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私は未来へジャンプした 森田ゼミ 2/28 講義録⑪

2006年03月08日(水) 10時32分51秒 テーマ:森田ゼミ 講義録
 さてゼミの最後に「いま、会いにゆきます」の中で、主人公の澪が書いた日記を読みながら回想するシーンのラスト部分をご紹介します。
「いま、会いにゆきます」ファンサイトから以下引用します。(http://www.alived.com/ima/mio.html)

多分、誰に言っても信じてもらえないだろう
自分でもまだ信じられない
二十歳の私は、29歳のあなたに出会い、恋をして、抱かれたの
私は未来へジャンプした
9年後の、雨の季節に私は巧と結ばれていて、私たちの間には、佑司というかわいい男の子がいた
幸せだった
幸せな暮らしだった
あなたにもう一度恋をしたわ
でも私は知ってしまった
本当の私は、1年前に死んでしまっていることを
私は死んでしまう、
28歳で愛する巧と佑司を残して死んでしまうんだ、
私は1年後の、雨の季節に戻ってくると約束して
秋穂君
もし、このままあなたと会わなければ私は違う誰かと結ばれて、違う人生を送るの?
28歳で死んだりしない未来が待ってるの?
でも私は嫌あなたを愛しているから
あなたとの未来を知ってしまったから
あなたと会って、結ばれて佑司という子供を産む人生を選びたい
佑司をこの世界に迎え入れてあげたい
どうしても、
そうしたい

「私…会いに行ってもいい?」

たとえ短くても愛するあなたたちと一緒にいる未来を、私は選びたい
秋穂君、巧、佑司待っていてください

いま、会いにゆきます――

「大丈夫よ大丈夫、私たちは私とあなたはずーっと一緒なの
そう決められてるのよ」
「決められて?」
「そうたったひとりの相手なのよ……好きよ」

次回は、3月28日(火)です。ご静聴ありがとうございました。(拍手)

注意力と客観性 森田ゼミ 2/28 講義録⑩

2006年03月08日(水) 10時30分28秒 テーマ:森田ゼミ 講義録
 意思を抱くためには、注意力と客観性。とも著者は言っています。
ここらへんはぜひ体得して欲しい部分です。

強い意思というと何かしら仰々しく不動明王みたいな感じで、もうそれしか頭の中にないような凝り固まったイメージはありませんか?
思いつめたような状態?
これだとストーカー予備軍ですね。(笑) 

そうではなくて、注意深さ。です。
これは、自分の感情や雑念からちょっと離れて、自分を自分が外から見ているような感覚。
それで客観性がでてきます。

テキストには載っていませんが、人間性をかもし出す3つの側面があります。
注意深く、正直に、責任を負う。です。
これにつきますよ。
逆を考えて見てください。不注意で、不正直で、無責任な奴って最悪でしょ。(笑) 

ゴルフの例えや話題ばかりで恐縮ですが、プロゴルファーの田中秀道を育てたメンタルトレーニングの第一人者で、岡本正善さんと言う方が、「メンタル・タフネス for ゴルフ」という本を書いています。 

心と身体を合致させるための理論と方法論が載っています。
まったく同じ事が、書かれているんですよ。驚きますね。
ゴルフには意思=目標設定が不可欠なんです。
そしてプレーする自分を客観的にポジティブシンクしていくもう一人の自分が必要だそうです。
そうするとミスを引きずったり、腐ったりしなくなって、スコアも伸びる。 
失敗やトラブルの反省は厳禁である。ともいっています。
そういうことは、潜在意識にすべて任せておけばいい。というわけです。ちょっとゼミ的でしょ。 
皆さんお気づきのように、ゴルフって本当にメンタルなゲームですからね。
ご参考にしてください。
(続く)

心のベクトル 森田ゼミ 2/28 講義録⑨

2006年03月08日(水) 10時28分30秒 テーマ:森田ゼミ 講義録
 さてこの力ですが、思い出してください。
ベクトルです。
力には大きさと方向が存在する。←みたいなの習いましたよね。学校で。
そしてこのベクトルは、合成されるわけです。あるいは抹消・相殺されてしまう。
大きさが等しくて、正反対の←のむき→を合成するとゼロになってしまいます。

せっかくの意思の力が、正反対の意思の力と相殺されてゼロになっちゃうんです。やってられません。 
真上を向いた力↑と右を向いた→とが合成されると/(斜め)向きの力に変わってしまいます。
これがベクトル作用です。 

たとえ小さな力でも、正反対のベクトルがたくさんあると、合成されて大きなベクトルになっています。恐いですよ。これでは、意思の力が作用して現実化してきませんよね。

本人は単純に、意思の力もなにも感じていませんが、心の中では、さまざまな葛藤によって、ベクトル合成ができちゃってるわけです。
 海の上を吹いている風を自分の心の中の意思の力のベクトルだと思ってください。
ヨットに乗って南に向っているつもりなのに、意思のベクトル合成の風は、東向いたり西向いたり、いつも右往左往していて、ヨットは翻弄されてしまっています。 

雑念や妄想が多いとダメなんですね。
意思の力の法則が、作用していないわけではなく、相殺されてしまっているということです。
逆に、ちょっとやそこら西や東の風が吹いても大局的には南に向っているぞ。という大きな心も必要ですね。

目先のご都合は、葬り去る。
これです。 意思を明確にするには、言葉にする。そして書き残す。いつも目にする。そうやって潜在意識でも意思を意識する様になると、ベクトルが揃ってくるのです。
がむしゃらにならなくても、強いベクトルができあがる。
そういう訓練をしなくちゃ。
(続く)

意思は力 森田ゼミ 2/28 講義録⑧

2006年03月08日(水) 10時26分15秒 テーマ:森田ゼミ 講義録
 さて、力とはなんでしょうか。事典から拾ってみましょう。
力 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から引用してみましょう。

力(ちから、force)という概念を最も一般的にあらわすならば、二つ以上の対象の間で影響を及ぼしあうような作用があるときのその作用のことである。力学における、力とは、物体に運動の変化であるところの加速度を生じせしめるものとして定義される。後で述べるように、このときの加速度と力の比例係数として質量(慣性質量)という概念が導入される。すなわち、力とは物体(あるいは場)の間で行われる相互の運動量の交換を示すものであり、ベクトル量である。力の時間による積分(力積)は物体の運動量の変化量に等しい。つまりは、運動が変化することと力が作用することとは等価である。物理学の世界において、われわれが通常単に力と呼んでいる、力学的な力について現代に通じるもっとも基本的な理解を体系化したのはニュートンであるといってよい。ガリレオ、ケプラーなど先行する研究は存在するが力学的な力の本質を運動を変化させる働きにあるとし、運動が変化するとはどういうことか、裏返せば運動が変化しないということはどういうことかを現代的視点から体系的に記述した初めての人物である。ニュートンはその著書『プリンキピア』において、物体の運動における運動量の時間変化の変化率(微分)が「力」に相当することを発見し、運動の法則として定式化した。(略)自然界の全ての力は、次の 4 つに還元できるとされている(以下略) 

この宇宙に物理的な4つの力が存在することは間違いありませんが、なぜその力がこの宇宙に存在しているのかはわかっていません。
少なくともこの4つの力がなかったら、宇宙は今の姿では存在し得ないということは判っているのですが。 

さて、力とは、二つ以上の対象に影響を及ぼしあうような作用があったとき、そこに働いているものということです。 
その意味で、意思というのは、多次元世界を含めて事象や出来事をまとめたりしていく「力」なわけです。

多次元と言いましたが、宇宙物理学の方面でも、この宇宙は11次元でできているのではないかという理論が注目されていて、その仮説を証明しようと頑張っています。
そのうち霊界と11次元宇宙の関係もお話できたらと思います。 

興味深いのは、量子力学の分野では、人間(観測者)の意思が、結果に影響を与えてしまうということがわかっています。
つまり物理的な因果関係に人間の意思が力を持つと言うことです。 
すごいでしょ。意思というのは、力なんですよ。

物理学上の4つの力と同様、なぜ力として作用するのかと言う事はまだわかりません。
しかし、この力が存在しなかったら、今のこの文明も人間もありえないわけです。
(続く)

物理的力とは 森田ゼミ 2/28 講義録⑦

2006年03月08日(水) 10時23分57秒 テーマ:森田ゼミ 講義録
 人間が見つけた自然界の力・パワーを知っていますか?

実のところ4つの力しか物理学者は発見していません。

一つは重力です。
良く知られているようにニュートンがりんごの実が落ちるのを見て、どうして月は落ちないか。と考えていきついた万有引力の法則です。

二つ目は、電磁気力です。正と負の電荷とNとSの磁極との関係を発見したクーロンの法則です。

この二つは、私たちにもなじみが深いですよね。食べ過ぎると坂を登るとき重力を恨みますし、(笑)
磁石や電気の力と作用は日常的に経験しています。
TVもDVDもPCもこの電磁気力のお蔭です。

残りの二つは、原子のなかで働いている力で、強い核力と弱い核力の二つです。
この二つは私たちには、まるで実感がありません。何しろミクロの力ですから。

F=mα   

これは力の方程式ですが、物体に働く力は、物体の質量(m)と加速度(α)に比例する。という意味です。
わかりますよね? 
ちなみに、ゴルフスイングでいいあたりが出るときは、ヘッドが加速されていると考えるべきですね。
単にヘッドスピードvの問題ではないんです。加速度αですから、ヘッドが走っている状態でしょうか。
えっ?加速度って?加速度って言うのは、速度v0からv1の差ですので、ヘッドのスピードがあがって行く状態です。
思いきりトップから力を入れて振り回してもだめなんですね。
インパクトまでにいかに加速しているか。

 それと、ヘッドの重さは常に一定ですから、mに着目するなら、自分の体重をヘッドにどのように乗せるかということもあるかもしれません。
クラブへッドと身体の一体化です。 
余談ですが、フェースの反発係数による飛距離アップは、物理的に見て疑問符だそうです。

どうしてかというと物体同士の反発度は、どちらか柔らかい方の物体の反発係数に依存する。という物理法則が在るからです。
ぜったいゴルフボールの方が柔らかですから。常識ってむずかしいですね。 
以上脱線しましたが、ニュートン方程式から見たゴルフパワーのポイントでした。
(続く)

自分は何を選ぶのか 森田ゼミ 2/28 講義録⑥

2006年03月08日(水) 10時21分49秒 テーマ:森田ゼミ 講義録
 さて、テキストに話を戻していきましょう。 
著者は、自分の意思によって宇宙の意思が成就していくと言ういい方をしています。
宇宙の意思に係らないものは、成就しないわけですね。 

私の意思は、宇宙の意思。これも難しい問題です。

麻原の意思は、宇宙の意思だったのか。ヒトラーの意思は宇宙の意思だったのか、幼稚園児を刺した母親の意思は宇宙の意思だったのか。構造偽装は、宇宙の意思だったのか。大規模な土砂崩れは?大津波は?大地震は? いいだしたらきりがありません。とても悩ましい問題です。 

私たちのこの世界、この宇宙はどうみても2律背反の世界です。
それを善と悪と捉えることはやめておきましょう。

善悪、貧富、幸不幸など、さまざまな相対する価値観。 
この二局化した世界こそが、私たちの現実なのですから、自分のそのときの都合によって「裁く」ことはやめましょう。 
それが、意思を磨いていくことにつながります。

宇宙と調和した純粋な意思。
自分は何を選ぶのか。それこそが自分を決定し、自分の未来を決定し、自分の人生を決めていくのです。 
意思というのは、自分を規定し創造していく種なのです。
他人を縛り付け、抑圧し、コントロールする道具ではないのです。
他人を評価する基準でもありません。 

この意思という種には力・パワーがあります。
植物の種子も、適度な温度と水分、そして日光さえあれば、芽吹き、育ち、花が咲きます。
そこに邪心はありませんし、迷いもありません。
そして努力もありません。
自然にそうなるのです。
宇宙と調和しているのです。
(続く)

自分の運命を知って、魂のレベルで生きる 森田ゼミ 2/28 講義録⑤

2006年03月08日(水) 10時18分50秒 テーマ:森田ゼミ 講義録
 人間は、生まれてくる前にどんな人生を生きていくか、計画してくることが知られています。
バースビジョンといっています。
その前提で言えば、人生とは運命であって、自由意思はどこかへ行ってしまいそうです。どうしましょう。 
バースビジョンは、尊いものですが、人生のすべてが決まっているわけではありません。
とても複雑なあみだくじのようなものです。
つねに選択肢があって枝分かれしている。
ただ避けられない出会いや出来事もあみだの中に入っている。定められた運命です。
自分だけではなくてさまざまな人のあみだと織り合わさった多次元マトリックスなんです。

著者はこのことを「宇宙の絨毯を織り上げる」と表現しているのです。
 目先の良し悪しや、目先の損得だけで意思選択していると無数に伸びたあみだの枝に段々と埋もれていってしまいます。
自分のバースビジョンを見失っていくのです。 

先日配られたWEDGE3月号のトップランナーのページで青年経営者研修塾の遠山昌夫塾主が語っているように、
「目先の判断、例えば経営者であればカネですべてを考えてしまう。」これはいけない。
「志がないと、人は根無し草になってしまう。」そうですね。さらに、
「ただ食べ、飲み、空気を吸うだけでは犬や豚と同じ。この世に何をしに生まれてきたのか。」ということです。

志とは、純粋な意思のことです。 自分の運命を知って、魂のレベルで生きる。
すごいことですね。できますか皆さん。
すさまじい試練となること請け合いです。 

もし、巧が大学に来たとき、澪がすんなりと巧に会えて、自分たちの本当の気持ちを伝え合うことができていたら、 あの場面、巧は澪とその大学の男子学生との親しい姿を遠くから見て、澪にあわずにきびすを返して戻ろうとする。自分は澪にふさわしくないという強い思いが込み上げてきて、去って行こうとする。
  そのとき巧のうしろ姿に澪はぎりぎり気づくんだけど、呼んでも声は届かない。走っても巧の乗る電車は発車してしまう。 
この行き違いは最悪の選択だ。もうだめだ。二人を結びつけるあみだくじの枝はもう、残っていないのです。
どうします?(笑) 

事故の後のタイムスリップは、私から見れば霊界からの介入です。
ここで霊界からの介入が必要とされたわけです。つまり車に跳ねられて、意識を失って、そしてタイムスリップさせられたのです。

そして、未来を経験することで、澪は魂のレベルで生きていく決断を迫られた。

そして澪は見事にその決心をしたのです。感動ですね。 

まったくの記憶喪失の状態で、9歳年上の巧にもう一度恋をし、愛することができて、見事澪は魂の第一の試練をクリアしました。 
20歳の澪を抱いた29歳の巧。うらやましいですね(笑) 

もし、すんなりと会えていたら、澪は魂のレベルでの人生ではなく、普通に巧と暮らし、子供を産んで、28才で逝ってしまう。ことだったでしょう。

絵本は残さずにね。

(続く)

自分の運命や未来を知ってしまったら 森田ゼミ 2/28 講義録④

2006年03月08日(水) 10時16分48秒 テーマ:森田ゼミ 講義録
 「いま、会いにゆきます」は、タイムスリップを使った映画ですが、SFでもオカルトでもありません。
本当に感動してしまう純愛物語りです。 
「澪の謎のまとめ」(注:http://www.alived.com/ima/mio.html から引用)の最初の、大学に会いにきた巧を追いかけるまでの、二人のすれ違いの片思いの回想も涙が出ます。
出会うために生まれてきた二人なのに。
その尊い運命を知るまで、心は揺れに揺れて二人を引き離してしまうような出来事や、感情が大きな力となって巧に襲いかかってきます。 
自分が28歳で若くして死んでしまう。最愛の夫と最愛の息子を残して。
そんな悲しい自分の未来を体験しても、その未来に向って生きていく。
そして、妻を幸せにできなかったと思いこんでいる夫と、ママは自分のせいで死んでしまったと思いこんでいる息子を癒したい。
自分が最高の愛をもらい、幸せだったということを伝えたい。 

死ぬのがいや、死ぬのが恐い。だれでもそう思うことですが、その不安と恐怖を乗り越えて、生きていく澪の勇気と愛に乾杯です。 

さて皆さんは、幸にして自分の運命を知ることはありません。(笑)

皆さんが自分の運命や未来を知ってしまったら、人生がうまくいかなくなってしまうからです。
前述のゴルファーの話の最後に、夏坂健氏がいみじくも言っています。

『思えば、われらのゴルフは一寸先が闇、ボールの行方はボールに聞けとばかりにクラブを振りまわしているが、案外、行き当たりばったりのほうが幸せなのだと、ダフリに感謝、スライスに感謝。』(笑)(本文から引用)

でも心の奥底、魂のレベルでは、皆自分の人生を知っています。(黙) 
タイムスリップから戻った大学2年の澪は、その後の人生を魂のレベルで生きていったことになります。
私たちの魂は、運命や未来を知っているからです。
(続く)

いま、会いにゆきます 森田ゼミ 2/28 講義録③

2006年03月08日(水) 10時11分57秒 テーマ:森田ゼミ 講義録
意思と運命。
この相反する哲学上の命題は、古今東西「不朽のテーマ」になっています。

運命は決まっているのか、自由意思と運命との関連はどうなっているのか。
気になりますね。皆さんが、自分の未来を見ることが出来たら本当にどうしますか? 
もうひとつ、例をご紹介したいと思います。
映画「いま、会いにゆきます」です。
「いま、会いにゆきます」ファンサイトから以下引用します。(http://www.alived.com/ima/mio.html)
=概要=2003年刊行のベストセラー恋愛小説「いま、会いにゆきます」が映画化。妻に先立たれた夫とその息子が体験する6週間の奇蹟を描いたファンタジックな純愛ストーリー。主演は竹内結子&中村獅童。監督はTVドラマのディレクターとして活躍している土井裕泰氏。製作委員会は2004年のメガヒット映画「世界の中心で、愛をさけぶ」と同じスタッフ。興収48億を記録し2004年度の邦画3位になるなど”泣ける純愛映画”として大ヒットした。
「澪はなぜ生き返ったの?」「何を知っていたの?」など、澪の謎のまとめ。
(※以下重大なネタバレを含むので映画を見た人用です。)
大学2年・20歳の時、大学に会いに来た巧を追いかけて、車と衝突してしまう。

そのショックで、もしくは治療中生死の境を彷徨っている時に、未来(9年後)にタイムスリップする。

未来。澪が亡くなってから1年後の世界。記憶を失った状態で、森に散歩に来た巧と佑司の前に現れる。(この時に着ていた服・ピンクのカーディガンは事故に遭った時の服と同じなので、事故時との繋がりがわかる)

違和感を感じつつも生活に適応し、巧の妻、そして佑司の母として生きることに。

佑司が森で見つけて持ち帰ったブリキの箱。そこに入っていた自分の日記を読んで、今の自分は9年前の澪であること、澪は1年前に死んでいること、そして再び別れが近づいていることを知る。

自分がいなくなった後のために、佑司に家事を教えたり、誕生日ケーキを12年分予約したりする。

森での巧とのキスはファーストキス。そして6週間の奇蹟が終わる前夜、初めて巧と結ばれた。

梅雨が明けて6週間の奇蹟が終わってしまう。巧&佑司と涙の別れをし、廃工場の扉の前で消えた後、9年前に再びタイムスリップ。病院のベッドで目覚める。その時には未来に行ったことの記憶が残っている状態。

巧と結婚して佑司を生むと、その結果自分が死ぬという運命を知った澪。それでも巧と生活を共にし、佑司をこの世に迎え入れることが自分にとっての一番の幸せだと考える。

大学ではぐれて以来、連絡を取っていなかった巧をひまわり畑に呼び出し、結婚しようと告げる。

巧と結婚し、佑司を生む。未来に訪れる自分のために日記を書き残す。

ひまわり畑の再会から8年後。もうすぐ自分が病死する運命を知っているが、1年後に9年前の自分がタイムスリップして現れることも知っているので、「雨の季節になったら帰ってくる」という内容の絵本を佑司に書き遺す…。

(続く)

未来を見てしまったゴルファー 森田ゼミ 2/28 講義録②

2006年03月08日(水) 10時06分53秒 テーマ:森田ゼミ 講義録
 ゴルフの試合は数あるけれど、100年に及ぶ歴史と伝統、そしてコースの難易度の高さで評判のアイリッシュオープン(イギリス)で、1949年に実際にあったオカルトな出来事を紹介してみましょう。
夏坂健氏のゴルフエッセイに載っているものです。 
試合を明日に控えたその晩に、試合仲間とロッジで何人かが集まって飲んだり食ったりして、話に花が咲いていたんですけど、一人だけテーブルに頭をうなだれて落ち込んでいるゴルファーがいたのです。
そのゴルファーは、26歳のアマチュア選手で名はベン・マクドーガル。
以下本文から引用してみましょう。

『様子をたずねられて彼は重い口を開いた。
「実は、もうすっかりヤル気が失せてしまってね。何しろ練習の2日間でようやく呼吸が合い始めたキャディーが急病だろ。間に合わせの臨時キャディーときたら、ひどくヨボヨボの爺さんなんだ。おまけにぼくは16番の深いバンカーに呪われているから、あそこで大叩きする。18番では、赤い服を着た太った女性にボールをぶつけてしまうんだ」
父親の漁具会社に勤めるハンサムなこの青年は、しばらく宙を睨んだあと、悲しそうに首を振ってつぶやいた。
「なんてこった!ああ、神さま。ぼくのキャディーだったブリッグスをこんなに早く召されるとは・・・・・・・・・・・」
(中略:この会話は、その日の午後8時ごろだったと言うのが、何人もの証言で明らかになっているそうです。) 
ところが、キャディーのブリッグスが胸の痛みを奥さんに訴えたのは、それから4時間後の深夜12時だった。
跳び起きた奥さんが医者に電話をかけるため、200メートルほど離れた学校の教師宅まで走り、家に戻ってみると、ブリッグスは寝室のじゅうたんの上で息を引きとっていた。
不思議はまだ続く。
翌朝になって訃報を聞いた大会本部は、大急ぎで(略)間に合わせにコース管理の69歳のティモー爺さんが駆り出された。
(この爺さんが、ベンのキャディーをすることになったわけです)
当日、16番の2打目、ベンのボールはフックして、通称「地獄の床」と呼ばれる深いバンカーのあごに飛び込んだ。彼はそこで5打を要し、さらに18番ではグリーンオーバーしたボールが、なんと大会委員長のアダム夫人に命中、足の痛みで彼女は倒れた。
まさしく夫人は、赤いセーターを着ていたのだ。』

ベン・マクドーガルは、前日に垣間見た自分の不運な未来をその通りに経験し、そしてそれっきりゴルフを諦めてしまったそうです。

当時の心霊研究会の理事のコメントが残っています。(本文から引用)

『「よく知られた話だが、作家のローガン・ロバートソンが “タイタン”と命名された豪華客船を主人公に、この船が処女航海で氷山に激突、沈没するまでの小説を書いたのが1898年。ところが14年後、タイタニック号が小説の筋書き通りになって、人々は鳥肌を立てたものである。しかし、未来を透視する能力は、ゴルフの場合も含めてスポーツには悲劇的といえる。ベン・マクドーガルも、この試合を最後にゴルフをやめてしまった。彼には、これから発生するミス、または不慮の事故がすっかり見えてしまうのだ。失敗するとわかっているのに、あえて失敗を再演してみるのは愚かしい行為だと、ベンは私に語ってくれた。予知能力を備えたスポーツマンほど、この世で不幸な人間はいないだろう」以上が、コトの顛末である。』
(続く)

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