)  |  リブログ(0)

Rayさんの読者になろう

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

コメント

[コメントをする]

3 ■ありがとうございました

お答えいただきありがとうございました。

ところで私が「コスト」という言葉を使って表現しようとしたのは総合コストのことであって、熟練者が払っているいわゆる熟練後コストではありません。この点は説明不足だったと思います。失礼しました。

グラフ化評価は一側面の評価に過ぎません。総合評価というやつです。総合コストの考え方と同じです。多元的な評価が本来正しいのですが、多元的な評価をそのままユーザーに提示すると、パラメータの多さに圧倒されるのか、「どの配列も個人の好きずき」だとか、ついには「どの方式の配列も、最適化されてゆけば一定の性能に収束する」という根拠不明の意見だとかが聞こえてくるようになります。
すなわち一次元的な評価に収めなければ、評価にならないわけです。一次元的評価は、恣意的な評価になることをどうしても避けられません。
(話を蒸し返すようですが…)導入コストをどう評価するか。ローマ字の心理過程は「ないとはいえない」程度で、親指シフトの心理過程は「無視できるほど小さい、早晩一切なくなる」程度なのはなぜか。親指シフトは単純に1.3倍なのか。10本指を使うことによって、上がる効率は如何ほどか。等々。
これらの点で私はRayさんとしばしば意見が食い違い、対立しているわけですが、こればかりは評価の量が蓄積されるのを待つ以外にないのではないかと思います。どの評価が現実をよく写し取っているのかを、最終的にユーザーが評価するのを待つのです。そうでなければ、配列同士の比較を完全に諦めるか、コンテストでも開いて(…時代遅れですね…)順位で優劣を競うしかありません(ただし、順位=配列のよしあしと考えること自体、非常に恣意的なのですが)。

そしてRayさんが指摘して下さっているとおり、私の飛鳥評価は実測に基づかないものです。まともな評価の中にあっては私の評価など本来無価値です。

飛鳥使いが増え、まともな評価がなされるようになることを私も願っています。

私のことは51とお呼び下さい。それでは。

2 ■いい足りませんでした。

コメント有難うございます。

そうですね、少し荒っぽい言い方でした。

しかし、ローマ字がカナを出す為に無意識でも一過程余計に掛かることはやはりカナ入力にたいするディメリットです。
速くなっても、ゼロにはならないのですし、「やらなくて済むことを余分にやっている」という事実は残ります。

それに「しかし・わたし」レベルで2倍の打鍵量になるのも大問題ですし。

ですから、親指シフトのシフトのシフトせよと指に命じる脳内作業もコストゼロではないんです。
ですから、私はそのコストを肉体的負担とあわせて、1.3~1.4倍と見積もっているわけです。

ところで、お名前は?



1 ■なし

>「練習を含む繰り返しによって、脳細胞間の接続ができ上がり 
>それを繰り返すことでシナプスの接続が太くなって伝達速度が 
>飛躍的に向上し、最終的にその思考や動作が自動化する」という 
>現象は、スポーツや学習について脳科学でよく言われています。 
> 
>ですから、学習初期には10秒掛かっていた脳内索鍵作業が 
>最後には数百分の一秒とかになって、人間にとって認識 
>するのは短すぎる時間なので「瞬間的に打っている・ 
>打鍵が自動化している」という感覚になるのでしょう。 
> 
>繰り返し繰り返しやっていると、同じことをする時間が 
>千分の一とかになるのが、脳の素晴らしいところなんです。 

ここまで理解なさっていながら、

>カナ→脳内変換→変換という過程を経る以上、ローマ字では無意識 
>になるとはいえ瞬間的ではあっても、余計な一過程が入ります。 
> 
>これは、いくらローマ字に慣れても「ない」とは言えません。 
>ただこの脳内変換は、ローマ字に慣れているほど無意識に 
>なります。 
>このため、カナ系のタッチタイプに移行したことのない 
>ローマ字の人には脳内変換がブレーキになっていることは 
>カナをそのまま打てる感覚が分からないので、比較できず 
>実感ができません。 

こういう結論になるのは理解できかねます。
「繰り返せばいくらでも速くなる…脳内変換」が、ローマ字の場合にはなぜ「ブレーキ」となってしまうのでしょうか。

確かにローマ字の圧倒的な打鍵の多さは「ブレーキ」に違いありませんが、これはローマ字の「余計な一過程」とは別個の、機械的な問題に属する問題です。

お時間がありましたら、この辺をもう少し掘り下げて説明していただけますか。

コメント投稿

AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。