仲の良い友人がいる。いわゆる「天才」と呼ばれる部類の人。多分俺の周りは、恐らく「天才」と呼ばれる人達ばかりだと思うんだけど、そいつは仲でもとびきりの「天才」と呼ばれてしまうと思う。そいつに日本語を教える予定でここの教授に紹介されたんだけど、Macroを一緒に取ったり、Interview会場であったり、それよりまぁいわゆる感覚が合って、日本語そっちのけで色んな事を話して仲が良い。一生の友達になると思う。最初に会った時が彼にとってストレスフルな時期だったので、視点が定まってなかったり震えてたりしてて、まぁどうしたやつなんだと思って色々と突っ込んで聞いてみた所から仲が始まったのだけど。まぁあのときこいつやばいなとか思ったけど今は普通にその心境が理解できる。
というか、端から見れば彼はそればかりを一生続けて、その成果が「天才」と呼ばれるだけで、1日の数時間を一緒に送る俺からすれば、ただ真面目な奴。努力という訳でもなく、ただただそれが当たり前なだけで、辛そうでもないし、毎日5歳からそうやって生きてきたらそうなったという気がする。理解できない事がいやなだけで、真面目に一つ一つ積み上げたらそうなったっていうだけだと本当に思う。もちろん、その過程に俺の理解の範疇を越える、というか俺がこんな事を言ってる事が事態がとてつもなく失礼かつ冒涜なくらい、苦労があったと思う。
数字的には、世界の頂点の.33%の試験を年にして普通の人より3年以上早く通過しちゃったって言う事で間違いなく天才。
彼の親の話や兄貴の話、高校の話を聞いてると、そういう環境がセットされて、ある意味親のセットした強制的な環境で、1歩踏み外さず(とんでもないし、とんでもなく尊敬できる)に学業にただただ真面目に、自分の基準で打ち込んできたんだと思う。
彼が言った言葉でとても納得する言葉があった。
「俺の人生を振り返れば、多分皆天才って呼ぶと思うし、それだけの事をしたと思う。だけど1日で考えれば毎日同じ事をしてきただけなんだ。俺は他に興味が湧かなくて、ただ目の前の学業をやってきただけなんだ、やろうと思えば誰でもできる。自分に取っては普通の事だし、お前だって誰だって同じ授業をとって同じ事やればできるよ。まぁ俺は5歳から数学に打ち込んできた所は俺の強みだけど。」
彼は、その結果を知った時に、夢だと思ったと言っていた。ただ俺が聞いてとても悲しくなったのは、そいつが世界でその分野の頂点のたった2人に選ばれたのに
「だけど俺はその勉強の対象が好きだと思った事はないんだ。今までどんなに俺が学業を好きだったら幸せなのにって思った事か。」って言った事。
「俺は頭は悪いけど今やってる事が楽しいと思う。」といって、彼はかなり辛そうな顔をした。言ってから言うべきじゃなかったととても後悔した。
あと6年経って2年でも立てば、遊べば良いじゃないかって言って、彼はそうだな、っていったけど、辛そうだった。そりゃ辛いと思う。(学業面では)世界で一番厳しい競争6年もさらされて、しかもそれが好きな事じゃないなんて事になったら俺だったら死んじゃうな。
彼に聞かれて、特にほとんど勉強しなかった(ここの世界からみれば何もしてないに等しい)俺の高校時代とか、自分が映像作ってた事、オーケストラに入ってた事を、喋って俺はもうそれ以上話してしまってからもう話さないことにした。真実を話す事は、今の彼の状況に取ってあまりにも良くなかった。
彼もこの年になってやっと気づいたんだと思う。そして、その気づきを本格的に追求してしまったら6年間は世界にとって栄光の場所であって彼に取って、とてつもなく辛い監獄でしかない。
俺は友人として、彼の決まってしまった未来に対してそれが彼にとっても栄光に成るようにと努力する事が友人として一番だと思った。だから彼には俺の世界観はそれ以上話さなかった。
俺は彼を英才教育の悲劇になるんじゃないか、とか全くをもっていいたくないし、そうならないようにまだ若い彼を見守っていきたいし、彼と楽しい事をたくさんしたいと思う。
ただアメリカは、Theory通りにとてつもない天才や、とてつもなく発展した物を生むけど、それは明らかに時に弊害を生む。それをどう調和させるかって課題だと思うんだよね。競争を信じるが故に、産物にも責任を持ちたい。そういう意味で、諸手を上げて現代のブームに賛成を唱え、Optimismを貫くと言っている母校からの先輩もいらっしゃいますが、俺はまだなんとも言えないね。それはゴールを目指した競争は良いと思うけど、競争にまかせてどこかにきちゃったはまずいと思うんだよね。それにこの方は、言う事と解説に能力はとてもある方だと思うし、やってる事もとても筋が通ってて尊敬するけど、まだなんかうさんくさいなと感じるのはどうしてなのかね。それは福沢諭吉を越えていないって所なのかね。
自分は何にも制約されない人生を母校で送ってきて、ここの教授にも何にもひねくれてなくて本当にのびのび育ってきたのねって言われたけど、俺はそれでとても良かったと思う。そして、俺のまわりの友人に、今の道に踏み出そうと決心した時に、口酸っぱく忠告してくれた友人がいて幸せだったと思う。
針を振り切る前に、振り切る事とはどういう事か、教えてくれた友人ととても大切な人がいて自分は本当に幸せだったと思う。少なくとも自分の選択でこうなっていると、自分自身に責任の所在を明確にする事で、辛さに耐えられるし、苦悩に対して自分なりに納得して立ち向かう事が出来る。
高校時代に何にも強制されなかった(まぁ理想の立ち位置に立つ為最低限の成績は維持しましたが)おかげで将来を模索する時間が3年もあって、その時代に出した解に向かって今まっしぐらに進むことができている。
多分自分も正直今は何も当たりは見えてなくて、ただ只目の前の(高校時代に選んだ)課題に立ち向かってるに過ぎない。彼は、行く先もわからず、そして行く先を考える間もなく、そんな人生が始まってしまったんだと思う。
自分はそうじゃなくて良かった。自分はあの時代があって後悔する事も多いけど、最近は、自分で選んだ人生に納得して疲労感を感じれて幸せなんだなと思った。
もう一人の友人も数学オリンピックを優勝しちゃう頭脳があるが故に、マーケットのIncentiveによって、本来の自分の行きたくない業界(だけど世間的には、とてつもない成功)へと導かれて、ある意味、流されていってしまっている。彼女もその事は分かって、その道を選択しているから、それはそれで良いのだけど、俺はこういうMarketが理想的だとは思わない。適材適所へ、という言葉は社会にとってであっても、本人の意志をも「変形」させてしまうべきではない。そういう市場は全くをもって理想的ではない。
こういうテーマが俺のテーマになると思うし、そういう事をひたすら書いてるけど、それも母校での法学部の授業があったから。憲法の授業があったから。そして、ここに来る前にきちんと幸せを体験できたから。
俺はそんな過去を持てて本当に幸運で幸せな奴だと思います。
今の道が将来自分を幸せにするか分からないし、日本から見ればStandard Deviation異常値みたいな値がでる(ここではそうでもない)と思うけど、それでも自己選択をしているという事で、まだ納得が生きます。
そんな風にしてくれた自分の側にいてくれた人、友人と家族と環境に感謝の毎日。
素直でいれば、俺もそういう業界に入ってもあまり変わらないような気もします。
それより、Financeやっててなんかとても予想以上にどうしようもない、(数式とか綺麗だねぇと思う事もあるけど)感じで、ちょっとがっかりです。
やっぱり俺も市場参加者サイドにいったりするのかななんて思いました。一生、Evaluationやってるのもあんま格好良くないし、やっぱり良いものを創りたいって思うし。今は針を振り切って、Investorサイドの勉強ばっかりしてるけど、また大分かわっていくのかなとも思いました。夏は現場を経験して、ゆっくり結論をだそうかな。
最近小学校からいて、そのおかげで色々と柔軟に考えられるかなとも思ったりして、(いわゆる基準がずれてるから)それでまたあの小学校が好きですね。
特にWikiにのってる人達の中で色々ずれちゃってる人達がいるのが嬉しい。
あとアメリカにきていわゆるestablishmentの本流があるのかなっておもうけど今の所あまり見当たらなくて残念。アメリカはでかすぎるからあるのかなんとも言えないと思うけど、それでもうちの俺のいた世界は、一つの国の中でもとてつもなく異常な世界だったんだなと実感してます。貴重な体験をあの学校からしたし、そういう流れを創り続けてる事はある意味すごいと思う。そういう雰囲気とプロセスを知れてめっちゃ幸せなのと同時に、日本ってその程度の実力主義なんだなって事でも言えちゃうね。
まぁそれで仕事がまわっちゃうようじゃそれまでだと思うけど、やっぱり日本は小さな国だなと思いました。世論とかアメリカじゃないようなものだしな。なんか日本ってやっぱり小さな島国。一体感まだあるもん。
あるのが悪いとかじゃなくて、価値観の共有度が高いって言うのは、これから先良いか悪いかっていうと危ないって気もします。市場的な意味合いからも。
アメリカも、そういう世界があるはずだけど、今まで観察した限りでは、(ほとんどしてた時間なかったけど)かなりの程度、実力主義な気がします。
あとやっぱり一流MBAのBlogを読んでまたがっかりしました。なんか、こういう事はさ、学部でも体験できる事で10年以上前に気づいておこうよって思うし、俺はこの年できちんと予定通り、世界の本流の中で時間を過ごせて幸せですわ。俺は親父のもとに生まれて幸せだったわ。こんな安易な議論うちの親父だったらあきらかにしない。んでこういう人達が安易にアメリカの議論をもちこんで日本の良い所も壊れていくんだろうね、人材流動化の弊害をきちんと知らずに安易に日本も流動化させよなんていうべきじゃない。やっぱり院だけじゃ向こうにいったってその社会は両側面はわからんよ。小学校までに20カ国近く旅行できて幸運だったし、高校時代にきちんと中国とUKの高校を月単位だけど行ってみて良かった。○BSのまえでここの雰囲気最高!みたいな文書いてと写真のせちゃう人間じゃなくて良かった。
この文章をここまで読んだ人は俺が単なるアメリカ賛成論者じゃないって事に気づいてくれると嬉しいですけど笑。まここらへんまでにしますかね。
それでは。