身体と心とそして霊的なアプローチ 森田ゼミ1月31日 講義録⑥

2006年02月01日(水) 11時25分18秒 テーマ:森田ゼミ 講義録
 本来ならば、瞑想に優るものはありません。
去年のこのゼミでは『セブンマスターズ』をご紹介して古今東西の聖人たちの瞑想法を勉強しましたが、僕ら凡人にはやっぱり瞑想というのはなかなか習慣にならないですね。 
難しく考えないで、うつらうつらと居眠りでもいいんです。
私のようにボーっとしているのもいいかもしれません。 

先ほど紹介した、ワイス博士の本『ワイス博士のストレス・ヒーリング』には、瞑想用のCDがついていますので、一度試して見てください。
いわゆるスピリチュアルバンバンなものではなくて、ストレス軽減法という切り口になっています。
さすがに精神科の大先生ですから、身体と心とそして霊的なアプローチの三つの側面から構成されていていいと思います。 

さて、最後に『神との対話』(注:吉田利子(訳):サンマーク出版)のニール・ドナルド・ウォルシュ氏の言葉をご紹介して今日のゼミを終わりにします。

成功は、ある条件の結果として生れるのではない。
ある条件が、成功の結果として生まれる。

幸福は、ある条件の結果として生れるのではない。
ある条件が、幸福の結果として生まれる。

愛は、ある条件の結果として生れるのではない。
ある条件が、愛の結果として生まれる。

共感は、ある条件の結果として生まれるのではない。
ある条件が、共感の結果として生まれる。

豊かさは、ある条件の結果として生れるのではない。
ある条件が、豊かさの結果として生れる。

想像しうる限りのどんな状態をあてはめてもおなじである。 存在が経験に先立ち、経験を生み出すというのが真実なのだ。

ここでいう、存在とは、今の「心の状態」ということです。
次回は2月28日(火)です。
ご静聴ありがとうございました。(拍手)

愛か、不安かあなたはどちらを選びますか 森田ゼミ 1月31日講義録⑤

2006年02月01日(水) 11時23分07秒 テーマ:森田ゼミ 講義録
さらに言えば、宇宙の本質は「愛」です。
この「愛」をベースにした心の状態と、愛が希薄な状態。つまりそれが「不安」なんですが、「不安」をベースにした心の状態との間で、揺れ動くわけです。

前世療法でご紹介したブライアン・L・ワイス博士が、最新の著作『ワイス博士のストレス・ヒーリング』やすらぎとパワーをあなたに (注:山川紘矢・亜希子訳 PHP出版』で以下のように言っています。

『すべてはただ、それを見る者の心の中にあるのです。
私たちの自由意志が、こうした出来事に対する反応を決めているのです。
恐怖で反応しますか? それとも、自信を持ち楽観的な態度で反応しますか? 
選択するのはあなたです。
ストレスか自信か、恐れか愛か、不安か内なる平和か、あなたはどちらを選びますか?』

とにかく、揺れる心というのは、これらの、心が二つの状態をいったり来たりしているのだ。と言い換えることもできるわけです。
そこで、テキストのレッスンの意味があるわけです。

【 レッスン5 】魂の炎を瞳のなかに見つける
鏡を覗き込んで、顔色を見るのではなく、瞳に視線を合わせてください。
そして、次のように唱える。自己暗示ですね。あるいは、心の洗濯。
①いい意見にしろ悪い意見にしろ、他人の忠告から完全に自由になる。
②自分は誰にも劣っていない。
③どんな難題を突きつけられても、しり込みしない。

こうして繰り返していくと、揺れる心から開放されるというわけです。そして自然に、願望が、物事が成就していく、シンクロディスティニがおきるんですね。

「劣等感」と「自己愛」 森田ゼミ 1月31日講義録④

2006年02月01日(水) 11時20分22秒 テーマ:森田ゼミ 講義録
私たちの心は、大きな二つの自意識の間を行ったり来たりしています。
『心はなぜ、腰痛を選ぶのか』、『ヒーリング・バックペイン』の著作のある、ジョン・サーノ博士によればその二つは「劣等感」と「自己愛」です。

まずは、「劣等感」です。生れ落ちて赤ん坊のとき、何も出来ない不完全な存在です。そして過去世での、未完成な課題を持ってきていますし、尚更何も出来ない自分というものを意識します。そして現代の教育や常識にさらされていきますから、「出来ない自分」というものが刷り込まれているわけです。
すべてにおいて勝ちつづけることは不可能ですし、非現実的なのに、私たちは劣等感を持っています。

もう一つは、「自己愛」です。自尊心といってもいいかもしれません。自分が価値ある存在だという観念ですね。これが劣等感の裏返しであると、尊大で、自己中心的ないやなやつです。

また違う切り口で、揺れる心を捉えることも出来ます。『全能感人間』という著作で、残念ながら今は買えませんが、吉田修二博士がやはり二つの心の状態を理論付けています。

その一つは、自力的全能感です。
自分で何でも出来る、つまり自分自身で、全能的存在を目指している心です。自分だけでなく、誰かの願望をも自分が成就させることが出来るという感情です。愛する妻のため、子供のため、自分が何とかしなくては。妻や子供に幸せはない。と思って頑張っている姿です。この図式は会社でも、経営者と社員に転写している場合があります。

もう一つは、他力的全能感です。
他力で何でも出来る、つまり誰かにしてもらうことで、全能的存在を目指している心です。子供が母親を通して自分の希望や願望を実現していくようなものです。詳しくは私のブログでご紹介していますので参考にしてください。

人間は、スピリチュアルな全能へと進化していくことを思えば、この全能感というものは見逃しにはできません。

人生を形作っていくのはその人の感情と思考 森田ゼミ 1月31日 講義録③

2006年02月01日(水) 11時16分51秒 テーマ:森田ゼミ 講義録
 人生を形作っていくのはその人の感情と思考です。
過去も未来も今にあるんです。
感情や思考を調和させる練習を積んでいると、自然な形で願望が成就してくれるようになります。 
そのために、自分の心と常に対話する意識が必要なんです。

少し中村天風師の言葉を引用してみましょう。
天風哲学では、消極的心を悪とみなしています。
その消極的要素を積極的要素に改めることを「観念要素の更改」といっています。
 『人間は、肉体を自由に動かすことができるのに、どうして心を自由に動かすことができないのか。心の奥の潜在意識が消極的観念で充満していて、心のアンテナというべき感応性能が狂っているからだ。あなたがたが、夜寝際に、お風呂に入って体の垢を落とすように、眠りに就く前に心の中も掃除しなさい。夜の睡眠は、哲学的に言うと、生きる生命を偉大なる創造主のお力に預けている時だ。」』
(中村天風 銀の言葉 /岬 龍一郎 KKベストセラーズ)

天風師の言う「偉大なる創造主」は、このテキストで言う「根源的な知性」です。
そして「観念要素の更改」ちょっとレトロな言い方ですが、これが「心の対話術」にあたります。 
次から次に私たちに入ってくるいろいろな情報、人の言葉や人の評価、これらが自分のエネルギーを消耗させ、あるいは感情や思考を狂わせる働きをもっているんです。 
そういったものを自分で取捨選択していく。
自分の心の奥にある「沈黙の観察者」すなわち魂に照らしていくことが、スピリチュアルな成功哲学なんです。
そうしているとシンクロディスティニが現れてきて、自然に物事が成就していくわけです。 
観念要素の更改にしても、心の対話術にしても結果的にどういう風になるかといえば、「霊魂と精神と身体」の調和です。
言葉を変えると「考えていること」と「言っていること」と「やっていること」の調和、すなわち一致させることです。
ここは、良く省みてくださいね。みなさんはどうでしょうか。

自分の「思考・感情」と「言葉」と「行動」が一致しているかどうか。 
眠れる預言者として有名なエドガー・ケイシーのリーディングレポートでもこんな言葉があります。
『大切なことは、これらの選択が自己自身の本質によるものでなければならないことだ。神は目的を設定し、その目的に向かって人間自身が活動するようにした。しかし、どのように目的を達成するかの選択だけは人間に残しているのである。期待する、そして期待したように行動する、つまり精神的、肉体的行動が一致しているものは、報われるだろう。』
 (エドガー・ケイシーの予言 マリー・エレン・カーター たま出版 から引用)

まずは、思考と感情が揺れているようでは、うまくいきません。
揺らしている原因、そのもとになっている観念を捨ててしまわないと。ああでもない。こうでもない。という具合に心が揺れていては、未来を創造できないわけです。
心が揺れずに落ち着いていれば、そのまま言葉として、そして行動として現していくことが可能です。

この逆に、単純な意味のある行動から、言葉や感情や思考を正していこうというのが、森田療法です。この森田はわたしのことではありません。せっかくですから、少しご紹介します。

『森田療法は日本の、さらにいえば東洋の文化がはぐくんだ、人間の悩みの解決法です。森田療法とは1919年(大正8 年)に東京慈恵会医科大学精神神経科初代教授の森田正馬(もりたしょうま、1874年生まれ-1936年没)が作り出した神経症に対する精神療法です。森田自身はこの療法を「神経質の療法」「余の特殊療法」「自覚療法」「自然療法」「家庭療法」「作業療法」などと命名していましたが、後に森田の名前を冠して森田療法と呼ばれるようになりました。
森田療法の基本的な考え方は、
1) 不安・恐怖、あるいは私たちの苦悩は生きる欲望ゆえに起こると理解する、
2) それらの不安、恐怖、苦悩にとらわれ、それを取り除こう、それから逃げようとすると不安、恐怖、苦悩はますます強くなる、
3) そのとらわれるこころのあり方を問題とする、
4) 従ってとらわれの打破を治療の目標をする、
5)そのためには不安、恐怖、苦悩そのものを受容することと生きる欲望の発揮を重視する(あるがまま)、です。』
以上、森田療法研究所HPから抜粋 
http://www.neomorita.com/intro/index.html
もし、万が一揺らぐ心の整理がつかない場合は、この森田療法のように単純作業から入って、心を磨いていくしかありません。参考にしてください。

人間死んだらどうなるか 森田ゼミ 1月31日講義録②

2006年02月01日(水) 11時15分11秒 テーマ:森田ゼミ 講義録
 さて葬式顛末は2次会でお話するとして、ゼミ的な話に戻りたいと思います。
人間死んだらどうなるか、そういったレポートをマイケル・ニュートン博士が本にしています。
やはり退行催眠を使ったレポートです。
『死後の世界が教える「人生はなんのためにあるのか」』
『死後の世界を知ると人生は深く癒される』この2作が和訳されています。
おもにあの世での魂の世界をレポートしていますので、興味のある方はご一読ください。(略)

皆さんにも、お母さんがいます。肉親がいます。もうすでに亡くしていらっしゃる方もいるかもしれません。
人は必ず、死んでいきます。これはどうしようもない。 でも、せっかくこのゼミで学んでいるのですから、悲しむのはやめましょう。感動しましょう。ひとりのこの世での人生が終わって、新しいあの世での世界が始まることの感動をしっかりと心に味わえたら。と思います。 
近親のものが、心に悔いや悲しみを強く持っていると、故人も気が気ではないですから。
故人の人生の価値を、周りの人間が勝手に決め込んで、あの人は不幸な人生だった。とか、なにもいい事がなかった。とか、あのときこうすれば良かったのに。とか、そういうのは良い供養とはいえません。
人それぞれに意味のある、価値のある人生なんですね。私たちには判らないだけなんです。

余命1ヶ月未満 森田ゼミ 1月31日講義録①

2006年02月01日(水) 11時10分50秒 テーマ:森田ゼミ 講義録
皆さん、こんばんは。
22日、23日の母の通夜・葬儀には多数ご参列いただきありがとうございました。
森田ゼミは、スピリチュアルな勉強会ですから、人間の死についての話題というものは、避けて通れません。
通常ですと第三者の話になりますので踏み込んだことがなかなか言えませんが、今回は私自身の肉親のケースですので、少し詳しくお話したいと思います。(略) 
医者から話があると言う事で12日の午後、病院を訪れると、「末期の胃癌、もって1ヶ月。ヘモグロビンが少ないのは骨髄にも転移しているのだろう。」とのこと。
いきなり余命1ヶ月ですから。 (略) 
このころの私の心のなか、心との対話をご紹介します。まずは、なんだか落ち着かない気分でした。
肉親が死んでいくことに悲しさはありませんでした。
むしろ、悲しみと苦労の多かった母が、やっとあの世に戻ってゆっくりと出来る。苦しまずに怖れずに旅立って欲しい。と思っていました。 
ただ、本当に落ちつかないこの気分をどうしよう。と思ってました。
そこで、心に聞いてみることにしました。かっこよく言えば「予感」を得ようとしたわけです。
といってもやったことは、本屋で細木さんの六星占術を立ち読みしたんですけど(笑)
別にこのゼミで細木さんの宣伝をするつもりはありません。誤解のないように。

何かを求めているとき、そのときの気分やひらめきに自然と調和することがポイントです。
私にとって意味のあることが、他の誰かにとって意味があるかどうかは別問題です。 

故人は金星人の-だったので、1月と2月の要注意日を調べました。それによると19日、20日、31日、2月1日、12日、13日でした。ちなみに私は水星人の+です。 

余命1ヶ月未満ですから、ここまでを記憶して家に帰ってボケッとしていましたら、親戚の見舞いの日程連絡がだんだんと入ってきます。母方の団体が19日、最後の見舞いが20日の夕方で、(略)私の心は20日の夜がその時だろうと感じていました。 (略) 

毎日、家内と私は母を見舞っていましたが、どこにそんな力があるのかと思えたんですが、ぶつぶつ言いながら、寝ながら両手で空間を一所懸命探っていたりしていました。
「天上(病院の)がなくなった。」
「あの人どこへいったんだろう。」ともいったりしていました。
たぶん意識が半分向こうに行っていたんだろうと思います。

ずいぶん前に亡くなった母の父母も来たといっていました。そのときは、本人は特に不思議がっていない様子でした。
 ただ、「おそがい。おそがい。(怖いという意味)」としきりに言うので、「何にも怖くないよ。何も心配要らないよ。」と何度も何度も語りかけました。
すると母は、「そうかい。」といってしばらく無言で安心したようにしています。

私は、この言葉以外、殆ど母と会話していなかったようです。いつも顔を出すたびに、同じように「怖くないよ。何も心配要らないよ。」とだけ話し掛けていました。 

19日になると、寝ていることも多く、目覚めていても口がうまく動かせないらしく、いっていることが殆ど分からない様子になっていました。
見舞いに来てくれた親戚も会話がうまく出来ないことを嘆いていました。 

20日の午後、親戚が来る前に家内と私がいつものように見舞っているとき、私の口が滑って「もう少しの辛抱だからね。」と言ってしまったんです。
すると母は、「そんなこと言うもんじゃない。」と私を叱りました。
それまでもぐもぐと何を言っているのだか分からない状態でしたが、急に言葉がはっきりしてきて、
「永い人生だった。」
「いい人生だった。頑張った。」
「ありがとう。ありがとう。」
「夢をようさん見させてくれた。」
「幸せだった。」
と、私と家内の手を握って、名前を呼んで、何度も何度も言ってくれたんです。
私も家内も、感動で涙が出てきました。そして、本当にほっとしました。これで安らかに逝くことができる。そう思ったからです。
この言葉は、母からの最後の素晴らしい贈り物になりました。
特に家内は、自分の両親を先に亡くし、ずっと自分の親代わりに孝行してくれていましたから、ただ頑固な親で、思うように看てあげられない毎日でしたので、本当に母の言葉で、救われたと思います。 
その日の午後10時57分に母は、兄に付き添われて逝きました。しっかりと兄の手を握り、兄を見つめながら逝ったそうです。

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