(ブログ発進なので長いです。最後まで読んでいただけると嬉しいです)

弥生三月は、卒業、お別れ、そして、希望への船出と。

人それぞれに、旅立つ。

沖縄観光の東京の拠点。

沖縄観光コンベンションビューロー東京オフイスは、

東京のど真ん中、有楽町の交通会館3階にあり、

多くの県へ沖縄観光を発信している前衛基地です。

5年間の勤務を終えた金城孝所長が、4月から沖縄本社にご栄転に。

また、5年半、勤務した呉屋起和子さんが退職。

そのお別れ会が、多くの関係者参加のもとで行われた。

トップは多くのは2年、或は1年で入れ替わるのが常である。

5年間の東京勤務は珍しい。東京開拓に必要な人材であったであろう。

金城氏のフットワークの軽さ、すぐに動く行動力、さらに、

満面に笑みを浮かべて、人をあっかく包み込むお人柄に

多くの人が別れを惜しみ、三次会まで盛り上がった。

私との出会いで印象深いものを記したい。

長年、東京ドームで開催されていたテーブルウェアー展。

期間中25万人ほどを呼び込む。毎年、出かけていた私。

しかし、なぜか、沖縄ブースがない。

6年前、沖縄での定宿にしているサンパレス球陽館での

テーブルウェアー展に遭遇した。

驚きであった。東京ドームに引けを取らない

見事なテーブルウェアー展が展開されていたのだ。

食空間コーデネイターの大木綾子さん始め、

沖縄のテーブルコーデネイとのプロの方々の実力を見て驚愕した。

この力、この見事なテーブルウェアーを何故、東京にないのだ。

いてもたってもいられなくなり、沖縄ブースを東京ドームに!

の夢の実現へ向けて走り出した。

そのころ、金城氏が東京事務所所長として着任。

東京ドームに大木さんと金城所長を合わせ、一緒に視察。

真の観光への応援団になるよと呼びかけた。

金城氏がさっそく動きだし、

コンベンションビューローと県や美ら島財団の応援を得て、

ついに沖縄ブースが誕生したのです。

金城氏の前任者の目島部長の陰の力添えもあった。

私は、沖縄出身で故里への想いのある方々を

ボランテイア協力していただき、会場ががかりに。

10日間の日程は、長い行列ができた。

当時国際会議で東京を訪れていたロシアの方やフランスの方々、

米国からこの沖縄ブースを見るためにに東京へ来たという方。

国内外から、沖縄出身の方や沖縄フアンが詰めかけたのであった。

大木さんの見事なテーブルウェアーの展示が、

沖縄の漆器やガラスや器や工芸品など

を見事に引き立て、売って欲しいという方々ばかりでした。

第一回目は展示のみ。

でも、翌年、沖縄ブースは見送られた。

その事実を、たまたま、

ホテルサンパレス球陽館で知った。東京へ戻る前日の夜であった。

もしかして、担当者に会えないかもしれないが、

私は、便箋にそれまでのいきさつを書き、

是非、沖縄ブースを再考して欲しいと

県の担当部長に面会を求め、手紙をお渡しした。

その足で、コンベンションビューローへも出向き、手紙をわたし、

継続をお願いしたのだった。

東京ドームさんも動いてくださったのはいうまでもない。

結果は、2016年に、販売もかねて沖縄ブースが実現。

2017年も実現。半日で売り切れるほどの行列のできる器もある。

今後の動向を見守りたいものです。

私の夢は、沖縄現地ののコンベンションセンターで、

全沖縄のテーブルウェアー展を開催し、

沖縄の持つ漆器や器、ガラス工芸品や織物などなど・・・

沖縄の底力を

テーブルウェアー展を通して、

本物の沖縄を愛する人達を参集できる週間を設けたい、

実施したい。その力を十分に備えている沖縄県なのです。

金城さんとの出会いが、ますます、私を力強く後押ししています。

きっと、実現します。

もう大きく、私の構想は動き出しています。

もう絵ができていますよ。

応援してね、みなさん。

金城所長、呉屋さん、長い間、お疲れ様でした。

 

 

 

 

 

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今夜は、有楽町である方々の送別会があります。

私は、感謝の意味を込めて

超大型のムースを差入れます。

実は、このムース2層になっています。

下は、紅色です。

切り分けると楽しい仕組みになっています。

感謝の文字も紅イモのフレークです。

ここ、2年ほど、はまっています。

簡単で、美味しい。

皆さんも作ってみてね。、

材料 :絹豆腐200グラム、生クリーム200グラム、

カルピス濃縮200㏄(レモンライムでもよい)、

ゼラチン10グラムくらい、

紅イモフレーク少々

≪あるいは抹茶の粉でも、その他ココアなど好きなものでアレンジしてみてね)

ミキサーにかけて混ぜるだけです。

そうそう、ゼラチンは、100㏄のお湯で溶かしてからです。

私のは、いつも、忙しく切り分けるので美しくありませんが、

一人用器に作っていいですね。

あるいは、果物をトッピングしたりね。

皆さんご自由に、センスをいかしてどうぞ!!

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現地へ取材し、その土地の人に溶け込み、その良さを伝える

編集者・吉田忠正氏。

多くの児童用図書の取材・編集を手掛ける。

記念誌や図録、自分史なども。

その数、約200冊。おそらくどこの学校の図書室にも、

どの町の図書館にも、彼の本があるはずです。

大人が見ても、読んでも、よ~くその国のこと手に取るようにわかる本だ。

沖縄も韓国も、他の国々のことも。

いつも、穏やかな笑みをたたえ、物静かに話す。

私ともご縁がある。

金沢小学校の「学校の森物語」の出版も。

(緑のカーテンの恵みを食べよう」の発行も、

彼がいなければこの世に誕生しなかった。

彼と出会わなければ、

今日の私は、なかったといっても過言ではない。

過日、久し振りにお会いした。

私が手掛けていたある沖縄関係の料理本が

途中で尻切れトンボになっていたのだ。

料理などの写真もとり、ある程度の編集も終了していたが、

でも、久しぶりにお会いし、本出版への心が騒いだ。

 

勢いに乗った時、人は、前に進む。

前に進むエネルギーは、

次々に新しい発想や、原動力がついてくるものだ。

今までの自分はいつも進んでいた。前にと。

私は、

前に進みたい。前に進む!!

この本を世に出そう!今、出番なのだ!

と、叫んでいるような気がする。

 

 

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私の故里は、沖縄県羽地村(はねじそん)

今は名護市と呼ぶ。でも、どうして、名護市羽地と残さなかったのか?

羽地村は、沖縄でも、有数のお米の産地であった。

幼いころ、学校帰りに、田植えが終わったばかりの

水の張った広々とした田んぼに

真っ赤夕日が映え、真っ白なしらさぎの姿があった。

時折、米兵の鉄砲がしらさぎを狙った。遊びの一種として。

その音が今も耳に響く。

今も鮮やかに脳裏をかすむ。

 

そんな故里の羽地小学校からの同級生、上原仁吉から、

(同級生や幼馴染は名前で呼ぶ)

9冊目の琉歌集が届いた。

たまげた人である。

沖縄の方言を継承しよう。

言葉を失うことは文化を失うことだ・・・との強い信念の下、

沖縄方言(シマクトバ)を広める講座を開いたり、

琉歌の講座を開いたり、

そして今は、奥様とFMラジオも立ち上げ、沖縄方言に関わっている。

長く新聞の琉歌の選者として、また県知事賞なども多数受賞している。

息の長い活動です。私が永遠にlまねできない活動です。

あらためて、彼に、心から、敬を表したい。

 

彼の琉歌を読むと、涙が出てくる。

何十年たっても、

故里がよみがえる。

故里の心が伝わってくる。

 

有難う!

上原仁吉!

今は亡き同級生の上原良之のいとこよ!

 

故里は、いつも、私の原動力だよ!

いままでも。

これからも!!

 

 

 

(ブログ発信はいつも長いけど最後まで読んでね)

書店でお米売っている???

えっ?えッ??えっ???

そうなのよ。驚いたなあ~

東武東上線朝霞駅改札口の目の前の書店で、

環境に優しいマンションなどを販売している

板橋区にある・株リブランさんが、

自分たちの田んぼで、地域の人や子供たちと育てた

お米を、新しい発想で販売しているのですよ。数量限定です。

さっそく購入して、炊いてみました。

つやつやの炊き立てを、何もつけずに、いただいた。

甘い~い香り・・う~ん!米粒一つ一つが輝いてうま~い!

かみしめるお米の甘さに、育てた子どもたちや携わった方々の

心が重なり、美味しいなあ~と

連発しながらいただきました。

 

このリブランっていう会社って?

そう、そう、知る人ぞ知る、東京板橋の会社です。

「緑のカーテン」ご存じかしら?

その会長が若い社長さん。

あらためて述べることでもありませんが、

緑のカーテンとは、ゴーヤーやへちまをはじめ、

つる性の植物を窓辺で育て、

外部からの熱を遮り、

室内を涼しくする運動です。

単に育てるのだけではなく、緑のカーテンの運動から、

今や,自らできる環境への取り組みに発展、また、

自然を愛する人や、教育的観点からも、

自分の身の回りのエコについて考える人も、

エコな生活を取り入れる人も、

食への関心などへも、

どんどん環境を大切にする運動へと広がっているのです。

 

緑のカーテン運動は板橋区が発祥の地です。

株リブランや松島道昌板橋区議や、

日本一の雨どいの会社の株谷田の谷田泰社長や、

学校教育や音楽を通して広めている

板橋区立高島第五小学校の菊本るり子先生などなどが、

所属して全国展開しています。

 

今年その運動は10年目を迎えます。

福島や宮城県などの災害の仮設住宅にも、

この5月の連休には、熊本の仮設住宅にも、

緑のカーテンをボランテイア活動としてすすめています。

 

拙著「緑ノカアーテンの恵みを食べよう」も、

その運動に賛同して発行したものです。

 

こうした方々の運動に改めて敬意を表する意味も含め、

リブラン米を購入しました。

心の味になりました。

皆さんもどうぞ!リブラン米食べてみてね!!

 

春~野に・心に!

テーマ:

・スミレ花(ばな) 所狭しと 咲き誇り

・顔もたげ 誇らしく咲く すみれたち

・中学の 制服届き 弾む声

   関東にも、まだまだ、雪が降るという。

   春は、確実にやってくる。

     人にも、植物にも。

そう、あなたにも。

そう、私にも。

 

全国学力ナンバーワンを誇る秋田県。

伝統文化や歴史に裏付けられた秋田県。

まだ、武家屋敷に、枝垂桜に、校庭に、

雪積もる2月23日、仙北市立角館中学校を訪問。

 

生徒たちと保護者会での沖縄紹介。

学力だけではなく、運動も盛んな文武両道の学校であった。

学校中から生徒たちの輝いて姿が垣間見えた。

故里の伝統を生かした数々の作品はまるで美術館のよう。

絵画の写真が写っていませんが、絵画も心吸い込まれるような、

輝き放つ大作ばかりでした。

 

運動や美術だけではありません。

指導する先生たちの姿も垣間見えました。

規律が厳しいからではありません。生徒たち自ら、生活の基本を

大切にしているのです。

事前授業でも、手を上げる子が多く、質問も活発な学校でした。

沖縄への修学旅行は、きっと多くの気づきや学びを

更に新たな視点で広げることでしょう。

 

秋田県教育委員会特別活動研究校としての発表もあったようだ。

かつて、東京都教育委員会の特別活動研究員だった私。

1年間の研究員生活が新たな自分の出発点だった。

久しく忘れていた自分を

思い出させてくれた学校でもあった。

 

忘れないで!3月11日を!!

テーマ:

6年前の3月11日を、私は忘れない。

東北のことを。宮城県のことを。福島の原発のことを。

もう6年、いや、まだ6年なのです。

復興が数すんでいる?

そう進んでいる。

でも、本当に、元へ戻ったの?

いいえ、街の風景は一変した。

亡くなった方は戻らない・・傷痕は、まだまだ・・・・だ。

しかし、

東北の人たちは、立ち止まっていない。

前に前にと力強く進んでいる。

昨日夜、板橋区文化会館で、

サンマとカタールのドキュメンタリー映画祭へ行った。

あの日に、真っ先に、中東の国カタールから、

女川町へ20億余の寄付があり、

大型冷凍冷蔵庫を備えたオスカーができた。

東北の復興のシンボルとして希望をもたらした建物です。

現況を乗り越えて、若者たちが立ち上がり、年配者が支え合って

新しい街づくりに乗り出した、女川の復興の様子を

ドキュメンタリー映画にしたのです。

基金の基となったカタール国での感謝の上映会をはじめ、

全国で上映中です。

それを中心になって進めたのが、板橋区リブラン会長の

鈴木静雄氏でした。

今も、あらゆるお力を注いで応援しています。

尊敬の念を抱くのみです。

継続することの意義を改めて感じます。

私も、文部科学省の土曜日教室の全国展開の本部コーデネイターとして、

沖縄県や他県を担当。かつて勤務した板橋区立金沢小学校のご縁で、

沖縄へサンマを1500匹女川からご寄附いただいて、しかも、女川の方々が

20名余(今の須田町長・宮城県議員でしたが参加)が沖縄おいでいただいたのです。

初めての秋刀魚に何と2000余の人たちが行列を作って参加。

「サンマが空を飛んできた」のです。沖縄に!!

そのご縁もあって、友人たちのご協力の下、今も女川を応援しています。

私に今できることは、

忘れないこと、少しでも女川の物産を買うこと。料理教室で広めること。

現地へ足を運ぶこと、運んでいただくことです。

皆さんへアピールして。

明日、3月11日を忘れないで!!私も忘れない!女川の人たちの温かい心を!

多忙だった2月が終わり、

3月4日、恒例の自宅サロン「第22回ガンジューアロエベラランチ会」

3月7日、10年以上継続の定例沖縄ガチマヤー料理教室終了。

笑いと美味しさに包まれた会でした。

終了するごとに、写真係がいたらな~と思います。

でも、マア、ご覧あれ・・・

 

お内裏様一人に 雛八女かな

鮮やかなウコンと紅いもの雛寿司で祝う

ミヌダルとウコンの寿司で雛祝う

パクパクと富山のあられ手が伸びる

 

目や耳や舌で楽しむアロエベラの会

細胞にしみいるアロエ笑顔咲く

花が咲きユンタク広がるガンジューアロエ

肌ごころ体に染み入る宮古アロエ

春近し 妻は寝ている 僕洗濯

サンシンを習うといって ちり積る

初参加のある男性のこの句が爆笑でした

ピーナツバター 料理に使う 美味しさ発見

早く来て 覚えたかったな お料理の品 

故里の 沖縄味に 話 はずむ

 

俳句の会ではありませんが、

でも、俳句指導の方が参加の折は、

言葉遊びとして楽しんでいます。

その場の表情をご想像ください。

尚、2月の料理教室は、モズク特集でした。

来月は麩特集です。

私の宝物~小さなお雛様たち

テーマ:

 

我が家の7段飾りのお雛様は、15年前、沖縄のある保育園へお嫁に。

その当時、園長先生だった友人が、園児たちのプログラムを送ってくれました。

2月の下旬から、我が家の一角にほのぼのとした空間を演出します。

毎年、展示する場所を変えるだけですが、あら、こんなのもあったの?

と、我が家を訪れる人はいいます・・・・

↓の左は、沖縄サンパレス球陽館にて5年前に開催された

テーブルウェアー展で購入。 着物の生地での手作り。

手前は、我が家のランチ会で友人が折り紙指導のお雛さま。明日のランチ会でも

参加者に作っていただく予定です。右は粘土の作品、ある作家のもの、30年くらい前。

↓は、粘土の作品。20年くらい前に、板橋区の栄養士さんたちから頂いたもの。

↓のガラスのお雛様は、25年前のあるガラス工房で。

手前は、30年前のある作家のもの・・この二つもお嫁に。

季節の飾り物として、毎年、場所を変えながら、

楽しんでいます。小さい時からままごとが好きでしたからね。