2005-11-30 17:24:36

Uジローさんに 簡単にレス 

テーマ:ブログ

以下は、Uジローさんのブログでの彼と私のやりとりの続きです。 
Uジローさん以外は向こうに行って読むのは面倒でしょうから、途中からのやりとりを 
以下に貼ってからレスします。当該URLは 

http://ameblo.jp/ujiro/entry-10006261546.html#cbox です。 
 
簡単という割には例によって長いのですが、目と体が辛いので 
本格的な推敲を省いているという意味での「簡単」です。
完成度が低いので読みにくいのはお見逃しの程を。。 
 
ただ、私の本意は各自が得意なやり方でやればいいので、コンピュータでかなり良い配列を
作ることを可能にする方法を発見できたなら、それが得意な人はそれでやればいいと思います。 
 
では、最初に今までの引用から
 
以下私 
 
■飛鳥開発の過程においては逆成果しかありませんが。。 
 
まず、英訳添削。sing this song は「この詩を詠める」くらいでいいでしょう。 
まあ、結局何が将来役に立つか神ならぬ身の上では分からないから、目の前にある 
問題を成果が出るかどうかなどという功利的なことを無視して真剣に取り組めばいい 
というくらいでしょか。 
 
私だって、どうも最近は何の役にもたってない英語は、時間をかけてやり続ければ 
何か見えてくるという、配列を作るときの確信に繋がっています。 
片想いも何の報いを求めず思い続ける忍耐力をつけるのに役立っています。。。W 
 
まあ、相手が人ならしつこくすると最近はストーカーっていわれますが、 
相手が英語や配列なら、幾らしつこくしても訴えられないわけですし。。。W 
 
あと、効率云々は、車のような量産製品を将来に渡って継続的に開発していく際は 
必要なのですが、配列って一つ完成品を作ったら終わりなんです。 
ですから、誰か物好きが漫画家の卵や弁護士の卵が漫画や司法試験合格のために掛ける 
くらいの時間をかけて作ればいいんです。 
 
ありもしない配列作成プログラムなんかを夢想するより、試行錯誤が一番。 
だって、最高のプログラムだって何百と改良しなきゃまともなものは出来ないわけです。 
 
そして、そういうものが出来たとしても、一つ作れば終わりなわけです。 
なんたって、「最高の配列を作るプログラム」なんですから。 
 
そのソフトを使うと最高の配列が出来たとして、数時間で作れるとしても意味ないんです。 
Super pi なんかと同じで、結果はいつも同じなんですから。 
 
まあ、プログラム化は置くとして、配列作りは野球の上達なんかと同じで、泥にまみれて 
自らやらなくては見えるものも見えないものです。 
 
あっ!高田文夫先生も大爆笑の大田すせりの「ストーカーって呼ばないで」って歌、知ってます? 
Ray (2005-11-25 20:45:21)  
 
 
以下Uジローさん 
 
■究極配列が存在する? 
 
Rayさんが、「配列って一つ完成品を作ったら終わりなんです。」と仰るのは、ちょっと意外な気がしました。使う場面も、打ち込む文章も人それぞれ、しかも時と共に変わりますし、配列の歴史を終わらせる究極の配列、というのは、存在しないんじゃないかな、と思うんですよね。
 
 
で、実は、その見方の違いは、「最高の配列を作るプログラム」の存在意義の見方にも関わってくるんだと思います。πたる配列が存在しない以上、「最高の配列を作るプログラム」とは、ある入力パラメータに対して「最高の配列を作るプログラム」となるわけで、単なる円周率計算プログラムを超える意義があると思うんですよね。まあ、配列をそんなに頻繁に設計するニーズがあるかどうか、ということはありますが・・・。 
 
また、もし仮に究極配列が存在するとして、さらに配列設計プログラムにはそれが算出できなかったとしても、それでもなお、配列設計プログラムには次のような存在意義はあると思います。 
 
1. 手設計では究極配列がまだ発見できないないのなら、究極に近い配列を与えるものとしての意義 
 
2. 手設計で作成された究極配列の妥当性を確認するための客観的な思考過程を与えるものとしての意義 
 
3. 作成される過程が説明しやすく、「優れた芸術作品」ではなく「優れた工業製品(または商品)」としての配列を与えるものとしての意義 
 
究極の配列を作成するためのプログラム、というものも、試行錯誤なしにできるものではなく、同じ手間をかけるなら配列そのものに努力を注いだ方が良い、という考えは、もちろん健全な価値観ではあるとは思いますが、芸術作品そのものよりも、芸術作品を作る過程(の一般化)の方に興味がある人間も世の中にはいるものでして、そういうある意味、「無駄な」知識の体系化こそが科学技術を発展させてきた原動力だと思います。 
 
以上、かなり大げさに書いていますがw 
 
 
↓から私の今回のレスです。 
 
まずUジローさんの意見を読んでいると、既存のメジャーな日本語入力法が、 
皆んな飛鳥のように手作りでこつこつ何年もかけて作られているので、そこで 
コンピュータによる配列設計という新機軸を主張しているような感じがします。 
つまり、 
>1. 手設計では究極配列がまだ発見できないのなら、究極に近い配列を 
>与えるものとしての意義 
は、そういう手作り配列が百家争鳴で混乱状態に陥っている状態の時だったら 
正当性を持つものだということです。 
 
ところが、実際は大手の配列、ニコラ・新JIS・トロンともコンピュータを作って 
作られているのです。だから偉いというような主張がよく見られるのですが、私に言わせたら 
それだからこそ、配列界の幼稚園児が作ったようなものになっているんです。 
 
私が、前回「どう」に関して書いたようなややこしい思考がコンピュータには不可能な以上 
言葉という複雑な体系を相手に、人間の頭の中の言語感覚と、これまた指や手の感覚という 
きわめて人間的なものを扱うのにコンピュータが向いているというのは、コンピュータが 
理論的にも飛鳥を越す理論を自分で見つけだして配列を組み立てたことがない以上 
説得力を持たないでしょう。 
 
そして、配列理論というものは自らの膨大な言語生活の経験と配列作りの試行錯誤から 
しか生まれないのでプログラムにその基本的な理論を与えるのはあくまで人間です。 
 
試行錯誤には、最低でも丸一年朝から晩まで頭の中が配列しか存在しないような生活を送ることが 
必要なのです。これはIMEの基礎を築いた九州大学の何とかという教授でも、あの田中主任 
でも同じことで、プロジェクトXでよくある場面です。 
 
そういうことをプログラムを作る前に何もしていないから、「コンピュータによる最適化」を 
謳っている既存の配列はダメなんです。 
何たって、人には「利き手」があることすらもコンピュータは言われないと気がつかないんです。 
 
コンピュータに与えるパラメータに「利き手」の問題が入っていないのは、プログラムを組む人 
自身がまるまる一ヶ月も配列と泥まみれになることをさぼった証拠というしかありません。 
 
拗音や語尾、また「ですが、あるが、」のような節末?は速いので、カナの出現頻度はある 
程度無視しても、良い運指を与える必要があるのも、私は三ヶ月目くらいの段階で気がつきました。 
 
それなのに、そんな配列作りのイロハのイでさえ、コンピュータによる最適化とかを 
謳っている既存の配列では一顧だにされていないのです。 
 
コンピュータは「指の移動距離の最小化」のような超原始的な尺度で配列を決めます。、 
「親指シフトにおいては感覚的にBはRより近い」というような、人の手の構造と 
関連した事実はプログラムを作る人間が実際にキーボードと格闘しながら発見しな 
ければ無視されるのです。 
 
そして、コンピュータに与えるパラメーターを発見し尽くした一万時間とかの配列の格闘を 
済ませたときは、すでに配列はできあがっているのです。 
ですから、わざわざ複雑怪奇になるであろう配列作成プログラムは、配列と格闘しながら何年も 
かけて理論を作った人がいくら優秀なプログラマーであっても作る必要を感じないでしょう。 
 
まあ、プログラムが作れれば、自分の作った配列の優秀性を客観的に実証する 
ソフトが組めるので、こういう長々とした言葉の羅列のみでしか説得できない 
私なんかよりは説得力が大分増すんでしょうが。。 
 
Uジローさんも認めたようにプログラマーはヘルプ作りは苦手というのと同じで、 
配列作りという「言葉」と経験を元にする文系の作業とプログラム作りというのは 
一人の人のなかに共存することはなかなか難しいと思いますが。。 
 
あと、「究極の配列」は存在します! 
これは、二万時間くらい配列作りをやったら感覚で分かることなのでここでは簡単に書きます。 
 
最初の頃の一日数十回配列を変えるようなことは今は全くなくなりました。 
月に一回変えるかどうかくらいで、それもどんどん間が空いてきます。 
もう、飛鳥の理論による配列の改良はほぼ限界に来ているようです。 
今後改良があったとしても、それは打鍵効率や打鍵の気持ちよさを0.1%よく 
するかしないかの程度で、どこかが大規模に普及させてくれるというのなら 
もう止めてもいいと思っています。 
 
もちろん、飛鳥と全く異質の理論に基づいていても、打鍵しやすい配列というのも 
あり得るかも知れません。 
ただ、親指シフトに限ると、私はそういう理論は発見できなかったので、ないかもしれません。 
 
とにかくあるとしても、そういうのを見つけ配列に生かすには同じくらいの時間が 
かかりますし、私は発見できなかったので、他の人に任せるしかありません。 
人間の寿命も限られているわけですから。。 
 
ただ、一つだけいえるのは、3.の「作成される過程が説明しやすく」というのは 
人間がその理論を作らないでコンピュータが勝手に作った配列には存在しないはずです。 
 
私は、既存の配列で配列自身が作られる過程や理論が何万字にもわたって 
詳しく書いてあるものを読んだことがありません。 
 
人が作ってないから、いくらニコラの擁護者のぎっちょんさんのような人でも、配列自体 
を、一つ一つのメジャーな言葉の運指ごとに詳しく解説するのは不可能なんです。 
 
 
それから、「時代にあった配列」というのは平安時代の言葉と現代語くらい 
かけ離れていると同じ配列で済ますわけには行かないのですが、今後百年とかは 
大丈夫という意味での「究極」です。 
 
英語だってSholesさんが百年以上前に配列を決めてから英字の続き方が大幅に異なる 
単語が増えたということはないわけなんで、百年やそこらでは日本語も全く新しい 
配列設計が必要になるほどの大変化はないはずです。 
千年とか先のことは言う必要もないと思いますし。 
 
また、人によって使う言葉の傾向が違うから適した配列も異なると言い出したら切りがありません。 
ですから、ここは最大公約数をとるしかありません。 
 
ただ、今回の「だけど、」を打ち易くするというようになるべく打鍵の実体と合わせる 
ことには腐心しています。 
 
しかし、私のように「~けど、・・・」という表現をまずしない人には今回の「どう」が 
E裏D表になる配列は改悪になります。 
 
としたら、前のバージョンを「けど、」を使わない人向け、今回のものを使う人向けと 
併存させなければならないことになります。 
しかし、それを言い出したら何百何千もの配列がそれぞれの個人向けに作られる必要があります。 
 
でも、そんなものが普及するでしょうか? 
というか、ある程度の普及率をもって、PCや配列自体には興味はなくても毎日結構な 
文字入力をしている一般人の目にとどまるような状態に何百ものバージョンを持つ 
新配列がなれるでしょうか。 
 
超マイナーなくせに何百ものバージョンがあって、その中から自分にあったものを選ぶというような 
作業は、とても普通の人にはできないし、そんな面倒そうなものは遠ざけられてしまうでしょう。 
 
学校で教えるにしても、教師の打てる配列が生徒が選んだものと大きく違っていて当然ですから、 
教えにくくて困ってしまいます。 
 
ですから、飛鳥は一個でいいんです。また、そうすべきなんです。 
 
で、今「飛鳥は一個」といいましたが、これ長くなって主張が見にくくならないための 
「レトリック」です! 
 
まず、利き手に特化する飛鳥には、レフティー飛鳥は欠かせません。 
また、、ニコラ味も圧倒的にニコラユーザーが多い以上移行を促すには重要なものです。 
123並びも、ヘンな数字並びのために敬遠されるのを防ぐ意味で欠かせません。 
 
と、こんなことを飛鳥HPをよく知ってるUジローさんには言う必要はないと思うんです。 
また、飛鳥は一個としても各自の指の具合や使う言葉の傾向に合わせて自分向きのMy飛鳥を 
奨励していることもUジローさんはよくご存じのはずなんですが。。。 
 
何しろ文章は短い方がインパクトがあるんですね。 
純ちゃんの大勝利も「民のできるものは民へ」と単純化したのが良かったんです。 
 
今回の事件じゃないですが、「民ができるようでも同じ業界で利害関係が対立しないので 
民同士だとなあなあで偽造なんかがされるので公がやった方が良いものは除いて、 
民ができるものは民へ」などと、長たらしく言ったら最後まで聞いてくれる人は殆ど 
いないですからね。 
 
だから、あのコメントは私には珍しく短いので「力があるな」って、後から読んで感じたものです。 
まあ「究極・一個」は読み手がUジローさんなら省略部分は分かってくれるはずなので「えいや!」 
で言い切ってしまったわけです。 
ローマ字で打つしかなくて、使う時間も30分限定の市のPCだったということもありますが。。。 
 
 
 
>ちなみに「ストーカー~」は知らないですねぇ。もしかして、Rayさんは、関西の方でしょうか? 
 
いや、高田先生は江戸落語を中心とした東京の演芸界の大御所ですから 
太田すせりも東京で活動している人です。 
落語は勿論、ツービートや爆笑問題などお笑いは関西だけではないんですから。 
 
なんでも、太田すせりは新風亭しょう太(漢字わからず)の明治とかの落ち研の後輩だそうです。 
まあ、彼女は落ち研(面倒だ!「落ち研」登録しておこう。。(^^;;)は 
長続きせずに演劇の方に行ったようです。 
 
あの歌結構長いんですが、TBSとニッポン放送で私の聞いた限りでも三回フルコーラスで 
流されたんですね。それなのに、CD売ってないんです。。 
 
両方とも全国ネットだったと思いますが、昼間のAMリスナーじゃないと知らないはずです。 
私もTVで彼女を見たことないですから。 
CD自体、彼女自身が自分のPCでシコシコ焼いて手渡しで売っている100枚とかしかない 
ものを二人が渡されて流したものなんですね。 
 
ニッポン放送のは高田先生が月金の11時半から90分やってるラジオビバリーヒルズです。 
TBSのは永六輔先生がやっている5時間とかの番組(土曜ワイドラジオ東京)なんですね。 
 
二人とも(CD売ってないんですから)別の機会に他の芸人のを見に行ったついでに、前座 
で出ていた彼女の舞台に偶然に出くわして、受けたので番組で取り上げたというわけです。 
 
あれって、エンタの神様辺りでやれば受けそうなんですが、彼女ルックスに 
問題ありなんでしょうか?大女でブスだってことはしょうた 
(ううん、「諸歌」になってしまう。。登録しようにも字が分からない( ;_ ;) 
の証言でもそうなんですが、TVのお笑いでも受けの悪いブスってのもいるわけで。。 
 
まあ、お笑い感度の高そうなUジローさんだったら大受けするのは確実です。 
ちょっと検索したのですがネットにはまだないようです。 

 
そのうちファイルが転がっているようになったら聞いてみるといいと思います。 
 


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2005-11-25 20:52:37

E裏D表の「どう」について 

テーマ:ブログ

qua_rkさんから↓のような指摘を頂きました。 
他にも前回の変更についての意見を頂きました。 
詳しくはqua_rkさんのブログhttp://mqmq.exblog.jp/ 
を参照してください。 
 
> 「どう」に関する続き 
 
>前回は「どう」は悪化とだけ言ってRayさんの「どう」は 
>中指の運動性から打ちづらくないということに触れていなかったので 
>私の意見を述べたいと思います。 
 
>まずqwertyの「ki」は極端に打ちづらいことはないですが 
>打ちたくない運指であることは確かです。 
>タイピングソフトで各カナの速度やミス率を出してくれますが 
>「ki」は両方とも悪い結果でした。(qwerty使用時のみのデータ) 
>速く打つとよくつっかえてしまうんです。 
>なので「de」は中指→薬指で打ってます。 
>遅く発音する運指なら問題ないんですが「どう」は速いですし。 
 
 
>それと「ざ」と「ご」を交換すべきかの件にも関係していますが 
>「うどう」「うごう」の快適さは捨てがたいです。 
>「うどう」はろうどう、ほうどう、こうどう、しょうどう・・・ 
>「うごう」はそうごう、こうごうせい、しゅうごう・・・ 
>と沢山の「うどう」「うごう」があります。 
 
>オ段と拗音は右手に集まっているので、 
>他の「そうぞう」や「ぼうとう」などと「どうよう」に 
>右手→う→右手→うのリズムはできれば残したいですね。 
 
 
まず、「どう」を私が「打ちづらくない」と言っているうのは、「しゃ・きょ」のような 
拗音音節や「です。ます。」のような語尾で必要になる倍速打鍵をしようとしないなら、 
E裏D表の「どう」は、特に打ちづらくないと言う意味です。 
 
>遅く発音する運指なら問題ないんですが「どう」は速いですし。 
 
と書かれていますが、私は「どう」が速いとは考えません。以下にその理由を解説してみます。 
 
最初に、「どう」には「どうしても・どうでも・どうよ?・どうやって」のように 
大和言葉の「どう」があります。 
 
2ちゃんデータで「どう」が堂々!の46位の0.2%の出現率を持っているのは 
「報道・騒動・行動・指導」などの漢語が多いためではなく、上のような 
大和言葉の「どう」が多用されるためなのは、2ちゃんを読んでいる人なら同意して 
もらえると思います。 
逆に役所や仕事の文章ではこのような乱暴に響く「どう」はほとんど使われません。 
 
なんと言っても2ちゃんデータでは「ます」の出現率が0.24%と、「どう」より 
少し多いだけなのですから、乱暴な口語で漢語も少ない2ちゃんのデータは 
参考にはしても、とても全部は素直には受け取れないものです。 
 
で、これらの「大和言葉の『どう』」は、「こういう・そういった」のような 
大和言葉の「こう・そう」などと同様に一拍ずつの2拍で発音されます。 
つまり、大和言葉の「どう」は「早くは発音されない」ということです。 
 
では、漢語の「どう」はどうでしょう?(^^;; 
 
「しゃど・しゃどう」、つまり「斜度・車道」を私たちは聞き間違えたり 
言い間違えたりは決してしません。「急な斜度・車道」での聞き間違えがないのは 
「しゃどう」の「どう」が2拍で発音されるからで、「どう」を速く発音したら「ど」 
になるのです。 
 
ただ、日常的な会話や独り言(打鍵するときの頭での発声に近い) 
では、「どう」は「どー/どお」と発音されます。 
つまり、「コード・高度」などは、アナウンサー的な発音でなければ発声上の区別がないのです。 
 
これは、「こうど」と発音するためには、口を丸めて大きめに開く「オ段」の口から 
閉じ気味の「ウ段」の口から、また大きく「お」の口に口の形を変える必要があるので、 
「こおど」あるいは「こーど」のように発声して、口の形を変える手間を無意識に省いているのです。 
 
ですから、前後関係がなくて「こーどが足りない」とその部分だけを聞いたときは、 
パイロットが「高度が足りない」と言っているのか、配線作業中で「コードが足りない」と 
言っているのか区別がつかないのです。 
しかし、実際には状況や文脈がありますから、無意識に区別ができているのですが。 
 
「こうどう」でも、普通の発声では「こーどー」のように全部オ段で発音して 
口の形をいちいち変えることをさぼっています。 
 
しかし、絶対に省けないものは「こうどう」は四拍の音で、「こーど・こうど・こどう・こど」 
のように拍数の省略は絶対にできないということです。 
 
拍数を変えると「コード・高度・鼓動・弧度」のように別の言葉になってしまうからです。 
ですから、俳句でも「どう」は2拍に数えるので一拍に数える「しゃ・じゅ」の 
ような拗音とは異なります。 
また、分かり切っているので形式的に付け加えられる「です。」のような速い 
語尾のような事情も「どう」にはありません。 
 
ですからqua_rkさんの仰るのとは違い、漢語の「どう」においても大和言葉の「どう」 
同様!拗音や語尾のように特に「速く発音される」ということはないのです。 
 
また、「『どう』」は『同様・報道・行動』のようによく出てくるので」といった 
意味のことを書かれていたと思いますが、これも「そうでもありません」。 
 
例えば、2ちゃんと違い漢語含有率が相当高い憲法前文でも、「どう」は冒頭 
の、「日本国民は正当に選挙された国会における代表者を通じて『行動』し」 
の一語のみです。 
 
憲法前文の千打鍵程度でたった一回、漢語の「どう」が登場するだけです。 
もちろん憲法ですから口語の「どう」は出てきません。 
 
「どう」を含む漢語を考え出すと、「騒動・衝動・動作・道路・軌道・道理・同情 
胴体・動揺・感動・騒動・・・」などと切りがなく出てきて、そう考え始めると 
「どう」の出現率は相当高いと考えてしまうのはよくあることです。 
確かに広辞苑では「どう」で始まる語と終わる語だけでも二千を越えています。 
道理で!「どう」を含む漢語をいくらでも思いつけるわけです。 
 
それでも憲法前文で一回しか使われないのです。これは「どう」には極端に出現率の高い 
漢語が余りないことと、何より日本語全体の語彙数が膨大であることを示しています。 
 
もちろん、「どう」が以前のように「,裏D表」の逆を含まない交互打鍵であるに 
越したことはありません。 
事実、そうするために私はここ5年くらい「どう」をあの位置に置いてきたのです。 
 
では、発声と打鍵の一致のための倍速打鍵を要求しない「オ段+ウ」を私は 
何故一貫して右左の交互打鍵にしてきたのでしょう? 
 
それは、そんなに速く打つ必要のない「こう・そう・もう・ほう・ぞう」などを 
「倍速打鍵でも打てる」運指にすることで、まさにqua_rkさんの仰るとおり、 
飛鳥の特長である「のんびり打てる」ことを可能にするためでした。 
 
何回も言っていますが、飛鳥が「倍速打鍵」を強調するのは、前提にそうで 
ない音の連続を「最高速の半分のスピード」で打っていることがあるのです。 
 
これは最高速を競うタイピングの打ち方ではないので、ここがqua_rkさんの 
考えと私の考えが異なる決定的な要因になっているようです。 
 
今回の変更(「けど、」を打ち易くする)が遅れていたのは、実は私が自身で 
「~けど、/~だけど、」を殆ど使わないので気がつかなかったことがあります。 
 
しかし、少なくとも2ちゃんにおいてはこれらは「ですが、」などより遙かに高い 
出現率を誇っているのです。また、放送の会話で評価打鍵をしていると、二人の 
話者で両者が二行に一回くらい「ですけど、だけど、」を使うことはよくあるのです。 
(「ですけど、」は左シフト五連続) 
 
で、私は考えましたね。 
確かに「けど、だけど、」は口語のみだし濁音が多く響きが悪いので「私は使いたくない」。 
しかし、飛鳥はMy配列ではなくて日本人の平均的な言葉の使い方に対応すべきなので 
いくら私が使わなくてもこれは対応するしかないと思ったわけです。 
 
というか、「うえに・まえに」などで「えに」の左連打を避けるために「え」を 
以前「け」のあった;表に置いたので、「け」がW裏に追い出され、「だけ」が 
左シフト連打になって、そうすると「だけど」も左シフト連打にして、「、」と 
左シフトを連続させて「けど、」を打ちたくなったんですね。 
 
「どう」は遅いといっても、「ど」単独は強い中指で打つ速い同手シフトですから 
「どうどう」などは、ホームのみで打てるニコラの運指と大して打ちやすさは変わらないのです。 
一回おきにクロスシフトを加えるのはホームキーのみの交互打鍵でも余り速く打てないからです。 
 
それは別として、飛鳥が「ですよね。ますね。」などの口語対応を早くから標榜しながら 
「~けど、/~だけど、」に対応せずに「:表,裏,逆」と打ち難いまま放置しておいた 
のでは「片手落ち」と言われても仕方がないと思ったのです。 
 
つまり、「どう」がE裏D表の同指連打になったのは「だけど、/けど、」という 
「ですが、」と同じ意味の節末?の口語表現が滑らかに打てることを優先したからです。 
 
「どう」は確かによく出てくる(多分0.1%程度だとは思いますが)のですが、大和言葉の 
「どう」は急ぎませんし、漢語の「どう」も「交互打鍵だとのんびり打てる」というだけで 
「どうしても」(^^;;交互打鍵でなくてはならないものではないと判断したのです。 
 
しかし、上だけの理由なら「どう」を左手の同指連打にすることはなかったでしょう。 
前にも書きましたが、,裏の「ど」を左に持ってくることで「れ」が右の裏に置けるように 
なるという「大メリット」があったから、5年もあそこにあった「ど」を左に持ってきたのです。 
 
つまり、*「されない・くれない・られなく・しれない・われなく」などの、その前の訓読み 
の動詞と組合わさって長たらしくなる大和言葉の運指が「れ」が以前のW逆のときと違って 
右ホームのL裏に置くことで滑らかにホームキーのみで打てるようになりました。 
「あれ・どれ・われ」も交互打鍵になりました。 
以前のように「なれ」の左中指連打や「られ」のような左連打がなくなりました。 
E逆の「れ」のために上の表現でホームキー以外を打つこともなくなります。 
 
そういったわけで、「ど」はどうしても!左に行く必要があったのです。 
 
*これらの大和言葉の表現は、何しろ大量の動詞と組み合わされるので、結構出てきますし、 
たまにでも出てくると何しろ「どう」と違って長たらしいですから、滑らかに打てない 
とストレスがたまるのです。 
 
こういう大和言葉の長たらしい言い回しはTWなど、「単語中心」に文章でない 
単語を中心に打つソフトでは滅多に出てこないので、単語に多く使われる「どう」の 
方が重要に思ってしまうのは仕方がありません。 
 
何しろ5年も専業同然でやってきた私自信が「どう」の打ちやすさを優先するのに目を奪われて 
この「手」には気がつかなかったくらいのことなのでqua_rkさんが不審に思うのは当然です。 
 
とにかくこの変更は「けど、だけど、」を打ち易く「されな・くれな」などをスムースに 
打てるためには「ど」をE裏あたりに置くしかなかったので、「どう」が打ち難いかも 
しれないけど試しに置いてみようと「えいや!」で置いてみたものです。 
 
それから、数百時間評価打鍵をしてきたのですが、どうも!「どう」で指が引っかかる 
感じがないんですね。で、理由を考えたのが上の方で書いたものです。 
 
しかし、おそらくqua_rkさんはそうしていると思うのですが、運指の評価の基準を 
単語のみを打つTWのようなものにするのは間違いです。特に文章でないのが問題! 
標本が非常に限られるのも問題です。 
私は打鍵の標本は常に違った文章であることが必要だと思いますからね。 
 
おすすめは放送の音声の「つまみ食い」打鍵で、これだとあらゆる単語や言い回しが 
散りばめられ、放送を変えれば人や分野による偏りも平均化され全体が見えてきます。 
何を優先し、何をしないかも分かってきます。 
同じ文章を打つのは同じ歌やCM、番組名を打つときくらいのものですから。 
 
そうして、引っかかりたくないところで指がひっかかるものをなるべくなくしてゆくと 
いいんですね。 
 
で、どう考えても「どう」で指が特に引っかかることはないのであれを公表したわけです。 
 
まあ、「そう・こう」などより少しノンビリできないんですが、高々千打鍵に一回少し 
左中指が忙しくなるだけですし、ストレスにはならないのでああ決めたというわけです。 
 
ただ、ややこしい大和言葉の言い回しは少なく、単語のみを最高速で打つTWで 
好成績を叩き出すために、飛鳥を改造することに私は何も反対するものではありません。 
 
ある車の改造車が実用的な走行ではないがレースという目立つ分野で活躍することは 
その車の開発者を喜ばせても、気分を悪くさせるものではないですからね。 
その改造が、一般道(実用打鍵)ではむしろ走り(打ち)にくいことがあってもです。 
 
今回のレスは市販車の飛鳥がそうなっている解説なわけで、qua_rkさんの 
TW向け?の改造を否定しているものでは全くありません。 
 
ただ、こういうネタがあると飛鳥の配列の裏にあるものの解説になると 
思い、また200行近くになりましたが書いてみました。 
 
「こうどう」のような「うどう」や「そうごう」のような「うごう」の左手の 
三連打も、出現率的には数千回に一回ですし、特に指が引っかかるようなことも 
ないとこの数百時間の評価打鍵中に指が言っているので、ああ決めたものです。 
 
実は「ご・ざ」を2音漢音の交互打鍵を犠牲にして入れ替えた件もレスしたいのですが、 
あと100行くらいは書かないとならないので、今日は控えておきます。 
いろいろ「ざご」を含む言葉を打っていて「指が引っかかるかどうかに注目して評価 
してくれると助かります。打ち易くなっているものも結構あるのにも気がつくと思います。 
 
 
あと、「どう」のE裏D表は、「う」でどうせ戻さなくてはならない左中指を 
ホームキーに戻す動作と兼ねているので結構楽ということもあるんですね。 
 
前にも書きましたが、EWキーはIOと違って「居心地が良すぎて指がお昼寝」しちゃうキー 
なので、次に指を強制的にホームに戻すEDの左中指連打は何も悪いことばかりではないのです。 
 
逆にD逆E裏と上段で終わる「など」は結構いやなのですが、出現率 
(一万打鍵に一回程度?)からいって我慢できるものだと判断しています。 
 
あとqua_rkさんがローマ字の「ki」で誤打鍵するのは、「き」はたった一字でよく出てくる(2.4%) 
のに2打鍵を要するので、ついつい急いでしまうという、2拍2打鍵の飛鳥の「どう」(0.1%?)とは 
全く異なる理由からだと思います。終わりが上段というのも「どう」とは違うところです。 
 
でも、ローマ字でも無意識に発声と打鍵時間の一致をしようとするからそうなるのかもしれません。 
きっと、ローマ字でも速い人は発声と打鍵(数ではなく時間)の一致(というか比例)を求めているのでしょう。 
でも、それではストレスがたまるばかりなんですが。。 
 
私なんかは、ローマ字でスピードを測ったことなど一度もありませんから 
kiの誤打鍵などした覚えがありません。 
  
こういう文章をリアルでローマ字で書くときは(というか自分の考えを書くときと 
IDくらいしかローマ字では書きませんから)正確さだけに気をつけ速度は気にしません。 
 
というのは、誤打鍵の修正は間違いを探して戻って消して打ち直してまた文末に戻る 
と大量に時間がかかるものです。つまり、結局トータルの速度では、速度を気にせずに 
正確に打つときより大幅に落ちてしまうものです。 
 
ですから、私は間違えるような速い打鍵をしようとは思いもしないんですね。 
そんなわけで、自ら「速くない」と自認しているqua_rkさんのような分速500打鍵 
なんて夢のまた夢で、私はとてもそんな速く打てませんし、打とうとも思いません。 
 
そんなに、すらすら完成した文章が頭に浮かばないということもあって、 
その必要がないからかも知れません。 
 
ゲームタイピング以外の実用打鍵では 
「一に正確二に正確、三四がなくて五じゃなくて十くらいに速度」と私は感じています。 
 
ただ、飛鳥は打ち易くする仕掛けが大量にしてあるので、速度の上限は他のものより高い 
はずです。殆どの人は頭にある文章の完成品を考えるスピードに十分ついてゆけるでしょう。 
 
手書きやJISカナでは、思考のスピードに打鍵がついて行かなかったので 
私は書くのが苦手だったのですが。。 
 
今までローマ字で一万時間打っている人ならその一割くらいの時間を飛鳥で 
打つとその速度に追いついて、その先は頭打ちになったローマ字などより 
自然に速くなっていくでしょう。 
 
つまり、速度は目的ではなく日常的に打っていれば自然に得られる結果なので、 
今まで他のやり方で打っていた時間の総量に思いを致して欲しいと思います。 
 
 
あと、今回の「ど」の左移動で、「『オ段』は右の裏を中心に配列」 
という飛鳥の法則が一部崩れました。 
(しかし、「ただ」と同様「とど」も右表左裏の左右指対象になりました) 
 
これは、オ段に関する「配列の美しさ」という面では改悪です。 
 
しかし、配列はそれ自体が「美しい法則」で作られていることが目的なのではありません。 
それでは、五十音配列とか清音とその濁音が同一キーのニコラが良いことになってしまいます。
 
大量にあるよく使う言葉一つ一つについて、打ち易い運指が与えられていることこそが大切なのです。 
 
去年の助詞の「に」の左移動といい、今回の「ど」といい、 
規則面では美しくない方向に行っているかもしれません。 
 
しかし、「規則を発見し、またそれを重要な言葉の事情に合わせて一部を崩す」のが 
飛鳥流なので、「全ては打ち易さのため」だということを最後に付け加えておきます。 
 

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2005-11-21 16:33:54

お年寄りを大切に!。。W

テーマ:ブログ

鈴見咲さん、レスどうもです。他にもありましたが、ここではヘルプのことについて書いてみます。少し長くなったので、こちらのほうで回答しておきます。


なお、この話題は↓で見られます。

http://ameblo.jp/asuka-layout/entry-10005040684.html#c10009749450


>一応念のためお伺いしておきますが、すでにヘルプも読むのがつらいほど

>目を悪くしておられるとかいうことはありませんよね…?


確かに、老眼も入っている上左目がほとんど見えないので見逃したということはあると思います。しかしヘルプを読む人は目のいい人だけとは限らないので、普通のヘルプよりフォントが小さいあの解説書はもう少し大きい字を使った方がいいと思います。


普通のヘルプよりフォントが小さい訳ですしウェブページと違ってヘルプでは見やすくしようと思っても、フォントを大きくもできませんしね。


まあ、でかい字を使いたくないのは鈴見咲さんの美学なのでしょうが、やはりあの手のものは、「読みやすい・分かりやすい」ことが一番なのではないでしょうか。


後、見逃したのにはもう一つ理由があります。それは、利用規程の長い解説をスクロールで流していった後、やっと銀行振り込みの項目があるのは気づくのですが、肝心の口座の記述がフォントの色もサイズも地の文と同じで埋もれてしまっています。


肝心な情報なのに行空けもなく、行頭にすらないのです。

銀行名・口座番号・口座名:~~~ ~~~  ~~~

というように、行を空けてそこだけが浮き立つように書いていれば、フォントの色やサイズが

地の文と同じでも、まだ気づいたと思います。 ひょっとしたら、あれは日本古来の「カネのことはあからさまに言わない」という美学と関係しているのかもしれません。


しかし、シェアウェアを使用期間を過ぎて、送金しようとしているユーザーにとっては、

送金額とその方法は最も重要な情報です。 コンパクトで上品なヘルプにしたいという作る側の要求は必要な情報を早く知りたいユーザーの側には無関係なはずです。


保険の契約書の下の方に細かい字で大量に書かれている免責事項などの「細かく読まれると入る気を失くす」というようなものとは違い、送金の方法が分かりやすいことは、提供する側にもユーザーにもプラスになります。


だったら、堂々と 色も使い、フォントも大きくして・口座番号・口座名:~~~ ~~~のようにすべきでしょう。

少々品がないと思うかもしれませんが、読む側はそんなことは感じません。


むしろ、欲しい情報がすぐ見つかってありがたく思うでしょう。


また、利用規程はほとんどの人はアプリをインストールする際に出てくる長い利用規程を読まないで「同意する」を押すのと同じでどうせ読みません。


だったらここは、説明書のメニューで、利用規程と「代金・送金方法」を分ける方が得策だと思います。


以上、私のように送金方法が見つけられないであきらめてしまった人もいると思いましたので、老婆心から少ししつこく提案してみました。


飛鳥の配列表や説明で使う「べ/へo ば/はo」などの表記も格好の良さより、読む側が何も考えずに「一発で分かる」ことを優先して、書く方はIMEに登録したりと面倒なことをしているのです。


「べぺばぱ」では文脈がないと目を凝らして判別しないといけないので読む側の負担が多く、読む気を失くすということもあるんですから。。

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