先日のエントリーで、「新しいブログを始めました」というご報告をしました。


いろいろ試行錯誤して、今(2013年1月17日現在)の見た目は、こんな感じになっています。
▼「@associee.net - Welcome to @associee's Lifejog」
http://associee.net



思っているものからはまだほど遠いですが、徐々に近づけるように、がんばっています。
ちょっとした達成感と、なかなかスマートにうまくいかないもどかしさを感じながら・・・。

休職前、私はこういうことを、発注して協力会社さんにやってもらう立場だったんですね。
理論上は「こういうのが出来る」のはわかるんだけど、実際に作業する役割ではなくて、私の仕事は、「こういうのが出来る」を積み上げるのではなく、「(自社のWebサイトは)こうあるべき」というものを描いて、そのためには、「これ」と「これ」が必要→発注、という仕事をしていました。


今は自分のために、「これ必要」「これ不要」「これ出来る」「これ出来ない」というような感じで、まるでブロックを積み上げていくような感じで、似たようなことをやっているはずなのに、真反対な作り方をしているなあ、面白いなあ、と思いながら、作業しています。

それは、自社のためのWebサイトはゼロから作っていくのに対して、今はWordPressというCMSをカスタマイズしながら作っているからなんですけど、私自身はPHPがわからないので、自分の出来る範囲の中で「小さいことからコツコツと」やっているという次第です。

でも、自社のためにやっているのと、自分のためにやっているのとは、感覚的に全然違いますね。
似たようなことをやっているのに、天と地のとの開きがあります。

休職してからは、こういった「似たようなことなのに、まったく違うことをやっているような感覚」を、日々経験しています。

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復職も思うようにいかなくなったので、「何か新しいことを始めてみよう」と思い、急遽思い立って、ドメインを取って、こんなブログを始めてみました。

▼「@associee のモノ語りブログ」
http://associee.net



自分のネーミングセンスに、突っ込みを入れながらですが、細々とやっております。

このブログでやりたいことというのは、
★自分で、「WordPress」をどこまでカスタマイズできるのか?
★これまで会社で培ってきたノウハウが、どこまで通用するのか?
ということです。

でも、まだまだだなあと思っています。
手探り状態ですが、更新しながらも、少しずつ手直ししていくのが楽しいです。
お見苦しい点もあるかと思いますが、気長に見守ってやってください。

せっかくアメブロでも、お友達が増えているので、これはこれで、続けていこうと思っていますので、今後ともよろしくお願いしますね。

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なかなか復職のきっかけがつかめなくて、少し焦り気味なアソシエです。

焦っても仕方が無いんですが、だんだん「働く」という気持ちがなくなっていくのではないかと、怖くなるんですね。

どうしたら復職出来るのかわからなくて、会社の産業カウンセラーさんや、主治医さんに、
「私、働けると思うんです!」
と、アピールするんですけど、どちらからも「まだ、働ける状態じゃないと思うよ」と、言われてしまいます。
困ったものですね。


そんなある日、病院の帰りに、少し落ち込み気味に、会社の近くを歩いていたら、人混みの中から、会社の先輩が私を見つけて、声をかけてくれました。
最近、自分のゴースト度(存在感がない、影が薄い)が増して来ているような気がしていたので、人混みの中から、私を見つけてくださって、とても嬉しかったです。
少しですが、立ち話も出来ました。

その先輩とは、Facebookでも繋がっています。
私は、彼女を含む、私が大切に思っている人たちが、元気にしていらっしゃるか気になるし、私自身もその方々に忘れられたくないので、「友達」とお呼びするのは、失礼かもしれないんですけど、繋がってくれていることがありがたくて、その先輩に直に
「繋がってくださっていて、安心するんです。ありがとうございます!」
と、お礼を言えたことが嬉しかったです。
一気にテンションが上がってしまって、話してるうちに、ぽろぽろ涙が出てしまって、ちょっと恥ずかしかったですけど。
(お医者さまや、産業カウンセラーさんが、「まだちょっと…」と言うのは、こんな風になるからかもしれませんね)

優しい先輩は、「わかるわかるー。私も休暇中とか、会社のニュースとか入ってこなかったら、不安になるもんー。^_^ 」と、言ってくれました。

同じ職場にはなったことはないんですけど、新入社員の頃から、彼女の笑顔に癒されているアソシエです。

本当にありがたかったです。
早く、復職したいなあ、と切に思うアソシエなのでした。

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休職する前のこと、休職してからのことを振り返ってみると、胸が傷むアソシエです。

よく「他人は変えられないが、自分は変えられる」という言葉を聞きます。
また、「今の自分は、これまでの自分の選択の結果だ」とも。

それらの言葉を聞くと、「一体、自分の何が悪かったのだろう?」と、考えるんですが、「これだ!」というのが見つからないんですよね。

例えば、上司Aと上司Bがいたとして、Aの方が上役で、Bの方が私の直属の部下だったとして。
Bさんは、私の発案などにも協力的で、応援してくれる立場でした。
私も何事も相談して、独走しないように、部の方針に沿うような企画を考え、それなりに成果も上がっていました。(もちろん、それもちゃんと報告していました)
Aさんは、どちらかというと、Bさんのことを信頼して、任せていたような感じでした。
そんなある日、Bさんが異動し、Aさんが我々に対しても、積極的に関わるようになりました。
そうなるとAさんは、いきなり「Bさんがやっていたことは、すべて忘れろ」と、我々に言いました。
特に私に対しては、「実は今まで、お前のことは気に入らなかった。これまでは、好き勝手にさせていたけど、そうはさせないからな」と言いました。

私にとっては、とても心外な言葉でした。
「好き勝手なことをやっている」なんて、微塵も思ってなかったからです。
インターネットやデジモノを、仕事として扱っている私が、気に入らなかったそうです。
会議にiPadを持ち込んだりしていたのが、気に入らなかったそうです。
申請している業務用のパソコンを買ってもらえなかったため、私物のiPadを持ち込んでいたのですが、それすら持ち込み禁止と言われました。
理由は、「他のみんなは、手書きでメモをしているから。お前だけみんなと違うこと(iPadでメモ)をしているから」と言われました。

ものすごいスピードで変わって行くインターネットやモバイルの世界です。
私としては、会社のWeb担当として、情報収集に務めたり、勉強したり、努力をして来たつもりなのですが、Aさんからは、「好き勝手なことをしている」と思われていたのですね。

ここで、「他人は変わらないが、自分は変えられる」という考えから導き出す答えとしては、「Webの仕事を大幅に減らす」なのですが、たくさんあるWeb仕事の需要に対して、「出来ません」と断り続けないといけないのですね。

あと、「異動、もしくは転職する」という選択肢もありますね。
上司Aさんが私のことを気に入らないのだったら、むしろ転出してほしいくらいだったのですが、何故なんでしょうね。不思議です。

そんなこんなで、ゴタゴタしているときに、私は休職してしまいました。
職務を放り出すような形で、休んでしまい、たくさんの方に迷惑をかけてしまいました。

そして私は、「今、この状態が私の選択の結果だとしたら、こうならないようにするには、私は一体どうしたらよかったんだろうか?」と、考えていますが、答えはまだ出ていません。

多分、すべての人に喜ばれるようにするのは、無理だと思うんです。
これまで放ったらかしにしていて、いきなり「お前のことをずっと気に入らなかった」と言う人に、喜んでもらおうとしていた私。
でも、その気持ちは、受け取ってもらえてなかったみたいです。
そんなとき、どうしたらよかったんでしょうね。

世の中の動きに目を閉じ、耳を塞いで、Aさんに気に入られるように働く?
それとも、わかってもらえるように、説得を試みる?

どちらにしても、難しそうです。

何も出来ない人

「甘えたこと言ってるなあ」と思われるかもしれません。

「休職中だから、そんなこと言ってるんだ」と思われるかもしれません。

最近、よく考えるんです。

「私はいったい、何をしたいんだろう? 何が出来るんだろう?」と。

私の友人に、自営業の人が多いからかもしれませんが、自力でバリバリ道を切り開いていっている姿を見て、すごいなあと思うのです。

そんな姿を見て、感嘆して、応援するしか出来ない自分が歯がゆくてならないのです。

「歯がゆい」と思っているのは、心の奥底で、「自分にはもっと何かが出来るはず」と思っているのだということはわかるのですが、その「何か」がずっと見つけられないでいます。
もしかしたら、そんな風に思っているのは、「思い上がり」かもしれないとさえ思うのです。

「何が何でも、何かしないといけない」という方からしてみれば、甘えであり、寝言でもあるということは、わかってはいるのですが。

でも、自分に問わずにはいられないのです。

「私はいったい、何をしたいんだろう? 何が出来るんだろう?」と。

休職してからも、何だかんだと用事があって、会社には行っているアソシエです。
書類提出とか、会社のメンタルヘルスのカウンセリングとか、買物とかいろいろあるんですよね。
そういった意味では、意外と忙しい思いをしています。

先日も、そういった用事で、会社に行きまして、その帰りにばったりと、知人(会社の人)に会いました。
少し立ち話をしたんですけれど、その方は、ご自分の近況報告と共に、こんなお話をしてくれました。

「私が昇級出来たのも、念願の職務に就けたのも、○○さん(=私)と一緒にやった仕事のおかげです。ありがとうございました。あの経験があったおかげで、いろんなことに気づけたし、わからないことがあったら、何でも相談にのってもらえたし、一緒に考えてももらえて、ありがたかったです。お休みされてる方にこんなこと言ってはいけないかもしれないけど、本当にいつも『こんなとき、○○さん、いてくれはったらなあ』って、思うんですよ」

昇級されたのも、念願の職務に就けたのも、もちろんご本人の努力の賜物です。
むしろ、この「ありがとう」に救われたのは、私の方なんです。

この方と一緒に取り組んだ仕事というのは、私自身は表に出ず、バックアップをするという役割でした。
誰からも注目されず、でも人一倍思い入れがあり、意外と繊細さとノウハウを必要とする仕事。
時には、提案もし、「頑張って!」と応援もし、相手の精神的な支えにもならないといけなかったのです。
地味ですけど、とてもやり甲斐がある仕事でした。
でも、目に触れにくい仕事でもありました。
だから、それにつぎ込んだ努力は、誰にも見られていない、気づかれていないと思っていたのです。
それなのに、それをちゃんと見ていて、またご自分の昇級や念願達成を、私のおかげだと言ってくださったのです。

なかなか復職出来ず、悩んで、「私なんてダメだー」となりかけていた私にとっては、救いの一言でした。

「ありがとう」と言ってくださって、本当にありがとうございました。
先日、何年ぶりかで母と梅田に出かけたアソシエです。
メインの用事は、他にあるのでしたが、もう一つの用事は、「振袖を処分すること」でした。

百貨店のきもの売場に、リサイクルきものを扱っているところがあって、振袖&長襦袢、袋帯、毛皮のショールを、委託販売ということで、預けて来ました。
考えてみれば、私の身内は、女の子が少なく、そういう意味では大事に育てられ、振袖も誂えてもらったのですが、齢既に四十を過ぎ、未婚でもう着る機会もないものを、感傷のために、ずっと取っておいたのでした。

女々しいかと思って、わざと写真は撮らなかったんですが、当時流行の赤い振袖が欲しかったのに、出資者である父が、がんとして譲らなかったもの。
濃い緑がかった墨黒の地に、ピンクや緑、オレンジの鹿の子絞りが、寄せかえる雲のように配置され、金とオレンジの鳥が空に向かって羽ばたいている様が刺繍されています。(描写力の拙さが…汗)

今回改めて見ると、他にはあまりないような柄だなあと思います。
当時は、「赤いのがよかったー」と不満でしたが、着て出かけると、見知らぬ方に決まって褒められて、嬉しかったのを覚えています。

そんな思い出深い振袖も、死蔵させておくのはもったいないので、両親とも相談の上、委託販売することにしたのでした。
これから、日本中のリサイクルきものの催事をまわることになるのでしょう。

いってらっしゃい。
私は大柄(166cm)なので、同じような体型の女の子に気に入られて、晴れの席の花になってくれると、嬉しいですね。
最近、基礎化粧品のお試しセットを購入してばかりいるアソシエです。

以前から、「いい!」と思って使っていた基礎化粧品に、何となく疑問を感じるようになりました。

例えば、私は頬周りの毛穴が目立つのを、以前から気にしていたのですが、
・毛穴の汚れを取る
・しっとり系の化粧品で、しっかり保湿する
・ビタミンC誘導系の美容液を使用
ということで、改善しようと思っていたのですが、
「・毛穴の汚れを取る」過程で、クレンジングオイルを使っていたのですが、何となく汚れを取りすぎているような気がしたのです。
毛穴の汚れが取れているのに、毛穴が目立つというのは、その部分の皮膚がたるんでいる「たるみ毛穴」なのでは?
と思ったわけです。

私は太っているせいか、顔のシワはほとんどないので、油断してたんですが、肌の老化はひたひたと、確実にしのびよってきているようです。

でも、アンチエイジング化粧品って、高価ですよね。
ということで、効果が期待出来そうな化粧品のお試しセットを購入して、現在基礎化粧品ジプシーです。笑



↓少し前までは、これらのお試しセットを使ってました。

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ロレアルパリ リバイタリフトナイト コンセントレートエッセンス/日本ロレアル
¥価格不明
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独特の香りが気になるのですが、何となく効いている感じがします。
同じシリーズで使うと相乗効果でよいのかもしれませんが、もしどれか1つだけ使うとしたら、ナイトコンセントレートエッセンス(夜用美容液)かなあと、思っています。
理由は、アンチエイジング美容液の中では、お手頃価格なことと、夜寝ている間にきれいになれたらいいなあと・・・。笑

「自分に必要なもの」って、よくよく考えてみると、違うこともあるんだなあと。
思い込みにとらわれないようにしたいなあと思う、今日この頃です。
2012年3月末から休職し、早くも半年が経ってしまいました。

休職前は、毎日、毎週、毎月、とルーチンワークがあり、それをやり続けて行くと、本当に時間があっという間に過ぎてしまったものでしたが、休職してからも、不思議なもので、やはり時間はあっという間に過ぎていきます。
休職前は、成果物がありましたが、休職してからは、自己満足というか、充足感が少なくて、どちらかというと、「ああ、今日も何事もなさずに、過ごしてしまったなあ」という、がっかり感の方が多いですね。

とはいっても、さすがに環境は変わっているので、これまでと変わった経験をしています。
休職前の私は、家にいる時間が少なかったので、同居している両親と、ほとんど会話がなかったですし、あまり関わろうともしていませんでした。
一緒に行動することもなかったですから、家(父親)の車が、いつの間にかクラウンからプリウスに変わっていたことも知りませんでした。
休職してから、たまたまガレージに置いてあるものを取りに行って、「あれ?何か車がこじんまりしている」と気づいたという…。

また、親子でありながら、食べ物の好み、物事の考え方、言動においても、まったく違うんだなあ、ということもわかりました。

例えば、母は自分が好きなものは、他人(私)も好きだと思い込んで、買って来るのですが、私にとっては、好みでないし、不要だということを、何回伝えても理解出来ないみたいで、たまに大容量のペットボトルのお茶を何本もまとめ買いしてきて、わたしの部屋に置いていくのですが、その前に、「もう要らない」と伝えているんですけどね。
あまり、そういうのは気にしないみたいで、「安かったから」とか「また要るかなと思ったから」という理由で買ってくるみたいです。

あと、説明しても、病気について、あまり理解してもらえなくて、絶不調で昼間から寝ていると、叩いて起こされます。
病んでる本人も持て余してるくらいなので、他人に理解してもらうのも、難しいとは思うんですが、絶不調のときに、叩いて無理やり起こされたら、軽い◯意を感じることもありますね。
おそらく、じっと寝ている状態を見るのがツライんでしょうが、しんどいのに叩いて起こされた当事者は一体…。

あと、父親などは(これは前からなのですが)父親自身が判断して必要だと思った、ニュースなどのTV番組を録画して、それを私に「見ろ」と言うんですよね。
それが悲しいことに、会社の広報なんがが取材協力してたり、毎年恒例のようにやっている密着取材だったりで、逆に取材してるのを目撃したりして、裏話まで知っているのに、それを知らずに、休職している娘に、わざわざON AIRされているのを見せようというのが、ちょっといらっとくるわけですね。
一応、何回も「要らない」って言うんですが、理解出来ないみたいです。

こんな風に、家族と過ごす時間が増えると、今まで気づかなかった、いろいろな違いが見えて来ますね。

これまで、独り暮らしをしなかったことが、本当に悔やまれます。
(過去、何回か試みたんですが、未遂に終わりました)

今までコミュニケーションを怠ってきたツケだとは思うのですが、
「親子だからこそ、ある程度の線引きをするべき」
「親子は血のつながった他人」
だと思うのです。
わかってもらうのではなく、違いを認めあうことが大事なんじゃないかなあ、と思う今日この頃です。
先日、ついうっかりと比叡山上に行ってしまい、あまりの寒さにトンボ返りしたアソシエです。
(「トンボ返り」って、字合ってるかな?)

寒かっただけではなく、ぼんやりしていて、遅い時間に比叡山ケーブルに乗ったまではよかったのですが、山上周遊のバスに乗ると、それが最終で、帰りの足がなくなることに気づいたからなんです。
それで、ケーブル山上駅周辺の写真を撮って帰って来たのですが、そのとき、「こんにちはー」と通りすがりに挨拶してくださったお坊さんは、既にニット帽をかぶって、軽く防寒態勢でした。
これから寒さが厳しくなりますよね。
そう思うと、思わず合掌しそうになりました。
いやあ、比叡山の秋冬は、寒そうですね。

そんなことをきっかけに、
「衣替えしなきゃ!」
と思い立ち、どうせやるなら着なくなった服を、処分しようと思って、タンスをひっくり返しています。
いやあ、春夏物など、しまいこんで忘れているものの多いこと。
中には、買ったことすら、忘れているものまでありました。>_<

「完全に着ないもの」
「着ないかもしれないけど、置いておきたいもの」
「着るもの」
などと仕分けていると、
「完全に着ないもの」の多いこと!
決して無駄遣いではないとは思うのですが、それらを買ったときと今では、まったく意識が違っている自分に、改めて気がつきました。

「休職中」ということもあるのかもしれませんが、当時はきっと、持ってないと不安だったんだろうなあ、と思うのです。
今はむしろ、モノを持ち過ぎていることが煩わしい感じです。

私はもともと、モノに対する思い入れが、非常に強いようです。
特に、服や靴などは、古くて汚れて身につけることがなくなったとしても、なかなか捨てる気にはなれません。
でも最近では、身につけず死蔵してしまうと、その当時の自分にしがみついてしまい、成長しようとしているのに、わざわざそれを自分で抑えているかのような気がするのです。

だから、「捨てる」のではなく、「卒業する」のだと思うことにしました。

今までありがとう!
そして、お疲れさま!
今日は、過去の自分の「卒業式」です。