過去・現在・未来は、時空間に同時に存在している
2009年05月28日(木) 23時08分29秒 テーマ:科学仮説を読む
過去・現在・未来は、時空間に同時に存在している。
小林香織さんのサックスを聴きながら・・・・・。
アインシュタインが提唱した一般相対性理論(量子理論との軋轢を経て)は、その理論が導く宇宙の姿について、80年にわたって議論され、実験・観測によって検証されてきました。
私たち一般市民は、そのような高度な科学的「知見」を誰からも教わることなく、日々に生活を続けています。
でも、科学の最先端では、過去・現在・未来は同等にこの4次元時空間に存在している。ということが科学者たちの理性によって認知されつつあるのです。
スピリチュアルな見地では、この過去・現在・未来が同時に存在しているという認知は「既知」のものでしたが、いまや科学の分野でも、いやおうが無く、この事実を追認する研究が進んでいます。
知らないのは、大衆だけ・・・・。
アインシュタインが、空間と時間を同質の物理量として理論を組みたてた(ことを知った)とき、早晩に時間(過去・現在・未来)にかかわる私たちの認識・感覚が修正されるであろうことは、私には予感がありました。
宇宙存在のエネルギーが、空間と時間という二つの軸に分割されてこの世に物質として発現していると考えれば、ある物質が、空間的存在と、時間的存在とにベクトルが分割されながら、当然に未来にも存在しうるし、それらの物質が絡み合う事象も、時間軸で未来的に存在しうるわけです。
観測可能な(あくまでも観測とは近似値の算出にすぎませんが・・・)、現在の物理量(宇宙・地球・・・そして自分の姿)は、たとえば人間に意志によって、エネルギーの流れを変化させることができるし、自然な既知の法則によっても変化していくものですが、リアルタイムに未来(既に存在する未来の4次元地図)のどこを通るかを人間の意志によって変えながら、それはたとえば、私たちが空間的にどこかに、意志によって移動するように、私たちは、すでに存在する未来の中から、自分が選択した未来(全可能性を含有する4次元地図における未来)を、意識を通して選択し、経験するということなのです。
うーむ。ここまでの自分の感性による4次元時空間の説明には、まるで私の語彙がついていってない感じがしますが・・・・。
20世紀初頭に始まった科学革命は、私たちの古典的感覚を超えた、まさに21世紀の常識となるであろう知見をもたらしてくれます。
科学の最先端(とはいえ、もう1世紀を経ようとしていますが・・)で起きている、パラダイム変換は、ぜひとも皆さんの「感性に繰り入れるべき」知見だと思っています。
結論的に言わせて頂くと、スピリチュアル(私的に言うとスピリティー)な、洞察・知見に、最先端科学が近づいてきている。その実感をこの文献は、確実にもたらしてくれてるのです。
話題の質を変えましょう。
私が、サックスを始めて1年、ゴルフを始めて5年です。
私は、その決心・選択をしたとき、自分の係わる未来地図の中から、ゴルフとサックスのある「道程」を選択しのです。
その選択によって、有限範囲ではあるが、無限の選択が可能になりました。
私が東京へ行くのに、どの道をとおって、どうやって行くのかじっくりと地図を見ながら、宿とルートと(あそこでゴルフして、どこどこで、サックスのコンサートも見てみようとか)を選択できるように、その組み合わせは、範囲は有限ではありますが、中身は無限に存在するのです。
隣り合う自然数の範囲は有限でありながら、その中に含まれる有理数の数が無限なのと同じです(たとえば1と2の間には、無限の実数・有理数が存在する・・・・無理数・虚数などについての私の洞察はまた機会を改めて・・・・)
東京に、一足飛びに新幹線で行ってもいい。
各駅停車でのんびり言ってもいい。ぶらりぶらりと、歩いて、町・山・人と出会いながらいってもいい。
それこそが、人生の価値を決める私の選択であり、ことの価値を決定し、更なる未来を創造していくプロセスです。
その道程には、必ず「出会い」があります。だれかが、わたしを待っているのです。そして、私はその誰かと出会う準備ができているからこそ(無意識にですが)その道を選ぶのです。ここがスピリティ!の本質。科学用語でいえば、量子理論の相補性に近いでしょうか。
言い換えれば、私たちの人生の本質は、その「プロセス・道程の選択」と「それによる出会い」だといえます。
だって、そうでしょ。この「プロセス・出会い」こそが、人生じゃないですか?
現在、なにかしら、成し遂げている人!。
卓越した技術を勝ち得た人、たとえばサックス演奏、ゴルフのハンディ、スポーツの記録、評判・・・・・・。
イチローのいうように2000安打は、プロセスなのです。
大もうけした人、実績を上げた人物!
逆に、失敗した人、うまく行ってない人、挫折・後悔・自己嫌悪・・・・。という場合もあるけれども。
それでも、どちらも、スピリティーからみたら、大した差はありません。
当事者の解釈が大きく異なるだけです。
本質は、どちらもプロセス=道中なんだということ、それもつぎなる目標・目的にむけた、プロセスですから。
この目標や目的、夢や志、といったものがないと、このプロセス理論(人生)は機能しません。希望のない心には、百言・百論もまったく無意味ですから。
小林香織さんのサックスを聴きながら・・・・・。
アインシュタインが提唱した一般相対性理論(量子理論との軋轢を経て)は、その理論が導く宇宙の姿について、80年にわたって議論され、実験・観測によって検証されてきました。
私たち一般市民は、そのような高度な科学的「知見」を誰からも教わることなく、日々に生活を続けています。
でも、科学の最先端では、過去・現在・未来は同等にこの4次元時空間に存在している。ということが科学者たちの理性によって認知されつつあるのです。
スピリチュアルな見地では、この過去・現在・未来が同時に存在しているという認知は「既知」のものでしたが、いまや科学の分野でも、いやおうが無く、この事実を追認する研究が進んでいます。
知らないのは、大衆だけ・・・・。
アインシュタインが、空間と時間を同質の物理量として理論を組みたてた(ことを知った)とき、早晩に時間(過去・現在・未来)にかかわる私たちの認識・感覚が修正されるであろうことは、私には予感がありました。
宇宙存在のエネルギーが、空間と時間という二つの軸に分割されてこの世に物質として発現していると考えれば、ある物質が、空間的存在と、時間的存在とにベクトルが分割されながら、当然に未来にも存在しうるし、それらの物質が絡み合う事象も、時間軸で未来的に存在しうるわけです。
観測可能な(あくまでも観測とは近似値の算出にすぎませんが・・・)、現在の物理量(宇宙・地球・・・そして自分の姿)は、たとえば人間に意志によって、エネルギーの流れを変化させることができるし、自然な既知の法則によっても変化していくものですが、リアルタイムに未来(既に存在する未来の4次元地図)のどこを通るかを人間の意志によって変えながら、それはたとえば、私たちが空間的にどこかに、意志によって移動するように、私たちは、すでに存在する未来の中から、自分が選択した未来(全可能性を含有する4次元地図における未来)を、意識を通して選択し、経験するということなのです。
うーむ。ここまでの自分の感性による4次元時空間の説明には、まるで私の語彙がついていってない感じがしますが・・・・。
- 宇宙を織りなすもの――時間と空間の正体 上/ブライアン・グリーン
- ¥2,310
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20世紀初頭に始まった科学革命は、私たちの古典的感覚を超えた、まさに21世紀の常識となるであろう知見をもたらしてくれます。
科学の最先端(とはいえ、もう1世紀を経ようとしていますが・・)で起きている、パラダイム変換は、ぜひとも皆さんの「感性に繰り入れるべき」知見だと思っています。
結論的に言わせて頂くと、スピリチュアル(私的に言うとスピリティー)な、洞察・知見に、最先端科学が近づいてきている。その実感をこの文献は、確実にもたらしてくれてるのです。
話題の質を変えましょう。
私が、サックスを始めて1年、ゴルフを始めて5年です。
私は、その決心・選択をしたとき、自分の係わる未来地図の中から、ゴルフとサックスのある「道程」を選択しのです。
その選択によって、有限範囲ではあるが、無限の選択が可能になりました。
私が東京へ行くのに、どの道をとおって、どうやって行くのかじっくりと地図を見ながら、宿とルートと(あそこでゴルフして、どこどこで、サックスのコンサートも見てみようとか)を選択できるように、その組み合わせは、範囲は有限ではありますが、中身は無限に存在するのです。
隣り合う自然数の範囲は有限でありながら、その中に含まれる有理数の数が無限なのと同じです(たとえば1と2の間には、無限の実数・有理数が存在する・・・・無理数・虚数などについての私の洞察はまた機会を改めて・・・・)
東京に、一足飛びに新幹線で行ってもいい。
各駅停車でのんびり言ってもいい。ぶらりぶらりと、歩いて、町・山・人と出会いながらいってもいい。
それこそが、人生の価値を決める私の選択であり、ことの価値を決定し、更なる未来を創造していくプロセスです。
その道程には、必ず「出会い」があります。だれかが、わたしを待っているのです。そして、私はその誰かと出会う準備ができているからこそ(無意識にですが)その道を選ぶのです。ここがスピリティ!の本質。科学用語でいえば、量子理論の相補性に近いでしょうか。
言い換えれば、私たちの人生の本質は、その「プロセス・道程の選択」と「それによる出会い」だといえます。
だって、そうでしょ。この「プロセス・出会い」こそが、人生じゃないですか?
現在、なにかしら、成し遂げている人!。
卓越した技術を勝ち得た人、たとえばサックス演奏、ゴルフのハンディ、スポーツの記録、評判・・・・・・。
イチローのいうように2000安打は、プロセスなのです。
大もうけした人、実績を上げた人物!
逆に、失敗した人、うまく行ってない人、挫折・後悔・自己嫌悪・・・・。という場合もあるけれども。
それでも、どちらも、スピリティーからみたら、大した差はありません。
当事者の解釈が大きく異なるだけです。
本質は、どちらもプロセス=道中なんだということ、それもつぎなる目標・目的にむけた、プロセスですから。
この目標や目的、夢や志、といったものがないと、このプロセス理論(人生)は機能しません。希望のない心には、百言・百論もまったく無意味ですから。











