腰痛に代表される疼痛の唯一、根本治療は、その痛みを生み出している「心」を認知することだというのです。(残念ながら、この治療法は日本では身近にお目にかかれません。旧態依然とした権威ある医学や科学が幅を利かせているのが実態です。もしそうでなければ、幸いなのですが。)
米・英のガイドライン(既述)には見るべきものがあります。
現実把握能力が、権威や既得権を超えているのです。
それでもサーノ博士は実際には、欧米でも、心が原因とみなして治療にあたっている「医学者・医療関係者」の少なさに嘆いています。
サーノ博士によれば、緊張性筋炎症候群(TMS)すなわち「抑圧された激しい怒りが、意識上ではなく身体上に転換して起こっている疼痛症候群」を正しく認知し、心理的治療を行った場合、治癒率は95%に昇ると言うのです。
持病からの開放がそこにあります。
私たちの心は、特に無意識の領域である心は、自らの身体にこのように多大な影響を及ぼす「力」を持っているのです。
そして私たちは今までその無意識の心の力に余りにも無知であったと言えるでしょう。
サーノ博士によれば、無意識の「怒り」を意識が認知する。あるいは、そのプロセスを認知することによって、無意識の心は目的を失い、同時に身体に発症していた「症状」が完治する。と豊富な離床事例で証明しています。
これは、退行催眠による「原因となる出来事」の認知による癒しと同類のものです。
私事ですが、若い頃(本人は今でも充分に若いと思っていますが)私の妻には、腰痛の持病がありました。
「僕に対して不満がたまると、腰が痛くなるんだよね。」
妻は認めようとしませんでしたが、私は気付いていました。
妻に対する私の言動のバロメーターだったのですが、サーノ博士の理論に接して、あらためて妻に対する「言動」に責任を感じているこのごろです。
妻が認めないのはあたりまえで、自覚感情と呼ばれる怒り、不安、恐れ、憂うつなどの自覚している感情は、無意識下に抑圧されているものではいないのです。
自覚されない「怒り」が原因なのですから、意識上は、私の妻は私に対して「不満や怒り」を自覚していないのです。
むしろ意識に上ったり、言葉に出してしまうことを「恐れて」無意識の中に蓄積させてしまっている。という感じでしょうか。
どうしようもないことや、人に良くみられたい(愛されていたい)気持ちや、完璧でありたい欲求などが、怒りを意識上に上がらせることを禁じているのです。
そうして「怒り」は無意識の中に蓄積していくらしいのです。
ちなみに最近は、妻の腰痛はずいぶん良くなっているようです。
昔のように何日も寝込むことがなくなりました。
『身体症状は、不安などの不快な感情の代役として身体に現れるのではない。
邪な考えや罪に対する自己懲罰でもない。
身体に注意を集中させ、危険な感情が無意識下から意識上に逃れ出るのを妨げ、耐えがたい感情と向き合うのを避けるために企てられた戦略の立役者なのだ。』
《心はなぜ腰痛を選ぶのか:サーノ博士の心身症治療プログラム J・E・サーノ著 春秋社》
サーノ博士は、「耐えがたい感情」と向き合うのを避けるための「脳」の戦略だと説明していますが、私は「耐えがたい感情」に気づかせるための魂からの「信号」が、身体症状なのではないかと思えてしかたありません。
もちろんサーノ博士は、スピリチュアルな世界については何も言及していません。
日本のお医者さんである長谷川淳史さんの著作をご紹介します。
腰痛は〈怒り〉である 痛みと心の不思議な関係 春秋社
- 著者: 長谷川 淳史
- タイトル: 腰痛は<怒り>である 普及版