思考の次元 ゲーデルの不完全性定理
2010年12月11日(土) 22時14分39秒 テーマ:教育・心理
私、決して数学系で、高度な知識と理解(並びに修練)を得ているわけでは在りませんが。
根がSF系なので、先進科学や数学の概論には、大変な興味を持っております。
「思考の次元」という概念の、おそらく最高級な命題のなかのひとつが、
ゲーデルの不完全性定理だろう。
と漠然に感じています。
また、私たちの「言語」にあって、しかも理解不能なもの・・・・。
たとえば、「無限」そして、「ゼロ」
どんな数も、ゼロをかけると答えは「ゼロ」
そう習いましたね?
ゼロは、完全な「無」いくら足しても、「無」は1にならない・・・・・。
ふうむ。そりゃそうだ。
となっとくしたような・・・・・・・・。
でも、では、ゼロをゼロを割ったら?いくつ?
ゼロという同じもの同士を割れば・・・・・・・・・。答えは「1」?
1×0=0
両辺をゼロで割ると、
1=0/0
つまり、ゼロをゼロで割ると・・・・「1」
・・・・・・・・・・・・・ちょっと待って、
では、
2×0=0
両辺をゼロで割ると・・・・・・。
2=0/0
どんな数字でも答えは同じ。
0/0は、すべての数となる・・・・・・・・。
これって、「無限」ですか?
私は思うのです。
ゲーデルのいう、「いかなる数理(数学及び論理)システムにおいて、すべての真理を証明できない」・・・・・ことを証明した.。」という言葉の現実的な示唆は、
私たちが使っている「0=無」および「無限」という概念に象徴されていると・・・・・。
ゼロという概念、そして無限という概念を理解できないまま、使っているということは、
すなわち、そこに、私たち人間(3次元存在)の思考は、
次元の限界を持っているということなのではないでしょうか?
もっと身近な言いかえを大胆にすると、
掛け算を知らないものにとっては、
掛け算は、「無」もしくは「無限」に感じるのではないでしょうか?
※リーマン球によって、2次元数学(xy平面)上現れる虚数や、無限・0の3次元的表現が可能になったことが、印象的です。
やはり、 思考の次元があがって初めて理解できるというのは、現実なのです。
理性の限界――不可能性・不確定性・不完全性 (講談社現代新書)/高橋 昌一郎

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と漠然に感じています。
また、私たちの「言語」にあって、しかも理解不能なもの・・・・。
たとえば、「無限」そして、「ゼロ」
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そう習いましたね?
ゼロは、完全な「無」いくら足しても、「無」は1にならない・・・・・。
ふうむ。そりゃそうだ。
となっとくしたような・・・・・・・・。
でも、では、ゼロをゼロを割ったら?いくつ?
ゼロという同じもの同士を割れば・・・・・・・・・。答えは「1」?
1×0=0
両辺をゼロで割ると、
1=0/0
つまり、ゼロをゼロで割ると・・・・「1」
・・・・・・・・・・・・・ちょっと待って、
では、
2×0=0
両辺をゼロで割ると・・・・・・。
2=0/0
どんな数字でも答えは同じ。
0/0は、すべての数となる・・・・・・・・。
これって、「無限」ですか?
私は思うのです。
ゲーデルのいう、「いかなる数理(数学及び論理)システムにおいて、すべての真理を証明できない」・・・・・ことを証明した.。」という言葉の現実的な示唆は、
私たちが使っている「0=無」および「無限」という概念に象徴されていると・・・・・。
ゼロという概念、そして無限という概念を理解できないまま、使っているということは、
すなわち、そこに、私たち人間(3次元存在)の思考は、
次元の限界を持っているということなのではないでしょうか?
もっと身近な言いかえを大胆にすると、
掛け算を知らないものにとっては、
掛け算は、「無」もしくは「無限」に感じるのではないでしょうか?
※リーマン球によって、2次元数学(xy平面)上現れる虚数や、無限・0の3次元的表現が可能になったことが、印象的です。
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