2008-03-24 15:14:16
付き合い。
Theme: 1-個人-Diaries
人と付き合う事について。
一人で生きてると別に人に自分の事を話す事も大してなく、愚痴をいう相手もあまりおらず、そういう時間もなくやってくわけです。
死ねよと思う事があっても、やってやろうじゃねぇかとか、眠いとか感じると死ねとか、くそ野郎って思いながら生きてる訳です。
そんな事をしているといつの間にかコミュニーケションを取るというか、必要性がなくなっていくわけです。俺みたいに偏っていたり、他愛ない話というものに面白みを見出さなかった人間の場合、そういう事を話さないので。
すると人と付き合う事とは、頼り頼られてという関係なので、恐らく、必要がなくなってしまうわけです。
時間的制限もそこに加わってきたり、タスク的に追われてくると時間の機会費用は大きくなってくる訳で、色々とタスクに対して生産的でない時間をすっ飛ばす事も多くなるわけです。
すると、そこに何も意味を見出せない。
そういう自分が大嫌いだったりする。そういう時に落ちる。こういう自分の思考自体に対して落ちる。
自分の強さとは自分に完璧に基づいてるが故に、人に話すという事は、あるいは人に励ましてもらってやる気になるという事は、自分のブースターの鍵を他人に渡すようなものなわけです。そういう状態は非常に危ない。
自らアドレナニンを出して突っ走っていける状態にしておく事が動物界において重要な訳です。それが生命線だから。
ただ、結局人間の幸福感とか躍動感とか人間味だとかは、こういう自立的な世界に生きている場合感じないんだと思うんだよね。そこに人の存在はないから。ない位に無意識に何かに支えられているのだろうし、感謝はしてますけど。俺の場合、連絡をとらない(自分が思っている)友達が多いのでそういう人達に支えられているのかもしれませんが。
友人の天才君も人がいない世界観だって言ってたし、俺の親友も肩に小人がいたって言ってたし、だけど「あなたは常にUnder Controlってのが真実」っていうのが強みというか。ま俺もそれに近いわな。その自分が常にここに引っ張ってくれたっていうか。幼少期の母の言葉もあるのだろう。
なんというか、Autarkyな自分になってしまった事の辛さというか強さというかね。それ故に、早々酔わないし、限界状態で極端な事をミスる事もない。フライトに遅れるとかさ。笑その強さが必要なのは分かってて、まぁなんていうか両局面がありますよねっていう話題なのかな、潰れるという事は自分にとってありえないし、なぜならば俺は自分自身をunder controlだから、常に絶対に。結局そういう逆らえない自分の力究極的に強くて。従ってる。それ故の強さ。結局ひっくるめて全てが自分で、そういう自分が好きだったりしてね。だからやっぱり俺は冷酷な人間なんだろうな。だけどそれがなければやっていけないから。この強さを捨てない限り独身かもね笑。
だからそうではない人間は弱いなと思うというかね.別に付き合ってる人達あるいはいつも人が周りにいる人達が弱いとかいってるわけではなくて。まぁ自分の人生の正当化なのでしょう。だけど、まぁそうなんだろーな、と思う。体育会の人間とか見たりこういう事話したりして、そう言ってたし。
この自分がいる限り世界観は変わらないし、そういう自分と付き合っていくのでしょう。何か違う健康的な事で死なないように注意しないとな。弊害がでそうだ。
一人で生きてると別に人に自分の事を話す事も大してなく、愚痴をいう相手もあまりおらず、そういう時間もなくやってくわけです。
死ねよと思う事があっても、やってやろうじゃねぇかとか、眠いとか感じると死ねとか、くそ野郎って思いながら生きてる訳です。
そんな事をしているといつの間にかコミュニーケションを取るというか、必要性がなくなっていくわけです。俺みたいに偏っていたり、他愛ない話というものに面白みを見出さなかった人間の場合、そういう事を話さないので。
すると人と付き合う事とは、頼り頼られてという関係なので、恐らく、必要がなくなってしまうわけです。
時間的制限もそこに加わってきたり、タスク的に追われてくると時間の機会費用は大きくなってくる訳で、色々とタスクに対して生産的でない時間をすっ飛ばす事も多くなるわけです。
すると、そこに何も意味を見出せない。
そういう自分が大嫌いだったりする。そういう時に落ちる。こういう自分の思考自体に対して落ちる。
自分の強さとは自分に完璧に基づいてるが故に、人に話すという事は、あるいは人に励ましてもらってやる気になるという事は、自分のブースターの鍵を他人に渡すようなものなわけです。そういう状態は非常に危ない。
自らアドレナニンを出して突っ走っていける状態にしておく事が動物界において重要な訳です。それが生命線だから。
ただ、結局人間の幸福感とか躍動感とか人間味だとかは、こういう自立的な世界に生きている場合感じないんだと思うんだよね。そこに人の存在はないから。ない位に無意識に何かに支えられているのだろうし、感謝はしてますけど。俺の場合、連絡をとらない(自分が思っている)友達が多いのでそういう人達に支えられているのかもしれませんが。
友人の天才君も人がいない世界観だって言ってたし、俺の親友も肩に小人がいたって言ってたし、だけど「あなたは常にUnder Controlってのが真実」っていうのが強みというか。ま俺もそれに近いわな。その自分が常にここに引っ張ってくれたっていうか。幼少期の母の言葉もあるのだろう。
なんというか、Autarkyな自分になってしまった事の辛さというか強さというかね。それ故に、早々酔わないし、限界状態で極端な事をミスる事もない。フライトに遅れるとかさ。笑その強さが必要なのは分かってて、まぁなんていうか両局面がありますよねっていう話題なのかな、潰れるという事は自分にとってありえないし、なぜならば俺は自分自身をunder controlだから、常に絶対に。結局そういう逆らえない自分の力究極的に強くて。従ってる。それ故の強さ。結局ひっくるめて全てが自分で、そういう自分が好きだったりしてね。だからやっぱり俺は冷酷な人間なんだろうな。だけどそれがなければやっていけないから。この強さを捨てない限り独身かもね笑。
だからそうではない人間は弱いなと思うというかね.別に付き合ってる人達あるいはいつも人が周りにいる人達が弱いとかいってるわけではなくて。まぁ自分の人生の正当化なのでしょう。だけど、まぁそうなんだろーな、と思う。体育会の人間とか見たりこういう事話したりして、そう言ってたし。
この自分がいる限り世界観は変わらないし、そういう自分と付き合っていくのでしょう。何か違う健康的な事で死なないように注意しないとな。弊害がでそうだ。





